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2012年4月19日 (木)

如是想解・47

力について: 神と虚無とが等価(だという命題をたててみると)、神が在るから虚無もある(という解が求められれば)、神なき世界とは、ただ生きる力の強いものが生きる世界になる。しかし、「生き続ける」とは、何が生き続けているのだろう。「ほんとうの力」とは何だろう。人間・人類にそなわっているモノはすべて、生存の手段と方法であって、それらは善悪の規準にはならない。要するに「生の保存」ゆえ、そこには固有の倫理しかないように思える。つまり、狡猾であるとか、姑息であるとか、強欲であるとか、人非人だとか、嫉妬深いとか、日和見だとか、裏切りだとか、それらはみんな、生存するゆえの致し方なき営為でしかナイ。そういうことに長けたものが、進化的に生存してきたのだと考えざるを得ない。
つまるところ、この世が生きるに値するかしないかの判断の規準はナニであって、誰が決めるのだろうか。これは、哲学の問題ではなく、おそらく力学の課題だと思われる。

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