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2013年7月30日 (火)

マスク・THE・忍法帳-30

春日井看護婦長が処置してくれているあいだ、老院長は意外なことを語った。
「わしは、戸沢啓太郎の叔父でな、ひょんな因縁というところだな。まあ、人間なんぞというものは、数が多いといっても、世界にゃ百億といるワケでもナイ。この、おつむの中の細胞に比すればたかが知れている。どこかで、誰と関係しているのはアタリマエのことなのだよ」
 世間は狭いということだな、と、べつに取り立てて感心している場合でもナイ。
「舞さんのことですが」
「いま、動かすのは、あまり得策とはいえんな。ここ二、三週間から一ヶ月、そこがヤマだろう。そこで、結核菌に打ち克てば、アトは半年ばかりで娑婆に戻れる。それまではここに置いておいたほうがいい」
 と、事も無げに老院長はいうが、黒菩薩からの第二波、三波が襲い来るのは目にみえている。
「しかし・・」
 と、平吉かいいよどむと、
「平吉さん、あんたが、ここで、刺客をくい止めるしか手立てはなかろう」
「そうすると、また、中庭あたりを血で汚すことにナリマスガ」
「わしたち医者には、血というものは単なる液体にしか過ぎん。後始末は引き受ける。ケガですんだら、手当てもしよう。屍になったら、裏の釜で焼いてしまえばいい」
 その大胆な申し出に、平吉は喉を鳴らしたが、
「一ヶ月、ここが修羅場になってもかまわんのですか」
「平吉さん、世の中、避けえぬものは避けられん。医者というのはひとの死にイチバン近いところに在る。警察沙汰にするワケにはいかないので、箝口令を敷くが、当人はあんただからな。平吉さん、あんたが倒された時点で、私たちはあの患者を護ることは出来ないゆえ、そこまでとなる。要するに、それだけのことだ」
 パイプの煙がふんわりと漂った。しかし、この老人、おそらくはさまざまな修羅場をくぐってきたに違いない。単なる療養所病院の老院長ではなるまい。平吉は殆ど動物的な勘というヤツでそれを覚った。

 第二波は、三日後にやって来た。おそらく黒菩薩の斥候が、先の三人の屠られたことを報告したのだろう。
 静かな高山の中腹のサナトリウム。静謐な空気の中に鎮座する、結核菌患者の治療建築物をバックにして、その中庭で、平吉はただひとり、騎士とならねばならない。
 周囲は、雪だ。その年は積雪が少ないとみえて、中庭は黒い土がところどころにみえてはいるが、その雪化粧をまた赤い血が染める。
 平吉は、作務衣の男と対峙していた。ただ独りで来たらしい。ということは、この男も同様に余程腕に自信があるということだ。
 作務衣の男は例によって名乗りもせずに、バッと、両手を広げた。
「素手ゴロか」
 と、平吉が吐いた。
「陳家(ちんか)太極拳の影技をおみせする」
 と、男がしゃがれ声でいった。年齢は五十を過ぎているだろう。太極拳なら平吉にも知識は多少あるが、陳家はその本家ともいわれている。しかし、影技とはなんだろう。
 作務衣との距離があっという間に縮まり、いつでもどちらからも攻撃出来る射程に入った。ともかく、その技がどんなものであるのか、まず受けてみなければならない。これが平吉のハンディである。もし、一撃で決まるようなものであれば、平吉にも防ぎようがナイのはいうまでもない。
 男が、というよりも、作務衣の衣だけが、風に流れるようにして平吉の懐に飛び込んできた。その速さに平吉は退くことを許されなかった。突きか、蹴りか、手撃か、投げか。平吉が一瞬の思案をしているスキに、作務衣は、平吉の真裏、つまり背中に貼りつくようにして位置をとった。
「俺を後ろをとるとは、さすが、チンチン太極拳だの」
「フザケテいられるのもいまのうちだぞ、二十面相。これが〔影衣〕という技だ。いったんまとわりつくと、離れはせぬ。試しに跳んだりハネたりしてみるといい」
 試しに平吉はそうしてみたが、男はピタリと平吉の背中に一尺ばかりの距離を保ってくっついている。つまり、いつでも背後から平吉に攻撃が出来るということになる。
 その攻撃に相手は移った。手刀の突きが平吉の背中を貫いた。そう、貫いたのである。もちろん、平吉の肉体を貫き通したのではナイ。
「ヌッ・・」っと、太極拳の男は、その驚きの表情を隠せなかった。貫いたのは平吉の纏っていた二重回しだけだ。中身の身体、本体が消え失せている。
「サーカスには手妻というものもあっての」
 と、そういう平吉の声が、今度は太極拳の男の背後から聞こえた。
「まさか。いつのまに」
「手妻のタネはいうワケにはいかんのじゃ」
 つまり、平吉は男の後ろを、逆に、とったのである。というか、男は、いつの間にか平吉の中身のナイ二重回しの後ろに貼りついていたことになる。
 その背後の声に向かって、身を翻し、太極拳の後ろの蹴りが飛んできた。かかとが弧を描いて跳ね上がった。が、男が振り向くと、平吉の姿はナイ。
「何処へ消えた」
 上下左右、平吉の影すらナイ。                          ・・・面白いサーカスだねえ。・・・そう呟いたのは、二人の闘技を高見の見物と洒落こんでいた愛染院長。どうやら彼には、太極拳の男が、中身のナイ平吉の衣服と一緒に飛び回っているのがみえていたらしい。
 と、パティオ中央の噴水、冬場ゆえ水のはっていないカラの円形噴水から、平吉が今度は飛び出すのを院長は目にした。
 その気配に、咄嗟に太極拳も飛び上がる。空中で、両者が交差した。太極拳の男には、太極拳らしくナイ武器、小刀が握られている。それが、平吉の髪の毛を斬った。
「それも、太極拳の影技というやつかい」
 平吉の手には、太極拳の男の腰帯が握られている。つまり、着地した太極拳の男の着衣の下の部分が、ずり落ちた。笑ったのは髭の院長である。太極拳のほうは、思わず下腹部を押さえて歯ぎしりした。
「な、何を」
 平吉は、帯の臭いを嗅いで、それを棄てた。
「決闘の前には風呂くらい入っておくべきだの。もっとも、宮本武蔵は生涯、風呂には入らなかったらしいが」
 太極拳は、上着を脱いでそれを下腹部に巻いた。
・・・勝負はみえたな・・・と、また院長が呟いた。
「そのヒカリもので、まだやるってか」
「おうよ。こういう武器を使う技も、あるからな」
 と、太極拳は、小刀を握り直す。両刃の中国剣だ。その長さは五寸ばかり。
 それを男は垂直に地面に突きたてた。それから、その小刀から一間ばかり離れた。たぶん、男のいう小刀を用いる影技だろう。平吉は斬られた髪の毛をいじっている。

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