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2013年7月13日 (土)

マスク・THE・忍法帳-13

 それを頂戴しに、二十面相は標的の屋敷に忍び込んだ。ちょうど三日後。予告状は今回はナシ。盗んだアトに「二十面相参上」とだけ記しておけばいいというのが、先代にはナイ平吉の気楽なところ。
 民家よりは高い塀であったが、そんなものは平吉にとって何の問題にもならない。西洋式の新式施錠もいともたやすく破ると、かねて調べの済んでいる十二歳の少年の書庫へ。 書庫は立派だが、並んでいる書籍の類はまだ子供のそれだ。二十面相は初版の『二十億光年の孤独』を手にすると、表紙を開けた。
 と、そのとき、平吉の視線が突然険しくなった。べつに、背後に何かを察したワケではナイ。平吉を震撼させたのは、手中の本の中にあった。しかも一枚のメモである。表紙に挟んであったそのメモには、こう記されていた。
--二十面相へ、三階第二応接室にて待つ。元陸軍中野学校教諭、戸沢。---

 三階の第二応接室は、貴賓を応対するのに使う部屋で、しかし、この屋敷の住人は欧州に旅行中、使用人には、それなりの金銭を握らせて、ここまで上がってくる者は誰もいない、と、その小柄で初老の男はいった。
 男は窓際の椅子を離れて、中央のソファに腰を降ろすと、突っ立ったままの平吉に、座るように促した。あの京大の教授とかいっていた男である。
「俺の侵入が今夜だと知っていたとすると、あんさんには、かなり優秀な情報網があるのか、あるいは、そういう組織を持ってなさるね」
 平吉は腰を降ろすと開口一番、そういった。
「ある組織をね。うん、たいした組織ではなナイ。たいした組織なら、二十面相をここまで呼び出して、頼みごとなどはしないよ」
「頼みごと、ほう、俺に依頼とは」
「まあ、そう急かすな。私は権力の者ではナイ。官とも違う。貴君とは敵対するものではナイ。少し私の世間話でも聞いてくれ」
 男は平吉に葉巻を勧めた。平吉は一本を手にすると、口にくわえた。
「しかし、陸軍中野学校で、教諭としてスパイを育てていたのはほんとうのことだ。一人の諜報員は一個師団に匹敵する。それが中野学校の最高綱領、信条だった」
 男は、平吉の葉巻に火を点けた。
「終戦、つまり日本の負けをいち早く知ったのも我々だった」
 それから、自分も葉巻をくわえて、ライターの火をそのまま、葉巻にもっていった。
「そのとき、野心あるものが、裏の組織だった暗殺専門の連中を引き抜いて、密かに作ったのが、貴君もご存知の『黒菩薩』だ。それが、『弥勒教団』とかいう宗教団体の衣を着て、いまも存在することは私の情報組織でも知っている。しかし、そんなものは怖いものではナイ。一昨年、昭和二十五年八月、警察予備隊令が公布されたが、今年の三月六日、吉田首相は自衛のための戦力は違憲ではナイと表明、準備中の保安隊は十月十五日に発足している。重要なのは四月二十八日に発効された対日平和条約と、日米安全保障条約、この二つだ」
 うがつように小柄な紳士は、椅子に身を沈めたままで、平吉をみる。
「何の話をされているのかワカランだろうが、もう少し聞け。いや、聞いて頂きたい。当初アメリカ合衆国は、日本の再軍備には反対する方針をとってきた。しかし、極東アジアの情勢を鑑みて、地勢学的にこの日本という列島が、アジアの防波堤になるのには最も適していると判断、再軍備に方針転換をしてきたのだ。そこで、今後およそ半世紀近くをかけて、この日本を軍事国家に再編する計画書を作った。『デモクレスの剣』と称される、超極秘ノートがそれだ」
「再軍備、軍事国家。そりゃあ、寝言や冗談じゃあるまいね、戸沢さん」
「日本はついこのあいだまで、戦争という惨禍に苛まれてきた国だ。これをいきなり軍事国家にまで昇格させるのは、いくらなんでも得策ではナイ。従って、半世紀、五十年をかけようという計画だ。おそらくいまから半世紀のち、ソビエト・ロシアは衰退していると考えられる。つまり、スターリンの社会主義国家はそう長続きはしないという観方だ。ただ、一国社会主義の影響で、各地で共産主義が台頭するだろう。その最も危険な国が中国だ。中国の共産化を許すと、近隣の諸国にその影響が及ぶ。そのとき、楯となるものは日本しかナイ。合衆国は今後、日本の再建に資本を惜しまないだろう。まず、沖縄に軍事基地を置き、やがては、日本人の手による帝国日本の再来を企てる。それが『デモクレスの剣』ノートだ」
「そいつは、ちょっと」
「眉唾に聞こえても無理はナイ。しかし、ここまでは、私の情報機関が総力を挙げて調査した結果だ。この日本の何処かに、『デモクレスの剣』ノートが隠されている。それをみつけ出し、盗み出すことができれば、日本再軍備は防げる」
「つまり、俺に、それを盗めと」
 小柄な紳士は、黙って眼を閉じた。それから、溜め息を交えてこう、発した。
「『デモクレスの剣』ノートをガードしているのが『黒菩薩』の連中だ」
「五十年も先の再軍備計画書。よくぞそんなものを作ったもんだ」
 呆れるというより、戦慄している。平吉の葉巻の震える灰がそんなふうに平吉の心情を語っていた。
「怪人二十面相も、政治には疎いね。いや、それはそれでもいい。ほんとうをいえば、私の専門は文学じゃあない。一応文学ということにしてあるが、それは研究の対象が自由になるからだ。実は、軍事学みたいなことが専門だ。しかし、まさかいまの日本の国立大学で軍事学を教えるワケにもいくまい。現在の保安隊は、何れ自衛隊というふうになる。それから、自衛軍になるだろう。そこまでに五十年。日本の人民の入れ換えに五十年かかるんだな。戦争を知見、体験しているものが消えていくのに五十年だ。その頃、おそらく世界的に資源の争奪があるだろう。石油、天然ガス、石炭、これらは、原始時代から地中に埋まっていたものではナイ。太古の動植物が姿を変えただけのものだ。いまの小学校の社会科を開いてみるがいい。産油国の世界一位は合衆国になっているはずだ。しかし、これは、今後の採掘調査でいくらでも入れ替わる。二十面相、貴君もご存知のように、帝国日本がアジアを南下したのは、石油その他の資源を手に入れるのが目的だった。この情勢は五十年後も同じだ。世界の先進国は、資源争奪にやっきとなる。海底油田、海底天然ガス、南極大陸の資源。さらには、中東の石油資源。つい先日までの帝国日本が妄想した大東亜共栄の夢は、五十年のちに、合衆国の描いた絵によって、再び日本に悪夢をもたらす。私たちはそれを防がねばならない」
「それがしが、その『デモクレスの剣』を盗んで、それで、どうなるんです」
「少なくとも、私の眼の黒いうちは、水戸黄門の印籠と同じように、政財界に睨みを効かす、つまり動かぬ証拠としての威力は持つ。国民がこれを知れば、日本は転覆する」
「何れにせよ、見返りはナシの仕事ですね」
「どのみち貴君は『黒菩薩』の復讐の標的だ。私の組織では奴らの戦闘力には歯が立たんが、貴君なら闘えるだろう。組織を挙げて協力は惜しまない。どうか、最も危険なノートを盗んでくれないか」
 窓の外が青白く閃いた。
「冬の稲妻か」
 サド侯爵はジュスティーヌを落雷でこの世から消し去ったが、時には姉のジュリエッタより激しく生きねばならぬ。悪徳の栄は終わったばかりではナイのだ。平吉は踵をかえすと、
「この本だけは頂いておきます」
 そういい残して、青い閃光の中に消えた。

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