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2012年8月

2012年8月28日 (火)

SLOFT/N next plan

「群劇」というものを企んでいる。
タイトルは『アッシュ=チルドレン(ash-children)~灰の子供たち』。
最初のせりふは聞こえない「I love you .」になる。これをひとりの役者がいう。次ぎに二人、三人と増えていって、やがて「I love you .」というせりふ(コトバ)がやっと観客の耳に入る。それから、著作者に許可して頂けるのなら、川上弘美さんの『神様(2011)』が、役者たちによって、語られる。それから、『ウォール街を占拠せよ-世界で今いちばん重要なこと』(ナオミ・クライン 幾島幸子訳 「世界」2011年12月号、所載)が語られる。ここまでは、高橋源一郎氏の『非常時のことば』に触発されてのモチベーションだ。ここからアトあたりはオリジナルになる。
最後のせりふは、たぶん、こんなふうなものだ。
「ひとは死ぬ、私もあなたも、あのひとも、生まれてきたひとはどのひとも。愛するひとも憎んだひとも。さあ、そのひとに、私はどういう最後のコトバをいえばいい。どんなコトバを投げかけても、きっと悔やむに違いない。どんなささいなコトバも、おそらく私を責めるにチガイナイ。そこで、ようやく私は、たったひとつだけ、これならいえるというコトバをみつけ出した。それは、~また逢いましょう~。また、逢いましょうきっと。じゃあ、また逢いましょう、きっと」
「群劇」だから、出来るだけ大勢のひとたちに出演してもらうのがイイ。これは、コトバによる「運動」でも「活動」でもナイ。これはひとつの「言伝て」だ。
有志を募ってみたいと思う。
私は、六十年生きて、初めてこんな芝居をやってみたいという気になった。
「過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を観よ。未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を観よ」(仏陀のことば)
私たちは、もうだんだんに、この世界(社会・世間)がどうなっていくのかを解しはじめているはずだ。わかっているのなら、私たちは、やってみなければならない。如何に生きるか、という時代は終わった。如何に死にきるか、という時代がはじまる。

2012年8月22日 (水)

開店休業のお報せ

主筆、伊丹アイホール『この恋やあきらめるべきさくらんぼ』演出、出張のため、ほぼ一カ月、お休みになります。週に一度もどりますが。

何かのご連絡、ご報告、ご相談は、
〒664-0846
兵庫県伊丹市2丁目4番1号 電話072-782-2000
伊丹アイホール(制作担当・木原)まで

著作権に関しては小堀純事務所、著作本購入に関しては、avecヒーズまで。

では、初秋まで。

2012年8月21日 (火)

台詞から科白へ

昨日から、伊丹アイホール自主企画公演『この恋やあきらめるべきさくらんぼ』の稽古に入っているが、まず、読み合わせだ。読み合わせは本読みではナイ。というより、昨今は読み合わせのことを本読みという手合いが多いだけのことだ。克明にいうなら、「本読み」とは、作者自らが、作品を出演者の前で朗読して聞かせることだが、こんなことはいまはどこもやんない。やんないので、「台本を読む」から「本読み」という安直な愚解が罷り通っているだけだ。これは二重の意味で間違っている。演劇界(人)は恥ずかしく思ったほうがイイ。どっちだってやることは一緒なんだからいいじゃないか、という鈍感なる輩もあるかも知れないが、やることはまったく違う。
さてと、私は演出家ではナイから、演出家がどのようにその「本読み」とやらをやるのかは知らない。ただ、私は「読み合わせ」をするだけだ。「読み合わせ」は読みを合わせるのだから、ただ、ホンを読むのではナイ。書かれた劇としての戯曲は、すでに成立して役者の前にある。これを、他の役者の音声と合わせながら読むから読み合わせという。この場合のせりふは「台詞」であって、書かれたコトバを意味する。ところが、書かれたコトバである台詞が、生身の役者の音声を通過して、かつ、他の役者と、その読み方のニュアンスを合わせると、どうしても、このせりふはなくてもイイというものが出てくる。逆に、もう一つ入れたほうが、ということも在り得る。そういうことをするのを「台本化」というのだが、つまりここで、初めて戯曲は台本と称されるのだが、このときのせりふは台詞ではなく「科白」となる。つまり、身体性を帯びる。身体性といっても大きな動きではナイ。役者の呼吸音や、間のとり方、減リ張リのつけ方だ。そこで、相手の科白を受けるとき、つまり合わせるときの受け太刀が問題になる。これが「読み合わせ」と称されるものだ。世にワークショップとやらで、素人衆を誑かしている、半可通の演劇屋はこのさい、覚えておいて損はナイぞ。
戯曲は台本化され、いくつかのコトバはカットされ、いくつか新しいコトバが付加されることになる。ときどき、私の作品の上演の著作権の許諾を求めるさいに、たとえば高校演劇などのさいには、60分しか時間がナイので、カットしていいかという相談がくる。好きなようにして下さい、以外、答えたことはない。ついこのあいだ、ベケットの『ゴドーを待ちながら』を1時間に短縮してやろうという某演劇関係団体の企画に、ベケットの取り巻きだか、信者だか、ベケットを守る会だか、なんでもいいけど、作品(戯曲)の翻案、編集は許可しないというお達しがあって、「はい」と二つ返事で、この企画は直前にお流れになった。いわゆるドタキャンというあれだ。ドタキャンなんてのは、たいていえらいひとがする。これが、日本の作家のものなら、「そういわずに」とかなんとかあったろうにな。ベケットだろうが、ベンケットのたーやんだろうが、どうも日本人は、そういう権威に弱すぎる。だいたい、表現、芸術に「権威」などあろうはずがナイ。そんなものは、オークションのときの市場価格においての値打ちでしかナイ。イヨネスコなどといわれると、途端に条件反射で椅子を並べ始める発作に襲われるようなものだ。ブレヒトの『三文オペラ』にしても、やっぱり「三文」じゃないか。四文くらいの商業演劇だって存在する。
まあ、こういうことは、私が演出家ではないからいえることなので、本職の演出家になれば、ちょっとは遠慮するんだろう。私などは、「食うために」書いている劇作家なので、こと演出になると、やってることは子供の視線になるだけだ。「あのひと、だあ~れ」「あのひとはなにをするひと」、この二つが科白からワカルようになれば、それでヨシ。

2012年8月19日 (日)

初期設定の混沌(chaos)⑤

話を弁証法にもどしてみる。いったい弁証法においての、初期設定はどう決めるのだろうか。つまり、どこを「はじまり」とするのだろうかだ。ヘーゲルが「絶対精神」を究極点に掲げたように、マルクスも「革命の成就」を究極点に挙げざるを得なかった。では、その出発点(初期設定)は何処に在る。カール・ポパーの(私からみれば)怪しげな科学、「反証法」など持ち出さなくとも、いわゆる通俗的な「歴史主義」には疑問符を投げかけることは可能だ。例えば、囲碁における3~5手あたりは布石と称される。日常のコトバにも出てくる「~~が布石となった」というあれだ。この布石は棋士においてはおおまかな一局の作戦の初期設定に該る。しかし、勝負は相手が在る。つまり、外から加わる力が予め存在するのだ。そこで、棋士は途中から、作戦の変更を余儀なくされる場合が多い。ともかく半目(一目の半分、勝ち負けを決めるために設けられたもの)でも勝ちは勝ちだからだ。勝負は、たったの一手で決まることもある。このとき、初期設定(布石)はすでに否定されているか、変更されている。ここで、唐突だが、加藤陽子さんの『それでも日本人は「戦争」を選んだ」(朝日出版社)から一節。「一つの事件は全く関係のないように見える他の事件に影響を与え、教訓をもたらすものなのです」。これは、なぜロシア国民がレーニンの後継者として、有能なトロツキーではなく無能なスターリンを選んだのかという部分に記されているコトバだ。スターリンは、まるで戦争の犠牲者の数なみの多い程の粛清者を出している。ポパーの親類縁者も犠牲者だというから、ポパーが通俗「歴史主義」を呪詛して、弁証法にantiの立場をとるのも無理はナイ。しかし、これは、レーニンにおける初期設定のスターリンの変換ではなかったか。ここで、さらに初期設定を変更して、仮にスターリンが、あるいは、あのアウシュビッツの惨殺を歴史に残したナチス・ヒトラーの過去が変わるとしても、時間の矢は正しく平穏な未来を約束するかといえば、けしてそうではナイ。私は初期設定の変更はたやすく出来ると説いたが、それは単にそれだけの話でしかないことはいうまでもナイ。
この初期設定の変更について、私にそれを書かせた動機は二つある。一つは、戯曲を書くということにおいて、「出発、書き始め(つまり初期設定)は、さほど悩むことではナイ」ということを、私塾の、上級クラスで講義する準備のためだ。もう一つは、まったくプライベートなことで、これは単体ではナイ。「あのとき、もし」という苦悩と、「なぜ、あのひとはいま」という難問と、ある不可避の事態に対して、どうしても、「関係の偶然性」という概念を持ち込みたかったのだ。「関係の絶対性」と「成り行きの不可避性」を一緒にしてしまえば、「関係の偶然性」になる。これはある種のオッカムの剃刀だ。私のプライベートなことは、感情や感傷でどうなるものではナイ。もし、思想が私に少しでも在るのなら、それによって乗りこえていかねばならない刑罰でしかナイ。この刑罰に減刑はナイが、他の誰のものでもナイ、私だけのものだという「引き受ける」自負と反抗と意地だけがある。たとえ私個人の固有の争闘だとしても、その闘いがコヒーレントなものとなり、この特殊性から普遍的な、あらたな初期設定が生まれることをせつに願う。ひとは秩序を求めて、混沌に陥る。しかし、ほんとうに求めているのは秩序(cosmos)なのだ。

2012年8月18日 (土)

初期設定の混沌(chaos)④

パソコンの初期設定とは、ディスクの初期化(フォーマット)をいっているのではナイ。いわば、デバイス(コンピュータ内部の装置や周辺機器などの意味。あるいはCPUやメモリ、ハードディスク、などコンピュータを構成する各装置や、キーボードやマウス、プリンタ、ディスプレイなどの周辺機器)の変更をいう。デバイスを動作させるには制御するソフトウェアが必要であり、これをデバイスドライバというのだが、これがOS(オペレーティング・システム)といわれるものだ。このOSはパソコンのメーカーによって違う。だから、つまりはパソコンそのものといってイイ。さて、デバイスが変わったので、そのパソコンは当然、初期設定が変わり、フォルダー、ファイルなどのソフトをインストールする際に変化が起こる。たとえば、ワープロ様式の変化なら、書いていた文字の構成が変わるということにもなる。OASYSがワードになるようなものだ。たとえワードにならなくとも、オアシスは、機能的、あるいは動作環境に変化を生じる。これは私が経験して知っていることだ。
初期設定が変わる、ということは、それほどおどろくべきことではナイ。なぜなら、初期設定というのは、さほど堅牢強固なものではナイからだ。ひとの気持ち(ココロ)なんて5分で変わる、いわんやパソコンをや。考えてもみたまえ、この宇宙の初期設定は、デタラメだった。整然としていたワケではナイ。粒子と反粒子の数が、幾らか違っていただけで、粒子が残っただけだし、ヒッグス粒子とやらが、その粒子に重さを与えたということだが、じゃあ、これを創造主の初期設定だと称するには、その動きがすべて「偶然」「デタラメ」な作用を持つこと、いったい創造主はなんの理由で、そんなことをしたというのだろうか。おまけに、どんな初期設定があっても、量子力学と、散逸構造による「ゆらぎ」のエネルギーは、初期設定の力学ををいくらでも変更するに充分なことがワカッテいる。なぜなら、宇宙的自然において、初期設定(初期条件)というのは、ほんの瞬間の出来事でしかナイからだ。ニュートン力学の運動量保存則は、「外から力が加えられない限り、複数の物体の間で力を及ぼしあっても、運動量の総和は変わらない」だが、外から力が働くと、運動量は増減する。その運動量のベクトルに値するというワケだ。だから、極端にいえば、初期設定というものは、あれよあれよという間に、次々と飛躍して変わってしまうものなのだ。
量子力学や散逸構造のようなものが、如何にしてひとという自然に関係するのか。それは直截にではナイにせよ。類似というカタチで多くをみつけることが出来る。量子力学とニュートン力学に線引きをしなくとも、どちらも同様に、ひとの自然の営為と類似(関係)させられる。つまり、ひととひとの関係というのは、「偶然性」が支配しているといってもイイ。これをして「関係の偶然性」といってもイイように思う。ひとはそれぞれ、エピクロスの唱えた粒子のような傾斜をもって、存在している。どこで、どの粒子がぶつかる(波動が干渉する)かは、偶然でしかナイ。予想だにしないこと、だ。だから、「運命の出逢い」なんてのがあるのだ。たしかに、関係というものを拡張して関数と考えれば、一方の値が決まれば、もう一方の値が決まるという「関係の絶対性」のスキーム(枠組み)に入ることにはマチガイはナイ。しかし、その一方の値が偶然にしか生じないとすれば、もう一方の値も偶然にしか決まらない。これは、量子一個の位置と運動量を測定する場合の、その経路を確率で求める密度行列における、量子の時間的な推移による動きと同じことになる。さらにいうならば、量子は一個ずつ動いて変容するのではなく、「集団」で動くことが確かめられている。つまり雲状のものが移動する、というものを想像してもらえばイイ。
なんらかの力が影響すると、初期設定はいとも簡単に変換され、その変換された初期設定に基づいて、今度は動きが始まるから、ひととひとの関係において、そういうことが生じた場合、あたかも、相手が「豹変」したかにみえる。突然の「飛躍」、「過去-現在」における挙動の変身があるとすれば、これは、「自然の本質」だと識知、というより、覚悟しておいたほうがイイようだ。

初期設定の混沌(chaos)③

前者の思考実験を考える。現状のままでは単なる矛盾にしか過ぎない。こういう場合、コンピュータは「初期設定」の変更を行うだけだと思える。たとえば「技術的に不可能なcommandには従わなくてよい」だ。それで事は終わる。次ぎの神様の岩石も、このままでは単なる矛盾なので、論理的解決をはかるなら、神は全知全能なのだから「持ち上げられない岩石」があってもヨイ、とする答えだ。つまり「出来ない」ということも「出来なければ」完全無欠ではナイという、ある種の詭弁だ。
ところで、後者の場合、弦之介は敵対する相手の術の全てをそのまま相手に返すのだから、当然、朧の敵対する相手の術の無化する術も、朧に打ち返す。しかし、朧の忍法は相手の術を無化するのだから、弦之介の術は無化される。そうなると、両者の忍法は相殺されてしまうことになる。つまり、二人は「みつめあったまま」になる。恋仲なんだから、ロマンチックでいいんじゃないだろうか。いいよねえ。
ある初期設定(初期条件)があって、未来はそのときに決定されている。という考えは、量子力学と、散逸構造という化学の理論によって、覆された。端的にいってしまえばこういうことになる。「初期設定は、時間が進んでいく途上でも変えられる」。これが、いわゆる「むかしのことは水に流す」ということだ。卑近な例を挙げたほうがワカリヤスイ。彼、あるいは、彼女の気持ちが変化した。つまり「心変わり」というものだ。彼、あるいは彼女には、その理由がさっぱりワカラナイ。当人にもワカラナイかも知れない。理由を訊くと「なんか、冷めちゃった」てなことをいう。当人どうしは、最初出逢ったときから恋が初まった。これを恋愛の初期設定だとする。ふつうならば、その途上において、相手の欠点がワカッテ、嫌いになった、好きでなくなった、性格の不一致となった、てなことになるのだろうが、恋という自然の営みを「連続」して、この時空にあると考えるから、そういう結論に至ることとなる。実は、自然というものの本質は「不連続」なのだ。不連続とはどういうことかというと、ぴょんと飛んでしまうのだ。このことは、原子核の電子の動きがそうであることで、物理学的(量子力学的)に確認された。陽子と中性子の周囲を、電子は周回軌道を描いて回っているのではナイ。ある場所から、別の場所へ、不連続的に、飛ぶのだ。したがって、現在の原子核模型は、周囲に電子が雲状に描かれている。で、どこからどこへ飛ぶかは、ワカラナイ。それは、偶然にここからあそこ、でしかナイ。実験測定をすると、密度行列を用いて、確率的にはワカル。あくまで確率として。
これを「散逸構造」という化学からみてみる。「ゆらぎ」、つまり量子の不確定な動きは、宇宙のそこいら中に(散逸)存在する。この「ゆらぎ(エピクロスのいった傾斜)」が、べつの量子と、ぶつかる(というよりも、量子は波だから、干渉して打ち消されるか、増幅する)。増幅された場合、量子の波動は、近隣の量子に影響を与えて、波動は変容していく。このコヒーレンスが初期設定に影響する。これを、パソコンで例えてみよう。

初期設定の混沌(chaos)②

しかし、この決定論を変えた発見と研究は、量子力学と、それを応用したITという最先端テクノロジーと、イアン・ブリゴジンたちの化学「散逸構造論」だった。初期設定における決定論を変えるというのは、未来を変えるというだけではナイ。過去も変えてしまう。つまり、「現在」というベクトルは、未来と過去の双方向に向けて存在するということになる。もちろん、哲学もそのことには気づいていた。アリストテレス哲学に引導を渡すためにだ。そういう哲学が端緒にみられるのは、キェルケゴールやハイデガーの実存主義哲学なのだが、ここでは、哲学もまたようやくにして、数千年の栄華を誇ったアリストテレスを打倒するに至ったワケだ。ハイデガーの未完の大著、「存在と時間」がなぜ「存在」と「時間」なのか。物理学においては「時間の矢」というコトバのあるように、時間は未来に向けてしか進まない。が、しかし、これは私の突飛な思考でしかナイのだが、その時間の矢が飛んでいる空間が、時間の矢よりも速く、時間の矢の方向に移動(動いたら)したら、どうなるだろう。時間の矢は、その空間の過去を飛んでいることになる。まあ、これはこれで、妄想と思っていただければイイ。
木田元さんのエスコートで、元さんのハイデガー講座を読みながら、難しいことは一知半解としても、ハイデガーが拘っているものは何なのか、私に誤読出来たのは、人間の存在が所有する「時間」と自然の「時間」は違うという、論理だった。ハイデガーの実存主義の key word のようになっている「頽落」などという倫理は、私にとってはどうでもイイものだ。むしろ、あの観点は通俗だとさへ感じている。私はともかくも、ハイデガーが、「人間とは変わることの出来る存在だ」と主張していることに興味を持つ。その根拠になる、その原点、起爆剤になるのが「反復」という概念だ。このあたりは、このブログでも何度も書いたので端折ってしまうが、たとえば私たちは日常でも、過去というものが変えられるということをコトバの上でだけなら知っている。「むかしのことは、水に流そう」「過去なんか忘れてしまえばいいんだよ」「過去は書き換えることが出来る」「he is not he was.(彼はむかしの彼ならず)」「あなたの過去など知りたくないわ、すんでしまったことなど、どうでもいいじゃないの」。あるいは、刑法の制度における実刑の懲罰にある懲役刑は、オツトメをすましたら、その人間の罪は消えることになっている。現実は前科がつくから、それほど甘くはナイだろうが、いわゆるこれを「彼(受刑者)は更生した。立ち直った」というふうに考える。つまり、過去が消えるのだ。「現在」が変わったということは、過去もまた帳消しになったということだ。「現在」によって過去を変えてしまったということになる。(半畳入るわな。だから、現実は前科もんになって、そうはうまくいきませんヨっていってるだろうが。あたしゃ、理屈、論理をいってるのよ)
ところが、前述したように、昨今の理論物理学(あるいは化学)、量子力学からIT電子産業においては、この初期設定(つまり過去の出発点ですな)が変えられることが立証されるようになった。
たとえば、オモシロイ思考実験をしてみよう。壊れることが絶対にない、完全に正確なコンピュータの演算によって、A地点から同距離にある対象物BとCを設置する。そこで、そのコンピュータに、A地点から、どちらか近いほうの対象物を破壊するか、それが不可能であれば自らのCPUを破壊するようにcommandする。これは、まず「神」に如何なることがあっても持ち上げられない岩石を造らせて、「神」にそれを持ち上げてもらおう、という試みと同じことだ。さて、この結果はどうなるだろう。もう一つオモシロイことを考えたので、思考実験してみる。山田風太郎の『甲賀忍法帳』では、甲賀弾正の孫弦之介と伊賀組の頭目お幻の孫娘朧は、敵対するが恋仲だ。で、弦之介の忍法は、その眼力で、相手の忍法をことごとく相手にはね返すことが出来る。朧の忍法は、その眼力で、相手の忍法を完璧に無力化することが出来る。この二人が、対決して、自分の忍法を用いた場合、どういう結果になるのだろうか。

初期設定の混沌(chaos)①

理論物理学における、さまざまな命名の中でも有名な「ラプラスの悪魔」は、何処か弁証法に似ている。どちらも初期設定(初期条件)が必要になるところがだ。そこんとこから考えると、この理論物理学と哲学は似ていても不思議ではナイ。この宇宙が、機械論的に(ニュートン力学的に)動いて生成していくものだとすれば、初期設定を済ませてしまえば、未来は自然に決定する。というのが、ラプラスのいいぶんだ。つまり、「ラプラスの悪魔」はニュートン力学とアリストテレス哲学の産んだ決定論ということになる。アリストテレス哲学に準じていえば、宇宙を造るには宇宙を造るのに適したものが在りさえすればイイ。ニュートンは運動力学の天才だったが、哲学的にはアリストテレスを融合、というか支柱にしているスコラ哲学(キリスト教神学)から一歩も進んでいない。つまり、如何にして物は動くかを、彼はもののみごとに解いてみせたが、では何故、その物がそこにそんなふうに在ったのかに関しては、未知のまま、というよりも、アリストテレス哲学を擁するスコラ哲学から解き放たれることはなかった。これは、ニーチェ哲学の思想、永劫回帰にも少なからず影響を与えている。ニーチェの永劫回帰説は、同じ宇宙の物質運動の繰り返しに依っている。同じ物が、同じ空間にあって運動と作用を繰り返しているなら、時間さへ永劫に与えれば、何度でも「自分は回帰する」というものだ。これもまた、アリストテレスの鎖を引きずっている。ギリシャ哲学において、プラトン以前のひと、デモクリトスは、初めて物質が原子で構成されていることを説き、その粒子は、上下に直行して落ちていくとした。なぜなら、デモクリトスは「偶然の所産」というものを、いっさい認めなかったからだ。直行しなければ、「いつかどこかで(つまり偶然に)粒子は触れ合ってしまう」。これに対してエピクロスはデモクリトスに影響されながらも、落ちていく粒子が傾斜していることを述べた(粒子は波動でもあるのだが、ここでは、当時の考えのまま粒子としておく)。つまり「偶然」の導入だ。粒子が何処かでぶつかるかも知れないということだ。当然、そのために異端とされた。スコラ哲学(キリスト教神学)は粒子の傾斜など認めなかったからだ。しかし、マルクスは、卒業論文で、エピクロスのほうを正しいと選択した。粒子のぶつかり合いによる新しい発展をみたのだ。マルクスの自然弁証法の誕生はここにある。しかし、ヘーゲル弁証法に対しての自然物質の哲学を弁証法として展開はしたが、マルクスは、あくまで粒子の傾斜による「発展」を重視したのであって、「偶然」を注視したワケではナイ。いま、このエピクロスの粒子の傾斜は量子力学においては「量子のゆらぎ」として扱う。また、その影響をコヒーレンス(自己組織化)という。コヒーレントとの違いは、elegance(名詞)とelegant(形容動詞)と同じだと思っておけばイイ。ヘーゲルとカントという二大ドイツ観念論の相違は、カントが対象と主体から対象の概念(category)を求めたのに対して、ヘーゲルは、対象を捉えている主体を対象としたところから始めた。つまり、カントにおける、ついに主体の掴みきれない問題のシロモノ「物自体」という難物にそれなりの解答を提出したのだ。ここに、ヘーゲル弁証法独特の「運動」という概念が在る。ところで、最初に指摘したように、この「運動」は、「ラプラスの悪魔」と同じで、決定論的だ。正-反→合(正)-反→合(正)は、未来に対して寸分の狂いもなく動かなくてはならない。寸分の狂いも、初期設定(初期条件)に予め想定されたものだ。この考え方はデモクリトスの原子論にも似ている。「偶然」が入り込めないからだ。かくしてヘーゲルのそれは「絶対精神」という未来に到達する。これは、無限に到達するのと同じだが、無限には到達するワケがナイので、ニュートンの「極限」という理念と同等だと考えてイイ。無限にはいきつかないが、その方法はワカッテいるというあれだ。何れにせよ、ヘーゲルの弁証法は決定論のスキーム(枠組み)にある。

2012年8月15日 (水)

fiction と reality

「女のうそは、かんべんしてやれ」と、料亭[分田上]の花板、秀次(梅宮辰夫)は主人公のサブ(萩原健一)にいう。『前略おふくろ様』(1975年~1977年・日本テレビ、脚本は倉本聴、市川森一など、この回は市川森一)だ。

前略、私ゃそこまで、ニンゲン(男)が出来ておりません。むかしも、いまも、たぶん、これからも。しかし、市川センセイ、いま、このようなせりふ、若い女性なら、プッと吹き出すか、ゲラゲラです。ヘタすればセクハラとかいわれるんじゃないかと、あっ、いゃあ、すいません。

六十歳になったので、国民年金と、国民年金基金の支払い(納付)が終わった。で、問い合わせた。六十五歳から、幾らもらえるんでしょうか。すると、国民年金基金のほうは、月額にして、31,500円。国民年金は月額にして、64,700円。つまり、合わせて10万円にもならない。まして、5年後に制度が存在しているのかもアヤシイ。

10万円にもならないが、せっかく納付した自分の稼いだ銭だ。65歳まで生きて受け取ろうかとも、欲が出たが、仕事のほうは、あと2~3年でカタがつくから、60歳からこの70%を支払ってもらうことにして、それらは、全て、いままでやってきた寄付金にまわすことにした。
銭の切れ目が命の切れ目、当初の予定通りでけっこう、そう、思ったワケで。

針小なる棒大

天皇が韓国訪問されるにあたっては、李明博大統領は14日、「独立運動で亡くなった方たちに、心から謝罪するのであれば訪問するように(日本側に)伝えた」とニュースにありましたが、ときは、日本の植民地支配からの解放を祝う「光復節」(15日)。これも、竹島につづいてのパフォーマンスでげすかね。なんとか支持率向上につなげようとする、劣勢の涙ぐましい思惑なんでしょうけど、いくらナンデも、口が滑ったではすまされないでしょう。陛下を大親分とする私どもテキ屋としては、陛下が訪韓されて、李大統領の前で、土下座されている写真が、韓国の新聞の一面に出るのを、逆に望みます。イエス・キリストだって、人間のすべての罪を背負って、ゴルゴタで磔刑になったワケでしょ。自らの土下座で、日韓の平和が保て、過去の問題がいつまでも引きずって持ち出されることなく、今後両国が発展していくならと、陛下ならおやりになると思います。その代わり、韓国は以降、絶対に過去の戦争の問題(都合よく何度も出してくる慰安婦問題とかね)には、一文字、一言も触れないことです。だいたい、私たちの世代においては、韓国と日本の過去なんて、それはそれで、やりたいひとがやってりゃイイんで、私たちは私たちでやりましょう、というふうにやってるんです。私たちは私たちでやらなければイケナイんです。一面の写真を観て、「ついにやった」とはしゃぐ韓国人もいるでしょうが、「ここまで、身を挺するのか」と、日本人の「義」というものを、深く読み取る韓国人だっていると思います。また、そうすることによって、日本の政治家たちは、自分たちの堕落した、頽廃した、無力な、無策な、一命を賭する根性のナイ、私利私欲と権力争奪だけの、アホな、クソな、庶民大衆の生活に無知な、将来の見通しの立てられない、旅の恥(総理になることですね)はカキ捨てのような、自分たちが如何に必要とされていないかを知らぬ厚顔無恥な、ブリキと藁で出来たおのれを識るでしょう。for shame.
気温はさほど高くはナイんですが、蒸し暑いです。日経平均株価はジリジリと上がって、9000円近くになっています。この要因は、素人の私にはよくワカラナイ。なんだか、気温は低いのに蒸し暑いのと、analogicalで。終戦の今日、天気は晴れだったそうです。不思議なことでもなんでもナイんでしょううが、日本人の多くは玉音放送を野外で聞いているので、空が青かったということは、鮮明に記憶しているらしいです。「なんか、空が青かったなあ。前の日も青かったんだろうけど、その日はとくに青かった」と答えるひとがけっこういるそうです。玉音放送というと、みんな泣き崩れているかのような(そういう記録写真が多いですから)気がしますが、「ポカンとしたわな」「何やってきたんだか実感とかいうもんがなくてねえ」という方が多かったそうです。
今日、空は曇っています。現在、日本は、非常時です。(非常時というのは官製のコトバなのですが、あえてそう、いっときます)。日本は非常時です。私たちは「みえざる戦争の真っ只中」にいるような気がします。

2012年8月14日 (火)

2011のボディブロー

いわゆる3,11が関係するのかどうかはワカリマセンが、あのボディブローは、かなり効いたと思います。こういういい方は誤解を招くかも知れませんが、日本は、リングに倒れないように必死に立っているボクサーのようなもんだという気がします。それで、これからの連打をどうするか、懸命に思案しているかといえば、殆ど思考停止のような状態なんですね。たとえば、ついこないだ、韓国の大統領が竹島に突然上陸しましたね。あれなんかは、日本の政治家がいうところでは、単なるパフォーマンス、人気とりらしいんですが、たとえそうだとしても、果たして日本の大臣クラスのひとにそういうことが出来ますかね。立てるワケないですね。自分の足元すら磐石なんてことはなく、グラグラなんですから。竹島や尖閣列島のことを、未だに「領土問題」という。では、なぜ、あんなチッポケな島の領土が問題になるのか、国民はちっとも知らされない。おそらくは海底資源でしかナイんでしょうけど。「脱・反・原発」でデモが巻き起こっている。でも、私には、その向こう側で、東電の役員連中が薄ら笑いをしているのがみえてしまう。私は何回かいってきた。「原発に罪はあるのか」。ありゃあ、フランケンシュタイン・モンスターです。モンスターのほうは、造られちゃったんだから、映画を観ても哀れです。罪があるのはフランケンシュタイン博士の奢った科学でしょ。だから「脱・反・原発政策」でナイといけないんじゃナイでしょうか。「日本には資源がナイ」と、私たちは耳タコでいわれてきたワケです。私はそうかなあと思う。ほんとうは「日本には資源を捜す(開拓する)政策がナイ」んじゃないんでしょうか。
私は早起きで、午前6時過ぎには起きます。こないだは、喫茶店のモーニングが始まるまでに時間があったんで、近所の公園のベンチにいました。何人かのひとが通りすぎましたが、自分でも驚くことに「おはようございます」というのに勇気が要る。もちろん、向こうもいわない。向こうだって勇気がいるんでしょう。そこで、数人目かの犬の散歩のお爺さんに、思い切って「おはようございます」といってみた。そうしたら、向こうも「おはようございます」と返してくれた。大袈裟ないい方しますが、これが朝なんだよな、としみじみ思いました。ずいぶんと清々しい気分でした。なんで、朝の挨拶が出来ないのか。それは、私たちが互いに「警戒」しているからです。つまり「ひとをみたら泥棒と思え」ということです。一緒にするのはマチガイでしょうが、個人でもこうなんだから、国と国や民族と民族、人種と人種のことなんざ、批判出来ないですね。
昨日はSLOFT/Nのことを書きましたが、あれだけ書いても、「いやそうではナイ」という声が頭上から聞こえてきて、なにかこう、核心の確信がつかめない。ただ、これだけは思った。彼らはどこで沈黙するんだろう。つまり、コトバにならないコトバと向き合うのだろう。コトバなんてすらすら出てくるもんじゃナイことは、戯曲を書いていると、よくワカリマス。高橋源一郎さんが『非常時のことば』(朝日新聞出版)でうまいことをいっている。/コトバってのは、飛行機が飛ぶのと同じで、空気抵抗があって初めて飛行機が飛ぶように、何か、いいたいけど、うまくいえない、その抵抗があってこそ、何かいうことが出来るんだ。/これはそのとおりだと思います。私も私塾では、塾生には「いいたいことが書けるということはナイ」と教えますから。食うために「書く」ということを選んで、いまこのときは、良かったと思っています。ボディブローにはボディブローで、あるいは意表をつくカウンター狙いといくか、考えるところです。

2012年8月12日 (日)

SLOFT/N・総括・アンビバレントなる不幸

マルキ・ド・サドに『美徳の不幸』というのがある。いっぱいあるので、出来不出来はさまざまなのだが、まとまりがいいのは最初の『ジュスティーヌ』だろう。ところで、私はSLOFT/Nの『デザートはあなたと』を如何に総括すべきかで、逡巡した。『デザートはあなたと』は、私の作・演出だが、演出には演出担当をおいて、いまの若い演劇人がどんなふうに芝居を創るのかを、監修してみた。もちろん、最終的には修正して、芝居としては、私の演出というふうに呼べるカタチで成立させている。
逡巡した理由は、要するにワカラナカッタからだ。総括などというものなどとても出来そうにないなと、諦めたところで、それに準ずるものを認(したた)める。
極論になるかも知れないが、現在の若い人の演劇の(創り方の)ダメなところは、彼らが受けてきた「教育」にあると思う。たぶん、これは間違いなさそうだ。稽古が一応終わって、演出担当が「ダメだし」というものをする。(私はやんないんだけど)。これは、何かに似ているなと、脳を回転させたが、ああそうだ、と気がついたのは、テレビのレポーターなどがよくやる「街頭インタビュー」だ。演出担当は役者に訊く。「ここんところの演技について、どう思う」。役者は殆ど即座に応える。「ちょっと○○かな」。これは、私たちが、ニュース番組でよく観る風景に近い。で、そこからは、部活になる。それぞれの役者が演出担当に意見を述べる。なるほど、民主主義教育か。もちろん、私もその民主主義教育を受けて育ったものだ。しかし、幸か不幸か、私は70年代を通過してきている。そこは自己否定の時空だ。民主主義教育に対する否定的な空気が万延した時空だ。そこ過ぎて、日本はまた安直な民主主義教育というのに反動したと思えばイイ。問題は、「即座に応える」という悪しき伝統だ。回答者は質問に対して、何かしら即応しなければならない。これは質問者にもいえる。質問に対しての自問自答が出来ていない。囲碁でいうなら、打ちたい場所は最低でも二ヶ所から三ヶ所はあるのを選択しなければならない。だから、この質問をこの役者にこう投げかけていいかどうかは、かなりの選択が要る。逆に即座の答えに自問自答などあるワケがナイ。つまり、彼らは、あるスピードという価値概念によって、「すぐに答えられなければならない」という鋳型にはめ込まれている。これは、あらゆるペーパーテストというもののもたらした、また、スポーツにおいても、試合制限時間というもののもたらした、一つのドクサ・思い込み)あるいはインプリンティング・刷り込み)だ。答えは早いほうがイイなどということには、なんら正当性はナイのだ。自問自答とは、「考える」ということだ。これをすっ飛ばすから、答え(応え)が、クリシェ(パソコン用語でいえばルーティンのような活字印刷の並び方)になる。つまり、自問自答(考える)ことが殆どナイといってイイ。
私は公演中はたいてい楽屋にいるが、楽屋での連中は、黙しているということが殆どナイというのも、私にはある種の異和だった。彼らはよく語る。のだが、それは殆ど、テレビの雛壇バラエティのごとき対話だった。つまり、そつがナイのだ。こうくればああ返す、ということに、彼らは慣れている。そういうことに慣れるということで、ここでもほんとうに「考えられた」コトバというものに出くわしたことがナイ。ここも極論すれば、彼らは何も喋っていないのと同じだ。では、何故喋るのか。そうすることによってしか、自身の存在を消せないからだ。黙して消すのではなく、喋って消す。なるほど、と納得した。風樹茂『今日、ホームレスに戻ることにした』(彩図社)に、日本は「不況」などではなく「衰退」だという根拠に、著者が「給与所得減少、リーマンショック、派遣村、ネットカフェ難民、100円ショップ、戦後最大の生活保護、非婚化、無縁社会、格差社会」を挙げている部分がある。たしかに、私が演劇を始めたころは、社会人というものが存在した。演劇を断念して社会人になるという構図が、まだあった。いまの世間はそうではナイのだ。社会人になることすら、困難なのだ。つまり、日本の構造は大きく変化した。高視聴率刑事ドラマの『相棒』にも、犯人のいないエピソードがあった。「彼を殺したのは社会だといえるかも知れません」と、杉下右京が、そう、決めのせりふをいう。このエピソードは従来の刑事ドラマをはるかに凌駕していたと思う。昨日記した『あなたへ』で、ビートたけしが、健さんにこういうシーンがある。「旅と放浪の違い、わかりますか。旅は帰るところがあるんです」。いまの、若い演劇人には、帰るところなんざナイように思える。それが、適当に芝居を続けるのに利があるのか、ナイのか、いまのところ、私にはワカラナイ。ただ、アンビバレントな不幸としかいいようがナイ。

2012年8月11日 (土)

映画感想『あなたへ』(かなり改訂)

主演、高倉健です。監督、まあ、どうでもイイけど、降旗康男です。この監督打率2割り以下です。だから、私、心配でした。さて、ヒロインが田中裕子、以下、脇を佐藤浩市、草彅剛、余貴美子、綾瀬はるか、三浦貴大、大滝秀治、長塚京三、原田美枝子、浅野忠信、そうして、ビートたけし、と、そうそうたる主役クラスの共演者が並びます。製作プロダクションは東宝映画。原案に相当するものはあるにせよ、この脚本はかなり書きにくいのではなかろうか、と、同業者としては、このメンツをみて思いましたねえ。どなたもおろそかに出来ない。ところが、それが杞憂となる。この映画のホンの成功は、最もはじめにビートたけしを健さんの絡みで登場させたところ。いきなり、モスラ対ゴジラにしたところ。ビートたけしは二度出演、種田山頭火の熱心な読者として、放浪のキャンピングカー・ライフをおくっているという設定。これが、期待通りに引っくり返る。そうなんですね、この映画は何も彼もが期待通りなのです。期待通り、つまり、ポピュリズムの王道。それをひた走るロード・ムービーです。しかし、私個人としては、そんなことはどうでもイイ。どっかの中年、熟年のオバサンのようにハンケチを左手に握りしめ、なんでもないシーン、どうでもいいシーンで、ぼろぼろ泣いたワケです。健さんの役はムショの木工場の嘱託官。急に舞い込んだ、リンパ腫で死んだ妻の遺言の手紙二通を持って、富山から長崎へと旅をする。これだけの主役級出演者を集めたからには、ホンは、エピソードのカタチにならざるを得ない。それを紡いでいくのは、ストーリーではなく高倉健という俳優の存在自体です。ストーリーはいたって単純。しかし単純と簡単は違う。うん、やっぱりストーリーなんてのは単純なほうがいいよな、と私、再確認。もう一つ、極めてせりふが少ない。私たちは健さんを観ていればイイ。健さんがなにかいう、私泣く。健さんが歩く、私泣く。健さんが黙っている、私泣く。健さんが、ともかく私泣く。長塚京三演ずる後輩が、「クラさん」と健さんを呼んで、思わず、クラモチくんのことを思い出して、また泣く。私が高倉健さんの映画を初めて観たのは、後楽園の映画館、1970年代、クラモチくんに連れられて観た『昭和残侠伝』シリーズの一本。
高倉健さん、本年81歳。市川雷蔵とともに、私の胸に熱き深き映画スター。ともかく、健さんリスペクトの映画なんですが、健さんでなければ出来なかった映画です。チャン・イーモーが『単騎、千里を走る』で、俳優高倉健を絶賛したのがよくワカリマス。

2012年8月 8日 (水)

なるほど、ネエ

弟はいう。「オリンピック柔道には何故、団体戦がナイのか」。ありませんね。続けて曰く。「柔道の試合対戦形式を、例の五人対五人にすると、体重差もなく、オモシロイのになあ」。5対5の対戦形式というのは、いまはどうなっているのかワカランが、剣道でもやってるんじゃないかしらん。つまり、先方、次方(だったかな)、中堅、副将、大将の五人の勝ち抜き戦だ。これは実力の順で並べるワケではナイ。作戦の上で並べるのだ。だからイチバン強いのが先方であってもいい。先方が五人勝ち抜いてしまえば勝ちになるのだから。このほうが、観ているほうもオモシロイ。バトルロワイヤルじゃナイんだから、要するに闘いは、1対1。団体戦、やるべし。
卓球女子、銀メダルおめでとうございます。よくぞ、よくぞ、ここまで。でと、表彰式のときに初めて気づいた私も迂闊なのだが、表彰台に上がる前に、並ぶ選手たちの身長差を観て唖然とした。なんだよこれ、子供と大人、大学生と中学生じゃねえか。中国選手の中でも小柄にみえたのが、それでも日本選手より大きいのだ。こりゃあ、フォアにしても、バックにしても、スマッシュの威力が違うのはしょうがナイわなあ。なるほど、パワーとスピードと、二言目には解説者が(この解説者、終始、いってることが耳障りで邪魔だったんだけど)述べていたのは、これかね、と、ニュートン力学が過ったりしたのだった。当然ながら、守備範囲の広さも違ってくる。相手のサーブを死角にレシーブして返さないとエースにならない。最近はチキータてのが、よく使われるらしいが、要するにこれは野球でいうところのカーブらしい。カーブくらいなら、野球選手のプロはみな打つが、素人は打てない。卓球選手も素人じゃナイからな。返しにくいだろうけど、チキータの返し方の確実な方法というのが、いずれ確立されれば、威力は激減するだろう。ところで、決勝で、中国選手は、何処を観ながら球を打っているのかを、こちとらは必死に観察していたのだが、つまり、卓球もテニスやバドミントンと同じで、コート、球のベクトル、相手選手のベクトル(ラケットのポジションを含む)、を同時に観ないとイケナイようなのだが、何処を最も重視しているのか。これは日本選手もそうなのだが、球は殆ど観てませんね。相手のベクトルとラケットの角度、これを観て、相手が球を打つ前に動いている。つまり、卓球台に球がハネカエッテ、どっちに飛ぶのかを、そこで一応読んでいるワケだ。私たち素人が観ていても、空振りしたり、単純なラケットミスがあるのはそのせいで、えっ、ナンデ、と思うのが私たち素人なんだろう。球を観て打つのはカットマンだけだ。確かに、あの背丈から繰り出されるフォアをレシーブするのは至難に思われるが、パワーとスピードがどんな数値かは計測出来るのだから、闘い方がないことはナイ。しかしながら、福原愛は、それゆえにずっと中国で練習していたために、中国選手には研究しつくされているという、パラドクスに陥ってしまった。今後の目標は、打倒中国になるのだろうが、中国卓球の欠陥、弱点を研究する前に、中国卓球に対する自身の弱点をみつけるべきだろう。(と、私のような外野の床屋談義の素人はいう。そんなことは、やってる者が百も承知なのにねえ)。再度いうけどパワーとスピードは、計測出来るものだ。メンタルなどはアテにならない。しかし、もう一つ、勝負ごとには「勘」という作用がある。この「勘」というのは養えるものだ。「勘」を別のコトバでいうなら「無意識」だと私は考えているが、芝居の演技でも同じことで、意識的に演じているようではダメなのだ。今後は「勘(無意識)」にまで、意識を引っ張りこむ、意識的な研鑽が要求されるだろう。

2012年8月 5日 (日)

演劇屋の強み

昨日は、午前11時からトイレのぜんぶとりかえ工事。なにしろ古いトイレなので、若い工事屋くんも懸命なのだが、いろいろと問題が出てくる。私はともかく、ひとりでゴーヤチャンプルをつくって、昼飯。問題はさまざまなのだが、ここでは、演劇をやってて良かったなと、などと、思う。つまり、応急対応、次善の策というものだ。ここんところは、旅公演はやらないが、以前はしょっちゅうの旅公演で、同じ演目で違う劇場をまわるのだから、各劇場において、さまざまな問題が生ずる。もちろん、技術的な(舞台装置における)問題も多々出てくる。あんまりひどくて笑ったのは、韓国のソウルで、劇場が未だ電気工事中だったという話。日本でも、関東、関西では周波数が違うので、こいつはちょっと苦労するのだが、それなりの準備はしていける。ところが、韓国のときは何の工事だかワカランが、そもそもの基本電圧を換えているらしい。つまり、持っていた照明機材はまったく使えなかった。で、どうしたか、ゲネプロでは途中まで、なんとか出来たが、そのアトは、素明かりで続行した。演目が『寿歌』だったから、なんとかなったのだが。招聘してくれた主催者も、なんとかなると思ってたようで、韓国というのは、いまだ北朝鮮と戦時中(休戦中)なので、明日のことはとりあえず考えずに生きるという主義なのだそうだ。
で、トイレ。昔のトイレというは狭かったんですな。いや、いまの便器が大きくなったのかな。大・小の把手が、上下を通る太い水管に接触して、小にしか動かない。ところが、この型(タイプ)のトイレは水量が少なくとも流れがスムーズなエコタイプで、かつ、太い水管との距離がごく短いという古さも幸いして、小でも充分、大に対応出来ると判明。これはクリア。さて、次は止水栓が完璧に錆び付いて、無理に動かすと折れてしまうらしいことが判明、急遽、ここはナンダカよくワカラナイのだが、トイレ内に専用の止水栓を設えて、しのぐ。ようするにトイレ内の止水栓が二つになったのだが、かたほうはハメ殺しらしい。まあ、それでもなんとか、トイレは終了。ぜんぶとりかえ、となると20万はいくかなと覚悟していたが、キャンペーン中とあって、価格はほぼ半額で収まる。
ここからは、私自身の仕事。トイレ内には電源がナイ。天井部分の電灯から運んでくるとなると電気工事となるので、これはかなりの値段になる。そこで、単純に延長コード。簡単といっても、水場(洗濯場、風呂場)がすぐ傍だから、床付近の壁に絶縁を施しながらU字の小釘と両面テープで這わしていく。大汗。なにしろ、暑いから。仕上げて、汗だくになった濡れたランニングを脱いで、すぐにシャワー。もうへとへと。女房と畳は新しいのに限るというが、トイレも同じ。
8時過ぎに横になったが、腰のだるさと肩の痛みで、もんどりうって眠れなかったようだが、少しは眠ったらしい。いったん11時過ぎに起きて、(受信料は払っていないので、遅くまでやっている居酒屋で)卓球とバドミントンを観る。石川佳純は観逃してしまったが、フルセットで勝ったらしい。で、福原愛。相手はカットマン。序盤、ちょっと手こずったが、フォアがバシバシ決まる。今年の福原のフォアは、これまでの手打ちでなく、石川のそれに近い鋭い武器になっていて、相手にとっては、厳しいスマッシュになっている。ダブルスの平野早矢香・福原は、絶妙。あたしゃ、平野のファンですから(古武道、あのナンバ井桁崩しの甲野善紀に学んだ一人なんですねえ、このひとも)、余裕綽々、かかってらっしゃい。バドミントンの藤井・垣岩も、いがったですねえ。よくやりんしゃったとです。

2012年8月 3日 (金)

シュトルム ウント ドラング(疾風怒濤)

SLOFT/Nの公演からこっち、カラダのあちこちの故障(特に腫瘍騒動)を抑えての疾風怒濤の日々で、やっと引越しが終了した。つまり、全ての梱包を開け、あるべき所に片づけて、空き箱を回収してもらえばイイというところだ。トイレは、大枚はたいてだが、全品新品交換工事をすることにした。いいトイレに座る。これは私の唯一の贅沢だ。しかし、ネットは便利なもので、lnaxのセンターに電話して、ネットの商品を申し込んだら、事前に近くの工事店のほうが見に来てくれるそうだ。工事費込みで99,800円だから、これは、破格に安い。20万くらいはかかると思ってたからな。多少の誤差は出るだろうが(なにしろ、このアパートは古いので)、しょうがナイ。実は以前のアパートで自分で取り付けて使用していたものを、ここでもやってみたのだが、どうしても寸が合わない。切ったり貼ったりの2時間の格闘虚しく、もう、タンクごと(これが古い)取り替えちまえ、に決めた。こういうのは思いついたが吉日。決めたが良しの即断タイプだからな、私は。こういうのを女性でやると失敗する。と、こういうことを書くと大顰蹙だな。よくもまあ、この記録的な暑さの中、倒れずに健闘したと思う。腫瘍騒ぎのときは、一曲書き上げて、avecビーズの次ぎの作品(たぶん、再来年以降)も四分の一程書きすすめたからな。avecビーズは、あっちのほうが、解体してしまうかも知れないが、ともかくは、新作を三曲くらいは残しておけば、なんとかなるんじゃないかと、思っている。
今月の下旬、20日からは、伊丹だ。『この恋や・・・、夏Ver.』の稽古だ。しばらくは、実家の世話になる。朝はパン、昼飯は肉を避け、炒めものはダメ。とだけ飯の注文をだした。居候のくせに、勝手なことをと思われそうだが、そういっておかないと、母親は、私が高校生だった頃の食のイメージしかナイので、昼間から何品も出てくるのだ。鶏肉の油炒めの隣に、鶏肉の蒸したもの、鶏肉の和え物が並ぶときがある。食べるのに一苦労だ。極端をいえば、茶漬けでイイともいっておいた。
一山越えて引っ越してくると、外食店が多いので、自炊する気力が失せる。暑いからなお失せる。財布は軽いのだから、そう贅沢はいってられない。自炊を始めたら、またそのペースになるだろうから、と、踏んではいるのだが。そうしないと稼ぎのナイものは、水飲んでるしかナイ。
以前のアパートと違って、洋間と和室の境が、今度は、襖四枚の仕切になっている。これを三枚外して、ほぼワンルームにした。以前のところより、かなり広く感じる。一階が食い物屋なので、ゴキブリが多いのが難だが、さっそくゴキブリジェットを仕掛けておいた。と、書いてる間に、電話が鳴って、トイレの工事下見に、さっそく本日4時半に来るそうだ。仕事の早いところは、いいね。こちとらも、アイホールさんのほうのチラシ原稿と、avecビーズさんのチラシ原稿は午前中に書き上げて、送信した。なんしろ、起床6時、6時半からはモーニングサービスに出かけるから。就寝が11時、早寝早起きであります。

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