無料ブログはココログ

« 黄昏への帰還⑮-幕間(まくあい)- | トップページ | 黄昏への帰還⑰-ほんならみんなキチガイや- »

2013年4月18日 (木)

黄昏への帰還⑯-ユリイカ、キツイカ-

「ただ生きる」ということには何の意味も価値もナイ、というのも、「ただ生きる」ということはひとにとって不可能なことだからだ。それは能力の問題ではナイ。ひとの存在の本質だ。ひとはどうしても「ただ生きられない」ようになっている。だから、サルトルのいった「実存は本質に先立つ」てな、アリストテレス批判は「本質的」に成立しない。ニーチェが「神は死んだ」と声高に述べるより以前、カントはスピノザを軽く退けている。ヘーゲルは神に対してひとに「絶対精神」という存在を持たせたが、これはからくもスピノザの継承だ。そうして、ニュートンの「極限」と同じことだ。しかし、カントは概念の類別において、神は「存在を証明することも出来るし、存在しないことも証明出来る」存在だと、スピノザを一蹴している。何れにせよ、神はここまでの命運、そのアトは宗教というものに変容する他なかった。つまり、「神は在るか無いかという対象ではなく、信仰の対象」になった。サルトルがいくら「無神論的実存」を述べて、「自由」をひとに与えても、これまた本質的に「無神論」というコトバ(概念)自体が矛盾している概念で、神は無いというには「神」というものをまず創らねばならない。愛人(あるいは伴侶、もしくは情婦)だったシモーヌ・ド・ボーヴォワールは、もし、神が降臨したとき、いくらでもひとは「あんたなんか神さんとちゃう」といえるてなことを『第二の性』でいうてはるが、神さんから「おまえにはいわれとないわ」といわれればそれまで、が信仰というもので、宗教というものだ。と、このへんまでが、キョーヨーというもので、教養はつまるところヒトにみせびらかすものだ。しかし学問はチガウ。学問はあくまで「学び問う」ことで、「答」ではナイ。つまりは「~と、こうワテは考えてまんねん」という「考え」の述べることだ。「学問」は「学答」ではナイのだ。
ヘーゲルの発明は「絶対精神」などという陳腐なものではナイ。「観念論弁証法」という「運動」という考え方だ。もちろん、この「運動」はニュートンの運動力学に直結するものではナイ。しかし、それが<身体性>の「内界」「外界」「近界」「環界」と関係してくれば話はべつだ。ニュートン力学の神髄、微積分は、充分にヘーゲルの発明の「運動」とも関わってくる。とはいえ、微積分をそのままニンゲンの在り方に対応させてもしょうがナイ。それは単に形式論理に終わる。何故なら数学とは徹頭徹尾、形式論理だからだ。数学のオモシロイところは、その原点、根源、根っこ、基点が、これまた徹頭徹尾イメージだということだ。点も線も面も概念としてしか存在しない。単なる表現に過ぎない。たとえば点を表現すると「点には面積はナイ」というようにいえる。そんなもんがこの自然世界の何処に在るか。ナイ。面積がナイなら何にも無い。しかし、点は概念として存在する。概念としてというより、イメージとして。イメージという表現として。
「ただ生きる」ことが出来ないのは、ひとはどんなにジッとしていても、常に「表現」してしまうからに他ならない。表現はコヒーレンスだから、ゆらぎだから、エネルギーだから、他のエネルギーと干渉してしまう。これが「関係」と「了解」というシロモノだ。もし、世界にただ独りしかヒトがいないとしても、そのヒトは自分自身とやはり関係し了解するようになっている。この本質からは逃れられないようになっている。ニンゲンは少しも自由ではナイ。ひとは不自由(不条理)なのだ。そこから脱するためにサルトルはアンガージュマンたらいうて、マルクス主義者になったが、けっきょく「実存」というのは、「おいらが大将」というてるのに過ぎないと、構造主義者たちに袋叩きにあって、晩年はよれよれのコート一枚の生活者になった。と、これもキョーヨー。そんな他人のことはほんとは、私、どうでもイイ。
私が、加速度というのは、いまジッとしていたひとが、突然、「ユリイカ」といった、に等しい。「何だか急に重力のチガウ天体に放り込まれた気がした」という直観もまた同じことだ。それまで等速直線運動していたものが、ふっと立ち止まったときに受ける慣性の重力であっても、充分同じ。何故ならこれを等価原理というのだから。いま、ひとが躁鬱何れかを感じたとする。これは、そこで表現が加速したことを意味する。このとき反作用として重力が生じる。それが慣性だったとしても、あるいは、内界、外界、近界、環界からの作用だったとしても「重力」として表現出来うる限りかわりはナイ。おそらく双極性障害と称される事象はこの<表現的重力>として心的現象からやって来るものだ。

« 黄昏への帰還⑮-幕間(まくあい)- | トップページ | 黄昏への帰還⑰-ほんならみんなキチガイや- »

病歴」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/558792/57199956

この記事へのトラックバック一覧です: 黄昏への帰還⑯-ユリイカ、キツイカ-:

« 黄昏への帰還⑮-幕間(まくあい)- | トップページ | 黄昏への帰還⑰-ほんならみんなキチガイや- »