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2013年7月11日 (木)

マスク・THE・忍法帳-11

二・颯爽二十面相

 その夜、次の仕事の下調べのために、とある富豪の子息の誕生パーティー、といってもホームパーティという地味なものではナイ、そんな祝賀会。もちろん貿易商という肩書と変装で出席した平吉は、たかが十二歳の子供の誕生祝いに、大の大人が五十名を越えて集まるという、嘘とお世辞の宴席に辟易しながら、ともかく視察をすまして、わざわざ人通りの少ない裏通りを歩いていた。
 昭和二十七年、東京の復興は早い。毎日何処かで工事の音がする。新しいビルが瓦礫の上に建てられるのだ。戦争が終わっても貧乏人が幸せになる時代がきたワケでもナイ。ただ、命の重さだけはおそらくずいぶん重いものに変わったろう。
 満月の光の放射で冷たく凍るような冬の青い空は、そのままの光を地上に落として、平吉にとっては懐中電灯など使わなくても障害物のナイ一本路、かなりの遠くまで視線は届いている。その視野に入ってきたのはスラリとした背の高い痩身の女だ。
 十間ほど先に縦縞のつむぎ姿で女は黙って立っていた。提灯ひとつ持っているワケではナイが狐狸の類でナイことは平吉にはわかっていた。何故なら殺気が平吉に向けて発せられていたからだ。女は手にしていた長ものを腰の帯にに差し入れた。仕込みの刀らしい。 平吉が女の前を通りすぎようとした刹那、抜刀された刃は平吉の胴を払った。
 しかし、平吉の身体はほぼ一寸五分ばかりの間隔をとって刃をかわした。普通ならば二間くらいを飛んでこれを避けたかも知れない。しかし、この一寸五分には理由がある。女は刀を素早く鞘におさめると再び平吉ににじり寄って仕込みの柄に手をかけようとした。これを平吉、静止するかのように、片手の掌を女に向けて差し出した。
「居合というヤツじゃの。しかし、いまの一振りでワカッテもらえたと思うが、俺はあんさんの抜刀術はもう身斬っている」
 この「身斬る」というのは普通は「見切る」というふうに用いられる。しかし、本来は身を斬るが正しい。文字通り、身体を斬らせるカタチで、相手の武器(主には刀)の攻撃範囲(距離)を計測してしまうのだ。もちろん、ほんとうに斬らせたら死んでしまう。斬られるということをシミュレーションしたカタチで瞬時に判断し、これをかわす。これが宮本武蔵が編み出し、のちに柳生新陰流が研鑽して、戦わずして勝つ活人剣の完成となった「身斬り」である。
 平吉はつづけていう。
「二間ばかり飛び退くことも出来たが、面倒なんでな。なんならもう一回斬りかかってみるか。それが無駄だということは、おんしのほうがよく知っとるじゃろうが。それとも他になんぞ、俺が斬れるワザでもあるのか」
 女はもう一度仕込みで平吉を袈裟懸けに斬った。今度も刃はとどかない。
 女の眉間が曇る。斬っているはずなのだ。
 刀というものは、刀身が幾らあっても、相手を斬るのは切っ先三寸から五寸。舌先三寸の三寸はこの長さからきたコトバだ。その切っ先が平吉の着ている黒いスーツにかすりもしない。
「このスーツは一張羅でな、破かれるとマズイんじゃ」
 女はさらに踏み込んで今一度平吉の足を払う。今度は平吉は二間の距離を後ろの闇へと跳ね飛んだ。そうして、そのままみえなくなった。
 女は気配をうかがう。猫のように身をすくめながらだが。
 と、しばらくして、
「面倒なお方じゃな」
 平吉の声が、女の後ろから聞こえた。女の表情が驚嘆から恐怖のそれに変わった。
「誰に頼まれた。『黒菩薩』の残党か。あの教祖の弥勒とかいうのは、悪運が強くて生きておるのかい」
 平吉の声が今度は右手方向に変わる。
「俺に対する復讐か。そんなら、そんなもんはヤメたほうがええ。俺は血を好む者ではナイが、行く手を阻むもんは倒す主義での。弥勒だろうが菩薩だろうが、容赦はせん」
 そういったきり、平吉の声は二度と聞こえなくなった。
 仕込みをだらんと下げたまま放心する女に、白い着流しに羽織りを着た男が近づいてきた。差し詰め、女が猫なら男は巨きな虎だ。
「未熟者め」
 女は、ハッと目が覚めたかに、男をみる。
 白いのは羽織った着物だけではナイ。男の眼も白く濁っている。
「しかし、あれが二十面相よ。黒菩薩の精鋭四人、蟻の子を踏み殺すようにして蹴散らした天才よ。お前に斬れねば、わしが斬る」
「いえ、きっと私が」
 初めて発する女の声は、痩身華奢な身体から想像つかぬほど、凛とした強さを持って聞こえた。男は白い羽織りを脱ぐと、女の背中にかけた。このとき、羽裏に白虎の刺繍がみてとれた。
「父の仇は、必ず私が」
 そのコトバを平吉が聞いていたかどうか、はて、それはワカラナイ。

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