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2013年7月23日 (火)

マスク・THE・忍法帳-23

三・激闘二十面相
         

 突然の報せだった。『リュパン』の舞の容体が思わしくないというのだ。平吉は沖縄を離陸して、信州に降り立った。長野県松代(現長野市)、ふつうなら信越本線に乗車しての長野駅下車であるが、平吉はそのすぐ傍の長野飛行場に、張から借りた自家用航空機を着陸させた。その辺りは江ノ島と同様、大本営が本土決戦の司令部と天皇を迎える基地を地下に建設したところだ。途中から皇族方は江ノ島ということになり、松代に作られた居室は食料庫になったが、これはほぼ完成、全体も七割が出来上がっていた。いうまでもなく、ここに例の『弥勒教団』の分院がある。
 平吉と、平吉が使っている特殊な情報網の調査では、この他に教団の分院のあるところは、すべて皇族関係の私有地であったものを買い上げたものだ。人数も少ない支部院と称するところですら、そうであった。また、この教団には本部、つまり本院という名称のものは存在しない。分院という名のついた何れかが本部を担っているのだろうが、中枢を隠蔽することによって、戦前の大本教弾圧のような事態に対処出来るようにしてあるのだろう。何れにせよ、巨悪というに相応しい権力が上空に暗雲の渦を巻いている。いったいそのことと、沖縄戦と、『デモクレスの剣』ノートとが、何処でどうつながるのか、この時点では平吉の頭の中に、そんな絵はナイ。 
 
 結核の国立療養所、いわゆるサナトリウムというやつに駆けつけた平吉は、医師に舞の容体を訊いた。
 結核というのは、やっかいな病気で、療養治療の期間中に別の疾病を併発することも多くあり得る。尾籠なところではサナトリウムで梅毒が発生したこともある。保菌患者のひとりが、他の患者と交わっての結果である。
 舞の場合は、結核菌に依る尿路への感染からの腎臓機能不全ということであった。人工透析がまだ未発達な時代である。カテーテルと利尿剤の効果に頼るしかナイ。
 病室で舞は眠っていた。医師によると、安定剤の投与で眠らせているらしい。特にやつれたという様子もなく、頬には赤みさへさして、閉じた瞼の睫毛が黒く、自身の眠りの心配のなさを主張しているかのようであった。
「眠れる森のお姫さんか」と、平吉は呟いた。
 とはいえ、安心していられるような容体でもナイらしい。利尿剤の効果がなくなると、水分は身体に湿潤する。腎臓による体内の毒素の排泄が出来なくなるということは、やがて他の臓器へと影響を与える。特に、血液の循環に関わる心臓に負担がかかって、今度は心不全に陥る。
 幸いというか、パス以降、通称ヒドラジッド(薬名イソニコチン酸ヒドラジット)が日本でも認可発売されていて、ストマイだけに頼っていた抗生剤治療も進歩してきた。ただし、抗生剤というのは腎不全には用いにくいのである。まず、腎機能の改善を図ってから、混合抗生剤を投与するとの治療方針だと平吉は聞いた。
「薬はいろいろと開発されますが、いずれは、病気とそのひとの心身との勝負です」
 と、医師は平吉に告げた。
 戦争は終わったが、こういった闘いは終わらない。
 信州の森深く山脈を登れば、山頂付近には舞の眠るサナトリウム。そうして、下れば裾野に『弥勒教団』の分院、いわば『黒菩薩』のアジトだ。別に手配をしてそうしたワケではナイが、これは奇妙な因縁としかいいようがナイ。奇縁というやつだろう。
 平吉は麓の教団分院も調べてみたが、特に不穏な動きはナイ。戦後は天皇の現人神撤回の御言葉を頂戴してから、あちこちに新興宗教の団体が雨後の筍であった。戦中に弾圧されていた反天皇派(といっても、神道とは縁遠いということだけなのだが)の宗教団体も息を吹き返し、巷は貧乏人を如何に信者に取り込むかという争奪戦の様相を示している。とはいえ、前述したごとく、進駐軍司令部はタガを外したことによる日本の共産化を危惧していたし、新興宗教の団体が天皇崇拝のような権力に成長することも用心していた。
 ほんとうに『デモクレスの剣』などというものが存在するのだろうか。信州山中のロッジの粗末な部屋に宿をとった平吉は、自分だけが、幻妖をみせられているような焦燥すら浮かべながら、細巻きの葉巻煙草を燻らしていた。
 山の天気はたしかに変わりやすく、朝霧の中で目覚めると、空は一瞬に晴れ渡り、ひょいと散歩に出かけると、急に時雨れてくる。先代と母のサヨは、この空を何処で眺めているのだろうか。郷愁というものがナイ流れ者渡世の平吉に、それと似たような心境があるとすれば、両親、とりわけ母親のことだけだった。
 雉か山鳩か、何かはわからぬが山鳥が頭上を飛んだ。
 何のことはない自然の風情なのだが、それだけでもう、平吉は、何者かが白樺の林に潜んでいることを察知していた。

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