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2012年4月20日 (金)

女優をみせる、チャン・イーモウ監督・DVD・感想

『女と銃と荒野の麺屋』がコーエン兄弟のデビュー作『ブラッド・シンプル』のリメイクとは知らなんだ。本歌のほうを観てナイもんだから、何か短編小説の佳品が原作だと思って、観た。この色彩感覚と映像美には畏れ入った。最後のプロットあたりで女のキャラがぶれるのは、ちとマズイんじゃないかと思ったが、考え直してみると、なるほど、あそこで女のキャラをベクトル変容しないと、逆にプロトタイプになってしまうな。
で、評判の良くない『サンザシの樹の下で』だ。いわゆる[純愛病いもの]のつくりだから、主人公の男が白血病で死ぬ、てなところに批判は集中するだろうな。(まあ、そんなふうな評判らしい)。しかし、ここで、いきなり岸田國士のコトバを他人の褌で使う。「旧いところがある、かう云つて新しいものを貶そうとする。/新しいところがある、と云って、旧いものが貶せるか」(独断一束)。もう一つの批判に「社会性に欠ける」がある。文化大革命の時代的(歴史的)な影響が描かれていない。そういう愚盲は鬼に食われろ。ピンからキリまで、文化大革命はこの作品の底辺に、庶民の生活のなかに描かれている。よろしいか、この映画は日本人のみにみせるために創られた和製映画ではなく、中国映画なのだ。文革の時代を知っている(体験している)中国人大衆が観たら、より胸を引き裂かれる思いがするだろう。白血病で死のうが(ほんとは白血病ではナイ。鉱毒だ。ここに、チャン・イーモウ監督の、現代中国への「病もの」で隠した批判が描かれていることに愚盲は気付かない)交通事故で死のうが、どうでもイイことなのだ。私は、どっちの映画も好きな大衆に過ぎないから、『紅いコーリャン』でコン・リーを、『初恋の来た道』でチャン・ツィイーを、そうしてこの作品で、チャン・ドンユィを世に出したチャン・イーモウ監督には脱帽するだけだ。今作のチャン・ドンユィは応募だったらしいから、『初恋の来た道』のチャン・ツィイーのように(見事に)だまされたワケじゃナイようだ。(1年後に『グリーン・ディステニー』だからな。やられたなと思ったよな、皆の衆)。
私は末席ではあるが、同業者だ。どうしても職業柄で、映画を観てしまう部分があるにはある。しかし、若き劇作家、演出者諸君、ともかくいいもの、いいところを観なさい。「ここはかなわねえな」というところを観ない限り、何の勉強にも修業にもなりません。「白血病、ちっともうそんなの、黴が生えてんじゃナイの」などと騙されてはイケナイ。そんなことをチャン・イーモウが白々しくヤルことに、何でだ、と疑ってかからねば、ものなど書けない。

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