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2012年5月11日 (金)

眠る力

目覚めるとすごい風で、天変地異でも起きたのかと不安になった。ホラー、かつてはスリラーと呼ばれたが、他にサスペンスでも、ミステリでもいいが、視覚というものは「恐怖」を聴覚は「不安」を呼び起こす。これは視覚がそのまま像として在り、聴覚が像としてではなく像を喚起するものとしてあるからだ。たとえば、原始人類は、サーベルタイガーてな猛獣に面と向かったとき、恐怖を覚えたろうが、いったん、居住している穴に逃げ込めば、恐怖は薄れる。しかし、外から聞こえる猛獣の唸り声や吐く息の音や、足音を耳にして不安にかられたと推測されるのと同じことだと思える。
時計をみると、もう10時を過ぎていて、ゆんべの就寝が12時前だったから、10時間以上眠ったことになる。夜中に一度トイレに起きた記憶があるが、このところ早朝覚醒がつづいたこともあって、めずらしく長く眠ったことになる。この年齢になると、眠るということにもある一定の体力が必要で、睡眠によって疲労がすっかりとれるなどということはナイ。とはいえ、まだ10時間以上眠れる力が残っていたことは、それほど体力の衰えはナイとみてイイのかも知れない。とはいえ、足のほうの不自由さは、ちょっと予想以上の面倒なもので、家事をしたり、少し歩くとやはり痛む。試写にいって2時間近く座っていると、今度は同じ体勢をとっていたからやはり痛む。鎮痛剤はどうしても胃に負担をかけるので、痛むときにしか服用しないようにしているが、シップ薬は、市販の安売り(一世代前のものだろう)を購入して、何カ所かに貼るのだが、これでけっこう間に合う。なんだか医療用の薬剤が入っていますってのは高価だが効果はさほど違わない。だいたい医療用のものとは使われている量のケタがチガウ。
『続・恋愛的演劇論(実践編)』は、終わりまでの見通しはたっているのだが、これをブログでとなると、ちょっと難しいかとかんがえ、すべての演劇論を一括りにして『恋愛的演劇論』として、一冊分相当の原稿に更めるつもりだ。とはいえ、出版の目処などナイから、原稿にして残しておけば、それでイイ。時代が必要とするようになれば、誰かがどうにかしてくれるだろう。
もちろん、他もそうだろうが、演劇情況は少しも良くなっていない。各自各所で足掻いているなあという感じだ。当方も、演劇論をブログで書きつつ、さらに自らの未熟だけは身をもって感じた。しかし、書きつつかんがえつつ、していかなければ、どうなるものでもナイ。まあ、銭の切れ目が命の切れ目、いまさら希死念慮でくたばるようなことはナイ。また、誰かにすがって生きていこうなどという他人迷惑なことなどまったくこの先考慮に入れていないので、何処かでくたばれば、そこまでのこと。アトを濁さぬよう(とはいえ、これ以上、濁るワケがナイともいえる世間だが)にするだけだ。私は吉本さんのいう[大衆の原像]は理解できるが、吉本さんのように大衆の実像に対しては寛容ではいられない。願わくば、『けんかえれじい』の南部麒六がごとくに。

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