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2013年8月 5日 (月)

マスク・THE・忍法帳-36

しかし、間宮幽門の左手は血が滴り落ちてきている。平吉から飛んできたのは布だけではなかったのだ。いわば、布はダミーであった。小柄も同時に喉元を撃ったのである。間宮幽門は、これを左の掌で止めたことになる。よって、左手の中央には、平吉の小柄ナイフが突っ立っている。
「速いな」
 と、間宮幽門は呟いた。
 その口元に、額から血がしたたり落ちてきた。驚くべきことに、さらに平吉は河原の小石の礫をも、間宮幽門の頭部へと投げつけていたのである。
「一度に三つとは、恐れ入った」
 間宮幽門は左手に刺さった小柄を振り棄てると、後頭部をトンと叩いた。額にめりこんだ礫がぽろっと抜けて落ちた。
「いやあ、さすがに化け物だなあ」
 平吉は頭を掻いた。
 間宮幽門は、右手の棒状の布をも河原に投げ棄てた。
「肉弾戦にするか」
 双方、武器らしいものを使う技はもうないと、敵もなかなかの勇将たる判断で、間宮幽門は、下帯ひとつの裸身の鍛え上げられた筋肉に気を入れると、合掌した。
「少林寺かい。さすが坊さんだな」
 平吉は、いうと、特に構えをみせずに、軽く両手を臍の辺りで交差させた。
「それは、」
 と、間宮幽門が平吉の姿態を観て口にした。
「大東流合気柔術とかいうらしいんだ。海軍に派遣されたえらく高齢の爺さまから、兵隊挙って習ったんだが、習得したのは俺だけらしい」
「きさま、海軍には何年務めた」
「俺は航空隊でな、四国の兵学校で一年ばかり飯を食ったかな」
 間宮幽門は黙した。もちろん、大東流合気柔術のことは知らぬワケではナイ。また、それを習得するのに五年や十年では無理であることも。ひょっとすると、騙りの者が師範を装って海軍航空隊の訓練所にやってきたのかも知れない。ともかくも、闘えばワカルことだ。
 少林拳は、拳、蹴り、投げ技のミックスで成り立っている。その特徴は攻撃の直後に守備の態勢に即座にもどれることだ。ふつうの空手はこれが出来ないために、蹴りなどの大技を出したアトは、逆にスキが出来て攻撃を受け易い。攻めと守り、この何れにも展開出来るような基本姿勢を少林拳は構えとする。
 大東流合気柔術には、基本の構えというものはナイ。この流派の力学は現在の科学でも解明されていない。力学的には不可能なのだが、実際に行使出来るので認めざるを得ないというのが現状だ。まるで、蜂鳥が航空力学的に飛べないのに飛んでいるのと同じようなものである。
 間宮幽門のカラダがふわりと浮くと、そのまま蹴りが平吉の喉元に入ってきた。平吉はそれを避けたようにみえた。しかし、間宮幽門は、おそらくおのれが飛ぶべく距離の数倍を飛ばされて、すんでのところで着地した。まさしく大東流合気柔術。平吉がいつ、何をしたのかはワカラナイ。間宮幽門はおのれの蹴りの力を逆に利用されて、飛ばされたのである。
 しかし、間宮幽門は着地するや否や、即座に反転して再び平吉に襲いかかった。今度は正面の突きから相手の腕をとっての投げである。平吉は投げられはしたが、それ以上に高く突き上げられるように宙に飛んだのは間宮幽門のほうであった。
 これをまるで猫のように回転しながら、間宮幽門は着地して、防御の構えをとった。ところが、彼の前方に平吉の姿はなかった。彼は振り向くことをせずに、そのまま後方に逆さ蹴りを入れた。その足をどうされたのか、間宮幽門はそのままその足を中心に数回転させられ河原の砂利に頭部を叩きつけられた。
 さすがに、これもすっくと立ち上がったが、腕組みをして立つ平吉をみて、そこで戦意を消失させた。
「みごとだな。もはや黒菩薩の命運は尽きたか。相手に選んだ敵が悪過ぎたというべきだろう。わしの負けだ」
 いうと、左手の指を口元に持っていった。指輪の青酸カリを含んだものとみえる。

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