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2012年8月12日 (日)

SLOFT/N・総括・アンビバレントなる不幸

マルキ・ド・サドに『美徳の不幸』というのがある。いっぱいあるので、出来不出来はさまざまなのだが、まとまりがいいのは最初の『ジュスティーヌ』だろう。ところで、私はSLOFT/Nの『デザートはあなたと』を如何に総括すべきかで、逡巡した。『デザートはあなたと』は、私の作・演出だが、演出には演出担当をおいて、いまの若い演劇人がどんなふうに芝居を創るのかを、監修してみた。もちろん、最終的には修正して、芝居としては、私の演出というふうに呼べるカタチで成立させている。
逡巡した理由は、要するにワカラナカッタからだ。総括などというものなどとても出来そうにないなと、諦めたところで、それに準ずるものを認(したた)める。
極論になるかも知れないが、現在の若い人の演劇の(創り方の)ダメなところは、彼らが受けてきた「教育」にあると思う。たぶん、これは間違いなさそうだ。稽古が一応終わって、演出担当が「ダメだし」というものをする。(私はやんないんだけど)。これは、何かに似ているなと、脳を回転させたが、ああそうだ、と気がついたのは、テレビのレポーターなどがよくやる「街頭インタビュー」だ。演出担当は役者に訊く。「ここんところの演技について、どう思う」。役者は殆ど即座に応える。「ちょっと○○かな」。これは、私たちが、ニュース番組でよく観る風景に近い。で、そこからは、部活になる。それぞれの役者が演出担当に意見を述べる。なるほど、民主主義教育か。もちろん、私もその民主主義教育を受けて育ったものだ。しかし、幸か不幸か、私は70年代を通過してきている。そこは自己否定の時空だ。民主主義教育に対する否定的な空気が万延した時空だ。そこ過ぎて、日本はまた安直な民主主義教育というのに反動したと思えばイイ。問題は、「即座に応える」という悪しき伝統だ。回答者は質問に対して、何かしら即応しなければならない。これは質問者にもいえる。質問に対しての自問自答が出来ていない。囲碁でいうなら、打ちたい場所は最低でも二ヶ所から三ヶ所はあるのを選択しなければならない。だから、この質問をこの役者にこう投げかけていいかどうかは、かなりの選択が要る。逆に即座の答えに自問自答などあるワケがナイ。つまり、彼らは、あるスピードという価値概念によって、「すぐに答えられなければならない」という鋳型にはめ込まれている。これは、あらゆるペーパーテストというもののもたらした、また、スポーツにおいても、試合制限時間というもののもたらした、一つのドクサ・思い込み)あるいはインプリンティング・刷り込み)だ。答えは早いほうがイイなどということには、なんら正当性はナイのだ。自問自答とは、「考える」ということだ。これをすっ飛ばすから、答え(応え)が、クリシェ(パソコン用語でいえばルーティンのような活字印刷の並び方)になる。つまり、自問自答(考える)ことが殆どナイといってイイ。
私は公演中はたいてい楽屋にいるが、楽屋での連中は、黙しているということが殆どナイというのも、私にはある種の異和だった。彼らはよく語る。のだが、それは殆ど、テレビの雛壇バラエティのごとき対話だった。つまり、そつがナイのだ。こうくればああ返す、ということに、彼らは慣れている。そういうことに慣れるということで、ここでもほんとうに「考えられた」コトバというものに出くわしたことがナイ。ここも極論すれば、彼らは何も喋っていないのと同じだ。では、何故喋るのか。そうすることによってしか、自身の存在を消せないからだ。黙して消すのではなく、喋って消す。なるほど、と納得した。風樹茂『今日、ホームレスに戻ることにした』(彩図社)に、日本は「不況」などではなく「衰退」だという根拠に、著者が「給与所得減少、リーマンショック、派遣村、ネットカフェ難民、100円ショップ、戦後最大の生活保護、非婚化、無縁社会、格差社会」を挙げている部分がある。たしかに、私が演劇を始めたころは、社会人というものが存在した。演劇を断念して社会人になるという構図が、まだあった。いまの世間はそうではナイのだ。社会人になることすら、困難なのだ。つまり、日本の構造は大きく変化した。高視聴率刑事ドラマの『相棒』にも、犯人のいないエピソードがあった。「彼を殺したのは社会だといえるかも知れません」と、杉下右京が、そう、決めのせりふをいう。このエピソードは従来の刑事ドラマをはるかに凌駕していたと思う。昨日記した『あなたへ』で、ビートたけしが、健さんにこういうシーンがある。「旅と放浪の違い、わかりますか。旅は帰るところがあるんです」。いまの、若い演劇人には、帰るところなんざナイように思える。それが、適当に芝居を続けるのに利があるのか、ナイのか、いまのところ、私にはワカラナイ。ただ、アンビバレントな不幸としかいいようがナイ。

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