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2013年4月11日 (木)

黄昏への帰還⑧-初期設定は破壊出来る-

この「後くされ」は演技者がそうであるように、たいていは「内発語」として現れてくる。演技者はともかく次のせりふやactionに向かわねばならないから、「後くされ」に拘ることは失敗の連続を生むことへの警戒を怠らない(怠るものも中にはいるけど)。だが、日常的にこの「後くされ」状態に置かれ、かつそれが異常な範疇に突入したものは、「内発語」として、つまりココロのつぶやきか、あるいはもっと言語以前の心的現象として、これを繰り返す。「内発語」としては「繰り返し・・・ぶつぶつと同じことを」になる。外界(身体)は近界や環界に対して現在にあるはずなのに、内界はその関係を了解していながら現在に不在の感触を持っている。ちがえていえば、時間的なものと空間的なものが錯綜している。「すんだことにクヨクヨしている」といってしまえばそれまでだ。ただ、その「クヨクヨ」が未来的にも終わらないという認識を彼は持ってしまう。
演劇なら終演してしまえば「今日はヤバかったなあ」ですむ。しかし、生存は生存の終りまでは生存は続くので、生存が続く限りはその「クヨクヨ」は永続するという時間的な捕捉は空間的なものとのベクトル変容の錯綜なのだが、いうなれば、彼の「クヨクヨ」の時間は空間的なもののに浸食、侵攻されていることになる。逆にいえば、空間的なものが時間的に浸食、侵攻さている。だから、場所を変えようと、「クヨクヨ」の「後くされ」は収束しない。この「クヨクヨ」や「後くされ」を消去させるには、「クヨクヨ」や「後くされを生じさせたものと同じことを、もう一度試行して、これを以前よりよりいいカタチで終わらせるという「反復」しか方法はナイ。江戸の仇を長崎で討つことは、この場合出来ない。そううするには、彼はもう一度過去にもどらねばならないということになり、それは「取り返し」のつかないことだからという自責があるので、そんなことは不可能に思える。そこで鬱状態が喚起される。精神科医は「軽いうつ病ですね」とかなんとかいって、新薬のひとつも匙加減、処方するかも知れない。たぶんそうするだろう。何かクスリのひとつでも処方されたほうが、かれは安心する。ここにおいて、医師と患者という鬱病(双極性障害)の端緒がつけられる。
ほんとうは、元にもどすことは「不可能ではナイ」のだ。私たちは初期設定というものは絶対に変えられないものだと思い込みがちだが、初期設定というものは、思うほど力の強いものではナイ。初期設定の操作は、量子力学の「ラプラスの悪魔」に対する考え方において、すでにやぶられているものだ。ニュートン力学においては初期状態は位置pと速度v(あるいは運動量p)において決まる。これは軌道を描くことになる。この軌道を描く平面を「相空間」という。初期位置を点pとすると速度vと距離qの関数は方程式を持つことになるが、初期設定において生じている事象を軌道上の点に求めるのではなく、「ある領域」として可能性の範囲を拡げてしまうのだ。コトバをかえていえば、事象を確率のひとつとして考えれば、結果はひとつではなく、出てしまった結果をも、この確率の不安定さの力を活用して、破壊してしまうのだ。これは「クヨクヨ」や「後くされ」ではナイというものにしてしまうのだ。演劇もまたこれを可能にスル。

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