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2012年6月18日 (月)

量子力学で観る演技者と「役」

『恋愛的演劇論』の最終章ではあきらかになるのだが、前回のうりんこ講義も踏まえて、というのはSLOFT/Nのレクチャーも踏まえてだが、演技者が演技に入っていく過程というものを現すのに、もっとも手っとり早いのは、実は量子力学の考えなのだ。順を追って解説していくと、演技者は戯曲を手にして読む(ここから戯曲の台本化という作業が始まる)。演技者Aはたとえばそのホンがシェイクスピアの『ハムレット』であるとして、男性であればハムレット、女性であれば、オフィーリアが自身の役だとする。ここでは男性のほうだけをとってみるが、演技者Aは、ハムレットのセリフから、その「役」をイメージする(厳密にいえば、その役のシチュエーションをということになるのだが)。つまり、観念的(幻想)に脳裏に持つことになる。そこで、次ぎは、その脳裏にあるイメージを舞台で実体化する。いってみれば演技者がやるのは、たったこれだけの単純なことだ。しかし、ことはそう簡単ではナイ。単純なものが簡単だというのはマチガイだ。演技者Aの脳裏には、幾つものパターンのハムレットが浮かぶはずだ。そのすべてを舞台に実体化出来るということはナイ。どれか一つだ。この場合、量子力学が、量子の測定において、その測定値(固有値)を求めるのに似ている。ハイゼンベルクの不確定性原理によって、量子の位置と運動量は同時に求められないことが知られている。これはつまり、固有値が分散して観測されるということだ。こんなことはニュートン力学にはナイ。しかし、固有値を決めないと話にならない。そこで、シュレディンガーの波動方程式というものを用いた(ハイゼンベルクの行列式でも同じなのだが)、波の重ね合わせということが行われる。これは、量子が波動であることから、その波を重ね合わせ(これを状態ベクトルという)もっとも波動の高い波(分散している固有値が多く観測される部分)を確率的に求め、そこに量子が存在するということを決める。同じことを「役」にもどす。いくつもの固有値としての「役」が在る。演技者Aはその中で、もっとも自身が演じるに適していると思われる固有値としてのハムレットを選ぶ。これは、演技者Aと、ハムレットという波の重ね合わせと考えてイイ。この波の重ね合わせで、もっとも波の高い部分を演技者Aは選択するワケだ。ここで、演技者Aはハムレットを実体化するのだが、演技者Aとしての現実は終わっている。実体化されたものは「役」ハムレット、だ。おそらく錯誤と疑問はここに生ずる。波の重ね合わせは状態ベクトルなのだから、実体化されたハムレットを演技者Aと戯曲から読み取ったイメージのハムレットのベクトル合成と解してもいいのではないかという考えだ。これはSLOFT/Nで、ひじょうに洞察力に長けているものからも質問を受けた。しかし、舞台の上にあるのは、実体化した演技者Aのイメージのハムレットであって、演技者Aとイメージのハムレットのベクトル合成ではナイ。なぜなら、すでに演技者Aは、そのイメージを実体化しているのだから、現実の演技者Aが同時に舞台の上に存在することは出来ないからだ。舞台の上のハムレットは、演技者Aのイメージが実体化した「幻想(観念)としての身体」ということになる。では、このとき、演技者Aの現実はどうなっているのかというと、対自的に、実体化したハムレットを観る視線になっているのだが、これは、演技者Aの意識がAを抜け出して外部にあるということではナイ。
とりあえずは、以上のように考えておいていいのだが、ほんとうは、密度行列を用いないと、この詳細は解説出来ない。つまり、量子が1個の場合(演技者Aは一人なのだから)の、ハムレットという「役」との行列式だ。これは、本論にゆずるが、ハムレットの「役」と演技者Aが同時に舞台上に在ることが出来ないことは、写像の理論からも説明出来る。こういった観点も、本論で解説するつもりだ。

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