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2014年1月

2014年1月21日 (火)

現況・付記

全論までの論理でいうなら、双極性障害というのは、躁病と鬱病は表裏の関係ですよ、あるいは対称性という宇宙の摂理でいうなら対称性です、といっているに過ぎない。当方のような、35年余の宿痾に苦しむものにとっては、そんなものは豆腐屋のラッパのようなもので、オレが食いたいのは豆腐ではナイ、とだけいいたいところだ。
ところで、私は、毎年三万人前後が、この鬱病で自ら命を絶つということに関しては、同情というものより、諦念を感じる。癌ならまだ痛みを止めるモルヒネがあるが、鬱病の、のたうちまわる苦しみは、どうしようもナイ。アメリカの幾つかの州のように、せめてマリファナくらい解禁してよ、といいたくなる。あのな、貧困国では、医者に行く銭がナイから、たとえば、ジャマイカなんかは、道ばたに生えている大麻でとりあえずしのぐのよ。丁度、日本の生薬のようなもんだな。かつて治療薬の最終手段として存在したリタリンは合法的覚醒剤とでもいうべきシロモノだが、いまは、依存性が強いのと、副作用で頭、ヘンになったりするので、製造中止になっている。売られているとすれば、西成あたりかな。もちろん、偽薬(成分だけ似たような粗悪品)だけど。
欧米に比べてアフリカ諸国に鬱病患者が少ないというのは、二つ理由がある。一つは、WHOの調査が何処まで行き届いていて、どこまでのデータを持っているかだ。アフリカ諸国での難民の多くが鬱病でナイワケがナイのだ。何故なら二つ目の理由である、アフリカ共同体を彼等は逸失してしまっているからだ。アフリカ的共同体に住むものなら、鬱病など概念にナイのではないかと思われる。文明が侵入している地域ならともかくも、原住民的共同制に未だに庇護されていると考えれば、鬱病もなんやしらんが悪霊か、悪魔か、悪鬼の仕業ですんでしまうだろうからだ。ここでは、御祓い、祈禱、特種な薬草などが用いられる。国を追われ、永住の地を奪われ、固有史をズタズタにされた難民が、鬱病にならないワケがナイのだ。
SNRIを75㎎/一日(最大許容量は100㎎)にしてから二週間、そろそろ効果が出始めて(効果が出るまで2~3週間かかる)、ちょっと視界が開けてきた。80度だったのが120度くらいになった。つまり、自身(自己)に向いていただけの関係と了解が、環界に開かれてきた。視界の感覚でそれが了解出来るのだ。いっときの躁転かも知れないので予断はゆるされないが、ちょっと一息といったところだ。

2014年1月20日 (月)

現況③

役者が、「舞台初日に観客の前に立たされて、真っ白になっているような状況」になる原因はハッキリしている。観客の視線のせいだ。稽古のときは、演出家の視線しかナイし、練習のときは、自身の架空の視線しか存在しない。観客視線は固有のゆらぎ(波動)で、それが観客の数だけ役者に向けられるのだから、役者のコヒーレンス(自己組織化)は、その観客視線のゆらぎ(波動)の干渉によって、コヒーレント(波が重なった状態)な状況に置かれる。幾らなんでも、観客の固有の数だけの波を引き受けていられないので、私はこれを三角関数の絶対値として扱った。要するにsineθの角度として捉えただけだ。(『恋愛的演劇論』より)。ところで、コヒーレンスな波も、それ自体は変化する。これを密度行列で扱ったところで、『恋愛的演劇論』の最終章は終わったカタチになっている。そこからは量子力学の分野になるために、これを「序章」とした。
と、ワケのワカランような前置きだが、私がワカッテいればそれでいいのだ。書いたり喋ったりは、殆ど「独り言」の延長でしかナイからな。
鬱病の固有性の身体症状を扱うために、この「観客」という内界(ココロ・意識・精神)でも外界(身体)でもナイものを捜さねばならない。簡単にいえば「原因」だ。鬱病が結果であるのなら、因果関係は存在するのだから、私の固有性の身体症状にも、何か原因がなければならない。思考力のリテラシーの悪い脳を懸命に使いながら、よせばいいのに、鬱病の身体症状で苦しみながら、そいつをやったのは、苦しいという実態を前にして(ではなく身をもってだな)、考えるほうが、悲壮だけれどマトモな部分に行き着くかも知れないと思ったからだ。余談だが、嫁は私のこういう資質を「足し算ですむのに、関数を扱って同じ答を出そうとしている不器用さ」というのだが、たしかに、洞察力と勘のイイ嫁なら足し算でやっちまうだろう。私は、どうしても回り道をしてしまう。余談終り。
出来るだけ簡単にやっちまおうではナイか。つまりmechanism(図式)のようなものを提示してみればイイ。これまで35年余の経験から、(必ずしもというワケではナイが)身体症状で苦しいとき、血圧は正常なのに、脈拍だけが120以上になっていることが多い。つまりこれを単純に①交感神経の興奮、と記しておく。何故、交感神経が興奮するのか。②アドレナリンとノルアドレナリンの分泌に因る、と記しておく。ではなぜ、アドレナリンとノルアドレナリンが分泌(おそらくどちらかが過剰に)されるのか。抗鬱剤第四世代のSNRIはセロトニンとノルアドレナリンの分泌を促す。これで、鬱病の症状は軽くなるのだから、ノルアドレナリンのほうに注目することにする。アドレナリンの過剰分泌なら、ひとはしょっちゅうやってるからな。ノルアドレナリンは脳内で働き、いわゆる覚醒剤のような働きをする。気力を上げるのだ。オレは元気だと脳に思わせるのだ。なんのために、それが分泌されるか。もちろん身体が過労状態になってSOSを発するからだ。これは、身体の過労状態が脳へノルアドレナリンの分泌を要請しているということだ。つまり、気力で乗り切ろうという魂胆を身体はヤルのだ。そこで、脳はそれを受けてノルアドレナリンを分泌するのだが、出せば出すほど、ノルアドレナリンの量は少なくなる。鬱病患者は、この神経伝達物質のノルアドレナリンとセロトニンの分泌が少ないことは脳医学的にワカッテいる。そこで、セロトニンとノルアドレナリンが再取り込みされぬよう(ともかく流しっぱなしにする)クスリがSNRIだ。ところで、ノルアドレナリンは、過剰に分泌されるとこれまた鬱状態になることもワカッテいる。要するに脳の匙加減、クスリにもなれば毒にもなるということだ。身体が過労して、もっともっととノルアドレナリンを要求すると、姑息に活動は出来るが、そのアトがキビシイ。ノルアドレナリンは、過剰に出っぱなしとなる。すると、②によって、①が誘発されるということだ。②において、アドレナリンは外界(身体)もしくは内界(ココロ・意識・精神)がこれを制御することが出来るが、脳内だけで活動するノルアドレナリンの制御は脳にしか出来ない。その脳がすでに誤作動を続けている。何故かというと、身体が、その分泌を要請し続けているままになっているからだ。外界(身体)と内界(ココロ・意識・精神)はこれを制御することが出来ない。「もっと出せ」というコマンドは送れるのだが、「もういい」ということが出来ない。何故なら、すでにノルアドレナリンの分泌は、身体とタッグを組んで「自然過程」に突入しているからだ。なのに何故SNRIを抗鬱剤として使うのかというと、どんどん出てますから大丈夫ですよ、と、身体にこれを納得させるためとしかいいようはナイ。身体は状況をようやく察して、「自然過程」は終了する。ようするに身体に、もうノルアドレナリンは必要ないという状況を了解させるのが、鬱病治療の早道なのだ。それにはどうすればいいか。寝るか。寝ても鬱病は治らない。その症状はなくならない。身体が納得しないのだ。とはいえ、身体(外界)とココロ(内界)の過労を取り除かないことにはどうしようもナイ。そこで、役者は、コヒーレンスの波を、観客の波と干渉させて、つまり、観客をおのれのうちに取り込む(自己組織化するために、観客のゆらぎ(波)を使う)ことで、コヒーレントな干渉状態を創る。これは、自身の演技を観客に向けて一度通過させたものを、もう一度自身にもどすということだ。
私の固有の鬱病身体症状も、その身体の「休ませ方」さへワカレば、どうにかなる。ただ寝るだけではダメなのだ。アホみたいな答だが、休ませ方を模索するしかナイのだ。出来るだけ心身を興奮させずに、ある程度の興奮状態を創ってこれをcool down させるという方法をみつけ出すしかナイ。で、ナニやんの。それがワカレば、苦労も苦悶もせえへんわ。

現況②

「自己が、自己と自己を認識しているだけの自己、に置かれる」という事象を、もう少し突っ込んで考えてみる。つまり、事象から現象へと踏み込んでみる。これにはもちろん、「舞台初日に観客の前に立たされて、真っ白になっているような状況」の役者の事象とも関係してくる。私の場合、けして「憂鬱」になっているのではナイ(と、判断しているが、周囲からは、憂鬱そうにみえるだろうとも、ワカッテはいる)。私は身体症状としての鬱病に難渋しているのだから、「自己が、自己と自己を認識しているだけの自己、に置かれる」ということをいま少し具体的に述べれば、私(という自己)は、私の身体症状という表出とだけ関係・了解を結んでいることになる。私の自己認識は、「鬱病の身体症状で苦しんでいるところの自己」ということになる。この場合、他者(との関係・了解)などの環境界は、埒外に置かれる。卑俗にいうなら他人のことはどうでもイイということだ。これが深度を増すと、他人のことを慮れないということに対しての罪責となるのはいうまでもナイ。そこに至ると、責任のとりかたを私は私に訴求するだろうから、「死」の選択を余儀なくされるだろう。これは、希死念慮というものとは位相がチガウ。そこで、戦略的に、私は、私の死がもたらすだろう、他者の悲哀や惜別を対置させて、その「死」を避けようとしている。かんたんにいうなら「生きていたほうが他人にとってもマシだよ」といいきかせることだ。この場合の他者は、現存、故人を問わない。志半ばにして、非業の死を遂げた、故人としての知己に申し訳がたたない。と、私は、それを命綱の一本として握っている。死んだものの分まで生き延びねば、という、戦略だ。しかし、この戦略には不備がある。即ち「そうまでして生きて、ナニをするの(何が出来るの)」という、現存するものたちの疑義や、故人たちの妄念の問いに明確に答えることが出来ないということだ。これはこれで、さらなる債務を背負うことになる。この債務は負債だし、そのまま、罪責感へと通じていく。
もし、私がそのごとく、自己と自己の表出(身体症状)だけに関係と了解を結んでいるとするならば、自己表出=自己疎外の等式から抜け出すには、身体症状とは無関係な加速度を表出に足し算すればイイ。つまり「疎外≠表出+加速度」だ。「表出+加速度」は何らかの加速度をもった表現を意味するから、その、何らかの加速度をもった表現が必要になる。これ(この加速度)は「等価原理」からそれと同等のものでもイイ。「慣性重力」でも「加速度重力」でもカマワナイ。つまり、私はその力によって、自己の表出である自己(身体症状と関係、了解している自己)を「引っ張りだして」しまいたいのだ。ちえがていえば「引っこ抜きたい」のだ。
その具体的方法を思案する前に、なぜ、私(自己)は、単に「身体症状」という表出に囚われてしまったのかを、もう少し順序だてて考えてもイイ。

2014年1月19日 (日)

現況

鬱病という宿痾は目覚めるところから始まる。寝起きのしんどさから、この忌まわしいマラソンのスタートの号砲は鳴っている。鬱病(双極性障害といわれようと鬱病は鬱病だ)は、何度も書いたように憂鬱(melancholic)になる病ではナイ。苦しいのは、身体症状なのだ。マラソンの号砲と書いたが、そこから一日中、マラソンを走っているようなもので、休むことが許されない。走っていると疲れるのだが、鬱病はひとことでいえば「しんどいことに疲れてしまう」という疾病だ。
症状は固有のものだが、このあいだ、数日間滋賀の実家に一緒にいた嫁が大阪に仕事で戻ったので、(次の日から鳥取に仕事に出かけた)急激に環境が変化して、くるかなと予想はしていたが、けっこうキツイのがきた。これはもう母親を欺いてはいられそうにないので、晩飯の買い物だけをして帰ってくると、すまんが具合が悪いので、と二階の仕事場(兼、居室)に上がった。嫁に電話して、オレからはうまく説明出来ないが、母親が、私の急変に動揺していたようなので、よろしく電話で、うまくいっといてくれと頼んだ。で、嫁は、電話してくれたが、やはり、母親は心配していたらしく、嫁は、鬱病の症状について私との経験を語ったワケだが、母親は「ほんで、二階に上がって何をしとるんや」と質した。嫁は「もんどりうってる」と答えたらしいが、もんどりうつというのは、宙返りのことなので、ほんとうは、悶えてとか、のたうちまわってが正しい。しかし、メタファーとしては、たしかにもんどりうっても、いえないこともナイ。そういう病態なんだから。そこで母親は少々驚嘆して、「そういうとき、あんたはどうすんの」と嫁に訊いた。アタリマエの質問だ。嫁は「なんにもでけへんからみてるだけ」と答えた。その通りなんだから仕方がない。
夜、風さん(山田風太郎さん)の『人間臨終図鑑』をひょいと取り出して、読んでみた。私は、このホンが好きで、全部読んでいるのだが、ときどき、そうする。有名人の臨終の様子が書かれている。幾つか読んだが、声を出して笑ったのは、宮沢賢治に触れた部分。彼の臨終の様子が書かれていて、風さんの感想が最後にひとことある。「彼自身は自分の詩や童話の独自性や芸術性をかたく信じていたといわれるが、これはどんな三流詩人も同様に確信しているにちがいないから、特筆するには当たるまい」
そうだよなぁ。私は、いまでも、賢治のあまりポピュラーでナイ幾つかのものは、ヒジョーに面白いと思っているが、『銀河鉄道の夜』などは、「こいつ、下手なんじゃないかなぁ」とか、「とてもプロの書くものじねえな」と思いつつ、これくらいなら戯曲に出来るなあと、パブリをアテにして、何曲も書いたわ。おかげで、全集をみな読まねばならなかったけど。
私の身体症状の一つに、何か仕事をしたり、読んだり観たりすると、交感神経が一挙に興奮して、脈拍が120~130まで上がる。これがずううううっとつづく。だからマラソンだと比喩してみた。よって、なんにも出来ない。というか、より悪化すると、何をする気にもならない。性欲すらまったくなくなる。これを、私は自身の著作『恋愛的演劇論』で「自己が、自己と自己を認識しているだけの自己、に置かれる」と記した。環境世界との干渉が出来なくなる。舞台初日に観客の前に立たされた役者が、真っ白になっているような状況だと思えばイイ。クスリも効かないので、ただ、環界との交換の修復を待つしかナイ。

2014年1月 7日 (火)

真っ釈迦さま

avecビーズの来年の公演「evolution 12」『And in the End〈今日は死ぬのにちょうどいい〉』の冒頭は以下のようになっている。(ま、いくらなんでも次の次の次の作品まで脱稿しているワケではない。扱ってみたい motif は「アフリカ的段階」からみた演劇史の内在と外在。これは、ナンシー・ウッドの「今日は死ぬのにもってこいの日」からサンプリング。タイトルも、そこからきている。それと「失語症と演劇」。これは先日ブログに書いたものが動機になっている。そうして「jazz」。ブラック・アフリカンのココロの表出としての音楽だ。いまは、それらのゆらぎがたゆとうているだけだ)。
                 ☆
(前略)  と、圧倒的な夕陽。

女1「陽が沈む。しかし、陽はまた昇る。
女2「すごい夕焼けですね。
女1「こんな夕焼けでも、明日になったら、雨だって降る。
女2「そういう日もありますね。
女1「(話題急転して、自らに語るような口調で)釈迦は、菩提樹の下(もと)で悟りを得たとされているが、ある仏説によると、享楽も苦行も否定して、瞑想を選んだ釈迦は、自ら設定した問題である四苦八苦の超克について、なおも納得のいく答が得られず、半眼を閉じながらも、内心は穏やかではなかった。二十九歳の出家から時は六年を経ていた。                             女2「(それを続けるように)ある日の昼下がりのことである。背中に薪の束を背負った老人が釈迦の摩訶を通りすぎんとして、釈迦に一瞥をくれながら、その背後き巨大な菩提樹をみあげた。それが数秒だったのか、数分だったのかはワカラナイ。釈迦は半眼のまま、老人を観ていた。すると老人は、いま初めて、釈迦に興味を持ったかのように釈迦に視線を移して、こういった。
女1「大きな菩提樹じゃなあ。それは、独り言だったのかも知れぬ。あるいは、釈迦に向けてのコトバだったのかも知れない。老人は、それから、聞こえるか聞こえぬかほどの小さな声で、何かを呟いた。釈迦はそのコトバを~小さきひとよ~と聞いた。釈迦は、目を開けた。しかし、老人の姿はもうなかった。ある仏典、仏伝では、この老人を梵天の化身と記してあるものもあるが、後の仏教学ではこの解釈は否定されている。
女2「釈迦は立ち上がり、菩提樹をみあげた。
女1「と、朽ちた葉が一枚、舞落ちてきた。
女2「釈迦は菩提樹に訊ねた。
女1「菩提樹よ、汝も何れ枯れる運命か。
女2「菩提樹は何も答えなかった。
女1「再度、釈迦は菩提樹に問うた。
女2「すべてはこの枯れ葉のごとく滅するのか。
女1「菩提樹は、口を開いた。こう、答えたのだ。お聞きなさい、小さきひとよ。その枯れ葉は大地に落ちて、やがて大地の肥やしとなるであろう。一枚の枯れ葉ですら、病んだ大地を肥やすのだ。癒えた大地には、新しい芽がふくだろう。
女2「では、繁る緑の葉は何のためにある。
女1「これこそ、命の力だ。
女2「しかし、汝も枯れゆくのではないか。それは、何ゆえだ。
女1「葉っぱどもがみな死んでイケルようにだ。
女2「ここに至って、釈迦の修行は終わった。彼は、悟りを得たのだ。
              ☆
また、主筆、しばらく留守にするが、この前後の釈迦の偽伝を開店休業のアト、書いてみようかと考えている。

2014年1月 5日 (日)

年頭所感みたいなぁ、もん

昨年、鬱症状態においてなお無理に仕事をしたこともあって、その反動の身体症状は、熾烈に年末に現れた。抗鬱剤を増やしてはいたが、それでも防ぎきれぬありさまで、丁度、紅白歌合戦を観ているさなか、両腕が痺れでだるくなり始め、こりゃあ、ヤバイと二階の仕事場で、もん取りうった。その日の朝も、同様に5時半に目覚めてから約一時間半の症状に悶えていたのだが、夜は、二階の仕事場でドタバタと音がするので、嫁が異変を察して上がってきた。で、背中をさすったり、叩いたり、揉んだりしてくれたが、接触は、触れること自体が身体症状をさらに呼び込むことになるので、これは辞退した。嫁の観察によると(嫁の洞察眼は、かなり鋭敏なのだが)、私の様相(容態)は、「私が私から抜け出そうと必死になってもがいている」ようにみえたという。「幽体離脱しようとしているみたいだった」とも述べている。その苦しみが背中の部分にあるように思えたので、そこを叩いたと解説した。これをmetaphorで「そこから羽根でも生えるんじゃないかと思った」という。
最初に精神科医の診察を受けたとき、あらゆる検査をして何の異常もなかった結果を受けて、その医師は鬱病(というコトバは当時まだなかったが)と判断して、抗鬱剤を投与してくれたので、1年間苦しんだ症状は、一挙に落ち着いたが、医師は「あなたの病気は治りません。良くなったり悪くなったりするだけです」と告げた。「つまり、あたの病気は、あなたの25年間がつくりあげたものだからです」というコメントを寄せて。
私が、故人になっても父親を赦すことが出来ないのは、幼少時の暴力(いまでいう虐待)が、少なからず、私の鬱病と関係しているという確執による。片目がみえなくなるまで顔が腫れ上がり、それでも泣かずに憮然としている私に、父親は自身の右手をみせて「お前を殴ったために右手がこんなに腫れてしまった。今度からは角材を使う」と、宣言して、後、角材で殴られるようになってからは、私は、まさか殺されることはナイだろうけれど、この父親の行為は、私に身体的にも精神的にも将来、大きな打撃、損傷、痕跡となるだろうとだけは予測した。高校を卒業して、すぐさま名古屋に逃げたのは、そういった理由に因る。鬱病(双極性障害)の要因のすべてをそこに求めるという愚考はナイが、私の妄執は、その父親の血(遺伝子)が私に在るという、消し難い嫌悪感となって残余している。
こういうことは、もうブログに何度も書いたことなのだが、相変わらずだという意味合いで再々記しておく。身体症状で、のたうちまわっているときは、「こりゃあ、自殺もするわなぁ。しかし、これで死ぬのは癪にさわる。どうにでもなれ」と、なるようにまかせている。他にすべがナイのだ。ただ、私も還暦を過ぎて、体力的な我慢というものに限界も感じ始めた。去年、無理をした分、今回は苦悶が長引いてしまったが、これを反省して、本年の所感は「急ぐな、そうして、疲れるないようにゆっくり前をみて歩け」ということにした。とはいえ、退屈を最も嫌う性質ゆえ、守れるかどうか、はなはだ自信はナイ。

2014年1月 4日 (土)

epigram

「これは私の望んだものではナイ」と、釈迦は思ったろう。「生」についてだ。とはいえ、「貰ったもの、与えられたもの」或いは、「生まれてしまったこと」が不可避のものならば、「生きねば仕方がない」と思ったろう。私もそう思う。とはいえ、釈迦の時代にはバラモンの輪廻が存在した。そういうものがほんとうにあるのか、キリスト教のいうように復活とか永遠の命があるのか、そんなことは考えてどうなるものでナシ、というか、どうとでもなれ、と、そんな渡世を生きているんだから、しょうがナイ。

perspective

眠りはきみの消耗を回復させることはナイだろう
騒ぎはきみのキライなHysterieにしか過ぎない
ただ 黙して 氷の視線をたもつこと
静かに よく 観ること
これから また 政治の時代がはじまることを
政治に命をさらわれて 政治に殺される
そんな時代が やってくることを み逃さぬようにすること

人類史の数えきれぬ戦で 多くの血と命が死んだ
戦の糸をたぐっていけば 政治にたどりつくという真理を
政治的に生きるものは 政治的に固有の生活を殺すという反省を
けして 忘れぬようにすること

ほんとうの声など  政治から発せられたことはナイ
ほんとうの声は  山河や森や  渓谷や  そこに棲む 妖精に似たものたちの
あるいは  風雨に耐えた甍の下や 路地裏に軒を並べるものたちの
非業の叫びに似た沈黙の声だけだ

政治の歌う うたが  如何な美しさで聞こえようと
あるいは 正しさを語っているようにみせかけようと
それらは華麗なドレスをまとった骸なのだから
それらは Lorelei や Sirène の歌声なのだから
わたしたちは聞くべきではナイ

自分の歌を独りでうたえ
如何なる chorus が加わろうと 聞き流したほうがイイ
インディオの古老が歌う 風のような歌だけに耳を傾けておけばイイ

身をコートにくるみ  長刃(ドス)を抱え隠して佇んで おけ 
いつでもその鞘がはらえるように  時代を見据えて おけ
これから始まる 政治の時代に 
残りの人生を生きなければならないのだから

ココロの声

本日(2014/01/04)産経新聞朝刊で、ひじょうに興味を引く記事に出会った。24面『コトバってすごいね・3』「林耕司さん(63)の物語」。林さんは言語聴覚士で、現在は、長野医療生専門学校で言語聴覚士を養成する授業を担当。言語聴覚士というのは、これは私も無知だったが、脳梗塞や事故における脳の損傷で発症する失語症(現在の患者数は全国で30~50万人)の治療にあたる専門医療士のことをいう。いわゆるrehabilitation の指導医療なのだが、林さんは、「長野失語症友の会」を立ち上げ、ここでは患者自らが定期的に演劇を披露している、とある。
記事におけるある具体例を示す。「かなと思うの」としか発語出来ない女性が在る。名前、住所、など、何をどう訊かれても「かなと思うの」と答える。もちろん痴呆ではナイ。記事から察するに、脳の言語分野(運動脳)と知覚精神が壊死しているか欠損しているかしているのだ。つまり感情(伝えたい[思い])は胸の内のあるのだ。ココロに声を持ちながら、その表出がまったく言語表現出来ないでいるのだ。林さんはこれを「言葉が裂ける」と表現している。私たちの表現でいえば、知覚精神と心的精神の断裂ということになる。何故そうなったのかは、記事からは読み取る情報はナイし、私自身によくワカラナイ。ただ、この「かなと思うの」の患者さんは、リハビリは拒否したが、林さんが、何気なくお茶会に誘ったとき、他の参加者に交じって、「かなと思うの」と、ただそれだけを口にしながらも、楽しそうに笑顔をみせた。ここで、林さんは「そうか」とひざを打つ。記事どおりに記せば「女性が『かなと思うの』にどんな思いを込めているのか想像をめぐらせ、気持ちの中に入り込む。患者さんはだれもが『胸の内側にある声を聞いてほしい』と願っている。相手の真意をくみ取るのは、相手が誰であっても同じこと」と、患者のココロの声に耳を傾ける。そこで、演劇という表現方法を思いつくのだが、記事では、この狭間が書かれていないので、何故、演劇かは読み取れない。ただ「患者の一つ一つの言葉や、言葉にならない言葉にも耳を澄まし、体から出る言葉の源泉に漬かっていかなければ」と、林さんは決意する。演劇の舞台に立つのは、もちろん失語症の患者さんたちだ。その患者さんたちが、ままならないコトバをたどたどしく発し、「無残な姿だったかも知れないけど、できたことを誇りに思う」と語るとき、演劇の言語表現は、日常のそれとはチガウが、言語自体がまったくチガウということではナイことを思う。戯曲言語は多く心的表出をせりふの表現に変容させたものだ。その伝からいうと、失語症の療法としては逆に適切なのかも知れない。「言語の限界がそのひとの世界限界である」(前期)とぬかしたウィトゲンシュタインは、後期に『言語ゲーム』を提唱するが、私が何度も述べたように、ウィトゲンシュタイン言語学は、言語をあくまで「使用価値」としてしか解釈していないので、演劇の言語が「交換価値」を要することにさいして、そこに踏み込むことが出来ない。ここでいう交換価値とは、喫茶店で「ホット」といえば「ホットコーヒー」が注文されたことになって、それが運ばれて来る、などという交換とはまったくチガウ。演劇の言語でそれをするならば、客がテーブルに座って一万円札を出そうが、千円札を出そうが、五百円玉を出そうが、店主は「ホット」を出すのか、「アイス」を出すのか、あるいは「パフェ」を出すのか、すぐさま判断して、テーブルに注文の品を運ぶことに値する。そこに決め事やルールがあるのか、ナイのかは、ワカラナイ。観ている客席のものは、あれ、何故、と思うだろうが、その説明が舞台上で一切されなくてもカマワナイ。客が「かなと思うの」とひとこといえば、店主は、それで「ホット」か「アイス」か「パフェ」かを決める。理由は、なくてイイ。そういったものの説明がなくても、観客を納得させられる戯曲というものが書けるように、奮闘努力せよ、若き劇作家の諸君。
-「おはよう」の一言をいうために何度も何度も練習を重ね、うまく言えたときはうれしさのあまり涙を流す それが患者の姿だ。(中略)本当に伝えたい言葉は、表面的ではなく、胸の内側から湧き上がるもの。-(後略)と、記事にはある。
「ホン(戯曲)に書いてあるせりふをただ語ればイイというのではナイ」などという演出家の、知ったふうないいぐさなど信用するな。書いたほう(劇作家)からいわせてもらえば「ホン(戯曲)に書いてあるせりふをただ語ればイイ」ようになるまで練習、稽古に努めるのが役者というものなのだ。
ともかくは、この林さんの仕事、今後も踏み込んで追跡してみるつもりだ。

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