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2013年7月31日 (水)

マスク・THE・忍法帳-31

太極拳が地面を蹴った。一間跳んで、小刀を足で蹴った。足の指に挟んで飛ばしたのかも知れない。ともかく、小刀は平吉のほうに飛んだ。と同時に男も平吉に向けて拳を打ち込んだ。おそらく、小刀をかわせば、太極拳の一撃が平吉を襲う。逆ならば、小刀が。ところが、
 平吉は唇を尖らして、フッと何かを吹いただけだ。小刀は平吉の脇の下をすり抜け、太極拳の一撃は、平吉の顔面寸止めで止まった。太極拳の男は顔面を押さえた。その両眼からは血が滴っている。
「眼が・・」
 と、男は、そういって後退った。
 平吉は自分の斬られた頭髪を二本、吹き針のように飛ばして男の眼を射ったのだ。もはや、神業としかいいようがナイ。
「ちょうど、病院だから、手当てをしてもらえ、といっても、そうはすまいの」
 男の口から血がドロリと流れ出た。もはやこれまでという覚悟で舌を噛み切ったのだ。そのまま、座り込むように地面に伏すと、男は息絶えた。
 平吉は雪の上の血糊を足で蹴散らした。覚悟の上とはいえ、大嫌いな血が流れ過ぎる。そのまま、麓の弥勒教団へ駆け込んで、黒菩薩へ殴り込みでもしたい心境であった。しかし、あの真空風閂に対抗する手段が思いつかない。

 図々しいのは子供の頃からの性癖である。平吉は思い切って愛染院長に、沖縄で自分が目にした真空風閂の技を話してみた。医師という立場からでも、何でもよかった。瞬時に五十余人の人間を斬り裂くことなど出来ようか。
 院長は相変わらず髭の間にパイプをくわえて、時折紫煙を吐き、思案しているようだった。真面目に考えてくれるだけでも平吉にはありがたかった。
「ひとの技ではナイ」
 と、沈黙を破って、ひとこと院長が口にした。
「と、いうと」
 と、平吉が身を乗り出す。
 ぎっしりと洋書の詰まった本棚に囲まれた東屋である。
「どう、考えても、何か殺戮の道具が要る。外科医とて、メスがなければ腹は裂けぬ。しかし、そんな殺戮の兵器、そう、もはやそれは兵器と称してもいいんじゃないかね。そういうものが存在するだろうか。はて」
「外科医のメスですか」
「貴君は、その切断死体の断面は観たのかね」
「ええ、鋭利な刃物で斬られたようなふうでした」
「そうか。わしは〔真空〕などというからカマイタチ現象の利用かと思うたが、あれは切断というよりも、破砕、破裂だから、違うな」
 それは平吉も同様に考えたことだった。しかし、ひょっとして〔真空〕などという呼称に攪乱されているのかも知れない。そんな疑念が平吉に沸いた。あの肉塊の切断面は斬られたものだった。ひとり、一カ所から三カ所、思い出すだけで吐き気を催す地獄絵の惨状であった。
「みな、同じところを斬られていたのかね」
 老院長が訊ねた。
「いや、それは別々でしたね。適当というか、狙いを定めてという感じではなかった。コトバを換えていうなら無茶苦茶です」
「そのような武器が、存在するのか。古今東西の戦争や惨殺の記録にはなかったと思うがねえ」
 と、院長は立ち上がり、洋書の棚を眺めながら、何やら物色しているようであったが、「たしか、平吉さんよ。貴君の話では黒菩薩というのは暗殺集団だったね」
「そうです」
「刺客の集まりなんだな。そうすると、たいていがひとりでせいぜい数人を相手にするくらいじゃないのかね。五十余人を一度に暗殺などするというのは、不思議ではないかな。もはや、それは武器を兵器と称したように戦闘の類、集団による白兵戦のレベルだよ」
 たしかに、いわれてみればそうであった。暗殺は字のごとく、暗に殺すことである。五十数名の命を一度に奪うのは、とても暗殺とはいえない。
「おそらく」
 と、髭の院長は、そのあご髭を撫でた。
「人的能力が成す技ではナイ。何か特殊な殺戮の兵器を開発したに違いない。例えば、瞬時に五十余人の身体を切断する鋭利な複数の刃物だ。しかも、痕跡を残さないという類のものだ」
 医者というのは、そういうふうに思索していくものかと平吉は少々、この老院長の思考の進め方に感心していた。
「医学の分野では、いまはまだ開発途上だと聞いているが、手術のアトの抜糸をせずに済むように、自然と身体に溶けて融合されてしまう成分の手術後の縫い糸があるらしい。これだと、傷跡も目立たなくて済む」
 それは初耳だったが、
「そんなもので、肉が切断出来ますかね」
「さあ、要するに、その物質の硬度と、鋭利さということだろう」
 平吉は先程から流れているモーツァルトのレコードをじっとみつめた。
「先生、もし、その物質をレコードのようにして、ある回転を与えたらどうでしょう。切断機能は増加されるんじゃないでしょうか」
「おう、そうだ。その通りだ」
 ようやっと、朧げながら、平吉には真空風閂の実体がイメージ出来てきた。真空風閂などという名称は、めくらましに過ぎない。表象の誤誘導だ。
 と、ドアがノックされた。
「愛染院長」
 という婦長の声だ。
「どうした」
「壺中舞さんが」
 春日井婦長のコトバを聞き終わらぬうちに、平吉も愛染院長も部屋を飛び出した。
 病棟へとつながる廊下を歩きながら、婦長の話を聞くと、容体に変化があったワケではナイ。また意味不明のうわ言を語り出したというのだ。
 ベッドに辿り着くと、たしかに、舞は聞き取れぬような小声でボソボソと何かを語っていた。
「日本語ではナイだろう」
 と、いう院長の声を聞き流して、平吉は舞のコトバに集中する。そうしてしばらくすると、
「メモの用意をお願いします」
 咄嗟に、春日井婦長はエンピツと大学ノートをベッドの傍らの棚から取り出した。
 平吉が、いま聞いて暗記している舞のコトバを次々と述べていく。それを婦長がメモしていく。およそ10分、作業は終わった。平吉は大学ノートに記された意味不明のコトバの羅列を観て、
「暗号ですね。暗号なら、解けなくもナイ」
 院長が平吉のコトバを引き取る。
「すると、おそらく、睡眠時に何かの薬を投与されて、潜在意識に覚え込ませたのだな。ひょっとすると、平吉くん」
「ええ、たぶん、これが『デモクレスの剣』ノートそのものか、あるいはそれへの道案内だと思われます」
 平吉はそういいながら、あの真空風邪閂との決着の時が近づいたことを暗黙のうちに覚っていた。

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