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2013年7月 9日 (火)

マスク・THE・忍法帳-9

拝殿の入り口に、屠り火と称される女が立っていた。

「おそらく、長屋に火を放ったのは、あんたじゃな」
「よく、わかるね」
「むかしから、火付けは女と相場が決まっとるんじゃ。しかし、火付けは寝小便の元だというぞ」
女の顔が曇ったのは、おそらくトラウマがあったのだろう。寝小便。何故知っている。
平吉は、あらぬ方向をみて、そこにいるもうひとりの女に、こういった。
「もうひとり、ここで俺の手にかかるのを見届けるかい、舞さんとやら」
平吉の視線の方向から、あの、舞と名乗った女が姿を現した。
「どうやら、私の出番はなさそうですね」
「いんや、その火付けの寝小便と手合わせすることくらいかまわんぜ」
今度は、舞という女の顔が歪む。
「そうはいかんのじゃろ。あんさんの力では、あの火付けの寝小便を倒すのは無理なんじゃな。まあ、ええわい。それが出来るくらいなら、俺を雇ったりしなかったろうからな。お宝はここにあるが」
と、平吉は、布袋を取り出すと、舞に投げた。舞はそれを受け取る。
「雇い主に、それを届けて、すべて終わりましたと、そう伝えればええ」
そのコトバに、舞の眉間がふたたび、険しくなった。
「やっぱり、最後のひとりを見届けんと、いかんのか。どっちでもええが、雇い主にいうておけ。そんなお宝に値打ちなぞないのは、一目みたときにわかったと。つまりは、おんしのボスの、俺の雇い主のほんとうの目的は、この最後のひとりを含んでの、殺し屋四人を俺に倒させることだったんじゃの。その理由は、俺にもワカラン。しかし、この最後の女が長屋に火を放つことを、リュパンのあのお嬢さんは、先刻予想はしていたようだの。仕事が終わったら、聞きたいことを聞きに、この二十面相、挨拶にいくとな」
この長いせりふを、屠り火は、堪えるように聞いていた。まるで、すでに自分を倒したかのような平吉の口ぶりに、憎しみが彼女の火術(かじゅつ)よりも強く燃えていた。
平吉は、なんでもなかったかのような顔で、怒りをあらわに佇む、屠り火に向き直った。「さあ、火でも油でも使うがええ。あんさんには、飛び道具は使わん」
そのコトバを待っていたかのように、相手の女は飛んだ。火ではなく、剣を手にしているのがわかった。
「先刻承知」と、妙なことをいって、平吉もその剣の切っ先から逃れて、飛んだ。
いや、四方八方に両者が飛びまくる。
やがて、舞踏が一段落したかのように、屠り火は、ピタリと動くのをやめると、片手を手のひらを上にして、眼前に差し出した。
と、そこに、ボウッと炎が立った。
紅い唇が、ニタリと笑う。
平吉も、これにつきあうかのように、口元に微笑みを浮かべる。
「屠り火、炎走りの術、みせてやるわ」
と、女がいう。
平吉は、微動だにせず、女をみつめる。
女の手から、炎が零れるようにして、落ちていくと、まるで獣のように床を走り始めた。「あちこち飛んで、火薬をまいたワケだな」
「先刻承知」とは、このことだったのか、平吉、涼しい顔をした。
炎は、平吉を取り巻いて、円形になった。その円が次第に縮まっていく。つまり、そのままでは平吉は焼き殺されることになる。
しかし平吉は、静かに、女の足下を指さした。
女は、中央の弥勒菩薩の彫像の傍らに立っている。
その女の足に、眼を凝らさねばみえぬような針金が巻きついている。その先端は、よくみると弥勒菩薩の彫像に結びつけられている。
女が初めて、驚愕の表情をみせた。
「俺も黙って跳ねていたワケではないんじゃ」
女は、平吉を睨む。
「ここは、江ノ島の地下にあたる。ということは、上は海よのう」
平吉の足下の炎が、一本だけ、今度は平吉の側から走り出した。それは、拝殿を横切って回廊へと走り去っていった。それは平吉がまいた火薬だ。
「あの火の先には、TNT爆薬が仕込んであるんじゃ。つまり、天井に穴が開いて、ここには、江ノ島の海岸の海水が流れ込んでくるという寸法じゃ」
女は、足下の針金をとろうともがきだした。
「その結び方は特種なもんでの。動けば動くほど、食い込んで、解(ほど)けはでけん。やがてこの火は、流れ込んできた水で消えるじゃろ。もっといろんな火術をみせたかったろうが、そういうもんにつきあう趣味はのうてな。すまんの。溺れ死んでもらう」
そう告げると、燃え盛る炎と煙の中に、平吉の姿は消えた。
その数秒のち、爆裂音が聞こえ、海水の流れ込む音が聞こえた。
屠り火という異名の女は、恐怖と絶望で、有らん限りに叫び声を発したが、時、すでに、遅し。・・・

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