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2013年2月16日 (土)

微分方程式と演劇の近似

前回は長文になるのをきらって本題を急いだので、/私の考えでは数学が難しいのではナイ。数学を説明しているコトバが難しいだけだ。概念はさほど難解なものではナイ/てなことをいいながら、けっきょくコトバが難しくなった。これは半可通の私の不勉強の罪というものだ。そこで今回は、私自身が「なんだ、数学だって同じこと考えてるやないか」
というものを述べて、前回の補足としてみたい。が、それがまた難しくなるということもあるので、要注意なんだけどね。では、まず、ここをおさえてもらいたい。
○「微分」と「微分方程式」はチガウ。・・・微分することと、微分方程式を解くことはチガウのだ。で、そんなものを演劇に応用するのに、数式、記号式でごちゃごちゃ計算などしているのではナイ。何度もいうようにその概念だけ、考え方だけ活用したり裏づけとして納得したりしているのだ。
微分というものは関数の曲線を部分曲線に「微」かに「分」けるのだが、これだけでは作業は終わらない。y軸とx軸の中にこの部分曲線は存在するのだが、ここからこの曲線が係わっているy軸とx軸との比を求める。この比をdy/dxと記す。これはyの成分とxの成分を表記していることになり、これを微分係数と称する。ここでy軸の成分がある自動車の走行「距離」だとしよう。そうしてx軸の成分が走行「時間」だとしよう。そうするとdy/dxは、その自動車の走行「速度」になる。どれだけの時間xで、どれだけの距離yを走ったかを対比させているのだから。さて、この関数をさらに微分する(dy/dxをxの関数としてさらに微分係数を求める)。これは、関数から関数を導くのだから導関数と称されている。そうすると自動車の「瞬間の速度」が求められることになる。さらに同様に導関数を求める。そうすると自動車の瞬間の「加速度」が今度は求められる。これはグラフにして微細に示すと一目瞭然なのだが、この場では不可能なので、そうコトバで説明するしかない。ともかく、こういったものが微分というものだ。微分するというのは、ただ曲線を部分曲線に微かに分けるのではなく、それによって得られた成分の比率(微分係数)を求めることだ。
○そこで、微分方程式なんだけどネ。これは私の演劇に関する考え方とヒジョーによく似ているのだワ。方程式そのものがではナイ。その概念、考え方がだ。
私は樋口ミユという劇作家に、「これ、やれるケ」と、おせっかいにも程があるのだが、戯曲をギフトしてみた。何のことはナイ、書いてはみたが自分では演出出来そうにナイから、というか、何かは書いたんだけど、何かがワカランから、樋口に押し付けたのだ。ただし、書いた者としては「部分的(たとえばせりふとか、plotとかsituationとか)」なものはワカッテいる。それがワカランかったらただのアホな新進作家に過ぎない。そこで、そんなものを押し付けられた樋口は、それを「全体」として解釈、解読、解題、しなければならない。演出すんだからネ。つまり私がギフトしたものは「微分係数 dy/dx」だ。それを全体に識知、演出しようとしている樋口の営為が、未知なる関数y=f(x)を求めること(方程式とは等号で結ばれた関数だから)、微分方程式を求めることなのだ。ほんとはここで、その方法の「本質直観」と「想像変容」というフッサール現象学まで説明しなければならないところだが、カツアイ。まあ、樋口は私のホンを直観的感性で捉えて、想像力で変容させていく、と、そいでエエやろ。このときに注意しなければならないのは、抽象的に私のホンを読まないことだ。私のホンに書かれてある具体性から抽象世界を創るのは構わないンだけど、モ。で、樋口がそれをちゃんとやったので、ああ、このホンはそういうホンやったのケと、あたしゃ、驚いたと、まあそういうこってすな。
なにはともあれ、「部分」から「全体」を組み立てるという作業が微分方程式の考え方なんやけど、そこんとこを演劇と数学を対応させて結語にする。前者は微分方程式の情報について、後者は演劇(演者)の表現について。
①「部分固有のくわしい情報である」・・・「演者は固有の(ある役の)表現者だ」
②「現象全体を支配する法則を反映している情報である」・・・「演者は如何に端役であれ、劇全体を表現する者だ」
③(数学にはナシ)・・・「演者は固有の表現者として劇全体と関係する者だ」

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