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2013年7月29日 (月)

マスク・THE・忍法帳-29

 療養病棟とは離れて建てられた東屋が院長の書斎にあてられていた。窓以外の壁に設えられた本棚には洋書しか並べられていない。院長の机と椅子の前に来客面談用なのだろう応接用の長椅子とテーブルが設置されている。平吉はその長椅子の端に座った。「灰皿がナイのは、ここは結核療養所だから、一応禁煙ということになっておってね。しかし、用意は出来る」
「いえ、大丈夫です」
 院長は、そんな平吉の応答は無視するかのように、自分の机の抽斗からパイプと灰皿を取り出すと、プカプカやりだした。
「まあ、美味いものはやめられん」
 平吉は黙ってちょっと笑った。
「さてと、平吉さん、あの患者、壺中舞さんなんだがね」
「具合がまた悪くなりましたか」
「いや、具合はよくなってきている。利尿剤の効果が出てきたという報告があった。しかしながら、依然として、強い抗生剤を用いると体力の衰弱が激しいのか、不眠が現れて、ともかくはクスリで眠ってもらっておる」
 ポッと、院長はパイプの煙を吐いた。
「問題とは」
「問題というほどのことでもナイ。平吉さん、貴君のお姫さまは、ある寝言をつぶやかれるのだが」
「寝言、うなされているんでしょうか」
「いや、苦しそうなそれではナイ。静かにヒソヒソと、語るように」
「どんな」
「それが、何処の国のコトバかが、ワカラン。私は医者だから、英語と独逸語ならなんとか判読出来るが、そうではナイ。かなり古いコトバのようだが、聞きようによっては暗号のようにも聞こえる。それも、常に、語っているワケではナイ。時折、ふとした拍子におよそ三十分ばかりのあいだ、それがつづく。心当たりはおありか」
 そんなことは初耳である。こればかりは如何な平吉といえども推理出来なかった。
 と、その静寂を破るような物音が、病棟のほうで起こった。窓ガラスの割れる音だ。しかも一枚や二枚ではナイ。平吉は、即座に谷川のあの毛皮のデブを思い起こした。
「しつれい、もう一人、忘れておりました」
 急遽、立ち上がる平吉に、
「また、中庭をお使いになりますか」
 と、老院長が訊いた。それは、拒絶の意味あいをもったいい方ではなく、では見物を、とでもいいたげな口調だった。
「ニワ場の代金なら、お支払いいたしますが」
 と、平吉はいって飛び出した。ニワ場というのはテキヤのスラングで仕事場所、つまり店を出す場所のことである。ヤクザのスラングだとショバということになる。

 毛皮をまとった刺客が平吉の姿を廊下を走り抜ける風のようにみつけるのと、平吉がその者の襟首を掴んで中庭に投げつけるのとは、殆ど時間の遅延はなかった。
 さすがに殺人集団の一員である。毛皮のほうは、そのだぶついた体躯に似合わず、すぐさま立ち上がると、
「他の二人はどうした」
 平吉を睨み据えた。
「先に行って、待ってるってさ」
 と、平吉は飄々と答えた。
 毛皮の両手が胸先二尺で、合わさった。空気がゆらめいて、そのまま平吉に向って飛んできた。衝撃波である。平吉がそれを避けたので、庭にあった噴水の中央の彫像が砕けてしまった。
「弁償もんだな」
 軽口をいってはみたが、さて、この衝撃波をどうしたものか、平吉にはまだいい策略というものはナイ。
 手首から斬り落すか。と思ってみたが、さすがにそれは用心しているとみえて、手首から肘まで、帷子が巻かれている。帷子の下には、鉄鎖が編まれたものが装着されているに違いない。しかし、これ以上弁償材料を増やすワケにもいかぬ。と、すれば、あの衝撃波を避けながら、男の命を絶つしか方法はナイ。ところで、あのだぶついた体躯、それが平吉には少々気にかかっていた。
 平吉は試しに、自らのナイフを男にめがけて投げた。それは男の腹部に命中した。ところが、その腹がナイフを吐き出すようにして、ポロリとナイフは地面に落ちた。
「天然ゴムみたいなヤツだの」
 だぶついた体躯はダテではなかったのだ。どう鍛えたのか、あるいは特異体質なのか、男のカラダは、刃物を寄せつけないようになっていた。
「やっかいなヤツだの」
 その平吉のコトバを聞いて、毛皮の男は声をたてて笑った。
「俺さまの前で生き残った者はいない」
 そうして、衝撃波がまた襲ってきた。埒があかぬ。
 平吉は、何を思ったか先程の黒装束が用いていた八節棍を拾った。それをゆっくりと頭上で回転させ始めた。回転するに従って唸りが生じた。次第に回転が速くなる。すると、唸りは一定の音域まできて、急に聞こえなくなった。平吉の額に汗が滲んでいる。もう棍は目に観えない。すさまじい速度での回転であるはずだ。
 毛皮が両手を撃った。平吉が身を埋めるようにして、低い姿勢に転じた。空気のゆらぎは、平吉の頭上まで来ると、そこで消えた。
 毛皮の男の両まなこがカッと開いた。衝撃波が消されたからだ。
 平吉は、回転させている棍の角度を前方に倒すようにして変化させた。と、おどろくべきことが起こった。毛皮の男のものと同様の空気のゆらぎがそこに生じたのである。そうして、それは、毛皮の男へと向って急速に移動した。毛皮の男が後退るのと、その体躯が粉微塵にされるのとは殆ど同時のようにみえた。
 平吉の手から、棍が飛んでいって、地面に転がった。
「さすがに、腕が疲れたな。しばらくは使い物にならん」
 平吉は右手の手首を揉むようにして、そういった。
 おそらく、最初は、相手の衝撃波を、八節棍の回転の唸りの音波で干渉させ、これを打ち消したものと思える。と、そのアト、そのままの波動を相手に投げた。これだけのことを平吉はやってのけたのである。
 拍手が聞こえた。振り返ると、髭の老白衣である。
「手当てをしてしんぜよう。筋肉の緊張を緩和する注射と、湿布薬を塗布すればよろしいと、思うが如何かな」
「ええ、お願い出来ますなら」

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