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2013年7月 2日 (火)

マスク・THE・忍法帳-2

その帰り道。
復興はしたが、東京はまだ暗い。
通り沿いに申し訳程度にたっている、街路灯だけが、にぶゆく、ざらっとした明りで、影をつくっている。
そんな陰気な路を平吉は歩いている。
おそらく常人には聞こえまい。
しかし、鍛え抜かれた平吉の耳には、自分のアトをつけてくる、足音が聞こえた。
平吉、ピタッと足をとめて、
「おい、女、何の用かは知らないが、用事があるなら、早くすましてくれ。俺はさっきから立ち小便がしたくてな」
やおら、女の顔が街灯のもとに浮かんだ。
その顔以外は、黒い装束に身を包んでいる。
「女だとどうしてわかりました。いや、私は足音すら消していたはずですが」
平吉、ふりかえりもせず、
「地べたに濡れた薄紙を置いて、これを破らぬように裸足で歩く。その次は、日本刀の刃を並べて、その上を素足で駆け抜ける。そういう修業を、かつての忍びの者はやったそうだが、足音は消せても、呼吸する音は消せぬ。吐く息、吸う息、この耳で聞けば、お前さんが、ヤロウかメッチェンかくらいはワカル」
そう、こともなく、答えた。
「さすが、世間を騒がす天下の怪盗」
「おだてても、何にも出ねえよ。それより、俺は、小便が出したいんだが」
「私が敵か味方かも、お見抜きでいらっしゃるようですね」
「いくらも油断はつくった。敵なら何度でも仕掛けてこられる時はあったろう」
「失礼をいたしました。私は、お嬢さまに頼まれて、あなたさまの手助けをするようにと仰せつかりました、舞と申します」
「ふーん、手助けねえ。まあ、どうでもいいけど、邪魔だけはしないでくれ」
「では、今宵はこれで消えまする」
女の気配はスッと消えた。
おそらくは、あの依頼主の女性の護衛にでもあたっていた配下のものだろう。
平吉は、街路灯に向ってズボンをまさぐると、ひょいとモノをつまみだし、思案半ばに尿意を満たした。

通称「どぶろく長屋」。
というのも密造酒であるどぶろくを公然と長屋の住人が造っていたからだが、長屋の住人のほんとうの姿は夜でしかみられない。
ことごとく泥棒をその生業としていたからである。
その「どぶろく長屋」に平吉は居を構えていた。
他に葉子という養女がひとり。上野の浮浪児であったのを平吉が拾ってきたのである。
斜向かいには、平吉に仕事を教えてくれたベテランの源治夫婦が住んでいる。その隣には平吉の片腕の戌江新介がひとりで暮らしている。新介は上野の浮浪児の大将をやっていたこともある若者だ。
平吉は、朝から調べものだ。例の秘宝というのが如何なるモノかを知っておかねばならない。しかし、その名前は平吉の持つ秘宝録のどの本にも姿を現さなかった。
姿形のわからぬシロモノを、何処の誰ともわからぬ悪党から取り戻さねばならぬ。しかも入道雲の出る前に。これはやっかいな仕事になってきた。
いまなら、インターネットでチョチョイのチョイというところだろうが、時は昭和の27年。おそらくベテランの源治に訊ねてもわからないだろう。といって、依頼主がウソをいっているとは思えない。とすると、論理的にいえば答えはひとつ。秘宝は意図的に秘宝録から消されている。裏の秘宝録から、お宝の存在を抹消出来るものというと、いったい誰がいる。
 
それを訊ねに、新宿は中国系勢力の総元締、張大元のアジト、表向きは中国料理の店『古琴樓』へと出向いたが、この新宿支配の裏の大物、中国大人にも見当がつかぬという。
張は、水煙草を燻らしながら、静かに眼を閉じた。
「平吉さん、私は泥棒が稼業ではありませんが、貿易なら表も裏もやっております。しかし、そのようなシロモノは耳にしたことはありません。ほんものは一つだとおっしゃいましたね。しかし、裏の秘宝録にも示されず、私ですらその名を聞いたことがナイ。とすると、そのお宝は、持ち主自身が秘密裏に創らせたモノだというしかありません。それが何故、軍部の情報網に流れたのか。唯一、考えられるのは戦争末期、帝国陸軍が敗戦を見通して、陸軍中野学校の精鋭を組織化し、強奪半ばで、各地の財閥や豪商が隠し持っていた財宝を収奪したといわれる、『乾坤1号作戦』、これに関係があるのかも」
平吉は、ビクッと震えるように顔をあげた。
「『乾坤1号作戦』、なんですかの、そりゃ」
張は、酔眼ともとれる半眼の表情をくずさない。ただ、その目がかすかに一度瞬いた。
「噂でしかありません。そういう組織がいまも存在するらしいのです」
「組織とは」
「組織の名前は『黒菩薩』、食うや食わずの人々が、やっとその日の暮らしが出来るようになってきた今日、各地から盗んだ財宝を、世界の金持ちに売りさばいているらしい」
「じゃあ、敵さんも、泥棒ですかい」
「盗むということにおいては泥棒でしょうが、盗むために使う人殺しのワザは、陸軍中野学校仕込みの殺人ワザ。最近は、それも稼業にしているとか」
「陸軍中野学校というと、スパイの学校でしたね」
平吉の眼が異様に輝き始めたのは、このせりふを吐いたアトからだ。
「そのスパイの学校においても、彼らは暗殺を専門としていた精鋭です。平吉さん、もしも、その『黒菩薩』を相手にするとなると、命懸けになりますよ」
平吉は、不敵にも微笑んで、
「俺は、いつも命懸けですよ」
張も今度ははっきり眼を開けて、同じように薄く笑った。
「そうでしたね」
平吉は、何かいいかけたが、そのコトバより早く、張が、
「葉子さんのことは、心配しなくとも、私が組織をあげて護ります」
「すんません。じゃあ、心置きなく、仕事、やらせていただきます」
平吉は、直立不動で頭を下げた。
平吉が、張の部屋を去ったアト、張の秘書でもある一の子分が、張になにやらいいかけたが、張はゆっくり、首を横に振った。
「『黒菩薩』とは相手が悪過ぎる。日本全国、どんな組織も手をつけなかった、そうして手をこまねいている恐るべき集団だ。その実体は私にもワカラナイ。しかし、」
と、いったまま、張は次のコトバを発しようとしない。
秘書が、しびれをきらしたかのように、
「しかし、何なんです、ボス」
と、問うと、
「遠藤平吉、彼は、天才です」
と、水煙草のパイプを撫でながら、何やら、これから起こるであろう凶事を、いましも活動写真が始まって心猿のようにざわめく客席の子供のような口調で祕書に告げた。
祕書は、不思議そうな顔で、しかし、ともかく頷いた。
張の視線の遠方に静けさを笑うような上弦の月が浮かんでいた。

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