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2014年9月 6日 (土)

映画感想『ルーシー』

前日に『キャリー』のリメイクバージョン(キンバリー・ピアース監督)をレンタルで観た偶然があったが、スティーブン・キング原作の映画化がたいてい失敗している原因は、この映画によく現れていたように思われる。早い話、キャスティングがプロトタイプ過ぎるのだ。
で、今朝方、私は「これ以上生きても、いいことなんか一つもナイ気がする」と思うくらい具合が悪く、ひょっとして鬱期に入るのではナイかと懸念していたのだが、ここはひとつ賭けに出るしかナイと、リュック・ベッソンに文字通り賭けて、「勝った」らしい。いいものを一つ観たからだ。
『ルーシー』(リュック・ベッソン監督・脚本、スカーレット・ヨハンソン、モーガン・フリーマン)はあたかも、ベッソンが、キューブリックの『2001年宇宙の旅』に果敢に挑んでいるかのような映画で、おそらくクライマックスのルーシーが地球時間(どころか、宇宙時間)を遡って、ビッグバン以前の、あのホーキングやビレンケンの提唱した、時間も空間ナイ物理的な場に量子がトンネル効果でひょいと飛び出る以前の、ゆらぎの海まで映像化しているのは、そのまんま『2001年宇宙の旅』のあの難解といわれる後半のシーンに重なる。
しかし、こっちは1時間30分の中にエンターテインメント性までキチンと入れ込んで、未来の話でも何でもない、現代のS.F(science・fantasy)に仕上げている。コトバを変えていうと、わざとB級映画の雰囲気で創っているベッソンの余裕の高笑いがたまらない。スカーレット・ヨハンソンがそれを意識してか、いや、天才なんだろうなあ、ヒロインを、ベッソンお望みの通りに演じているのもたまらない。彼女のルーシーと、人類の粗のルーシー(アウストラロピテクス、最初の直立二足歩行の化石人類で、1974年にエチオピアで発見、名前の由来は、当時ヒットしていたビートルズの曲名からとられている)が、時間の旅において邂逅し、触れ合うというのは感動的ですらある。
殆ど悄気ていた私は、観終わるや、「これでイイんだ。こんなふうでイイんだ」と、自分の創作姿勢に自信をとりもどして、ややコーフン気味だったワ。
「人間の脳は10%しか使われていない」という伝説を前提、モチーフにしているのだが、これは、現在の脳科学では否定されている。(というか、元々はアインシュタインのジョークが、まともにとられて一人歩きしているだけなのだが)だから、そこを突っ込んでも意味はナイ。あくまでこれは哲学的なお伽話として観ないとイケナイ。しかし、ベッソン監督の映画って、観ると、いつも元気になっちゃうなあ。キチンと遊ばないとねえ。土居くん、千葉くん、林に高橋、中村、これ必見だぜ。

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