無料ブログはココログ

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »

2014年11月

2014年11月29日 (土)

ちょっとヘンかも知れないが、よくわからねぇ

創世記を読めば、「神さん、あんた、自分が悪いと思ったことないのんけ」と憤怒するのはヒトの特権的心情のようなもんで、高校生の頃、初めて旧約を読んだときの憤りというのが、「神が自身の過ちも反省することなく、自身の創造物であるヒトを簡単に大量虐殺する、〈ノアの洪水〉他の[もっぺんヤリナオシ]的営為」の部分だった。そのときは若さゆえの早とちりかと自疑黙考したもんだが、いまなおこの憤怒は収まらないところをみると、あながち若さゆえでもナイようだ。(ついでにいうと、新約のほうの疑問のたいていはチェスタートン小父さんの『正統とは何か』によって解決、納得出来たけどネ)。
突然な始め方で恐縮、僣越だが、健さんについてちょっとひとこと、要するにさまざまに語られる伝説を踏まえ、自身の心情を交えていってみると、「健さんはものすごくまともな人間だった」のではないかということだ。世知辛い世の中、この「世知辛い」というのが仏教用語だということは以前に書いたが、そういう世間にあって、健さんは「まとも」な人間だったのだ。畏敬されてアタリマエだ。まともでナイ人間が多すぎるんだから。昨日のブログで、私が一方的に失礼にも勝手に紹介してしまった自死願望のメール差出人の方など、まだうんと「まとも」なほうで、すぐに「自殺幇助罪」にふれて、お詫びのメールを頂戴した。たいへんな仁義の在り方で「まとも」ではないか。死ぬ死なぬは、自分で決めればそれでイイじゃナイか。
創世記の「神」に比肩すれば、私などが尊敬してやまぬ今上(きんじょう)天皇陛下や皇后陛下などは、人間宣言はあるにせよ、私どものような稼業の総元締めとして、まとも過ぎるくらいまともなのだ。陛下の「ヨイショ」「シッカリ」の応援と、頭首(こうべ)を垂れての追悼の営務行脚に、どう考えても『ヨブ記』に登場して威張り散らす「神」よりうんと「まとも」をひたすら思い、目頭を熱くするのだ。私(たち)は健さんの中に、そういう「まとも」を観ていたのだ。日本国憲法第一条の「天皇」の条項の「象徴」に「アイドル(idol)」というルビをふるべきだという私見、主張は変わらない。あの柄本明さんですら、「皇居で勲章を授与されるとき、陛下がご登場されると、ナンダかワカラナイけど、うるうる涙ぐんでしまってさ」と、苦笑していたくらいだからな。
いくら死にたくないと願っても、人間という自然は必ず絶対に「死ぬ」存在だ。「生きてゆかねば」はチェーホフの課題としたところだが、ここにもう少しコトバを付け足すと、「まともに死ぬためには、まとも生きてゆかねば」という努力と研鑽が要るのだ。健さんは研鑽したのだ。(スマンな、駄洒落みたいになって)
「まともに死ぬために、まともに生きる」という、まともなことがこれほど難しい時代、情況もそうはなかったろう。と、いつの時代でも、まともなヒトは、そう思慮苦吟したんだろうな。
蛇足になるが、石原裕次郎『夕陽の丘』に捩って歌うなら、
「まともな葦は風にゆれ 落ち葉狂う狂う水に舞う この世の厭きの黄昏よ また呼ぶ秋はないものを」

そういや、もうすぐ総選挙か。「日本の社会においてこいつはかなりまともでナイなという者の名前と所属党派を書いて」投票する、ような気がしてんのは、ヘンか。よくわからねぇけど。

2014年11月28日 (金)

こういうこともあるんだけどナア

私のブログを読んで、こういうご質問をメールで頂いた。
「はじめまして、○○(仮名)で失礼致します。突然のメール失礼かと思いましたが、ブログを拝見して連絡してしまいましたこと、お許しください。
青酸カリと検索していましたところ、13年11月9日のブロクにたどりつきました。私は、MAX15年後には自死したいと考えております。その方法をここ毎日8ヶ月探しております。以前はヘリウム、凍死をこれしかないと思っておりましたが、はじめにおもいついた青酸カリが一番だと最近思っております。どうしても手に入らない場合はトリカブトも考えております。青酸カリを諦めたのは、素人では手に入らないと思ったからです。でも、北村様のブログにはさほど面倒ではないと…と記載されていました。もしよろしければ、その方法をお教え願えませんでしょうか?無理はわかっておりますので、もし無理でしたら無理とおっしゃっていただければ諦めます。もし手に入ることが、わかればあと15年、少し安心して生きていけるのかと思いまして。
うつ病とのことご自愛ください。長々失礼致しました。  ○○」

メールで返信しようと思ったが、ブログを読んでのことなので、ブログで返信しておく。
「○○(仮名) さま。北村 想です。ブログを読んで頂きましてありがとうございます。
○○(仮名)さんが、どんな方(年齢、職業、性別など)で、何故、MAX15年後には自死されるのか(その理由)は問いませんし、私の興味の範疇にはありません。
青酸カリについては、私は職業上(作家ですので)、ミステリも書きます。毒殺の方法では、青酸カリがよく登場してきますので、少々調べたワケです。
ミステリ小説では「死体からアーモンドの香りがする」ので、毒殺に使用されたものが青酸カリだという記述がよくみられますが、あれは「邦訳のマチガイ」で、実際は「杏の香り」です。
ミステリ作家は、簡単にこの化学合成物を殺人の方法に使いますが、たしかに、手に入れるのは、それなりの方法で、ひどく難しいというものではありません。しかしながら、青酸カリは、ご存知かも知れませんが、致死量や使用方法など、自殺にせよ、他殺にせよ、映画やテレビドラマ、ミステリに描かれるように、簡単に扱えるものではナイんです。(フィクションは要するにお話ですから)。実際は、致死量や使用法が正確でナイと、失敗(吐き出したりしてしまう)する確率のほうが高いものです。
青酸カリよりも扱いが簡単で毒性が強い、簡単な化合物はいくらでもあります。
私は自死に反対するものではありませんが、入手方法をお教えすると、「自殺幇助罪・自殺関与・同意殺人罪・自殺教唆罪」(刑法第202条に規定)で、私がお縄になってしまいます。自殺には罪科がナイのにその幇助(など)が罪に問われるのは、変な感じですが、それは、下記の理由によります。
/自殺は違法な行為であるが、刑法の責任主義の観点から、責任が阻却されるため処罰されないとする。自殺は違法ではないが、違法性が阻却されるため処罰されない。 前者は、自殺という違法な行為に関与した者をその共犯として捉え、処罰できるのであるとし、後者は、共犯云々とは関係なく、本人には自己の生命を処理する自由があり、生命のあり方を決める事ができるのは本人だけだと考え、他人の意志決定に影響を及ぼし生命を侵害する行為自体が違法となる為、処罰できる/
手っとり早い(ともいえませんが、確実なのは)化学、あるいは薬学の勉強をされることだと思われます。以上。」

ブログなど書いていると、こういうことあるが、自殺するのに、他者の力を借りるのは、お門違いだ。

2014年11月24日 (月)

ちょっとオカシイが、よくわからねぇっ

やや実験になる。思考実験ならぬ、思索実験。思考実験は、物理学ではよく行なわれることで、実際には試験しないのだが、思考の中だけで、さも実験しているような論理を展開することだ。アインシュタインの相対性理論に反対しての「EPR論文」などは有名。とはいえ、これはもう、量子力学としては、解決している。(にも関わらず、まだこれを持ち出す輩がいることはいるのだが)。同じ量子力学でも、有名なハイゼンベルクの不確定性原理において、当人のハイゼンベルクが思考実験として、量子の位置と運動量の関係を説明してしまったため、これをほんとうの理論だと信じてけっこういろんなガイドブックや入門書では、物理学者が真顔で書いているので、私などは、いつまでたっても「それなら測定誤差の範囲、領域ではナイのか」と、頭を抱えて、大きく回り道をして、いったい何冊、それ関連の書籍を読んだことか。
で、思索実験というのは、そんなものは一般的には存在しないのだが、私が勝手にやるだけのことで、還暦(数え年では61歳)を過ぎると、一応シニア、初期高齢者てなふうにいわれて、そういや童謡に「村の渡しの船頭さんは今年六十のお爺さん」という歌があったが、なるほど、お爺さんといわれる年齢なのだ。
で、この辺りの齢になってくると、二十歳が二十一歳になるのとはチガッテ、心身的に初体験というのが多くなってくる。もちろん、どんな人間も、どんな年齢になってもその年齢は初体験にはチガワナイのだが、二十歳が二十一歳になるのとは、やはり、まったくチガウことが多いのだ。特に現代は、generation gap というものが、四半世紀前とは全くチガウ。(と思うのだが)。だから、よけいに初体験の傷み(痛み)が激しい。
早朝覚醒が多くなるとか、寝ることによっても疲労がとれないというような常識的なことは還暦過ぎたあたりで、誰にでもやって来るだろうし、老眼なんかは四十過ぎたあたりで始まるからな。幸い私は、歩いていて尿漏れというのはまだナイが、キレが悪くて、終わったはずでチャックをあげるか、パンツを穿くかした途端、チョロッと残尿が漏れるてなことはよくある。まあ、こういう身体のことは老化として仕方がナイ。要するに気になるのは、脳髄の老変容だ。
私の場合は、三十五年余、鬱病(いまでいう双極性障害)を宿痾としている身の上なので、これも加算して、生物的老変容なのか、病的な精神のオカシサなのかの判別が難しい。たとえば、ほんの数秒、半覚半睡(とはいえど眠ってはいるのだが)して、「夢」をみることが最近多い。困るのは、これが、夢だったのか、現実だったのか、現在の出来事だったのか、過去の記憶が蘇っているのかの判別がつき難いということだ。もう少し現代的にいうと、virtual なのか real なのかを判断する自信が薄れてきている。まあ、客観的にそういうことを問題に出来るあいだは、痴呆とはいえないと思うけど。
最近になって、鬱病に「痛み」があるということがワカッタ。これは、丁度明日、精神科主治医の定期診察日なので、ドクターに訊ねてみるつもりだが、以前は、身体症状といえば「のたうちまわる」苦しさはあったが、痛みはなかった。ところが、ここんところ、急に手足の痺れや関節痛や筋肉痛、胃痛までが突発的に現れて、だるくなり、動きがとれなくて、しょうがなく横になるということが発生してきた。調べると、なるほど、鬱病患者の中には、そういったことをうったえるひとも多いらしい。
心身の老化というのは、心身が「壊れ」ることだ。毛が脱けるとか(若禿げもいるけど)、耳が遠くなるとかといった常識的なものはともかく、その「壊れかた」の加速に驚嘆するほどだ。このあいだ、高校時代の学友と食事をして、「今回はオレが払っておく。次はお前が奢れ」と銭を払ったら、一週間ほどして、その友人から現金が二千円ばかり送られてきた。で、手紙もきて「六十過ぎたら[この次]はナイ」と書かれてあった。なるほど、と納得してしまった。

2014年11月19日 (水)

いずれ、必ず書きますが

逝去された、というより、突然の訃報とともにいっちゃった健さんのことですが。

世間の騒動が収まって、私の心情が平静をとりもどしたら、書いてみたいと思います。

2014年11月16日 (日)

ちょっとチガウが、よく、わからねえっ(続々)

ありていにいってしまうと、劇作家(戯曲、演出などの作劇を職とする)という職業が、著述業として成り立つのか。ということについて、殆どの劇作家はこれを諦念している。そんなものは、東京で働くごく一部の人々(劇作家)だけ。あるいは商業演劇の座付きくらいなもんさ、と。しかし、これはこと演劇という職業分野においては劇作家に限ってだけいえることではナイ。まず、スタッフの多くがそうだ。音響、照明、舞台美術、舞台監督、演劇制作(プロデュース)は、よほどのネームがないと個人的には「食えない」。で、会社に入っても、組合に入っても、過酷な労働条件と割に合わない賃金条件があるだけで、潤沢な仕事が、そもそもナイ。
従って「副業」を持たざるを得ない。副業は、大学の教授職からガードマンまで、多種多用。最近はとにかく老人(これが銭持ってるし、時間が余ってるし、余命もそんなにナイからナンか楽しみたいと思ってるからナ)相手に、詐業マガイのワークショップなんてのを展開してる族までいるからナ。
いやあ、愚痴をいうと、たいていの名のある演劇賞を受賞して、賞状はくさるほどあるのに、現役のいま、私には仕事がナイ。といって、印税や著作権使用料で食ってるワケではナイ。というのは、どういうことだ。ちょっと料簡がチガウかも知れないが、よく、わからねえっ。
もし、私がもっと若ければ、「ゴッホは生存中に、一枚も絵は売れなかった」「ゴーギャンは食うために、物価の安い南方の島に移住した」「ムンクの絵は、売れる以前、美術館の裏手に野積みされていた」という負の遺産や、「目先の銭に迷っていると、将来ほんとうに食えなくなる」という岡倉天心のコトバを信じて我慢するのだが、というか、実際そうしてこれまで食ってきたからナ。
しかし、六十二歳まで生きたいま、私個人は、健康余命ならぬ経済余命が、アト19ヶ月であっても、演劇渡世の上で、やらねばならないこと、やりたいと思ったこと、はなんとか納得がついて、悔いなくやってきたから、赤塚不二夫さんふうに「これでイイのだ」でもよろしい。(しかし、赤塚不二夫さんの生涯は、スゴイね。よくもまあ、生きたナ、生きざまみるだけで泣けてしまうワ。告別のとき、タモリさんが本名の森田一義として弔辞を読んだが、この時、手にしていた巻紙が白紙であった事が報じられ、話題となったが、弔辞は「私もあなたの数多くの作品の一つです。」と結ばれている)。んでもう、とっくにクラモチくんも、村上敦子も、如月小春も、深津もあいつもあいつも、わが友みなこの世を去りてで、Old Black Joe でもイイ。しかし、workaholic でもある私は、仕事がしたいし、著作権くらいしか遺して譲れるものがナイからな。この仕事の利点の一つは、棚卸なんてことしなくとも、要するに手持ちの数多な作品は非課税だというところだ。だから、いつか銭になる(価値交換される)だろうという、秘めたる思いをモチベーションとして、やはり、書こうと思う。アテのナイ、獲らぬタヌキの革を創作するのだ。で、イイのだ、ではナイか。ちょっとチガウかも知れないが、よく、わからねえっ。

ちょっとチガウが、よく、わからねえっ(続)

そこいらじゅうが麦だらけだ。閉じ籠もりという人種ではナイが、仕事もナイのに仕事場にいると、一日中ラジオから中島みゆきさんの『麦のうた』が流れてきて、朝から晩まで何度も何度も耳にして、それが連日で、かなり辟易している。
んで、「路頭に迷う」というのは、空間性(「場所・場」)の問題ではなく、コミュニケーションの問題ではナイかと考え、この考えはちょっとチガウ気もするのだが、よくワカランので、とりあえず、私以外とcommunicateすべく、無茶をお願いして、「光の領地・虚空旅団提携公演」『ひなの砦』(作・くるみざわしん、演出・高橋恵で、本番公演は、11/27~30、於ウイングフィールド)の稽古を見学させてもらった。
稽古場は、いまだにどこもそうなんだろうが、渡り鳥で、昨日は谷町六丁目の「スタジオ315」。そうなんだよなあ。稽古場、少ないというより無いんだよなあ。大阪では本番公演する場所も、あまり無いらしいんだけどネ。私が劇団をやっていた頃は、倉庫を事務所兼稽古場にして、スタジオ公演もやったけど、そこもねえ、暑いし寒かったのネ。どちらかというと、暑さより寒さのほうをよく記憶している。なんしろ、役者みんなダウン着込んで稽古してたからな。スレート一枚じゃ外の気温と同じで、吐くせりふが白いんだ。それで、三年目くらいかなあ、グラスウールを壁と床と天井に張り付けて、それにコンパネで蓋をして、つまり、稽古場を覆ったワケ。劇団員総出で、一月くらいかかって、そのぶん費用が120万で済んだけど。ともかくダウンを脱いで稽古出来るようになった。
昨日の稽古場も事務所雑居ビルで、東京でいうと「芸能花伝舎」みたいなところかなあ。「芸能花伝舎」のほうは芸団協が新宿区とやってて、ホームページから拾うと「芸能花伝舎は2005年に創立40周年を迎えた芸団協が、新宿区と文化協定を結び、芸能が持つ力を地域に、そして広く社会に還元するための拠点として誕生しました。(中略)教室、体育館など11の創造スペースを持ち、主に芸能関係の稽古や研修、会議などでご利用いただいているほか、芸能関連団体の事務所が入居しています。また、どなたでもご利用いただけるフリースペースも用意しております。演劇、音楽、舞踊、演芸などさまざまな芸能分野の関係者が集い、交流する。まさに芸能文化の総合的な拠点として機能しています」となってマスな。
大阪は、政治トップ(ヘッド)のセンセイが、文楽を観て「よう、ワカラン」てなふうなコメントしてるから、これはまあ、以前私が館長をしていて途中で追い出された公共ホールの運営事業団の理事長が、元サツマワリの新聞記者で「音楽も演劇もよくワカラン」てなことをいったのと同じだ。要するに「不幸」。美徳は不幸なんだけど、演劇なんて悪徳呼ばわりされた時期もあるのに、そのときからいままで、ずっと「不幸」。
で、稽古見学。これは本番を観るより十倍は疲れるということがワカッタ。コミュニケーションどころではなく、その前段階で、私のほうがバテてしまった。断っておくが、現場の雰囲気は良好で、演出の役者に対する注文や感想も的を射ていたし、役者と演出とのあいだで、その場その場で簡単な話し合いの調整もあって、納得しながらの稽古だったワケで、私が疲れたのは、久しぶりに稽古場で、若い役者さんの演技を観て、私の脳髄が余計なことをいろいろ考えてしまったので、血圧がアップしたからどす。
でも、その場にいて、最もキツかったのは、彼等の営為とは関係なく、ナンダか世の中、世間、「ちょっとチガウが、よく、わからねえっ」という強迫観念に襲われたことだった。つまり、そこでも私は「路頭に迷った」のだ。

2014年11月11日 (火)

ちょっとチガウが、よく、わからねえっ

今年(2014)の5月24日、一般社団法人日本劇作家協会の会員集会(委任状を含めての出席者が過半数に満たなかったので「総会」ではなく「集会」になった。その議事録が送付されてきた。出席者数は175名だが、そのうち委任状が156名だったので、実際に雁首付き合わせたのは19名だが、数の過少はべつにどうでもイイ。これくらいのほうが議論がしやすいってこともあるからな。ところで、私たち協会員劇作家には「最低上演料決議」というのがあって、その規定(決議)によると「総予算の5%、それが100万円に満たない場合は最低でも100万円」となっている。この案件のいい出しっぺは、たしか竹内銃一郎さんだ。私たち劇作家にとってはたいへんアリガタイ提案だった。ただ、これは「決議」であって、つまり実現目標のようなもので、法規ではナイ(と、私は認識しているんだけどネ)。その場に居合わせた19人の劇作家連中に、「ほんまは幾らもろてんねん」てなふうに、訊ねたいところだ。いや、実際、そういう報告が聞きたかった。委任状出しただけだから、無い物ねだりはナシにするが、「好きだからこそ続けられるのよね」「好きでナイとやれないよね」と世間のひとにいわれ、憧憬(しょうけい)と蔑視のアンビバレントな視線で観られつつ、(ambivalent.相反する意見を持つさま。相反する感情が同時に存在するさま)おおよそは貧困、激務、低賃金、安アパートのスラム暮らしに耐えながら一生を棒に振る人生をおくっている(中には銭があるからやってるってのもいて、最近はそういうの多いんだってね)連中がやってる劇団に対して、どうして100万円もの銭を請求出来よう。だから、劇作家の中には、ともかく商業(的)演劇のホンや、自治体やら事業団関連のイベントの公演で稼いで、小劇場劇団には「払えるだけでイイよ」てのが在るのだ。(もちろん、これは筆だけで食ってる劇作家のみにいえる話だけどネ)
助成金に関しては、文化庁も昨今は世知辛くなってきて、劇団側からの申請、決算報告について、そんなものは数字だけのもので、現実に動いた銭とはチガウことくらい知っていて、二重帳簿も報告用領収書もツクリ難くなっているってのが劇団なりの現状だろう(かつて、そういうことをやっていた劇団に限っていえばのハナシだが)。とはいえ、どんな劇団であれ、脳髄を使って合法的に、うまあく助成金を少しでも多くぶんどる努力はしている。(だいたい、もともとは私たちの納めた税金だからナ)しかしだ、劇団のほうは、違法な政治資金集め、或いは公職選挙法に抵触する銭の選挙民への餌巻きをやってるエライ政治家センセイとはチガッテ、違法に銭儲けしようなどと考えて算盤弾いているワケではナイ。いうなれば、そういった申請や報告は[理想的な上演予算・決算]を示しているといったほうがイイ。四十四年演劇をやってきた私のたった一つの望みは、「一生に一度でイイ、潤沢な資金で芝居が創りたい」だが、そんなものは実現した試しはナイ(バブルの頃は、そんなこともあったかもナ。記憶にナイけどネ)。
18年、戯曲塾をやってて、劇作家というのを育成しているのだが、提出される応募書類の質問コーナーに必ず書かれている多くの質問をつづめていえば「どうしたら戯曲を書いて食えるのですか」だ。(食えますよ。人生なんか短いんだから、老後のことを無視さへすればですがネ)。小説だって、芥川賞をめでたく受賞した作家に、受賞パーティーで、編集者が開口一番にいうコトバは「まず、パトロンになってくれそうな(食わせてくれそうな)女をみつけろ(作家が女性の場合は知らんけど)」だ、そうだ。
と、ここまでが前フリで、これからが本論なんだけど、字数が多くなりそうなので、それは明日にする。(ほんとうは、鬱病の症例についての続編を書くつもりだったんだけどナァ)

2014年11月 9日 (日)

鬱に未来はナイ

鬱病の症状の特徴として、私の場合、空間的には「路頭に迷う」という言語域で表され、時間的には「時間が過去からやって来る」ものとして感じられる心象が在る。ただし、これは精神的(観念的)なものに拘った場合で、身体的にはさまざまで、その最上級が「のたうち回る」(ような、という比喩ではなく、語源通り、莞打(ぬたう)つ、沼田(ぬたう)つ。前者、莞はかやつりぐさ科の多年草で、沼などの湿地に自生し、茎をむしろを織るのに使うが、このとき砧(きぬた・木製の槌)で打つ。後者は野生動物が沼地で気繕い、毛についた虫を、転がりながら落とすさま)なのだが、身体的な症状はまさにさまざまなので、今回は取り上げない。
空間性の象徴の「路頭に迷う」は、文字通り、何処へ行っても(何処にいても)そこが自分のいるべき場所ではナイという不安、自己喪失感に囚われることだ。コトバを変えていうと「逃げ場がナイ」と感ずることだ。肝腎なのは、その理由(原因)が奈辺に在るのかが自身にまったくワカラナイということだ。この焦燥はそうとうなものだ。
「時間が過去からやって来る」という時間性は、簡単にいえば「未来、将来に希望が持てない」でも当たっていないことはナイ。この先、自分に(が)必要な事は(が)ナイ、という観念だ。
そうすると、この両者の[純粋疎外]において、それを解決するには[原生疎外]の解決と同様の[消滅=死]を選択せざるを得なくなる。これが鬱者の自死だ。これは希死念慮から自殺念慮へと発展する。
そこで、その「対処」として、「ここは自分の場だ」という[場]の確保が前者に、「希望はなくとも、とりあえず[予定]を」という未来(将来)に対する約束手形の所有が挙げられる。前者の[場]は、空間を必ずしも意味しない。例えば、私の場合「書くこと」という時間の空間化がそうだし、それは特定の[場]ではナイのだが、もちろん、具体的な[場]であったほうがイイ。
この「対処」はある程度の鬱症状(感覚・領域)に対しては、効果を持つが、重度になると、まったく無効化する。ただし、どのように重度化しても、「私はいま重度な鬱状態にある」という自覚だけはなくならない。だから「この状態は、必ず、改善される」というエビデンスは希薄だが、経験的学習からの「思い込み」だけを頼りにしなければしょうがナイ。
症状は、いつ何どき、何処で、起こるかはまったく不明で、何が契機になるのかもさまざま、かつ不明だ。だから「いつ死んでもオカシクナイ」というのが、この宿痾の運命のようなもので、それを逆手にとって「どうせ死ぬのだから」と、如何なる手段、方法にも頼ってみるべきで、面子やプライドに固執していてはダメだ。
とはいえ、目標生存値のクラモチくんの享年(命日)を生ききった我が身としては、あんまり頑張るのもなあ、という気分もないではナイ。まあ、いつもいうように「銭の切れ目が命の切れ目」(これはクラモチくんが入院中に口にしていたコトバ。抗ガン剤も、保険適応外になると、月2~300万円かかるゆえ)ということで、生きてるうちに、やりたいこと、やるべきことはほぼ終わっているので、もう、この宿痾の苦渋に抵抗したいとも思わなくなった。もうあの苦渋には厭きた。

2014年11月 7日 (金)

米をかす

「かす」というのは、標準語(あるいは現代語)でいうところの「研ぐ」に近いコトバで、けして方言という類ではナイ。むしろ古語の部類に入る。「研ぐ」そのものであったり、研いだ米を水に浸しおくまで含まれることもある。このあたりのことは、ネット関連の語彙辞典、やウィキペディアですぐ調べられる。私自身はウィキペディアはよく活用する。(こないだも書いたようにちゃんと銭払ってる)のだが、戯曲塾の塾生連中には、出来るだけ面倒でも辞書を引けと指導する。理由がある。辞書には、卓上のものでも一語調べるのにページを開くと、さまざまな他の語彙、コトバに巡り合うことが出来るからだ。つまり、開くは「啓」なのだ。ポケット版(卓上版以下)の辞書は、元本の孫孫引き程度のものが多く、誰が調べたのか忘れたが、確率的に2ページ(開いて左右)の語彙、コトバの説明には、一つの割合でマチガイがあるそうだ。例えば「酢豆腐」など、「豆腐の酢のもの料理」などと平気で書いてある辞書もある。(「酢豆腐」は落語の根多だ)

前説が長くなった。

「米を炊く」ときには「米をかす」のだが、これはいまの炊飯器でもそうだ。たぶん、私などは、お竈(くど)さん(「竈(くど)」とは、竈(かまど)のことだ。お釜で飯を炊くところネ。主に京都文化圏では「おくどさん」と呼ぶ)で、飯を炊くことが出来る最後の世代だろう。炊事一般にもいえることだが、独り暮らしのときは、この「米をかす」ときの水の冷たさ、次第に冷たくなっていく水の感触で、季節を知ることも出来た。「ああ、だいぶんに水が冷たくなってきたなあ」だ。別に顔を洗うでもいいのだが、何かやはり、食うことにつながるものに、強い印象が残るのだろう。いまは仕事場を大阪に移転させたので、嫁の仕事とのサイクルの違いから、私自身よく料理(調理程度だけど)するし、当然、飯を炊く。このあいだ、新米が出ていたので、ネット通販で近江米(江州米)を買い求め、いま、それを食ってる。ちょっと焼き飯にするのにはもったいない。 「米をかす」のに、かつて茶筅の親方のような便利な道具をみつけて使っていたのだが、いまは、みつけることが出来ない。あれは、たいへん便利だった。簡単なアイデアなのだが、重宝していた。(簡単なものだから、作れないワケはナイんだけどね)。

冬が近づいて来た。水が少しずつ冷たくなっていく。

この季節の移り目は、鬱病罹患者にとっては、あんまり楽な時期ではナイ。(そうでナイ鬱病者もいるんだけどね、イロイロだから)。私などは午前中、寝起きから、すでに殆どknockoutだ。すぐ「路頭に迷ってしまう」。時間は未来からやって来ることなく、過去からしかやって来ない。こういうことについては、また稿をあらためて、書く。ともかく、冬が近づいて来た。米をかす水が少しずつ冷たくなってきた。

2014年11月 3日 (月)

観客そのアンビバレント

大阪に仕事場を移したので、というのが理由のすべてではナイのだが、観劇の回数が増ええてきた。(とはいえ、ほんの年に数回程度)。こちらの知己や、元塾生の舞台などを観るからだ。東京からもお誘いは幾つもあるが、交通費だけで3万円では、19ヶ月の経済余命の私としては、命をそのぶん削るワケで躊躇、断念せざるを得ない。「銭の切れ目が命の切れ目」なのだが、経済余命19ヶ月を二ヶ月維持しているのは、仕事がナイとはいえ、不労所得(著作権使用料・印税)も塵山で、バカにならないということだ。
観劇回数増加の要因のひとつに、嫁の仕事が舞台の裏方(その労働環境の劣悪さは、私が十代の頃、同様の仕事をしていたときと殆ど変わらない。名古屋で舞台監督で食ってるのは1~2名。タレントで食ってるのは一人。タレントのギャラがこれまた、私が十代の頃から殆ど上がっていない。ベテラン・・年はとったというだけですが・・が、ギャラの安い仕事をするので、若手はそれ以上のギャラを要求出来ないというワケだ。私は自身のホン代を下げないので・・そんなことをすれば、若手や中堅も、それ以上銭を要求出来なくなる・・けっきょく、私は高いということになり、仕事は来ない。だから仕事先は東京が殆どということになる)だというのも挙げられる。
劇団太陽族は、『それからの遠い国』で、本日北九州で大楽を向かえるが、観客はまばらだそうだ。その代わり、大ホールで上演中の『ジュリアス・シーザー』は大入り満員で、蜷川演出に『花子とアン』の石炭王を演じた俳優が出演では、仕方がない。たぶん、観客の幾分かは(ほんとうは多くはと書きたいが、それでは失礼なので)、シェイクスピアなんかには興味はなく、シーザーがユリウス・カエサル(古典ラテン語で Gaius Iulius Cæsarだが、英語読みをすればジュリアス・シーザーになる)ともいわれ、「賽は投げられた」(alea iacta est)、「来た、見た、勝った」(veni, vidi, vici) 、「ブルータス、お前もか (et tu, Brute?)」という名文句を残した(ほんとかどうかはワカラナイ)、ということにも興味はナイ。(ウィキペディアからの参照だが、私ゃウィキペディアには月々銭を払って活用してます)。
「世界の蜷川」と蜷川センセイが称されているのは日本でだけで、実際、外国の演劇業界で蜷川の名前を知っているひとは、そんなにいない。それよりも、韓国の小劇場演劇界で平田オリザの名前を知らないひとはいないということのほうが重要だ。(不肖、私のホンも韓国語に何曲か訳され上演されている。・・ロシアでは出版されている作品もあるのだが、印税が千円だということなので、丁重に頂戴しなかった。もちろん、英訳もされている、と威張っておく)
太陽族の公演の観客は「まばら」だけれども、だからといって、舞台のクオリティは落ちていないということは舞台監督の嫁から報されている。共催の買い取りだから、銭の心配はあまりナイのだが(あまりナイ、というのは、買い取り額はけして高くはナイだろうという憶測からだ。まあ、石炭王の俳優のギャラのほうが高いでしょうナ)。私も劇団時代、舞台に出演している役者の数のほうが、観客より多いということがあったが、その時、観客と対峙した熱き和気あいあいとした気分は、いまも胸に残っている。けして『ジュリアス・シーザー』の観客を貶めているワケではナイのだ。私たちは観客というものに、たいていいつもアンビバレントな関係を強いられているのはたしかなことだ。「観客よ汝を愛し、汝を憎む」というワケだ。「まばら」な観客を粗末にしない劇団はステキだ。ここでいいたいのはこのことだと思ってもらいたい。

2014年11月 2日 (日)

サンデー モーニング

まったくテレビを観ないというワケではない。例えば最近は昼もやってる朝ドラ『マッサン』はたいてい観ている。誰でも先読みの出来るホンで、なるほど、こういうふうに書けばイイのだな(何がイイのかはよくワカランままに)と、納得しながら観ている。モデルの竹鶴さんは、ハイニッカを毎日ボトル一本空けてらした(史実)そうだが、酒豪だというより、愛飲されていたのが、ハイニッカだということに驚く。驚きの理由は、私くらいの世代でナイとワカラナイだろうが、敢えて書かない。

『サンデーモーニング』はほぼ欠かさず観る。司会の関口宏さんは、私などはあの西田佐知子を奪った憎き野郎というふうに、かつてはみていたが、この番組を観るようになって、恨み?は消えた。いい緩衝材的司会だと思う。最初のいつものニュースは概ね暗い。というよりも深刻なのだが、それを払拭するように次のコーナーが「週刊御意見番」で、ここに登場の唐橋ユミさんのファンであります。眼鏡フェチだし、あの声がたまらんワ。野球のニュースが多いが、唐橋ユミさんは[どストライク]ですワ。メインは張本勲さんなのだが、名古屋時代、まだバンドウエイジさんが全国区でなかった頃(その直前かな)、張本さんについては、「張本はね、遠征先でも絶対一人でしか風呂に入らへんねん。なんでかいうと○チンでね」ソ、のような話を聞いて、大笑いしたことがあるので、どうしても、このひとが登場すると、○チンのことを思い出してしまう。スンマセン。(私は、嫁に不満をいわれたことはナイ。嫁にいわせると、私のはエラの張り方が特別で・・やめときますね。image downとかになるみたいだから)。 とはいえ、この番組を観て、深刻になった気分で商店街に買い物に行くと、まったく世界がチガッテいて(大阪では下町という語句は本来無いのだそうだが、その代わり上町とか本町とか、関西はそれ系が多い)、大衆は日本の政治がどうなっても、しぶとく生きていくのだろうなと、確信気味に思う。何しろこの国は一度戦争で焦土、瓦礫になっているのだからなあ。髪を赤く染めてくわえタバコで自転車をケッタくってる、とおに還暦は過ぎたと思われるオバハンと擦れ違ったりすると、あの女性も若い頃はかなり「やんちゃ」をしたんだろうな、などと妄想したりするのだ。

世知辛い(せこい、すぐに算盤を弾く、そんなひとが多いという仏教用語)世間だが、美徳(ジュスティーヌ)は不幸だし、姉のジュリエットは悪徳に生きて死ぬまで幸福だったのだから(と、マルキ・ド・サドが書いている。また、悪徳あればこそ、美徳が光り輝くともいっている)、善男善女ばかりの世間など気色が悪いくらいだ。いまハマっている海外ドラマ『person of interest』でも、サードシーズンから、ショーンさん(女性)が加わったことで、リースくんの暴力生や攻撃性が程良くなって、私のようなaggressiveなものにはたまらんですワ。映画では、リュック・ベッソンの 『マラヴィータ』(ロバート・デニーロ、トミリー・リー・ジョーンズ)で、元マフィアのボス、デニーロが、バーベキューパーティーのさなか、気に食わないことを数人にいわれ、妄想の中でそやつらのひとりを焼肉網に押しつけるのだが、現実では薄笑いをして誤魔化す、その顔が、こないだ乗った電車の中での酔った若者二人の、傍若無人のふるまいを我慢して観ていた私の顔と同じだった、と、嫁にいわれ、「よく我慢してくれてありがとう。もっとも、ナンかあったら、私が先に手を出してた」と、褒められたみたいんだが、そういう血の気があるうちは、「やんちゃ高齢者」として生きてはいけると思う。

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »