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2012年5月18日 (金)

ある幸福論

談志家元と、『ドラえもん』の藤本先生に共通していえることが一つある。どちらも奥様の、ある特殊性に恵まれたことだ。家元の場合は、何かの仕事でひょいと訪れた会社の受付嬢に一目惚れして、すぐ求婚。めでたく添われたワケだが、この奥様は、家元にいわせると、落語にはまったく興味がなかったそうだ。落語の「ら」の字も知らずに、また知ろうともせずに、夫婦だったのだから、これは家元にとっては理想のひととしかいいようがない。不眠症で気を病んでいる家元に、睡眠導入剤を「はい」と渡され「これ飲んで、一杯やったら」といわれたそうだから、もはや、この上ナシ。藤本先生のほうの奥様も、藤本先生の描くマンガには興味はなく、子供たちに「パパは絵が上手だねえ」とおっしゃってたらしい。これまたサイコーなんじゃないか。
その点でいえば、吉本さんが幸福だったとは必ずしもいえない気がする。『さよなら吉本隆明』(文芸別冊)の、ばななさんのツイッターを読むと、とめどない涙が流れるのは、悲しみからではナイ。吉本さんも、臨終のときは、幸福だったんだなという安堵感からだ。
私は、リアルタイムで『試行』の「情況への発言」は読んできたが、その中で最も「恐ろしい」と感じた発言がある。1973年9月のもので、そこには/・・・わたしのからめ手からの辛らつな批判者によれば(これは奥様のことだろう、もちろん、引用者:注)<あなたは、どんなに優しくしてくれたって、家事やすい事をやってくれたって、まったく手のかからない男だったって、ほんとうはたいていのことは、どうでもいいと思っているのよ(略)わたしだって自殺したいところだけど、他人がみれば、どうしたって、わたしが悪いということになるのがしゃくだからねえ>、さらに<あなたは他人に寛大でゆるしているようにみえながら、あるところまでくると、他人には唐突としか思えないような撥ねつけ方をするよ。決してその都度、わたしは、そういうことは好きでないとか、いやだからよしてくれとは言わずに、ぎりぎりの限度まで黙っていて、限度へきてから、一ぺんに復元しないような撥ねつけ方をするよ>/とある。当時、私は21歳だったが、ここでは、私自身のことをいわれているような気がして戦慄した記憶がある。
私は若気の至りのクソみたいな意地で、ともかく最初の奥様の元彼とのあいだの子供を18歳までは育てることにして、はい、サヨウナラだったから、殆ど無一文で二番目の奥様になる女性の公営アパートに転がり込んだときは、肩の荷を下ろしたようで、これでもう、おれは解放されたという安堵感が充溢していた。この前妻さんとは20年連れ添ったことになるが、そのうちの15年間は、私の人生の宝物のような15年間だった。
前妻さんがあるとき、食器の卸問屋にパートで働きに行き(と、いって生活に困っていたワケではナイ)、そこの他のパートの主婦の悪口はさんざん毎日聞かされたが、「私はあんなバカな主婦にはなりたくないから」と、放送大学に入学して、勉強を始めたときは、私には、このひととも別れる羽目になるなという破局の予感がした。予測を持ったというべきかも知れない。ひとが知恵をつけたいと思うのは自然のprocessだから止めようがナイ。それは、新鮮な朝陽に、夕べに沈む黄金色の夕陽にどこまでも近寄っていこうという行為と同じで、近寄ってみると焼けて灰になるだけなのだが、止めようがナイものだ。冷たく輝く月光の源、青白き詩的天体、月に近寄っていきたいと願って、そうして、近寄っていくと、凍って砕けるだけなのだが、これも止めようがナイ。だから、私は沈黙したままだったが、ほんとうは「それは違うよ」といえば良かったのだろう。とはいえ、60年近く生きて、そのうち15年もの宝物のような歳月があったのだから、私はそれで充分、幸福だったに違いない。

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