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2012年4月21日 (土)

術語・用語というコトバ(続)

たとえば「意識」というコトバを与えられて「その意味は」と問われたら、あるいは「意識」と「精神」と「心」の違いはと問われたら、「理解」と「了解」の違いはと・・・、私たちはたいていこのような語彙の意味なりを説明、解説するとき、何をしているのかというと、違うコトバで、同じことをいっているのに過ぎない。要するに「いい方」を換えているだけになる。しかし、そういうことをすることによって、べつに堂々巡りをしているワケでもナイ。「意識」を例にいうならば、私たちは「自意識」というコトバを知っている。なら「他意識」というコトバはあるのだろうか。ナイ。(似たようなのに「タイ式ボクシング」があるけど)。「他意識」というのは他人の(自分のではナイ)意識」だからだ。「意識」に似たのに「自覚」てなのがある。「日本人としての自覚を持って」という者がある。似たふうに使われている。しかし、私たちは「意識が朦朧としてきた」ということが出来るが、「自覚が朦朧としてきた」とは、まず、いわない。このあたりから、「意識」と「自覚」はチガウんじゃねえのと、判断せざるを得ない。「自覚が足りない」とはいわれる。「意識が足りない」とは、まず、いわれない(いう御仁もいるかも知れないけど、そういう御仁は、ほんとうは自覚といいたいのを、単に意識といってるに過ぎない)。だいたい、意識というのに量などあるワケナイので、足りる足りないということはナイ。また、「心が傷つく」とはいうが「意識が傷つく」とはいわない。では「心が朦朧としてきた」というだろうか。まず、いわない。この辺で、どうも、このココロというものと「意識」というのはチガウんじゃねえか、とガンつけることは出来る。敢えて抽象度を深めるため、かなりイイカゲンな数学(数式)、またその概念を用いているのは、それらの術語の縛りから脱出したいためだ。
このブログの「とんでも演劇論」は、予め行き着くところがワカッテ書いているのではなく、いわば日記のようなものなので、どこに行くのかは(それでも漠然とは「意識」しているのだが)ワカラナイ。しかし、私たちは、表現というものが、加速度だということに気付いている。演技者と演劇の構造も三つに分けて、かつ融合させている。ここ以外においても「劇、それ自体」が何なのかは、一応の定義はしてある。演出においては、マルクスの等価価値と相対的価値から、演出の位相は述べてある。残っていることは、観客と表現者の「状態ベクトル(波の重ね合わせ)」即ち、ゆらぎ(~)のコヒーレントをどうするかということだ。これは、最終的な目標の「現実とは何か」と「虚構とは何か」という両者の「関係」と「了解」に至らねばならない。おそらくは、「エネルギーの保存則」ではなく、ベクトルを含む「運動量の保存則」に何かヒントがあるのではないか、という直観はあるのだが、そこから先に進むには、現在の私はあまりにも私は浅学でしかナイ。
スタ・システムは、方便としてだろうが、観客は括弧にくくっているし、また用いているものが心理学の応用では、導き出せるものにある部分では正しさを含んでいても、誤謬を伴うことは仕方がない。ブレヒトにおいては、彼の弁証法自体がデタラメなのだから、何処といって学ぶべきところはナイ。岸田國士においては、その劇作家としての勘の鋭さと論理性で、戯曲の言語というものは、日常の言語ではナイということを喝破しているところは瞠目すべきなのだが、けっきょく、ここでも、観客はおいてけぼりをくわされ、写実演劇批判の中に沈降してしまっている。
ニュートン力学の「運道量保存則」においては、唯一注釈がある。それは「外部からの力が働かないものを条件として」というものだ。「運動量保存則」のままでは平衡状態が導かれるだけなので(「エネルギー保存則」の第二則、エントロピーの問題ではナイ)、何処に加速度が現れるのか、あるいは一般相対性理論における加速度を用いてみるべきなのか、いくら「とんでも」でもなかなか「とんで」はくれない。しかし、いくら面倒な思考でも、こういうことをしていないと、人格が躁鬱の両極性に分裂(崩壊には至っていない)してしまっている私自身の生きる処方箋がナイのだ。ともかくは、「私はここまでヤッタから」といえるところまでだ。

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