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2014年2月 1日 (土)

西のほうへ

/Sです。
草鞋ですが、
今週からちょいと入院しますんで、たぶん暇な入院期間に、編んでみようかと思いました。
挫けたら早めに報告します。(1月7日)/

RE:/草鞋の件ありがとうございます。けれど、くれぐれもご無理はなさいませんようにご自愛くださいませ。/

RE:/Sさん、ありがとうございます。くれぐれも体調優先でお願いします。何かあればご連絡ください。

/支部の皆様、稽古行けなくてすみません。
こちらは順調に回復しております。
文士劇の小道具ですが、提灯と提灯立てはIさんに依頼しました。碁石と碁盤はIさんのつてでお借りします。
ドライフラワーはKさんが椿を持ってきてくれます。あとは稽古場でご相談ください。
折り畳み傘は私が持っていきます。
わらじは私が編みました。わらぞうりでなく、わらじです。
箱は、Kくんが持ってきてくれました。あとは稽古場でご相談ください。
女4の傘は、私かIさんで何とかします。
座卓、座布団、湯呑は文化の家からお借りします。
菓子器はKさんが持ってきてくれます。
タバコは市販のもので。
ライターは、現在のZIPPOだといかにも男ものなので、もう一考と思うのですが、いか
がでしょうか。
T-3タイプは、委員長が厳重保管中のはずです。
何かご不明な点は、お尋ねくださいませ。
末尾ですが、ご心配いただいたみなさま、ほんとうにありがとうございます。(1月16日)/

/東海支部の皆様、ご連絡が大変遅くなり、申し訳ございません。
どしのぎ祭りまであと数日となり、これはいよいよお伝えせねばと思いメールをいたし
ました。
私、先週の土曜日に退院をし、そのまま稽古に参加するつもりでおりました。その予定
で通院計画もたてておりました。
ところが21日の外来で癌の転移が複数見つかり、そのまま再入院となってしまいました。
この時期に降板することがどれほど皆さんにご迷惑をかけるかは十分わかっております。
私もとても悔しいです。
本当に、本当に申し訳ありません。
小道具のわらじ、番傘、折り畳み傘、私が使う予定だ衣装。かつら等は私の自宅にあり
ます。Kさんあたりが取りに来てくださるととてもありがたく思います。
何かご不明な点は、何時でもメールをくださいませ。
おそらく劇場へうかがうことも叶わないでしょうが、みなさんがしのぎを削るさまを想
像いたします。(1月22日)/

1月24日、18:43 S、永眠
1月31日、20:00 文士劇上演、Sの初七日

この文士劇は、日本劇作家協会東海支部のイベント『どしのぎ祭』のオープニングとして上演された。ホンは、依頼されて私が書いた。なるべくみんなそのまま登場出来るようにという注文に、それなら、situation は私の通夜がイイだろうと、そうした。タイトルを『通夜の雨』とした。
Sは、その通夜に夜半、訪れる謎の女の役だったが、訪れるはずの彼女は、西の方へ一足先に去ってしまった。通夜という situation で、もう来ないものとなってしまったSの到来を待たねばならない、劇作家文士の胸中は如何ばかりだったろうか。
立ち稽古に相手役だった、SIは「あんなイイ演技は観たことがナイ、すっごく良かったんですよ」と悔しげにいい、Tはすぐさま、自作次回上演の出演offerをしたという。急遽、その役を引き受けたKAは、Sの柩の前で、1時間、せりふを入れる特訓をした。
私はSを葬る会では、香典も供養の花も出さなかった。私は私なりに私の業を深く感じていたから、Sが編んでいたわらじを引き取らせてもらいたいと「わらじ銭」を用意して申し出た。とはいえ、夫君にとっても思い出の品になるものだろうから、ダメならそれでもイイと思っていた。ところが、どういうワケか、わらじは、二足編まれていた。用意すべきは一足だったのだが、Sは、わらじを男ものと女ものの二足編んでいたのだ。おそらく一足は自らが履くべきと、覚悟していたのだろう。

3・11いや、2009年1月17日以降、私たちは、ひとの死というものを数で勘定することをおぼえてしまった。1・17から始まったNHKの報道で、毎日同じ男性アナウンサーが、被害者、被災者、死亡者の数を読み上げていたが、ある日突然、「私は毎日、亡くなった方の数を申し上げていますが、この何千何百という数には、ひとりひとりの、それぞれの人生があったワケで、・・・」と、そこで嗚咽して、番組は終わった。このときばかりは、私はNHKを見直した。そのことに気づかないでいた自分を恥じた。
NHKは公共放送なので、なにごとも「公平」に扱うことをその方針としているらしいが、ひとの死に「公平」などあるワケがナイ。「固有」があるだけだ。

私は韓国人も朝鮮人も好悪がどうのという対象にしたことはナイ。韓国人にだって好きなものもいればキライなヤツもいる。それは日本人にも同じようにいえることだ。ただし、朴 槿惠大統領だけは、こういう政治屋だけは、許せない。慰安婦という存在を一括り(集合数)にして、政治に利用する根性が許せない。慰安婦もまた固有の存在であることはいうまでもナイことだ。

しかし、私たちもまたこの日本で同じことをしているのだ。被災地、被災者という集合数をつくり(一括りにし)、ひとを数で勘定して、それが固有の存在だということを忘れてしまっている。被災地のためになにが出来るか、被災者のためにナニが、あのな、被災地というのは日本であり、被災者は私たちだ。私たちはこれを死体を数える数の中に忘れ去るべきではナイ。

Sの「固有」の死は、そこまで、私を引っ張り戻してくれた。

わらじ銭をどうぞ
あんた わらじを履くんだろ
西の方へ行くんだってな
あのな これは内緒だけど
わらじ銭は 六文にした
川を渡る渡し賃は三文だ
だから
残りの三文で ズルして 帰っておいで
とはいえ
こっちより あっちのほうが イイのに決まってんだろうけどナ

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