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2012年5月14日 (月)

映画を観る『夢二』

鈴木清順監督の『浪漫三部作』のこれだけ観落としていたので、シネマテークで観ましたわ。三部作の中では、これがいちばんイイと私しゃ思います。これは田中陽造さんのオリジナル脚本で、『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』はそれぞれ原作があります。つまり、これぞ、田中陽造さんの筆の冴えです。一般的評価は前二作のほうが高いんですが、私しゃ、これです。清順美学の加速度が、陽造さんのナビゲートの効いたベクトルに実にうまくコントロールされていきます。ぐいぐい乗っていきます。くだいていうと、前二作に比してノリがいいの、ね。今頃になって気づいたことは、ワンシーンワンカットがけっこうあるんですな。そこへきて、清順美学カットが、いたるところにinします。これね、舞台にすれば、何本でも出来る贅沢品でっせ。
特筆すべきは、というか、私が書きたかったのはほんとうは、この映画において映画初出演の毬谷友子さんについてです。チラシには、「宝塚歌劇団でトップを極めた」とありますが、私が聞いたところでは、卒業試験で前代未聞の99点というトップの数字を出したんですけど、如何せん背が足りなかった。で、何してたかというと、トップ女優の歌を幕袖で、代わりに歌ったりしてたんだそうです。つまり、主役口パクの吹き替えです。それだけ歌もうまかったんです、な。私は、最初は相米慎二監督(故人)の紹介で一緒に飲みにいきましたわ。当時は、相米監督、いろいろと私の芝居にそないな女優さんやら俳優さんを連れて観に来てくれてましたから。柄本明さんとも相米さんの紹介です。それがご縁で、何度かお会いしております。ご両親とも会っています。(別に嫁にくれといいにいったワケではありません。誤解なきよう)。尊父の矢代静一さんと三人で鼎談したこともあります。矢代先生には、岸田戯曲賞の選評でだいぶ皮肉をいわれましたけど。(北村想は、はやくも、大衆うけする作品を書いているとか)。とはいえ、負けずにいわせてもらいますと、私は矢代先生の『浮世絵三部作』はさほど評価していません。どこがオモロイねんと思っています。浮世絵などいくら持ち上げても、ブロマイド、いきつくところは、好事家の道楽に過ぎないのではないかというのが、私のいいぶんです。
ま、それはさておき、毬谷さんは、この映画出演のとき、ちょうど30歳か31歳です。三十させごろとはいえ(おっと、品がねえな)、私は本日この映画を観て仰天しました。彼女のどこに、あのようなエロチシズムがあったのだろうか。その冷たい妖艶さは、『桜森の満開の下』(安吾)の女のように、攫っていってしまいたくなる、あれです。それを彼女から引き出した鈴木清順は、やはり映画の達人です。映画美学の王です。だいたい、彼女はローマ・カトリックの信者です。それがまあ、この映画の彼女のエロチックなシーンには、私は正直ドキドキして、かつ、ときめきました。何度も会ってはいるんですが、誓っていいますが、私は彼女に劣情したことはありません。ただ、彼女が「想さんの芝居は、他のと何か違うから」といってくれたことに対して大いに勇気づけられましたし、鼎談のアト、見送りに出てくれまして、いつまでも手をふってくれた光景はいまでも目に焼きついております(と、ここで、ちょっと差をつけさせていただきますが。羨ましいと思われるようなことの一つくらい、私にもあるのです)。しかし、正直にいいますと、今日は欲情しました(勃起したワケではありませんが)。すんません、友子さん。とにもかくにも、この映画は、毬谷友子さんのためにあるような映画でした。おそらく鈴木監督も、陽造さんも、そう思っていたに違いありません。

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