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2014年12月

2014年12月30日 (火)

2014の総括・三の替り

12/29日、来年1月15~18日まで公演のavecビーズ『トワイライト アット タイム~この黄昏よ』(新作、書き下ろし)の通し稽古を名古屋の稽古場で観る。稽古不足だけで、それは、客演さんが多いので仕方ないのだが、だから、アト数回通せれば、出来上がるので、幾つか演技の上での留意点を役者個々に指摘し、ホテルにもどってからも、女優三人に電話して、なおなお注文をいい、それが上手くいけば、この舞台は完成する。
稽古場で、ちょっとブログに書くのを自粛してんだ、と、最近、さる大女優がお出しになったCDの感想を、ここでならと・・・(自主規制)・・・で、そういや、今年6月公演のシス・カンパニー「日本文学シアター・vol.2『草枕』」のヒロインをキョンキョン(小泉今日子さん)が演ってくれることのアナウンスは解禁になったみたいだぜと、告げると、演出は誰っ、なんて、おい、質問があって「寺十(じつなし)だよ、このシリーズはオレと彼とのコンビだから」って答えると、「ジっちゃんもキョンキョン演出するくらいになったんだ。スゴイねえ」と、寺十に向けての拍手があって、おい、書いてるオレはどうなんだてな、笑いになる。私は連中のそういうところ好きだなあ。実力があっても、なかなかメジャーに認められない(認められなくてもイイんだけどネ)仲間のブレイクを祝福する、そういう雰囲気が自然に満溢(満ちあふれる。あふれ出る)する、そういう現場に自分も一緒に在ると、とても幸福だ。
「新聞、これだけ記事出ました」と、朝日、毎日、中日の三紙を置かれて、広げて読もうとすると、片面に「岸上大作」のことが書かれてあって、「マニフェスト」なんてのは、選挙新聞でしか知らない世代ばかりだろうけど、だから岸上大作のことも、おそらく識っているものはいないだろうけど、あたしゃ、そっちの記事のほうを熱心に読んだワ。「死なないために書くのだ」と三島由紀夫センセイはいってのけたけど「ただし、切腹だけは別」って付け足しはしてんだよな。その通りに割腹してみせたからスゴイけど、深沢七郎さんは、「三島由紀夫ってのは高校生だからなあ」なんていって、笑ってたらしいな。
「どういうふうに呼べばいいのかな、小泉さんかな、今日子さんかな、キョンキョンはちょっとなあ。キョウコはんなんて呼べたらイイけどなあ」てなこといってミーハー戯れながら、相米慎二監督の遺作『風花』(2001年)は小泉今日子さんのための(だけの)映画だったよなあ、狡いよなあ、相米さん。てなふうに相米さんのこと憶い出したりして。

往きの新大阪は帰省客で満タンで、ああいうのって、マスコミがニュースで取り上げるのが常で、Uターン時もそんなのやるんだ。で、みんな田舎や実家に帰って楽しかったとかいうんだ。けど、私はもう少し世間(うきよ)を識っているから、嫁姑の争いやら、親子ゲンカやら、憎悪や怨念だって往ったり来たりしてんだろうなと、辛辣なことを肺の中で呼吸するんだ。

さて、米を研ごう。水は極めて冷たくなってきた。されど、飯を喰わねば。

~何処で生きても流れ者 どうせさすらい独り身の 明日のねぐらは風にきけ 可愛いあの娘の胸にきけ ああ東京流れ者~・・・(カッコつけ過ぎですガ、romanticistなんでご勘弁)。

2014年12月29日 (月)

2014の総括・二の替り

これもまた、私が着ぐるみショーのイベントをやっていた頃のこと。そのときは構成の大きなイベントで、地方都市だったが、スクール・メイツと称されたポンポン・ガールズの少女たち数名に、主MCのベテラン女性タレントと、私たちのような着ぐるみメンバー、それと、見習いの新人女性タレントがひとり、派遣された。これも一泊だったが、当時の私の所属の事務所の経済では、全員がホテル泊まりというワケにはいかず、ベテランの女性タレントだけはホテル泊で、他は旅館の大部屋雑魚寝という宿泊だった。とはいえ、いくらなんでも男女同部屋という非常識なことはなく、向かい合わせの二部屋に、男女が振り分けられて蒲団を並べるという配慮はなされた。
着ぐるみショーの要員に最近アルバイトで入った男がいて、私より三つばかり年下だったが、私は彼の普段の言動挙動をやや陰険に感じていた。
案の定というのか、就眠時刻になって、廊下を隔てた向かいの女子部屋が静まった頃、彼が私にこう仕掛けてきた。「チーフ、いまなら、向かいの部屋にもぐり込めますよ。みんなで一斉にいって、やってしまえばいいんですよ。チーフの掛け声一つですよ」。つまり夜這いを提案してきたのだ。集団暴行、強姦の企みだ。私は「やるなら、おまえひとりでやればイイ。それなら、オレも何もいわん」。他人に旗を振らせようという根性が気にくわなかった。彼は何度も同じコトバを繰り返したが、鬱陶しくなった私は、襖を開けて、「勝手に行ってくりゃイイ」と、彼を廊下に追い出した。彼は「チッ」と舌打ちして、すぐに蒲団を被った。
帰りの電車は、奇遇か故意か、私と新人の見習い女性タレント、それからベテラン女性タレントと、夜這いチンピラの四人が同じになった。まずベテラン女史が下車した。三人、あまり喋ることもなく駅を一つ二つ過ぎて、次の駅ではチンピラが降車するはずだったのだが、新人女性タレントが、その次の駅で下車することを訊き出すと、彼もその駅で降りるといい出した。なるほど、目当てはこの新人か、と、風向きを了解した私は、私も彼女の下車する駅で降りることにした。
もう夜更けだったので、下車した私は新人女性のためにタクシーを拾った。タクシーの後部ドアが開いて新人が乗り込むと、チンピラもご一緒しようとする。「どうしててめえが乗るんだよ」と訊くと、「彼女を送って行きます」などという。送り狼になって食うつもりだな、みえ透いたことをしやがる。私は、チンピラの肩を掴んで、引っ張りだし、タクシーのドアを閉めて、運転手に出していいよと合図した。
「ナンダか、オモシロクないな」と、チンピラは不貞て吐き捨てたが、そのまま、次の電車で姿を消して、翌日からは、事務所にも来なくなった。
その新人女性タレントは、東京に出て女優になりたいという願望、目標、希望があったのを、どういうワケか名古屋に留まるから私の所属する事務所に紹介してもらいたい、というのを、望みどおりにして、私は社長から「この娘(こ)は、10年に一度の逸材よ」と欣喜雀躍されてしまったのだが、私は、このときの失敗を悔やんでいる。その娘はやはり東京に行くべきだった。そう勧めるべきだった。十数年経って、あの頃十七歳だった彼女も三十路が近づき、あるカメラマンと結婚した。生まれた子供に、私と同じ読み方の名前をつけたが、やはり、東京に行かせるべきだったと思う。夜這いチンピラが何処でどうなったのか、知ったこっちゃねえ。悪い病気にでもなって野タレ死んでればイイのだ。

2014の総括

まだ、着ぐるみショーのバイトをしていた頃だ。とはいえ全共闘の時代はもう終焉していて、演劇運動もなんだかあるのかナイのか、何処いっちゃったのか、ワカランてな世情だった。そやつの彼女はsinger songwriterで、スナックで歌いながら稼いでいて、そやつは演劇運動みたいなこともやめて、無職で彼女のヒモで飲んだくれていて、その晩は、彼女の出演するスナックで、そやつと飲んで、そやつと彼女の愛の巣だかなんだかに行ってまた飲んで。で、彼女が帰って来て、夜中だというのに飯のしたくだ。里芋の煮物つくってたのをおぼえてる。そやつがいうには「飲んだくれているしかしょうがナイんだが、だが、だが、どうしてか、飲むと腹が減るんだナア」。というワケで、彼女は飯をつくっていたのだが、「今夜の歌はひどかったな。下手だろ、なっ」と、彼女の歌をけなすのだがさあ、彼女だって、まだ三十前だから、メジャーの歌手を目指してるんだけど、ちょっと無理だなと、私も思ってたよ。で「メジャーは難しいかもなあ」なんて適当に話を合わせてたら、そやつの調子がアップしてきて、彼女の歌のどこがアカンのかなんていい出してねえ、そのうち、卓袱台に煮物と漬け物と味噌汁が出てきたけど、私は最初から、食わないといっておいたので、そやつだけ食いはじめて、「夕陽がきれいでも、手をつなごうでも、歌だもんな。里芋の煮物食って、メジャーはナイぜ」てなふうなこといったんだ。そうしたら、突然、彼女、顔をおおって号泣して、畳みを拳固でゴンゴン叩いた。私、逃げた。
彼女に「誘惑」のようなことされたことがある。彼女は私より一つ年上だけど、事務所がおんなじで、あれも深夜だ、泊まりの仕事で、彼女が急に「コイコイ」やろうって、休息所のようなところに誘われて、二人きりで花札始めた。彼女、ノーブラで、すごくゆるめの短パンで、あぐらからくいこんだ白いパンツが丸見えで、そんなことはワカッテんのに決まってんだけど、私は意気地なしで、せいぜいコイコイに負けてあげるしか出来なくて、「もう、寝ませんか」てなこといったら「バーカ」と、花札投げつけられたナ。
そやつは、のちのちタレントに転向して、その前に私に30万円借金してたんだけど、月々1万円ずつ返すって、半年くらいは返してくれたけど、それでオワリ。で、スイスに家建てて(儲かるんだなあ、タレントってと思ったヨ)、とんずら。彼女は、資産家に見初められて結婚したけど、その資産家には一寸どころか五分の恋心も持っていなかったようで、ずっとそやつのことばかり未練に思っていたそうナ。
2014年はアト二日ばかりで暮れていく。
私は、ふいに以上のことを憶い出して、2014年の総括とする。
ナンの総括だっ、と疑問符やら失笑の御仁には、これだけいわせて頂く。
その年のオワリに降って湧いたら、それが総括でイイんだ。
悲しいかな、悔しいかな、劇作家というものは、「最後の演目(だしもの)」というものを持っているのだ。しかしながら、まだ、私の舞台の幕は降りてねえぞ。誤解すんなよ。

2014年12月24日 (水)

告げる

Christmas Eve の夜に、告げる。
イエス・キリストへ。この世で起因する全てのことの責任は、きみたちにある。
従って、この世で生じ起こることの全ての債務をきみたちは支払わねばナラナイ。
それが出来ないうちは、きみたちのコトバの悉くを受け入れることを拒否する。重ねていう。私たちには、如何なる罪状も有り得ない。

ヒトとして、人間として。

2014年12月21日 (日)

「DUCK SCOOP 家鴨通信

かつて『ぴあ』で演劇を通信してくれていた、小島女史が、ネットで『「DUCK SCOOP 家鴨通信』というエンタメ情報配信を始めた。
マニフェストにはこうある。
「北村想さんが「DUCK SOAP 家鴨石鹸あるいはセリフを覚えたあと役者は何をするかという問いをめぐる土曜日の黄昏と夜と夜中」の終幕の長台詞で宣言したように、筆者が、書いたり、編集したり、発信するのは「それがひとつの私の生活だからだ」と、今は自然に思える。マニフェストと言うにはおこがましいが、20年もやってきて、やっと覚悟ができたのだ。これからは、自分の力で表現と表現者をどう伝えていけるのか、じっくり考えていきたい」
そこでの、avecビーズの次回作の紹介記事を転載するが、写真も観たい方は、
http://duckscoop.wix.com/duckscoop  へ、どうぞ。

劇作家・北村想の書き下ろした「トワイライト アット タイムーtwilight at timeー ~この黄昏よ~」が、ひまわりホールにて上演される。演出はキャストのひとりであり、プロジェクト・ナビ時代から北村作品を熟知している小林正和が務め、制作も順調の様子。取材日はちょうど北村自身も稽古場に来ていたので、作者の話も交えながら新作の内容を探ってみた。

「トワイライト~」は、北村がフランスの映画監督ジュリアン・デュヴィヴィエの「旅路の果て」に触発され、その中で描かれる「俳優の養老院」というシチュエーションを演劇に持ち込んだ作品だ。なお、同作に限らず映画にまつわるエピソードは他にも随所にちりばめられ、映画好きにはそれだけでタマラナイ趣向となっている。

しかし、その日の稽古を拝見したところ「あれ?」と思うことが。チェーホフの代表作「かもめ」について語られる場面がひどく印象に残ったからだ。

小林に配役を尋ねると「ヒート(猛)さんがプロデューサー。こつじ(まさのり)さんは待機役者と言うんですかね、その人物を演じる役者に何かあった場合、代わって演じる役者さんのことです。そして火田(詮子)さんとスズキナコが元・少女歌劇団。入居者はみんな70歳以上という設定です」とのこと。他にもプロデューサーの元妻や愛人も登場するようだが、俳優の養老ホームなので演劇をやっていた者もいるというワケだ。

また、もうひとつ気になる小道具を目撃。観てのお楽しみなので詳しい記述は避けるが、それも「かもめ」をめぐって活用されるという。

「『かもめ』はね……、スピンオフとして入ってるだけなんですけどね。ただ、これは矛盾してるんですよ。だって、チェーホフは基本的に、観客の観ている芝居の外で事件が起きるんですから」と北村。

北村は「かもめ」のスピンオフ、つまり外伝を挿入しているというのだが、この「外」というイメージがどうも引っかかる。そこに、今回の新作を味わうミソが隠されているように感じるのだ。舞台では、下は30代からいる役者陣が全員、実年齢を超えた70歳以上を演じる。さらに、俳優の集まる養老ホームらしく、劇中劇も始まって……。

「テーマというほど重くはないけど、構造を言うなら、現実とは何か?虚構とは何か?ということをやっている芝居ですよね。例えば、養老ホームは虚構だけど、観客は(目の前で行われる行為を)現実としても見ている。それが演劇というものですから」と北村は言った。

では、私たちは一体なにを観ていることになるのか。取り壊しのために養老ホームを出ていく人々を待ち受ける外界は、現実のことなのだろうか。それならば、外はどんな様相を呈しているのだろうかーー。想像すると、なんだか身震いしてしまう。

そして、北村は最後にこう語った。

「自分も還暦を過ぎて、『60歳はまだ若い』と言われることもあるけど、やっぱりキツイよね(苦笑)。ただ、『歳なんだからしょうがないよ』と言えるところがいいとも思うんです。それに、終わりだからできることもある。そういう意味で、この劇は(人生の)始発駅にもしてあるんです」

「人生の夕暮れ時」を通して観る、夜明けの風景。それが人類の夜明け、人類の未来にさえ映るのでは……と妄想させるところが、北村作品の凄みである。

*写真いちばん手前が北村想、右端が小林正和

◎1月15日(木)~18日(日)
損保ジャパン日本興亜人形劇場ひまわりホール
前売2800円 当日3000円 中高生前売1500円

演劇の賞味期限・『非常怪談』を観て

2014/12/20劇団ジャブジャブサーキット公演、於・三重県文化会館小ホール、18:00。
16年ぶりの再演だと、パンフにある。初演は名古屋の共同スタジオで観ている。この劇団を初体験したのは1995年の『まんどらごら異聞』で、評論家の安住女史の「観てみて頂戴」で、観て、観劇後、作・演出のはせひろいち氏をつかまえて、なんだかいろいろと(初めて会ったにしては)褒めまくった記憶がある。『非常怪談』は『高野の七福神』(2001)とよくマチガエテしまうのだが、どっちもqualityの高い内容だった記憶がある。(私の好みとしては『高野の七福神』のほうが好きだったように記憶している)。
作者のはせさんは、ほんらいなら、とっくに岸田でも何でも、大きな賞を受賞していても不思議ではナイのだが、如何せん、この劇団の芝居は戯曲の段階では「読む劇」としては凝りすぎのきらいがあって、はせさんのペンタッチが(ドラマツルグが)伝わりにくい。演じられる舞台は、エンターティンメントの優れものなんだけど。
で、今回の再演。
この芝居を初めて観るひとのうち、よく芝居をご覧になる観客においては、さほどのインパクトはなかったはずだ。それは、作者、演出、役者のせいではナイ。16年という歳月は、この手の芝居を量産したから、そのうちの一つ程度にしか観られなかったと思う。これがpioneerなんだけど、優れた作品だから、そういうふうに演劇情況(業界)に影響を与えても仕方ない。
たとえば、具体的に一ついうと、恋沼友美(岡本理沙)が、高尾達郎(はしぐち しん)にお茶と灰皿を出すシーン。ふつうの演劇(新劇とか)ならば、役者は客席に背を向けない。お茶も灰皿も、テーブルの向こう側からテーブルに置く。16年前は、この位相は斬新だった。それは、映画でいうと堤幸彦さんの映像カット、トリミングに似ていて、ほんらいはタブーだった撮り方を用いることによるみごとな効果だ。しかし、いまどきは、こっちがアタリマエになってしまった。
もう一類の、あまり芝居を観ることはナイ観客にとっては、ふつうにオモシロイ作品だったと思う。ふつうにというのは、他のものと比較することが出来ないからだ。
しかし、ふつうなのだ。初演ではふつうでなかったものが、ふつうなのだ。この二つの発見は意外にタイセツなことかも知れない。
こと、演劇というものにおいては、「過去の作品が現在、どれだけ通用するだろうか」というバクチは打たないほうがイイと、それは私の方針であり、戦略であり、信条だ。シェイクスピアやチェーホフの戯曲が歳月を経ても通用しているのは、解釈や演出や役者がその時々において変えられているからだ。さらに、死人に口なしで、どう翻訳しようと、サンプリングしようと、著作権料が要らない。(どうやったって他人の褌、であるのに、ありがたがって、日本の猿たちがやるんだ。とはいえ、華のん企画の山崎清介さんがやってる『子供のためのシェイクスピア』は例外だけどな。軽やかで楽しい。たぶん、リアルタイムのシェイクスピアの舞台ってのは、ほんとうは、そんなふうに庶民に愛されたんだろう) 
さて、私は残念ながらフラット(flatを副詞的に使うとして)な観客ではナイので、それに招待扱いで無料で観せてもらったに、いいたいことだけいって恐縮なのだが、(全てを観ているワケではナイが)ここんところのはせさんの作品を観ると、シェイクスピアの『シンベリン』を観ているような気がする。「自己模倣」的な作品というんだろうか。
オリジナルにこだわるのも悪くはナイと思うが、『亡者からの手紙』(2006/愛知県芸術劇場演劇フェスティバル参加、原作:日陰丈吉)のような優れた作品もあるのだから、先達の遺産を盗掘して、それを素材に料理するってのを観てみたいというのが、これはフラットな観客として、はせファンとしての希望だ。

2014年12月20日 (土)

映画感想『INTERSTELLAR』

単純にタイトルを和訳すると「星と星の間の」「惑星間」「恒星間」になるが、映画の内容から意訳すれば「銀河の彼方へ」とか「星と砂のあいだに」てなふうになる。
『インターステラー』クリストファー・ノーラン監督、脚本、ジョナサン・ノーラン脚本による2014年(現在)公開中のSF映画。上映時間2時間49分の長尺。
とにかく「もの凄いものを観た」という圧倒的な作品で、ノーラン監督、渾身の一昨。とうとう、キューブリック監督『2001年宇宙への旅』は超えられた、というか、わたくし、SF映画で「号泣」したのは初めて。
上映時間が3時間近いので、私も体力勝負という感じだったが、観終わって倒れてもイイやという覚悟を持った。で、終わって放心状態で帰路につく。
こんなホン(scenario)は、私には無理。書けないなあ。introduction からクライマックスのたたみかけ、plot はワカッテはいるのだが(予想通りだったんですけどね)、まさにこれが plot(プロット、観せかた)というものだ、というホン。おそろしくありがちなストーリーで、単純なんだけど、こちとらの好奇心を総動員させる知的エンターティンメントでしたワ。

2014年12月10日 (水)

観劇感想『ガベコレ』

「極東退屈道場♯006・ガベコレ-garbage collection」(作・演出、林慎一郎・振付、原和代、2014/1209、14:00、於・インディペンデント theater first)
garbage とは、①台所から出る食物の生ごみ,残飯, ごみ,がらくた,廃物、②つまらぬもの,くだらぬ考え。

作者、演出家、林慎一郎の category でいうと①は都市、②は思想に対応。

とはいえ、劇構造を数式に変換してみると、表現されたものをxとして、①②をaとするとx=a±⊿aとなる。
誤解なきようにワカリヤスク書くと x∈[a-⊿a,a+⊿a]。この場合は、meta Thema←a→Para Thema というベクトルにしてもヨイ。つまり、「テーマ」を「テーマ」にするという入れ子と、「テーマ」を「反証することで証明する(あるいは、証明することで反証する)」という構造になる。
「はやぶさ2」は発射に成功し、周回軌道に乗った。これから軌道を離れ、その時の地球の重力を活用して、目標の小惑星に到達、お仕事して、帰還するのに8年。「はやぶさ」はサンプルを持ち帰ってくれたが、本体は燃え尽きた。さて、8年後、今度は本体「はやぶさ2」は燃え尽きることはナイが、地球そのものが燃え尽きているかも知れない。
「明るい虚無」という、私が『寿歌』以降、提唱した「いまと未来」を、林慎一郎は、さらにスタイリッシュに軽やかに、かつ、佐藤信さんのおっしゃるごとく、加速をつけて「疾走」している。
こちとらは、あるときは猫、あるときは象の歩速で、いきつくところまでいきつけばイイだけだ。

2014年12月 6日 (土)

望郷(nostalgie)

ゆんべ(2014/12/04)はハコさんのライブ。(山崎ハコ『デビュー40周年!新アルバム「歌っこ」発売記念ライブwith安田裕美』~in plusone west~)。ライブってのも久しぶりだが、ハコさんのアルバムは多く持ってるのにライブは初めて。多く持ってるが全部持ってるワケではナイ。当のハコさん自身、全部持ってないようでして。手に入らないものが諸事情によって、多いのだ。帰り際に、クリスマス・プレゼントというカタチで、拙著『DUCK SOAP 家鴨石鹸あるいはセリフを覚えたあと役者はなにをするかという問いをめぐる土曜日の黄昏と夜と夜中』を贈る。ライブのタイトルも長いが、こっちの戯曲の本のタイトルも長い。
と、ここまで書いたところで、ちょっと中断。
ライブはハコさんのトークを含めて二時間、さらにアンコール。本割一曲目に『望郷』。これで、こちとらは、もうウルウル。いい選曲です。『望郷』は何だったか、avecビーズの公演の冒頭でも使ったなあ。好きですよこの歌。不肖私がカラオケでよく歌うのはこの歌と『海かがみ』で、『海かがみ』は故人になられた島倉千代子さんへの楽曲ですが、ハコさんバージョンももちろんあります。これまた故人の原田芳雄さんが、イントロを聞いて「ツェッペリンかよ」と絶賛した、とは、ハコさん本人の弁。シングルカットされておりますが、CDではあんまりみかけません。なにかのアルバムには入ってるはずです。私はシングルで持っております。最近、40周年記念ということで、むかしのアルバムの復刻版がCD化されておりますので、懐かしい歌がどどっと聞けます。
ライブ本割では美空ひばりさんへのトリビュート『りんご追分』ライブバージョンが最高。思わず声をかけたくなりましたが、何しろ、会場には年配のコアなファンが多いので遠慮しておりましたが、やはりここはと「お見事っ」と一声。
アンコール一曲目は予想どおりで、昨年12月公演『グッドバイ』(シスカンパニー)のending Themaの『夜の日傘』(作詞、私)。安田さんのアレンジング・ギターの演奏で、ハコさん、スタンダップでの歌唱。こんな日が自分の人生で来るとは、ハコさんデビューの頃、ラジオから流れるハコさんの『飛びます』を聞いていた、食えない作家の私に想像出来ただろうか。お互い、生きてて徳(得)することもある。
ステージは終わって、物販とサイン会。どんな大きなコンサートイベントも、チケット売り上げだけで黒字になることはありません。(おそらく『嵐』にしてもです)。演劇と違って、ステージングやスタッフ、会場費などに銭かかるから仕方ないねん。そこで、物販の売り上げが、収入。いってみれば、私たちの職業と同じテキ屋稼業です。最近、健さんのアトを追うように亡くなられた文太さんが、晩年、農業を始められて「映画は虚業だが農業は実業だからな。いってみれば映画はウソだからな」とおっしゃってましたが、その理屈には私、与しません。(この論理に興味があれば私の演劇論集『恋愛的演劇論』を読んでチョウダイ )。サイン会は長々と続きます。私、挨拶するのを客席の隅で待っておりますと、店員がコーラを持ってきてくれまして、「オレ、頼んでナイよ」といいますてえと、てえと物語、ハコさんからの「Take cola to him」だそうで、いや、お気遣いに感謝。で、サイン会終わって、挨拶を交わして、ナンダかいっぱいお土産貰って、帰途。
公私ともに相方の安田裕美さんが、岸部一徳さんを丸くした感じで、アレンジ・ギターテクも抜群ですが、ハコさんにはピッタリの、いいひとで(という印象で、ひとこと喋っただけなんですが)妙に安心。ハコさん、また、仕事ご一緒しましょう。

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