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2012年9月

2012年9月30日 (日)

サドの答弁

マルキ・ド・サドは、バスティーユ牢獄に11年、コンシェルジュリーに1ヶ月、ビセートル病院(の刑務所)に3年、要塞に2年、サン・ラザール監獄に1年、そしてシャラントン精神病院に13年入れられた。サド文学は、たいていは牢獄で書かれたものだ。
ところで、牢獄に入れられたからには、裁判のようなものがあったはずだ。これに関しての資料がどこに残されているのかは明かにされていないが、一部のものは漏出していて、そこにオモシロイ裁判官(あるいは検事)とのやりとりがある。
検事「あなたは何故、悪徳が必要だと主張するのか。
サド「栄えるためにです。
検事「何故、悪徳は栄えねばならぬのか。
サド「栄えねば、美徳との区別がつきません。
検事「この世界で栄えているものは、すべて悪徳だというのか。
サド「そのとおりです。悪徳が栄えてこそ、美徳はこれと闘うことが出来ます。
検事「美徳は勝利するのか。
サド「常に勝利するのは悪徳です。というのも、勝利するほうを悪徳というからです。
検事「神は美徳ではないのか。
サド「神には善悪はありません。なぜなら、神は善悪を超越しているからです。善悪、悪徳と美徳を問題にしているのは人間だけです。
検事「おまえ自身は、悪徳のものか、美徳のものか。
サド「私もまた、その両方を超越しているものです。
もちろん、これは、神に対する侮辱の罪に該る。しかし、サドは、自らが神と同じだといいたかったワケではナイ。その両方、悪徳と美徳とを往来出来るものだと主張したように思われる。それは、正気と狂気を往来することにも通じる。私たちのような物書きは、あっち行ったり、こっちに還ってきたりする。もっとも、還ってこないひともときどきいるけど。

おひさしぶりで

伊丹アイホールでの『この恋や思いきるべきさくらんぼ』を一カ月あまりの通勤演出で、背中やら腰やらイタメながら、なんとかやりおえて、『アッシュ・チルドレン』を書く前にこっちが灰のようになった。製作費が、助成金が全てカットになったこともあって、6割になり、スタッフはその予算で、10割の仕事をしなければならない羽目になった。6割なら6割ぶん働けばいいではないか、では終わらないのが、この稼業だ。では、残りの4割は、何が私たちを働かせているのだろう。これは、間違いなく、私たちの上部構造だといえる。それを幻想領域といい換えてイイ。4割は、スタッフ、キャストの幻想領域によって賄われているのだ。これは無償の営為だろうか。通常の資本主義、市場経済、現代経済学では、その経済営為の中には踏み込めないことだけは確かだ。何度も書くが、マルクスが『資本論』でいいたかったのは、資本が如何に間違って用いられているかで、資本主義に対する怨嗟ではナイ。私たちはこの4割の上部構造を何がしかの交換価値としたはずなのだ。何と交換したのかは、個々の分野や倫理に依る。こういう経済学にもっとも近いのは、近江商人の商法だろう。いわゆる「損して得とれ」だ。
帰ってから、たまった事務的な整理ごとや、掃除やら、なんだかんだと手間ヒマかかったが、老齢年金の納付が終了したつもりで、前倒し給付の手続きをしようとしたら、一月分だけが、残っていて、来年の支払いになるので、5月からしか受付が出来ないという。で、前倒しにしたら幾ら給付になるのかと訊くと、25%カットだそうだ。年金基金のほうは、65歳まで月々5000円だそうで、つい先日、「国境なき医師団」に月々5000円の寄付金を申し込んだので、おやま、そういう帳尻か、ということになった。老齢年金も53000円の家賃にとどかない。とはいえ、現状の私財の計算上では、アト、26,5カ月はケチケチしなくとも食っていけるから、まあ、いいんじゃないの、ということにした。やり残した仕事、これがやれれば、アトは野となれ山となれで、明日のことも、今日この先1分のこともワカラナイのだから、常に現在を初期設定として、やっていくだけだ。来月8日は、クラモチくんの命日だ。また、何人かの盟友が、茨城の彼の遺影の前に集まることになる。生き甲斐などというものはナイ。「なんのために生きているんですか」という若い問いには「そんなことは生きてみないとワカラン」と答え、「死んだらどうなるんですか」という若い問いには「死んでみないとワカラン」と答える。「とりあえず、私たちはどうしたらいいんですか」という若い問いには、「手を差し伸べて、抱き締めろ」という観念的で漠然とした答えしか、浮かばない。
私は、通俗といわれようが、庶民大衆のひとりとして、庶民大衆を応援するものを書いていく。ポピュリズムでもなく、アンガージュマンなどというインテリの高慢ちきなくだらないものでもナイ。いわゆる私たちの仕事は、ヨイショなのだから。自利利他、私にヨイショ、あなたにヨイショだ。ともかくも、現状、世界を支配しているものたちは、一度滅びるがイイ。おまえたちのやっていることは、宮沢賢治がみごとに『蜘蛛となめくぢと狸』で書きつくしている。

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