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2013年8月 8日 (木)

マスク・THE・忍法帳-39

黒菩薩、風閂の檜垣の方針が、壺中舞の拉致からはっきりと二十面相殲滅(もっとも檜垣自身は平吉を味方に引き入れたいという野心があるのだが)に変わったということは、当の平吉にも了解出来ていた。アルプスの闘争からこっち、二十面相ある限り、舞を奪取することは難しいという判断である。
 たかだか市井の泥棒と高をくくっていた油断と侮りは、黒菩薩精鋭の無残な敗北と累々たる死につながった。檜垣にしてみれば、一気にこれを解決したいところだが、頼みの元教官のひとり、朱色の剃髪、間宮幽門も呆気なく倒された。檜垣以上に事の重大さに気づいたのは刺客として命を受けた元教官の、二人である。
 陳龍は、中国名を名乗ってはいるが、中国人だかどうか正体を知っているものは組織の中にはいない。戸沢機関の義勇隊4名にとって不運であったのは、陳の得意とする術が毒殺術であったということである。
 陳は、義勇隊の放つ短針銃の針も受け止めたし、青酸ガス弾も身に包んだ。しかし、
「残念だが、諸君、私には毒は効かぬ」
 とだけ彼らに通達すると、同じ種類の毒を以て、義勇隊を屠ってしまった。
 この事実を知っている者は、平吉しかいない。何故、というと、平吉は4名の屍体の観察から、敵は彼らよりも毒に熟達した者と、そう推測して、おそらく外れてはいないだろうという確信を持っていた。
 毒ほどやっかいな武器はナイ。どんなに練達した技術を持った武芸者も、毒には勝てない。如何なる達人も毒の前には通常人と変わらない。それゆえ、日本でもおそらく西洋でも、王や将軍などの毒味役は、幼い頃から食事に少量の毒を混ぜられて、毒を中和する身体をつくり、また毒に対する敏感な舌を養ったとされる。従って日本の将軍家の毒味役は代々継がれていったもので、急にお役目が変わるといったものではなかった。もちろん、食事に盛られた少量の毒で命を落とした幼少の者も多くあった。それに生き残った者が毒味役として、将軍の台所の頂点にあったのだ。
 おそらく敵は毒を知り尽くしている。あらゆる毒の攻撃が平吉を襲うだろう。平吉は出来得る限りの中和剤を準備はしたが、それも限界がある。いったいどんな方法で敵は毒を使うのか、もっかの所計り知れない。殺された4名も、自分たちの準備した毒で葬られている。つまり、ここでも敵は用心深く、おのれの手の内を明かしていないのだ。
 しかし、逃げることは出来ぬ。
 それだけが平吉に与えられた最高綱領である。
 平吉は、初めて葉子と新介を前にして、遺言めいたことを述べた。もし、我が命、天運の守護なく消え去ることあらば、二人は契って生きていくよう、そういう望みを語ったのである。
 で、二人に大笑いされた。「私たち、契りはときどきやってるけど」と葉子にいわれて平吉はしどろもどろになった。そのアトそれを半ば誤魔化すかのように新介が「ボスは泥棒やないですか」と目からウロコのようなことをいった。
「おっと、そうじゃったな。このところ血なまぐさいことばかりにかまけていたので、それをうっかりしとったわい。なるほど、新介、さすがはノガミの大将じゃ。お前の知恵には頭が下がる」
 つまり、と、ここからアトは陳と平吉の死闘がそのワケを物語る。
        
 弥勒教団の別荘地は、教団幹部の他に、黒菩薩の功労引退者が豪勢な邸宅を建てて住んでおり、他には保養地の寮のような棟があった。野球場が幾つも入るような広大な敷地面積を持っており、まだ家屋の完成していない部分は、更地か梅林になっていた。その紅白の梅の香りの中、平吉は潜むというのではなく、ただ無防備に寝転がって、陳の登場を待っていた。空はすでに春の色をしている。
 陳龍、毒の刺客。その音もなく邪悪な影は、梅林を歩いて横切るだけで、周囲の梅を枯らした。あるいは、それが彼の術なのか、その身そのものから毒を放っているらしい。
「そっちから出向いて来るとは、どういう魂胆なのだ」
 と、陳は、遠く梅の木のあいだに寝そべっている平吉をみつけると、そういった。
「死んだ四人のおかげで、つまりあんさんに返り討ちにされた戸沢機関の四人のおかげでというか、あんさんの住まいがワカッタもんでね。いままではこっちから仕掛けるということはなかったが、・・・ああ、あったか、江ノ島で。それはもう、どうでもええわい。早い話が、俺としては、ひとが殺されるということは戦争で厭になっとるんよ。しかし、護るものは命を懸けて死守せにゃならんからな。猛毒使いだろうが、禽獣の類だろうが、倒さねばならん者は倒していかねばならん」
 陳は不敵に微笑むと、
「このわしを倒しにのこのことやってきたのかね」
「俺が来なくても、いずれ、あんさんが来るんだろ」
 陳が歩を進めると、咲き誇っていた梅が黒ずんで枯れた。
「で、そんなところで何をしている」
 すでに勝利を手中にしたかのような余裕をもって、陳は平吉に問うた。
「これが今生名残の、みおさめの青空かと、そう思ってな」
「殊勝というか、覚悟がいいというか、おかしな奴だの」
 ゆっくりと陳は平吉に近づく。
「ところで、毒というモノは存在しないらしいな」
 と、平吉は妙なことを口走った。このコトバに陳は不必要なほどに動揺したようだったが、
「どういうことだ」
 それを隠すように、陳は平吉に問い返した。
「毒にもクスリにもなる。というのがほんとうのところらしい。つまり毒は薬に、薬は毒にという、そういうもんらしいな」
 陳は、おそらく俄仕込みであろう平吉の学問に苦笑しながら、「そうだ」と応えた。
「二十面相に、あんさんが使ったような、のこのこというコトバはナイんじゃ。知ってのとおり俺の本業は泥棒でね、ゆんべは、あんさんのところに忍び込んで、いろいろと勉強させて貰ったよ」
 何のことをいっているのか、戸惑いで陳の動きが一瞬、止まった。
「あんさんは、中野学校の裏組織で、毒殺の教鞭をとっていなすったんだね。つまり、それはこういうことでいいのかな。敵を毒殺することと同時に、敵に毒殺されなく生き延びる。その両方のお勉強だと」
 確かにそういうことを陳は、教えていた。
「あんさんが俺に近づいて来ると、梅が枯れていく。その毒は、腐毒というもんやの。あんさんの息なのか、体臭なのか、とにかくあんさんの放っている毒が梅を枯らしていっとるということやの。そのまま、ここにあんさんが来ると俺も腐って死ぬ。まあ、そういう絵を描いてるワケじゃの。ところで、その逆のことが起こったとしたら、どうなさる」
 陳は、長い両袖の中国服から両手を出すと、指の関節を鳴らした。
「わしが、腐毒で死ぬとでもいうのか」

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