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2012年4月 5日 (木)

続・恋愛的演劇論(実践編)・12

実例、例示に入る前に、ある基準をいっておく。演技者は自身(主体)と役(客体)とを「関係」、「了解」すればイイワケではナイ。役を対象とするならば、主体(演技者)と役(対象)との関係と了解は、[演技者(主体)←→役(対象)]←→演技者(主体)というふうになる。つまり、演技者が役を演じているのを主体の演技者がさらに観ているということになる。面倒なのは演劇においては、ここに観客視線が入り込んで来ることだ。そうすると、[演技者(主体)←→役(対象)]←→[ 演技者(主体)+観客視線]というふうに記さねばならない。これでは面倒なので、役としてアウトプットされたもの[主体(演技者)-役(対象)]の成分をdyとして、演技者と観客からの視線の演技者の成分をdxとし、その偏角sineθの絶対値|a|を観客視線とする。そうすると、dy=f(dx+|a|)という方程式が求められる。これはつまり、観客の視線を任意の角度(sineθ)で求めて、交点0から角度に沿った直線を平面に引き、演技者のx成分(x軸の値)からy軸方向に垂直線を伸ばし、その交点に座標をとったもの、ということだ。この場合の0→(x・y)までの直線の値を絶対値|a|として表記しているだけのことだ。観客視線を入れ込もうとすると、こういう方程式になる(が、数学上、こんなものがあるのかどうかは、私は知らん。ただ、考えやすいように、そうしたまでのことだ)。ついでにいうと「絶対値」なんてのはなんだか物々しいが、要するに+でも-でも、実数だろうが、自然数だろうが、有理数だろうが、整数だろうが、単純にある数値のことだと思えばイイ。問題になるのは、絶対値ではなく、sineθという角度のほうだ。sine、cosine、ナンナンダ。それね、影です。自分の。自分の影がこんだけのとき、太陽はあんだけ。その比例です。そうすると、自分の影の長さで太陽の位置がワカリマス。こういうのを、古代エジプトの賢いひとは気がついて、ピラミッドを建造したんですナ。太陽はぐるっと回ります。それに伴って、影の長さも変わってきます。つまり太陽の円運動を影の長さで測定したのです。だから、ピラミッドの建造においてπという単位が出てくるのは当然のことですナ。つまり、恋愛的演劇論においては、三角関数は三角関係ですナ。私、相手役、そうして観客、の三角関係を三角関数で、示したということです。まあ、いまの世の中は三角関係くらいではなく多角関係だから、さらに複雑だろうが、ともかく演劇の現場はこの三角関係で論じられる。流山児との二人芝居の場合、私の役は、得体の知れない初老の弁護士。流山児は、元機動隊で、ヤク中。この二人が過去を語り、現在を語る。で、この場合、ホンはアドリブ指定部分以外は私が書いているので、流山児にはハンディがある。彼は役をホンから読み取っていかねばならない。私は、書いてあることをそのまませりふにすればイイ。何故なら、私が書いたんだから。どういうふうに語っても、素っ頓狂にならない限りは、私のせりふだ。とはいえ、書いた時点で、私は私の役をスタ・システム的にいうなら「内面的」にも「外面的」にも、大概は決めてある。つまり、「内面的」「外面的」とかになる必要がまったくナイ。私の吐いたコトバがその役なのだから。じゃあ、私は舞台で役を演じるとき、何をしていたか。流山児への対応だけを考えていた。客に対しては、俯いている客には、この野郎寝てやがんな、とか、あっ、あそこにちょっと可愛いのがいる。とか。おや、熱心にせりふに耳を傾けているいるひとがいるな、とか。自分自身に対しては三つ先のせりふを常に頭に並べておいた。囲碁将棋でいう三手先を読んでいたということだ。何故なら、二人芝居の場合、そうしないと、流山児が三つ先のせりふではナイせりふをいった場合、それに対処(フォロー)しなければならないからだ。そうい事態は、いきなり初日にやって来た。

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