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2013年7月17日 (水)

マスク・THE・忍法帳-17

その声の方向とは別に、殺気が数方向から平吉へ飛んできているのはワカッテいた。いま闘えば勝てるかどうか、それは平吉も判断に苦しんでいたところであった。その殺気も姿なきレクチャー氏とともに消えた。どうやら、沖縄は『黒菩薩』あるいは『弥勒教団』の死守せねばならぬ聖地らしい。ここを突破せねば、『デモクレスの剣』ノートにも迫ることは不可能だろう。
 しかし、自分に付けられたというシルシとは何だろうか。それをみつけぬ限り、二十面相の変装はことごとく、奴らに対して無効になる。
「香りか、色か、それとも」
 それは、平吉にはおよそ考えつくことの出来ぬシルシであった。

 沖縄に出向く気になったのは、理由のあることだった。平吉自身の考えではナイ。懸案の『デモクレスの剣』の話を新宿の黒幕に話してみると、張大元は、これは自分の勘なのだがと断わったうえで、次のようなことを平吉に話して聞かせた。
「実はね平吉さん。先の戦争で、唯一の地上戦、つまり日本の植民地ではナイところでの戦闘が行われた沖縄戦なのですが、ある軍関係者、といっても私の知り合いですから諜報機関の関係なんですが、これは暗号解読の通信員のほうをやっていた男です。その彼がいうには、あの沖縄戦を大本営のほうでは勝ち戦であると考えていたらしいのです。大本営というのはご存知のように、陸軍参謀本部と海軍軍令部の共同司令部です。ですから、これは陸海軍の共通の見解だったようです。それは、どういう根拠かというと、硫黄島は陥落するのに一ヶ月でした。しかし、沖縄戦は三ヶ月以上を持ち堪えたからです。ここに軍部は玉砕戦の雛型をみたんです。ともかく本土決戦までの時間稼ぎ、これが沖縄戦でしたが、正規軍の6万5000人に島民の防衛隊がおよそ3万、戦闘に協力したものが5万5000人、一般島民が3万8000人、これだけの人間がここで、戦死しているんです。つまり、大本営は玉砕戦を本土で充分に闘えると、沖縄戦で自信を持ったんです。そういう意味で、沖縄戦は勝ち戦だったという評価がされていたそうです。平吉さん、私はこの闘い方のモデルは、今後も戦争指導者や協力者、その残党にひとつの信念のように残ると思いますね。今後、沖縄戦は二通りに語られるでしょう。残虐な殺戮を経験した島民の声と、軍部の軍略の正しさと、です。まず、島民の声は抹殺されるでしょう。都合が悪いですからね。おそらく島民は口を閉ざすに違いありません。都合のいいことだけしか語らないでしょう。ヒロシマやナガサキは声高に語れます。あれは隠蔽しよのナイ事実ですからね。しかし、沖縄はねえ。・・・」
「あれが、勝ち戦ですか」
 平吉はとうにも納得のいかぬ顔をする。
「軍部においては、牛島司令官自決までの三ヶ月が沖縄戦となっていますが、ほんとうは戦闘はまだ続いています。要するに、非戦闘員であるはずの一般人が戦争協力をした。それによって、硫黄島の数倍、持ち堪えた。これが、勝ち戦といわれる根拠です。大本営はこの結果から本土決戦のシフトを考えていたといいます。如何にして民間人を戦闘員に仕立て上げるかです。これは、実に簡単なことだった。反対する者は殺せばいいのです。しかし、それでは、一般人は立ち上がらない。そこで、戦時美談が多く作成されました。終戦後も、沖縄は慰霊塔が盛んに建てられています」
「なるほど、一億玉砕、総力戦の手本というワケですか」
「そうですね」
「沖縄まで、何日かかります」
「船なら4日。私の持っている航空機なら三時間」
 平吉は頭をかきながら、
「俺は、飛行機乗りだったもんで」
「お貸ししましょう」

 平吉はカラダの隅々まで、くまなく調べたが、例のシルシというのは、どうしても、み当たらなかった。いったい何が自分に付けられたのか。襲われるのは仕方がナイが、変装が出来ぬというのは致命的だ。
 そのうち、新手が現れた。

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