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2013年7月15日 (月)

マスク・THE・忍法帳-15

 沖縄。1952年12月24日。
 米軍基地はクリスマス・イヴの催しに浮かれていたが、そこからうんと離れたさとうきび畑の中に建つプロテスタント系の教会では、しめやかに静かなイヴの夜のセレモニーが行われていた。
 セレモニーも終り、米軍からの慰問品であるジュースとチョコレートを食してのち、子供たちも帰途についた。残ったのは、牧師と、もうひとり、本土からやってきたという新聞記者の男であった。
 もちろん、その記者は平吉の変装であることは、説明を要しないが、本土から遠く離れた沖縄であるゆえに、牧師は二十面相なる者が存在することすら知らないはずである。
「それで、いよいよアメリカ兵が上陸して来たんですね」
 と、記者が牧師に訊ねた。とりあえず、手帳を開いてペンを握っている。
「実際に上陸部隊の兵隊をこの目で観るには、まだ時間がありましたが、島ではもう殺戮が始まっておりました」
 初老の牧師は、苦渋に満ちた声音を、しかし精一杯に軽々しい口調に変えて、そう語りはじめた。その牧師の姿勢のほうが、平吉にはむしろ悲惨に感じられた。
「殺戮とは」
 と、記者は訊ねた。
「私たち非戦闘員のところにも、帝国軍の兵隊がやってきて、自害用の手榴弾を置いていきましたが、その前に食料を全部供出するように命令されました。それでは、私たちの食い扶持が無くなると抗議しますと、きさまらはそれでも帝国臣民かと、逆らう者は軍刀で切り殺されました。別の村では容赦なく女子供にいたるまで皆殺しにあって、食料を持っていかれたと、噂には聞いていましたが、実際に目の前でそんな惨劇が起こるとは」
「そりゃあ、略奪ですな」
 平吉のコトバに、牧師は目を閉じるだけであった。
「よく、助かりましたね」
 と、記者は特に質したワケではなかったのだが、
「それが、私たちも危なかったのですが、あわやという時に、まったくみ知らぬ一団が、その陸軍兵士をあっという間に・・・」
 この話に平吉は聞き耳を立てた。
「み知らぬ一団とは」
「いや、それが沖縄のもんでナイことはわかりましたが、日本人でした。その方々が、いまに弥勒菩薩が現われて、私たちを救うとか申されて、陸軍の兵隊を・・・」
「やっつけたんですね」
 牧師は黙って頷いた。
「銃でしたか、それとも刀か何かでしたか。その一団の武器ですが」
「ええ、銃でも刀でもありませんでした。なんだったのかなあ」
「弥勒菩薩が救うと、彼らはいったんですね」
「ええ、私はキリスト者ですから、そんなことは信じませんでしたが、終戦直後、そういう教団が布教活動を始めましたから、ひょっとすると、何か関係があるのかも」
「上陸した米軍と、その一団とは接触したことはなかったんですか」
「最初に上陸してきた米兵は、いま、基地にいる米兵とは人種が違います。黒いのや茶色いのやら、ともかく移民やら貧民がまず弾除けに上陸させられたようです。私たちを助けてくれた一団は、他の村にも現われたらしいですが、米軍と戦闘したという話は聞いておりませんね」
「何のために現われたのかな」
「さあ、先の布教活動を見越しての宣伝部隊だったんじゃないでしょうか」
「ただの宗教団体の宣伝隊が、陸軍の兵士を殺傷しますかね」
「さあ」と、いったきり、牧師は話したくないことでもあるのか、黙ってしまって、次に口を開いたときは、今夜の宿をここになさいますかと、そういう類の話になった。新聞記者平吉は、丁重に宿の提供を辞退すると、夜道を、風にゆれるさとうきびの葉音を聞きながら、特にアテもなく歩いた。が、
 平吉二十面相が夜道を歩いていると、たいてい事件が始まることになっている。
 最初の一撃を避けたのは、平吉の聴力に依る。それは後頭部を狙って飛来してきた。その微かな音に平吉は、身をひるがえして、さとうきび畑に飛び込んだ。空には冷たい月が出ている。訓練を受けた者なら、それだけの明るさがあれば充分らしい。第二撃がさとうきびを数本倒した。平吉は、今度は元の路に躍り出た。相手が何処に潜んでいるのかがワカラナイ。完全に気配を消している。それなら、広い路のほうが闘いやすい。と、平吉は考えたのだ。
 第三撃が来た。

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