マスク・THE・忍法帳-27
「十六です」
という声に、平吉はふっと思考を中断させると、自分が無意識のうちに、娘に年齢を訊ねていたのだと、思い当たった。
平吉は、娘をしばらくみつめていたが、なるほど、痩身であるのは、女性としては年齢的に未発達な肉体のせいなのかも知れぬ。
平吉は、娘の仕込みを寄越すように促した。娘は、盲目の師匠をみたが、師匠はこれに頷いた。娘は平吉に、自分の武器である仕込み杖の剣を手渡した。
平吉は、その重さと長さを計るかのように、刀身を抜かずに、眼を閉じたままそれを手にしていたが、突然、抜いて、何かを斬った。居合がワザの二人にも、そうとだけしか思えなかった。抜いたようであったし、何か斬ったようでもあった。
やがて、囲炉裏の鉄製の長火箸が、中程で鋭く斬られて、灰の上にポトリと落ちた。娘のほうは息を飲んだが、祖父のほうは、耳でそれを察知したらしい。その理由を訊ねようとした。その刹那、平吉は、灰の上の二つに斬れた長火箸の一方を、人差し指と中指で挟むようにすると、手首だけを使って後方に投げた。長火箸はその鋭利な斬れ先を土間の柱に突き立てて、金属の振動する音をたてた。
「何のようだ。急ぎの用事なのは血の臭いでワカルが」
そのコトバに老剣士も仕込みを手にしたが、平吉がそれを制した。
「敵じゃ、ない。そうだな」
平吉が、土間に向ってそういうと、土間の柱の向こうから、ようやく苦しそうな気配がして、声が聞こえた。
「戸沢機関の者だ。松代に動きアリ。幾人かの刺客らしき者、アルプスに向う。我々はこれを阻止せんとしたが、おそらく」
と、ここで、気配の者は姿も現した。というより、ずるっと横たわったといったほうが当っている。
「アルプス。じゃあ、サナトリウムへ動いたと、そういうんだな」
「おそらく、そうだ。敵の狙いは何か、ワカラヌ」
狙いはワカッテいる。舞だ。しかし、何故。理由がワカラナイ。
「突然の動きは、何の理由でだ」
「ワカラヌ。我々は、戸沢所長に命ぜられて、偵察をしていただけだ」
松代の『黒菩薩』が動いた。しかも、標的は舞らしい。とりあえずは、これだけで充分とばかりに、土間の男が息絶えるより先に、二十面相の姿は消えていた。
何故、舞が狙われているのか、目下のところ何もワカラヌ。復讐ならば標的は自分のはずである。平吉は千曲川を上流へと、渓谷からアルプスの中腹へ向って駈けていた。
と、突然、後方の岩が二つばかり鈍い音とともに破砕された。自然現象ではナイ。それが証拠に、前方に獣のなめし皮らしいチョッキを着ただけ、ズボンといえばニッカーボッカーの、季節ハズレの薄着の男がひとり、だぶついた肉をゆらして、チョビ髭にお釜帽という、ピエロでもいま少しはマシなコスチュームを選ぶだろうと思われる出で立ちで、にやにや笑って岩に座っている
「俺の行く手を阻むということか」
と、平吉は、その男に問うようにいった。
「ここから先には行けないよ、お前は」
男はニヤニヤだか、ニタニタだか、痴呆のように笑っている。
「おんしが、通せんぼをするということは、まだ悪人たちは、お姫さまを拉致してはいないということだな」
間にあった。と平吉はちょっと安堵の息をついた。敵を目の前にして、これである。
「俺の右手と左手をポンと合わせて、さて、音が出るのはどちらの手からか、ワカルか」 お釜帽は、両手を自分の胸元に差し出した。
「そんなことは、どうでもええんじゃ。舞さんを拉致しようとしている理由はナンだ」
チョビ髭は、自分のコトバを無視されたことに、腹を立てたか、今度はさらに強い調子で同じことをいおうとした。
「俺の右手と左手を叩いて、」
「音は出ない」
平吉は相手のコトバを遮るように即答した。
それが、ズバリ正解であったのか、あるいは、また自分のコトバを遮られたのに、自尊心でも傷つけられたか、男のニタニタ笑いは、引き攣るような表情へと変化して、太いカラダを震わしながら立ち上がった。
「お前、殺してやる」
男は池の鯉でも呼ぶように、両手をポンと打ったが、果たして、平吉のいったとおり、音はしなかった。ただ、男の前の空気が陽炎のようにゆらいで、それはそのまま、平吉に向って飛んできた。河面に水しぶきがあがって、その傍らの岩がビシっという音とともに割れた。さらにもう一波。それは、平吉の足下の岩を砕いた。
「衝撃波か」
と、平吉は、独り言のように呟いた。
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