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2013年8月 3日 (土)

マスク・THE・忍法帳-34

間宮幽門は、仏教に帰依していた。黒菩薩から殺戮者の育成という仕事を要請されたときは、陀羅尼金剛経の修行僧としてチベットに在った。
 帝国日本が世界の大国を相手に開戦を余儀なくされる事態を迎えた時、通常の戦闘では勝ち目がナイと考えたのは山本五十六だけではなかった。彼の信奉者でもあったが、歴史にはその名を残してはいない(というのも思想的に過激であったからなのだが)斎賀勘三海軍特務士官は、陸軍が諜報機関としての中野学校を設立したさい、海軍においても何かそういう機関の必要性を考えていた。しかし、正統派軍人を自認する海軍ではそれが難しいと知ると、中野学校の組織の一部として、影の組織を密かに開設することを企てた。それが後に『黒菩薩』と称される一団であり、彼らは暗殺者組織であった。間諜業務の汚れた部分を一手に引き受けようというのである。もちろん、中野学校自体でも、敵に対する攻撃パターンとしての刺殺は教程に含まれていたが、それはあくまで手段であって目的ではなかった。
 影の組織『黒菩薩』が招集されると、教官として、日本本土はいうに及ばず、世界各地に在った殺戮を生業とする者、あるいは闘技を糧とする者、また歴史の暗部に蠢いていた者などが十名ばかり集められ、組織の指導にあたった。そのうち幾人かは戦死し、あるいは高齢で死亡したり、心身不随になってはいたが、未だ現役のままの者も在った。間宮幽門もそのひとりである。
 チベット仏教においても陀羅尼金剛経は秘経典に入る。秘経典は密教の奥義を扱う。そこでは何事も宇宙の輪廻のうちに、その業(カルマ)は必然として消却される。殺人も然り。無論、殺人とはいわずに「無にもどす」という意味で「還無(げんむ)の法」と称される。もし、輪廻転生、生れ変わりの必然もまた認めるならば、良くない生まれ方をしてきたものは、再度生まれ変わればよいという論理の帰結がある。「還無」はその処方なのだ。ただし、そのものが何から転生し、次にどう輪廻するかを見極める能力を持った僧侶の下においてのみ、それは許容される法力であって、その法力を手中にするのが、陀羅尼金剛教の奥義ということになっている。
 若き日から仏僧であった間宮幽門は、早くにチベットに渡り、その半ば狂気のような経典の実践を会得せんと修行を積んだ。その修行成りて、瞑想の日々を過ごしていたときに亜細亜がキナ臭くなってくる。間宮幽門は、チベット修行のスポンサーとも呼べるフィクサーに日本に呼び戻され、陸軍中野学校の裏組織、黒菩薩で刺客を養成する任務につくことになった。ただ、それだけの経歴によって、いま、還暦を迎えんとしている我が身を捧げるべく最後の仕事、それがずいぶんの若造に対する刺客であるということに、その朱色の布着は多少の不満を感じていることに間違いはなかった。
 倒そうと思えば、一国の将来を担う人物を標的として、これを倒すこともたやすいことであった。自身の力は一個師団以上にも値すると間宮幽門は自尊していた。彼の理想、いや究極の目的は、人類すべての「還無」にあったといっても過言ではナイ。この世はもう一度、創りなおさねばならぬ。それには世直しなどという法華経程度の教義では間に合わぬ。それが彼の思想だったからである。
 まるで仕立てる前の一反の布でカラダを無造作にくるんだかのような出で立ちで間宮幽門は、平吉の前に位置していた。その中間の地面には死体が二つばかり転がっていた。彼らは戸沢機関の精鋭であった。機関員は間宮幽門に銃撃を試みたが、南部式拳銃から放たれた銃弾は、ことごとく間宮幽門の一振りの朱い布によって叩き落され、次いでその布はひとりの首に巻きついてこれを縊死せしめ、またもうひとりの胸に突き刺さって、同様にこれを屠ってしまった。
 その様子を平吉はのんびり観ていたワケではナイ。それは僅か数秒の出来事であった。奇妙な男が、本部近所の河川敷に在るという情報を受けた戸沢機関の二人が偵察、あるいは場合によっては迎撃の命令を受けて、出ていったアトを、平吉は追ったのだが、これほど威風堂々というべき刺客の登場の仕方に、平吉自身も、多少呆気にとられていたというべきであったろう。
 これまでの敵とは相場が違う。平吉の口からはいつもの軽口も飛び出さなかった。

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