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2012年5月 9日 (水)

雑記・俗気

オイルショックとかいうのがあって、老いる衝撃というのではなく、なんだか石油高騰とかで、トイレットペーパーが値上がりするとかで、どっと消費者がこれを買い占めに走ったために、店頭からトレペが消えてしまった時があった。まだ岸田國士戯曲賞を受賞する前のことで、そのときに、ふと、トレペが無くなるということは世間を震撼させるくらいのことかと思い、しかし、世に演劇が無くなっても世間は別に何も困ることはナイだろうから、要するに演劇なんぞというものは、トレペよりも価値のナイものだなと、半ば不貞腐れ気味に失望し、半ば肩の荷がおりたような気がしたのを記憶している。
こないだ柄本さんと閑談したことは書いたが、中で、ふと、柄本さんの口から、「演劇で食うっていうのは、そんなに重要なことかね」と、柄本さんらしい問いかけがあって、柄本さん自身、サラリーマン生活から得体の知れぬ未踏の演劇業界に足を踏み入れ、なんだか知らない間に食ってきてしまったというふうで、そりゃあ、おれだって一緒ですよ、べつにこれで食っていこうなんてことは考えたワケじゃなかったけど、始めた当時は、あんまり名古屋がバカにされるので、また名古屋の演劇屋もそれに従順で、東京から偉い演出家の先生だかを呼んで、お勉強演劇をし、ちょいと東京の老舗の劇団の研究所なんかに1年ばかり行って、帰ってくると、それが肩書になって大いばりだったり、なんだかそういう情況というヤツが性に合わずに、いまにみていろバカヤロウってな調子に若気の至りというのだろう、糞意地張っているいるうちに、書くしか仕事がなくなって、それでかろうじて食っているてな具合なんだから、と、まあ、それだけのこと。
独り暮らしのいま、足が不自由になったので、毎日やってた掃除も三日に一度くらいになり、飯も一食は、ピアゴのfood terraceで食うようになり、洗濯は洗濯機がやってくれるから変わらないが、これまたふと思うと、なんとなく気分は18歳のときに名古屋に出てきたのと同じ、変わっているのは、三畳一間が2DKになったのと、心身のことをあまり気に病まぬにようになったこと。しかし、人生の大半を双極性のうつ病で失ったかと思うと、ああもうバカバカしい、どんな苦労も努力も要するに水泡に帰すというやつで、どうせこの先やることもそんな程度のものだろうと覚悟だけはしているが、アル中になれるほど酒が飲めるほうではなく、それでも適度に肝臓は衰弱しているらしいが、悪くなってから10年以上は生きているので、まったく気にもとめていない。「どんなふうに生きてもこんなふうにしかならなかったろう」と、ワカッテくるのがおそらく還暦とかいう60歳なんだろう。
柄本さんのところに一緒させた若いのにも、いったことだが、「柄本さんてのはね、考えてんだよ。で、わからねえってんだよ。だからね、ワカッタような顔してる役者が大嫌いなワケよ」「役者ってのは、バカなんだからね、ただ、一所懸命やりゃいいの、いい演技も下手な芝居もないの。なのに、バカが一丁前に、私はどう演じればイイんですか、こんな感じでイイでしょうかてなふうな顔すんのよ。おまけにいまの演出には納得出来ないんですけど、とまで、いうアホまでいるんだからな」と、こんなふうに書くと、また誤解されるだろうなぁ。

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