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2012年8月 8日 (水)

なるほど、ネエ

弟はいう。「オリンピック柔道には何故、団体戦がナイのか」。ありませんね。続けて曰く。「柔道の試合対戦形式を、例の五人対五人にすると、体重差もなく、オモシロイのになあ」。5対5の対戦形式というのは、いまはどうなっているのかワカランが、剣道でもやってるんじゃないかしらん。つまり、先方、次方(だったかな)、中堅、副将、大将の五人の勝ち抜き戦だ。これは実力の順で並べるワケではナイ。作戦の上で並べるのだ。だからイチバン強いのが先方であってもいい。先方が五人勝ち抜いてしまえば勝ちになるのだから。このほうが、観ているほうもオモシロイ。バトルロワイヤルじゃナイんだから、要するに闘いは、1対1。団体戦、やるべし。
卓球女子、銀メダルおめでとうございます。よくぞ、よくぞ、ここまで。でと、表彰式のときに初めて気づいた私も迂闊なのだが、表彰台に上がる前に、並ぶ選手たちの身長差を観て唖然とした。なんだよこれ、子供と大人、大学生と中学生じゃねえか。中国選手の中でも小柄にみえたのが、それでも日本選手より大きいのだ。こりゃあ、フォアにしても、バックにしても、スマッシュの威力が違うのはしょうがナイわなあ。なるほど、パワーとスピードと、二言目には解説者が(この解説者、終始、いってることが耳障りで邪魔だったんだけど)述べていたのは、これかね、と、ニュートン力学が過ったりしたのだった。当然ながら、守備範囲の広さも違ってくる。相手のサーブを死角にレシーブして返さないとエースにならない。最近はチキータてのが、よく使われるらしいが、要するにこれは野球でいうところのカーブらしい。カーブくらいなら、野球選手のプロはみな打つが、素人は打てない。卓球選手も素人じゃナイからな。返しにくいだろうけど、チキータの返し方の確実な方法というのが、いずれ確立されれば、威力は激減するだろう。ところで、決勝で、中国選手は、何処を観ながら球を打っているのかを、こちとらは必死に観察していたのだが、つまり、卓球もテニスやバドミントンと同じで、コート、球のベクトル、相手選手のベクトル(ラケットのポジションを含む)、を同時に観ないとイケナイようなのだが、何処を最も重視しているのか。これは日本選手もそうなのだが、球は殆ど観てませんね。相手のベクトルとラケットの角度、これを観て、相手が球を打つ前に動いている。つまり、卓球台に球がハネカエッテ、どっちに飛ぶのかを、そこで一応読んでいるワケだ。私たち素人が観ていても、空振りしたり、単純なラケットミスがあるのはそのせいで、えっ、ナンデ、と思うのが私たち素人なんだろう。球を観て打つのはカットマンだけだ。確かに、あの背丈から繰り出されるフォアをレシーブするのは至難に思われるが、パワーとスピードがどんな数値かは計測出来るのだから、闘い方がないことはナイ。しかしながら、福原愛は、それゆえにずっと中国で練習していたために、中国選手には研究しつくされているという、パラドクスに陥ってしまった。今後の目標は、打倒中国になるのだろうが、中国卓球の欠陥、弱点を研究する前に、中国卓球に対する自身の弱点をみつけるべきだろう。(と、私のような外野の床屋談義の素人はいう。そんなことは、やってる者が百も承知なのにねえ)。再度いうけどパワーとスピードは、計測出来るものだ。メンタルなどはアテにならない。しかし、もう一つ、勝負ごとには「勘」という作用がある。この「勘」というのは養えるものだ。「勘」を別のコトバでいうなら「無意識」だと私は考えているが、芝居の演技でも同じことで、意識的に演じているようではダメなのだ。今後は「勘(無意識)」にまで、意識を引っ張りこむ、意識的な研鑽が要求されるだろう。

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