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2013年2月14日 (木)

メタ・パラ(続)

炊飯器に米を三合半仕掛けた。こういう疾病状況のために無洗米を用いている。これから死のうとしているものが、飯など炊くはずがナイ。従って、あくまで希死念慮は念慮に過ぎない。つまり「死にたい」という欲求、要望、要求だ。この理由の出所が自身には残念ながらワカラナイ。また、何故、波動攻撃型なのかも不明だ。
これまでに幾度か書いたと記憶しているが、私は、私の疾病の症状が苦しいことをのみ訴えているのではナイ。おそらくは、このブログを読んでいるだろう、不定の双極性障害、鬱病患者のひとびとに、貧者の一灯となればという強い祈りと願いがそのmotivationだ。とりあえず、ロキソニン(鎮痛薬)と、麻黄附子細辛湯(漢方薬・ふつう感冒、気管支炎の治療に用いられるが、倦怠感や気力減衰にも効果がある)、補中益気湯(食欲の増進、気力の減衰、免疫力の強化)、紅参末(補中益気湯と同様の効果がある)、レキソタン(自律神経を整える)を服用。抗鬱剤は服用していない(副作用が意外にあるのだ)。
仕事はやり始めたが、集中力が不足してまったく書けない。それで、DVDでテレビドラマを観ているが、これも、なかなか集中は出来ない。しかし、能動の仕事と違って受動しているのだから、そのぶんはまだ楽だ。
東京の現場で仕事をしている嫁さんから昼食休憩らしく、メールが入った。午後からも怪我をしないように仕事頑張ります、と、それだけのものだが、これは、二人で話し合って、あまり疾病に立ち入らない内容の応答にすることに決めたからだ。下手な心配や励ましは逆効果だということは、よく医療関係者や患者諸氏も認識していることだ。朝方から何通書いたか記憶にナイ、妙なメールについても触れない。そこは、私のような病者に対する配慮のひとつだ。これも相談して、そう決めた。ようするに、メールを読んで容態はワカッテイルという応答がタイセツなだけなのだ。だから「はい、了解」でもイイということにしてある。鬱病、双極性障害者が、最も辛苦するのは、周囲の親しい者に理解が得られないこと、理解されるように説明が出来ないこと、だ。さらに、自身の行為が病的なのか常態なのかの客観的な判断が、自身で出来ないという不安があることだ。
実にやっかいで、面倒くさい疾病だが、その正体を識るものは世界の医師の中に、まだひとりも存在していないまま、罹患者の数だけは、世界保健機関の統計だけで、3億5000万人を超えている。

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