マスク・THE・忍法帳-38
翌日、平吉は戸沢とともに保養所の舞を訪れた。ちょうど、愛染医師の立合いのもとにその日の朝の診察が終わったところであった。
「もう1~2ヶ月もすれば、通常の健康体で町の生活にもどれますよ」
と、愛染がにこやかに伝えたが、当の舞は、平吉と戸沢には実にすまなさそうな眼差しで、唇を噛むのだった。
「この度は、命を助けてもらったくせに、平吉さんを危険な闘いの中に巻き込み、戸沢さんには部下を多く失わせるという、私は、いったいこれからどう生きていけばいいのか、ほんとうは、ワカラナイでいるのです」
「舞さん、人間の運命の連鎖などというものは、まったく想定がつかないものですよ。貴女のお父上が、弥勒教団と関わりを持ち、『デモクレスの剣』ノートの作成に関与していたことなど、貴女は知らないことだったんですからね。しかし、こんないい方は不遜であるかも知れないが、この平吉さんを巻き込んでもらって、当方としてはヒジョウに幸運であったと思っているのです。確かに、部下は多く失いましたが、それはこちらの落ち度であり、こちらの未熟が招いた結果です。私たちは偶然にも二十面相という天才を味方につけることが出来、黒菩薩の超人的な刺客たちをことごとく連破することが出来ました。もし平吉さんがいなければ、私たちは貴女もろとも壊滅していたかも知れません」
そんな慰めのコトバにも、舞は苦渋の表情をくずさなかった。
「もうそろそろ、あっちも弾切れですよ。この闘いはそう長引かないと、俺は思うてますから。まあ、あんさんは、一日も早く普通の生活にもどれるように養生なさい」
平吉がいった刹那、病室のドアが開いて、戸沢機関の者らしい男がいそいそと入って来ると、戸沢に耳打ちした。戸沢の顔色から血の気が引くのを平吉は見逃さなかった。
「ちょっと、失礼します」
戸沢は、機関の男とともに部屋をあとにした。
小野、前田、三谷、中橋の屍体が並べられた本部のモルグで、鎮痛な面持ちで立ち竦む戸沢の背後から、いつの間について来て入り込んだのか、平吉の声がした。
「少し、このホトケさんたちのカラダを調べていいですかね」
いうなり、平吉は、それぞれの屍体の皮膚の色、臭い、感触、瞼の裏、などを調べているようだった。監察医らしい白衣の男が、当方の検視では毒殺であると告げた。平吉もそれに頷いた。
報せに来た男が、拳銃らしき武器を戸沢に二丁、差し出した。
「新式の銃のようです。研究班のいうのには、中橋が試作した短針銃と呼ばれる毒針の拳銃と、もう一種は毒ガスの銃弾を発射する拳銃のようです」
「それじゃあ、まるで、同士撃ちをしたみたいじゃないか」
憤懣やるかたなし、に、戸沢は吐き捨てた。
「もちろん、彼らをこんなふうにしてしまったのは、黒菩薩の刺客ですね」
と、平吉は自分自身にいうようにそういって、
「しかし、毒を以て毒を制すになったと、そういうことですか。この戸沢さんの部下たちは、こいつで闘うつもりだったんですね。いや、闘ったはずなんだ」
平吉は二種類の拳銃を手にした。それから、短針の臭いを嗅いで、
「動物性の毒だな。サソリかハブか」
そうして、もう一丁の拳銃の弾丸を観ながら、
「炸裂してガスが噴出するのか。青酸ガスというところか」
と、吟味した。
「で、彼らはその毒で命を断たれているんですかね」
平吉、今度は監察医にそう訊ねた。
「そうです」
と、監察医が機械のように答えた。
「自分たちの武器を敵に奪われた可能性があるな」
いったのは戸沢だ。
「いえ、たぶん、拳銃は全部で4丁だと推測されます。残りの2丁も現場で発見されています」
その場にいた、助手らしい白衣が今度は答えた。
「現場とは」
戸沢が質問する。
「弥勒教団東京本部から東に5㎞、教団の別荘地です。ただし、すべて家屋が建築されているワケではありません。更地がまだ多く残っています」
「敵をそこに捕捉したのか」
戸沢が、傍らの部下に訊ねた。
「おそらくそうだと思われます」
戸沢は額に拳をあてて、目を閉じると、絞り出すように呟いた。
「馬鹿な真似を」
平吉は考え事でもするように、しばらく四人の屍体に見入っていたが、黙ったまま、踵を返した。
「平吉さん、何処へ」
「へい、東のほうへ。何れにしても、俺が標的なんですから」
アタリマエのことだが、誰にも止める権利はナイ。戸沢は、先程、舞に述べたコトバを苦々しく思い出した。
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