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2014年11月16日 (日)

ちょっとチガウが、よく、わからねえっ(続々)

ありていにいってしまうと、劇作家(戯曲、演出などの作劇を職とする)という職業が、著述業として成り立つのか。ということについて、殆どの劇作家はこれを諦念している。そんなものは、東京で働くごく一部の人々(劇作家)だけ。あるいは商業演劇の座付きくらいなもんさ、と。しかし、これはこと演劇という職業分野においては劇作家に限ってだけいえることではナイ。まず、スタッフの多くがそうだ。音響、照明、舞台美術、舞台監督、演劇制作(プロデュース)は、よほどのネームがないと個人的には「食えない」。で、会社に入っても、組合に入っても、過酷な労働条件と割に合わない賃金条件があるだけで、潤沢な仕事が、そもそもナイ。
従って「副業」を持たざるを得ない。副業は、大学の教授職からガードマンまで、多種多用。最近はとにかく老人(これが銭持ってるし、時間が余ってるし、余命もそんなにナイからナンか楽しみたいと思ってるからナ)相手に、詐業マガイのワークショップなんてのを展開してる族までいるからナ。
いやあ、愚痴をいうと、たいていの名のある演劇賞を受賞して、賞状はくさるほどあるのに、現役のいま、私には仕事がナイ。といって、印税や著作権使用料で食ってるワケではナイ。というのは、どういうことだ。ちょっと料簡がチガウかも知れないが、よく、わからねえっ。
もし、私がもっと若ければ、「ゴッホは生存中に、一枚も絵は売れなかった」「ゴーギャンは食うために、物価の安い南方の島に移住した」「ムンクの絵は、売れる以前、美術館の裏手に野積みされていた」という負の遺産や、「目先の銭に迷っていると、将来ほんとうに食えなくなる」という岡倉天心のコトバを信じて我慢するのだが、というか、実際そうしてこれまで食ってきたからナ。
しかし、六十二歳まで生きたいま、私個人は、健康余命ならぬ経済余命が、アト19ヶ月であっても、演劇渡世の上で、やらねばならないこと、やりたいと思ったこと、はなんとか納得がついて、悔いなくやってきたから、赤塚不二夫さんふうに「これでイイのだ」でもよろしい。(しかし、赤塚不二夫さんの生涯は、スゴイね。よくもまあ、生きたナ、生きざまみるだけで泣けてしまうワ。告別のとき、タモリさんが本名の森田一義として弔辞を読んだが、この時、手にしていた巻紙が白紙であった事が報じられ、話題となったが、弔辞は「私もあなたの数多くの作品の一つです。」と結ばれている)。んでもう、とっくにクラモチくんも、村上敦子も、如月小春も、深津もあいつもあいつも、わが友みなこの世を去りてで、Old Black Joe でもイイ。しかし、workaholic でもある私は、仕事がしたいし、著作権くらいしか遺して譲れるものがナイからな。この仕事の利点の一つは、棚卸なんてことしなくとも、要するに手持ちの数多な作品は非課税だというところだ。だから、いつか銭になる(価値交換される)だろうという、秘めたる思いをモチベーションとして、やはり、書こうと思う。アテのナイ、獲らぬタヌキの革を創作するのだ。で、イイのだ、ではナイか。ちょっとチガウかも知れないが、よく、わからねえっ。

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