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2013年7月26日 (金)

マスク・THE・忍法帳-26

信越本線が篠ノ井線に分かれる辺り、千曲川の向こう岸には、本土決戦のために、かつて掘られた塹壕、大本営、政府、NHK、食料庫、印刷局、仮皇居がある。そこは現在のところ『弥勒教団』の松代分院となっていて、各地の分院の中でも格段に大きい。つまりは『黒菩薩』のほんとうの首魁はそこにいるとみて間違いはナイ。それが、あの風閂の局長なのか、どうかはワカラナイ。
 舞は眠っている。かの女性は病に伏してから、ふつうのものなら老醜が現れるはずを、次第に若がえっていくようで、まるで少女のような顔で眠っている。
 ともかくも、不幸中の幸いとでもいうべきか、『黒菩薩』の手が、葉子や平吉の関係者に伸びなかったことは、理由は知れぬが、ありがたいことだ。もっとも、あちらのほうでも、長屋を焼き払ったさいの二十面相の報復に懲りているのかも知れない。
 さて、思案ばかりしていてもしょうがない。次の一手を何処に打つか。敵の大本営に踏み込むのはたやすいが、千切っては投げ掴んでは倒し、というワケにもいくまい。今度は向こうにも、二十面相対策のシフトがなされているだろう。とはいえ、待っていて襲い来る刺客を倒していくのは面倒だ。何かを何処からか切り崩さねば、活路は開かない。
「というワケで、要するに、ツテというのが、あんたらしかおらんかったんじゃ」
 という平吉に、開いた口がふさがらないでいるのは、囲炉裏を挟んで向こうに座しているあの白虎の羽織りと、突っ立ったままの、娘剣客である。
「こんな近いところにお住みになってるとは存じなかったし、の」
 何処から調べたのか、あるいは、そんなことは二十面相の情報網をもってすれば簡単なことだったのか、何れにせよ、平吉二十面相は、先刻まで闘った敵である、盲目の老剣士の住処に在った。
「あんさんが、組織を離れて風来の身というたんでの、ここはひとつ聞きたいことをもっと聞いてみようと、そう思うたんじゃ」
 羽織りの代わりに、綿入れを羽織っていた居合の師匠は、弟子に、囲炉裏の傍に座れと命じた。先の闘いに敗れたアト、弟子、いや孫娘にはいい聞かせてあるようで、娘のほうに殺気は感じられない。殺意は消えている。それは、対面している祖父のほうも同じだ。殺人稼業、暗殺仕事であっても、家の中では家のひとなのだ。
「ワカッタよ。風閂の隊長さんが、そんなふうにわしらのことを値踏みしていたのなら、まあ、それもよかろうて。いま局長と呼ばれているあの男は、もともとは中野学校の者ではナイ。何処から派遣されたのか、沖縄作戦のときに隊長として司令塔になった男だが、年齢は、おそらく、あんたよりも若いんじゃなかろうか。いや、そうみえるだけかも知れん。ともかく、黒菩薩の連中が、唯一恐れていたのが、あの男だ」
 と、もはや初老から老人へと齢が向っているであろう、かの男は、囲炉裏の火に煽られて、顔面の皺の陰影を濃くしながら、そういった。
「あんさんらの沖縄作戦とは、何だったんだ」
 と、平吉が訊いた。
「察しはついとるだろうが、沖縄戦の際に、帝国軍隊の兵士から非戦闘員、つまり民間人を護るというのが大義で、そのアトで、沖縄に教団の支部を置くというものだった」
「何故、沖縄だったのかね」
「いま、大義名文といったのは、それなんだが、沖縄作戦は、アメリカとの共同作戦というか、戦略であったらしい」
「アメリカさんとかい」
「当時、アメリカは二つの選択肢を持って本土上陸に臨んでいたと、我々の機関は分析していた。ひとつは11個の原爆による焦土作戦。米軍が所有するすべての原爆を、東京を始め、日本の主要都市に投下して日本を殆ど焼き払い、完全占領するか、いまひとつは、日本の地理的条件を生かして、のちに極東にアメリカが台頭出来る根拠をつくるか。この第二案は、日本の協力がナイと不可能だ」
「原爆を11個も。鬼畜とはよくもいったもんだな。で、その、第二案を」
「選択したことになる。大本営にとっても、沖縄戦は半ば捨て石で、本土決戦のモデルでしかなかった。本土でどれだけ戦えるか。アメリカ軍に厭戦気分が出てくるまで戦いを引き延ばして、何とか降伏条件を良くしなければならないからな。沖縄戦は大本営の予想以上の戦果だった。実際、大本営は昭和19年の秋から本土決戦の準備に入った。国民義勇隊法を成立させ、六十五歳以下の男子、四十五歳以下の女子すべてを本土決戦要員として働かせることだった。これは六月八日の御前会議で正式に決定した。軍の統帥権は天皇にある。いわゆるトップダウンだ。『全軍特攻』『一億玉砕』これが戦法だよ。鉄砲もその弾もナイという情況で、およその死者を二千万人として、そこまでやれば、アメリカも折れると踏んでいたんだから、呆れる」
「そこで、きみたちの首魁は、アメリカに寝返った、というか、本土決戦を避けさせるために沖縄で、何らかの決着を模索、これを実行したと、そういう絵なのかい」
「察しがいいな。何をどうしたのか、私のような単なる殺し屋にはワカラン。ただ、本部首脳とアメリカ軍とのあいだで、何らかの密約がなされたことは確かだ。お前さんのいうその、何とかノートというのと、関係があるとすれば、その密約だろうて」
 いうと、老剣士は火箸で、囲炉裏の焼けた炭をつかみ、煙草に火をつけた。
「この娘の父親、わしの長男は、お前さんが、江ノ島で倒した誰かさんだ。おそらく意外に弱い敵だと思うたろうが、風閂のいうたとおり、江ノ島辺りの黒菩薩は名もないわしのような雑兵でな。たぶん、それは本部がお前さんの腕をみ誤った結果だが、侮るのは、これまでだと思うておいたほうがいいぞ。お前さんが、本部とアメリカとの密約を探って行動していることが知れたいま、命が幾つあっても足らんようになる」
 終戦間際、いや、日本の劣勢が確実になった頃から、陸軍中野学校は独自な動きをし始めたということ。おそらく幹部クラスは、裏の組織『黒菩薩』の上層部に取って代わられたのだろう。そこで、独自の終戦処理が検討される。その実行は沖縄戦だ。そのときすでに『デモクレスの剣』ノートは、密約の上にあった。ここで、陸軍所轄の間諜機関であった中野学校の裏組織は、中野学校と袂を分かつ、とみたほうがいい。裏組織『黒菩薩』は表向きを宗教法人『弥勒教団』として、戦後を生きているが、実際は日本の先行きを左右出来るほどの力を秘めている。そこに内紛が生じて、さらに偶然か神々の深謀遠慮か、二十面相平吉が介入してきた。辿ってみれば、そういうことだ。
 してみると、『デモクレスの剣』ノートを盗むように依頼してきた、元中野学校の教官と称する戸沢という男は、内紛、つまり『弥勒教団』からの脱団を先導した男とも考えられる。この先半世紀をかけて、日本を軍事大国に変貌させる計画とかいっていたが、いったい、それは。

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