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2013年7月 1日 (月)

~怪人二十面相・伝・外伝~・マスク・THE・忍法帳-1

一 ・登場二十面相

昭和・・・二十七年、冬、東京。
敗戦から数えて七年の年月は、奇蹟とも思える復興を、瓦礫と灰塵の日本にもたらそうとしていた。
戦後のすさんだ面持ちと、朽ち果てた身体(からだ)が、それでもなおかつ捲土重来(けんどちょうらい)の日のくることを信じて焦土に立ち上がった結果である。
ご存知二十面相もまた然り。
母親のサヨと初代二十面相の丈吉を羽田で見送ってから、遠藤平吉二十面相の活躍が始まるが、ここに語るエピソードは、知られざる二十面相の裏の闘争、いわば外伝にあたる。

東京銀座。
この街も空襲にあったが、戦時においても、つっかけサンダルのお姉さんが往来を闊歩する姿はしょっちゅうみられたし、腐っても鯛、焼けても銀座という心意気は、街の空気の中に溢れていた。
その何丁目かは明かせないが、華やかな表通りとは隔たった小さなショット・バーが軒をならべる狭い路筋に、黒いシルクハットに白抜きで『リュパン』とかかれた店があった。いまでいえばスナックだが、ボックスはなく、カウンターのみのスタンド・バーである。この『リュパン』にその日の夕刻、夕陽の霞に影をまとって、飄々、あるいは颯爽と、トンビ姿のひとりの若い男が訪れた。
男はカウンターのいちばん奥の席に座ると右足を高くあげて踵を椅子の上に降ろし、
「バーボン」
と注文した。
カウンターの中にはバーテンダーがひとり。
「バーボンは何にいたしましょう」と訊く。
男は「ジャックダニエル」と答える。
バーテンダーはショット・グラスに琥珀色のウィスキーを注ぐと、コップにチェイサーの水を差し出しながら、ニタリと小さく笑って、
「ジャックダニエルはバーボンではございません。バーボンはケンタッキー・ウィスキーのことでございます。ダニエルはテネシー産です。もっとも原料も製法も同じですが。・・・そちらでお待ちです」
と、バーテンダーらしい蘊蓄のアトに妙なことをいった。
男はショット・グラスをくいっと一口で空にすると、そのまま席を立って「事務室」と書かれたさらに奥の部屋の扉の中へと消えた。
およそ広さは二畳ばかり。つまり、一坪。天井から壁、床まで真っ黒に塗られたその部屋はとても事務室などではない。その中央に美術品のような瀟洒な椅子がひとつ。
男はそこに腰をおろした。
と、どこかに拡声器でもついているのだろうか、女の声がする。声の音色や質から判断するにまだ若い女だ。
「お待ちしておりました」
遠慮がちな沈黙がしばしの時間を占有して、
「あなた様をどうお呼びすればいいのでしょうか」
と、女は問う。
男は口辺に愛嬌のある笑みを浮かべると、
「怪人二十面相。というのはちと、派手はでしいな。マスクとでも呼んでもらおうか」
と、そういった。
「マスク様」と女はいう。
「様は、要らない」
と、男は答える。
「マスク。では、そう呼ばせていただきます。まず、このようなところにお呼びした非礼をお謝りいたします。ゆえあって姿をみせることの出来ぬ失礼も、同じく、お謝り申し上げておきます」
「いいさ、渡世だからな、俺も同じようなもんさ」
「では、さっそく、依頼の件のお話をしてよろしいでしょうか」
「いいよ。そっちのペースでやってくれ」
数秒、また沈黙があった。これは女が躊躇っているワケではない。おそらくは自身の決意の確認をしているのに違いない。
「私の父は世間でいう大富豪でありました。戦争が終わるまでですが。戦時政府が国民に貴金属の類を国に差し出すようにと命令を下した時、半端な宝飾類は差し出しましたが、ほんとうに秘宝といえるものは、秘密につくられた父の書斎の隠し金庫にしまわれておりました。ところが、敗戦のどさくさに、どこからその情報が漏れたのか、兵隊たちが不法に侵入して、その宝物を全て持ち去ってしまったのです。父はそれが原因で失意のうちに自殺いたしました。秘宝はどこかの軍属の手に渡って、あるいはその者の所有となり、あるいは転売されたようなのです。私の依頼とは、この父の形見ともいえる秘宝を取り戻していただきたいのです」
ほとんど一気にいうと、小さな溜め息が聞こえた。
「そうか、そりゃあ、軍のすることはムチャだからの。で、俺はどんな報酬がいただけるんだ」
「取り戻していただいた秘宝を差し上げます」
二十面相、平吉の眼がわずかだが驚きの様相をみせる。
「俺がもらっていいってか」
「マスク、あなたはご自分専用の美術館を所有してらっしゃるとか。そこに父の秘宝を飾っていただければ、それで私は満足です。何処の誰とも知れぬ卑劣な族の手にあるよりはそのほうが父の魂も浮かばれます」
「極めていい条件だな」
「それ以上のものは差し上げられませぬゆえ」
「取り戻したら、ここに持参すればいいんだな」
「真贋を確かめた後に、お譲りいたします」
女の声はかすかに震えているようであったが、その声からコトバの内容に詐称があるという気配はない。
「いったい幾つ集めればいいんだ」
平吉が訊ねた。当然の質問である。
「秘宝一つです」
「一つ、たったそれだけか」
「そうです」
やや拍子抜けはしたけれど、単純にみえる仕事ほど難渋なこともある。
「アト、ひとつ二つ訊ねたいことがある」
平吉は腕を組んだ。
「何なりと。疑いあるは、こちらも不安ですゆえ」
「この仕事を俺に依頼した理由は」
「我が秘宝剥奪における、これらの奪還は二十面相と名乗る者に依頼すべし。父の遺言状にそう、記されてありました」
「酔狂な親父さんだな。泥棒にそんなことを依頼するとはな」
「おそらく、そういわれると思っておりました。遺言状には続きがございます。もし、二十面相に躊躇あらば、この名を出せ。-南部は、我が畏友なり-」
「えっ、南部。そりゃあ、丈吉先生のサーカス時代の友人じゃが、ほう、そういう因縁かい。たまげたな」
平吉にも懐かしいひとの名であった。
「で、その秘宝とは」
カサカサと紙切れの擦れる音がわずかに聞こえた。常人には聞こえなかったかも知れないが、平吉二十面相の耳はその音を聞いた。
と、何処からか、三つ折りにした上質の紙が一枚、平吉の前にあった。平吉はすぐにこれを拾って書かれていることを読んだ。
「『エデンの果実』、『ソロモンの魔笛』、『メビウスの懐剣』・・・えらくそれらしいが、とはいえ、聞いたこともみたこともない。それにこれでは三つだ。さっきはたった一つと聞いたが」
「私も、それがどのようなものであるのかは、まったく存じあげません。また、秘宝はそのうちの一つだけです。アトはまやかし、ニセモノです」
「やっかいな注文だな。では、如何にして真贋を」
「ほんものには父の刻印がうってあります」
「なるほど、その刻印が穿ったシルシに刻印をはめ込んで、合致すればいいという、まあそういうことだな」
と、平吉の差し出した手のひらに、金印がポトンと降ってきた。
「残念ながら、私にも美術品を鑑定する眼力はありません。その金印が頼りです」
「雲をつかむような話だな」
平吉は、金印をみつめながら、険しい顔をしてみせる。
「難しゅうございますか」
「いいや、俺は雲をつかむのが好きで泥棒稼業をしてるんだ。難しいことはナイ。まあ、のんびりと捜してみるか」
今度は、微笑んでみせたが、
女の声がくぐもった。
「猶予があまりありません」
「猶予がナイとは、税金の取り立てみたいだの」
「私は胸の病に侵されております。医師の見立てでは、来年の夏の海がみられるかどうかということです」
平吉、フッと小さいが息を吐いた。
「お嬢さん、いや声から判断して、まだ若い女性だと思うので、そう呼ばせてもらうが、久しぶりに身震いしたよ。武者震いというヤツだの。面白い。養生しや。お宝は入道雲が空に出るまでには、ここに持ってくる」
「お願いいたします」
それっきり、何も聞こえてこぬ部屋で、平吉、数分考え込んでいたが、何を考えていたのかは誰にもわからぬ。ただ、その瞳に燃えるような輝きがみてとれた。

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