無料ブログはココログ

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »

2012年4月

2012年4月30日 (月)

tea break 『内角の和』を御馳走になる

1970年前後というのは、いまから四十数年前になるので、私は18歳だ。名古屋にひょっこり出てきた年ということになる。全共闘運動未だ醒めやらず、大学は[自由]で、いまのように門番のガードマンなど立っていることもなく、私は中京大学のニセ大学生として、そこの演劇部で寝泊まりしていた。その頃の日本の演劇状況というのを私はあんまり、というか、殆ど詳しくは知らない。というか、ぽっと出の田舎小僧にそんなもの解るワケがナイ。だって、東京のこともよく知らなかったんだから、ネ。まあ、つまるところ、新劇という、なんだか海外の翻訳劇とかを中心にやっている老舗の現代劇劇団がのうのうと生きており、(のうのうとだか、ぬけぬけだか、どうどうとだかは、これまたほんとはよく知らないんだが)、アングラと呼ばれる前衛的劇集団が、暗躍(というか跳梁というか、跋扈というか)を始めて、その新劇の足下をすくうという、つまり、新劇がアメリカ合衆国であれば、新進演劇のほうはテロ集団だというような構図を思い浮かべれば、ジャーナリスティックには、なんとなく、いまの若いひとにもワカルかなと思う。当時の名古屋なんてのは、大きな道路が何本かあることはあったが、東京二十三区の一区にも満たなかったろう。文化、冗談じゃねえ、文化どころか、本屋もなかったぜ。白い街、文化不毛都市とかいわれておりましたワ。私は何をしていたか、というと、ともかく[自由]でした、ネ。銭はナイ、女はナイ(失敗は幾度とありましたが)。勉強する気もナイ、マルクスも共産主義も知らん。とはいえ、革命はやらにゃあイケン。ひとは恋と革命のために生まれてきたからです。無政府主義(anarchism)、なんかよさそう。共同体(commune)なんかよさそう。クロポトキン、プルードン、バクーニン、さくさくと読んで、よーワカランけど、国家なんてナイほうがええなあ、と、その程度の理論武装で(そうそう、理論も武装するために必要だったのです)。パチンコに明け暮れていたのだ。ところで、この「さくさく」というコトバですが、いま、流行りのコトバなのかと思っていたら、鈴木忠志氏(以下、敬称略してスズキ氏)がのっけに「ある記憶について」で使ってます。あったんですな、当時。この冒頭にある「ある記憶について」は、いいエッセーです。読ませます。文学的なんです。たとえば「幾多の生への可能性を切実に夢見させる一時期を青春とよぶならば、僕には生活の上でそんなものは存在しなかったし、また欲しいとも思わなかった」まるで寺山修司のようです。アドレッセンスの終焉には誰しも思うことだけど。「これは傲慢なことかも知れないが、僕は今迄どこにも青春などというものを生のままに見たことはない。僕が見てきた青春は、いつもどちらかといえば悲惨な物欲しげな表情をして寒空に立っていたと思う」。ここまでくると、中原中也にまで行ってしまいそうなワケで、このアトは、村上春樹(読んでナイんだけど)のような文章に引っ張られ、そうして、いきなり「エーリッヒ・フロムの本に、オモシロイたとえ話があったのを思い出す」と、フロムが出てくる、そのアトには「フロイトが一貫して述べてきたことであって・・・」と、くると、当時の演劇青年、あるいは「若者たち」が心臓をグイっとつかまえられたのも無理はナイ。フロム、そういや、当時読みましたワ、怠惰な私も。まあ、この「ある記憶について」は前書きのようなもので、ここから、私たちは、いったいいまはいまなのかという錯綜した時空を、スズキ氏の演劇論によって味わうことになります。

2012年4月29日 (日)

ゴジラ

「賑やかし」というコトバがある。朝から近隣の中学校のグランドを借用して、某高校のブラスバンドが特訓らしい。バス3台を連ねてのお出ましで、さて、その音楽を「うるさい」と聞くか、「賑やか」と聞くか。突然の7月上旬並みの気温に、窓は開けっ放しだから、オーディオの音も半分くらいしか聞こえない。そっちを左耳で聞き、右耳からはブラバンだ。ブラスバンドというのは音楽のどういうジャンルになるのか、よくは知らぬ。しかしやはり「賑やかし」だろう。ともかく力一杯。おまけに、編成は視覚的にもなっていて、要するに動くワケだ。オケピで演奏するワケではナイ。眼が殆どダメなので、今日はパソコン仕事はやめて、読書程度にしておく。昨日は、想流私塾17期の面接。一昨日は実家。実家では、弟の持ってきた東宝『ゴジラ』を4本ばかり観る。もちろん、弟とゴジラの話題を肴にして。あの作品は何作目だったか、あの作品では誰々がどうだったか、『ガメラ』に圧されて、Gの称号を奪われた時期もあったなとか。なんといっても、新生ゴジラの二作目『対ビオランテ』が傑作だろうとか。『ゴジラ・final』では、いろいろとゴジラ関係者がご出演、ゴジラの顔も初期ゴジラに、もどしてある、とか。ゴジラ細胞シリーズが何作あったとか。その他いろいろと突っ込みを入れて。なかなかこういう時間が名古屋では持てないので、貴重な時間なのだナ、けっこう。で、酔いもまわって、これ以上はちょっとなというところで、寝室へ。三分の二置いてきた本棚を眺めて、『内角の和』(鈴木忠志・而立書房)を発見。これは、いま演劇評論家で、当時編集者だったMさんから頂戴した本なのだが、そういや、食わず嫌いで読んでナイ。開いて、ちょいと読むと、けっこう面白そうなので、持ってかえってきた。よって、今日は、それを読んでいたというワケ。1970年前後に書かれたもので、なるほど、当時の演劇青年や演劇インテリが、鈴木忠志氏に傾倒していった理由がよくワカル。おそらく当時、これ以上の演劇論は無かったと思う。要するに、演劇界のゴジラだな。鈴木氏は演劇の熱い時代に熱く闘争した、と。あまりいい噂、評判は聞いたことはナイが、おこがましくいえば、その論理はたいしたもんだという気がした。いやどうも、失敬です、まことにおこがましい。恐縮至極。輸入演劇学かと思い込んでいた私がバカでした、ワ。ちょっと掴みかねるというところがあるが、概ねは鈴木実存的演劇とでもいえばいいのか。パッチワークな部分や、すでに死んでいる部分もあるが、けっきょく、突きつけている問題提起はいまなお、通用する。というか、それだけ問題提起をしておいて、どうしてそれを解決させずに権威に甘んじたのか、なるほど、権威なんてのは、自分がつくるもんじゃなく、他人が持ち上げるものだということは、重々承知しているが、いまの時代は、演劇は熱くはなく平衡状態で、いわば、プチプチ・スズキタダシが横行しているだけですぜ。と、いうワケで、『続・恋愛的演劇論』は、ちょいとtea breakして、このオイシイ本を御馳走になりましょう。 

2012年4月27日 (金)

プチ・ブレヒトへ

「敢えて書く。/アベック・ビーズを見る。/本、演出に不満はある。/それよりも、役者に対する不満は半端じゃない。/役者とは何ぞや?/アベック・ビーズの役者はテキストに奉仕している。/テキストのパーツを、脱していない。だから、魅力を感じない。/次回から、想さんでなく違う方が演出をすると聞いた。/大いに期待します。/ただ、その方が、テキストの解釈に追われる演出をするなら、もうアベック・ビーズは見ないだろう」
 ケリをつけておくために、こちとらも敢えて書く。貴君の演出されたる舞台は二度か三度ばかり観劇した。私が以前にも一度、指摘したごとく、高校演劇をこえるものではナイ。ただし、これは、高校演劇のレベルが低いといっているのではナイ。高校演劇というのは「教育演劇」だ。その域から出ていないということだ。観客は生徒ではナイ。しかし、この文言を読むと、未だにプチ・ブレヒトな演出屋がいることに、嫌気がさす。ブレヒトがやりたいのなら(そんなものはやりたいとは思わないといわれればそれまでだか、貴君が知ってか知らずかは問わず、この文言の論理は、方法論としてはブレヒトのものだからだ)ブレヒトを真っ当に勉強することだ。「テキストに奉仕」というのは、まさにブレヒトが嫌った演技論だからだ。その前にちゃんと弁証法を勉強して、ブレヒトが得意になって用いた弁証法なるものの胡散臭さも勉強してておくべきだ。胡散臭くなく正しいと思うなら、そのエビデンスも確立しておいたほうがイイ。物事を批判するには、それなりの勉強と知識と研鑽が必要なのだ。ただ、「テキストに奉仕」などという、どこやらかで覚えてきた文言を口にすればイイというものではナイ。また、そんな文言を貴君がいえるほどの演出家であるのかどうか、自問したほうがイイ。役者という存在が、「テキストのパーツ」であるかどうかは、私の演劇論でちゃんと解説してある。勉強する気があるなら、読んでおけばイイ。役者という存在が演じられる劇に対して、どのような位相にあるかは、ちゃんと示してある。役者が、戯曲(あるいはその役)に対して単なる読者であろうと、批判する者であろうと、役者の魅力というのは、そういうところから派生、発生するものではナイ。そういう原理主義、教条主義は棄てたほうがイイ。これは揶揄だが、貴君の観た演目は、内容が貴君の解読能力に比して高かったということは理解出来る。要するに私たちが何をやったのか、が、理解出来なかったのだろう。一度、貴君も、かの演目の上演台本と闘ってみればイイ。私たちは、あの演目の稽古の際、幾度も、宮沢賢治と闘ってみた。格闘は貴君のいうような解釈ではナイ。また争闘なき稽古など、やっても意味がナイ。テキストを適当に演出者の理解の範囲で扱って上演することなら、その範囲でのみ、演出はいくらでも可能だ。役者とは何ぞや、と、自問だか、皮肉だかを述べる前に、「演出とは何ぞや」と自身に問うてみるがイイ。演出とは何かについても、私のブログに示されてある。その気になれば、私のブログは、貴君たち、プチ演出者に学べることは豊富に述べられてある。読んでもわからなければ、avecビーズのような高度な演劇など観にきてもしょうがナイ。未だに、私に対する、妬み嫉みという歪んだ接し方をするしか出来ない者が、いっぱしの演出家の面をして、名古屋を徘徊していることについては、ため息するしかナイが、これ以上は、貴君とは関わらない。オレも忙しいかんな。

2012年4月26日 (木)

春雨だ濡れて行こう

タイトルは、新国劇の『月形半平太』の名台詞からとられているが、正確には「濡れて参ろう」になる。武市半平太をモデルにしたといわれる、芸者雛菊との道行の名シーン。ほろ酔いの半平太が相合い傘で、そういう。こっちは、そんな浪漫ではナイ。衣替えのための、衣裳ケースの整理がやっと出来た。暑くなったり寒かったり、ここで、という機会が難しかったが、昼飯前にやってしまった。朝から雨だったが、敢行。やってる最中に袖を通したことのないセーターが二着出てきた。これは、去年の引っ越しのときにも気がついていて忘却したことなのだが、べつに手編みというのではナイ。前妻さんのときからあったものだろうが、一度もその暮らしの中で観たことも着たこともナイ。今年の冬も着なかった。次ぎの冬は着てみるかと思って、すぐに太宰の『晩年』の「葉」の最初のくだりを憶い出した。案外、あれは作話ではなく、ほんとうのことだったのかも知れない。
avecビースのサイトを観て、ひょいと関連ブログに跳んだ。ああ、なるほどと、その演出家の舞台の観方を納得した。演劇の舞台なんぞは論えば、いくらでも欠陥はみえてくる。ホン、演出、役者、演技、キリがナイ。私は、未だ名もない女性演出家を諭したことがある。彼女は負けず嫌いで勘鋭く、さまざまな名もない小劇場の舞台を観ては、不平不満たらたらだったからだ。演出の勉強がしたかったら、けして観た舞台の短所、欠陥、ダメな部分を捜すな。そこは必ず「自分ならこうやれるのに」「こうやるべきなのに」という、自身が引き寄せることの可能な幻想に入っていける場所だ。しかし、観方を変えれば単純にそこは自身の幻想との異なる部分でしかナイ。私のテクストに「奉仕」しているかのようにみえる役者に不満を持つ前に、私のテクストと向かい合うことがどれだけしんどい作業かを考えてみるがいいのだ。テクストと抗うことなどと、偉そうなことをいう前に、高校演劇をこえられない、我が身の演出リテラシーに、疑問の一つも持ったほうがイイのだ。「役者とは何ぞや」「テクストとは何ぞや」と公案じみたことを述べて悦にいるくらいなら、本気でそれを学んでみればイイのだ。誰でも幻想(観念)の領域では、最上のものをimageすることが出来る。だから、ほんとうにそれを批判するには、それをこえる、幻想ではナイ、実際の舞台を創るしか方法はナイのだ。何かを学ぶ途上にあるのなら、どんな芝居を観ても、何処でもイイから、「ここだけは自分ではマネ出来ない」と思う部分をみつけるべきだ。学ぶ、ということは、ほんとうはそれが出来るプラチックだ。まあ、学ぶ気がナイのなら、まったく蛙の面に小便ですけども、ネ。
衣裳を整理し終わって、新しく買った布団の下敷き簀の子の上に布団を敷いた。和桐のいい香がした。今年はちょっとはいい夏が来ますように。

2012年4月23日 (月)

SLOFT/N稽古日誌

昨日の夜をもって、SLOFT/N主催の演劇塾『えんげきの「え!」』season1が終了した。昨夜は、質疑応答。とはいえ、私は「答える」のではなく、あくまで「私はこう考えてますけど」。で、こういうことは、伊丹の戯曲塾ではやったことはナイ。それを敢えてやるのは、もちろん、若いひとの考え方、現在演劇への疑問、思考力のレベルが知りたいから。主にそれまでのレクチャーについての質問が多かったが、一ついえることは、彼女たちは(というのも、男性は一人もいなかったので)頭はよろしい。これは知能はよろしいというということ。理由、質問が的確に出来るゆえ。的確にとは、疑問の持ち方が正しいということ。自画自賛でいえば、キチンと教えれば(私の考えをの述べれば、だが)それにキチンと応じることが出来る能力があるということ。おそらくは、くだらんワークショップなどでは、そうはいかない。何を教えられているのかワカランのだから、何を疑問視すればいいのかがワカランのだということ。たとえば、ワークショップにおいての訓練が「つくるためのもの」なのか「使うためのもの」なのか、さらにそれをどう結びつけていくのかも、おそらくハッキリしていないだろうということ。
たとえば、コスチュームと身体についてを教えてくれるワークショップてのはあるのか。コスチュームというのは、役者のカラダと同一だ。いいかたを変えるなら、役者のカラダの拡張だ。私たちは、雛壇お喋りバラエティで、有名占い師とか、美容師とか、なんだか知らないオバサンが、何百万、何千万もする時計やネックレス、腕輪、イヤリングを付けて登場して、司会者がそれに感心し、出演者が驚くという光景を何度も目にしたことがある。しかし、それが何故、貧乏くさくにしかみえないのかについては、不思議だなと思う程度だ。日常、私たちが身にする衣服は、「おしゃれ」と「機能性」で、他にはナニもナイ。男女、どちらの場合も、「おしゃれ」はそれを着ているものの「人格」を現しているのではナイ。単純に着飾る「才能」を現していることになる。では、その他の装飾品や、服飾は何なのかといえば、その者のフェチシズムということになる。何百万、何千万のフェチは、要するにそのひとの変態趣味ということになる。貧乏くさく思えるのは、身につけているようで、身についていないからだ。つまり、そのひとのカラダの拡張になり得ていないからだ。それは、そのひとの強い「主張」でしかナイ。「拡張」は有機的自然な作用だから、あくまで「自然」の範疇に入る。かつ、そのものによって変容された自然だ。「強い主張」は、その伝でいえば無機的自然ということになる。そのひとが産出した自然ではナイ。そのひとによって変容されていない自然という範疇に入る。コスチュームは、演劇において、ひじょうに強い舞台効果となる。努々(ゆめゆめ)軽んじるなかれ。
参加メンバーの知能程度が高いところの証左でいえば、一つの同じ作品に対して、観客個々がチガウ評価をするのを、どう受け止めればいいか、というものがあった。これはれっきとした観客論だ。つい最近まではポスト構造主義で煩くいわれていた事柄だ。これについても一応の考えは述べておいたが、現在、観客と表現者との問題をニュートン力学で方程式にしようとする試みの最中で、こちとら頭がグルグルしているので、雨降りの今日明日は、ちょっとお休み。

2012年4月21日 (土)

術語・用語というコトバ(続)

たとえば「意識」というコトバを与えられて「その意味は」と問われたら、あるいは「意識」と「精神」と「心」の違いはと問われたら、「理解」と「了解」の違いはと・・・、私たちはたいていこのような語彙の意味なりを説明、解説するとき、何をしているのかというと、違うコトバで、同じことをいっているのに過ぎない。要するに「いい方」を換えているだけになる。しかし、そういうことをすることによって、べつに堂々巡りをしているワケでもナイ。「意識」を例にいうならば、私たちは「自意識」というコトバを知っている。なら「他意識」というコトバはあるのだろうか。ナイ。(似たようなのに「タイ式ボクシング」があるけど)。「他意識」というのは他人の(自分のではナイ)意識」だからだ。「意識」に似たのに「自覚」てなのがある。「日本人としての自覚を持って」という者がある。似たふうに使われている。しかし、私たちは「意識が朦朧としてきた」ということが出来るが、「自覚が朦朧としてきた」とは、まず、いわない。このあたりから、「意識」と「自覚」はチガウんじゃねえのと、判断せざるを得ない。「自覚が足りない」とはいわれる。「意識が足りない」とは、まず、いわれない(いう御仁もいるかも知れないけど、そういう御仁は、ほんとうは自覚といいたいのを、単に意識といってるに過ぎない)。だいたい、意識というのに量などあるワケナイので、足りる足りないということはナイ。また、「心が傷つく」とはいうが「意識が傷つく」とはいわない。では「心が朦朧としてきた」というだろうか。まず、いわない。この辺で、どうも、このココロというものと「意識」というのはチガウんじゃねえか、とガンつけることは出来る。敢えて抽象度を深めるため、かなりイイカゲンな数学(数式)、またその概念を用いているのは、それらの術語の縛りから脱出したいためだ。
このブログの「とんでも演劇論」は、予め行き着くところがワカッテ書いているのではなく、いわば日記のようなものなので、どこに行くのかは(それでも漠然とは「意識」しているのだが)ワカラナイ。しかし、私たちは、表現というものが、加速度だということに気付いている。演技者と演劇の構造も三つに分けて、かつ融合させている。ここ以外においても「劇、それ自体」が何なのかは、一応の定義はしてある。演出においては、マルクスの等価価値と相対的価値から、演出の位相は述べてある。残っていることは、観客と表現者の「状態ベクトル(波の重ね合わせ)」即ち、ゆらぎ(~)のコヒーレントをどうするかということだ。これは、最終的な目標の「現実とは何か」と「虚構とは何か」という両者の「関係」と「了解」に至らねばならない。おそらくは、「エネルギーの保存則」ではなく、ベクトルを含む「運動量の保存則」に何かヒントがあるのではないか、という直観はあるのだが、そこから先に進むには、現在の私はあまりにも私は浅学でしかナイ。
スタ・システムは、方便としてだろうが、観客は括弧にくくっているし、また用いているものが心理学の応用では、導き出せるものにある部分では正しさを含んでいても、誤謬を伴うことは仕方がない。ブレヒトにおいては、彼の弁証法自体がデタラメなのだから、何処といって学ぶべきところはナイ。岸田國士においては、その劇作家としての勘の鋭さと論理性で、戯曲の言語というものは、日常の言語ではナイということを喝破しているところは瞠目すべきなのだが、けっきょく、ここでも、観客はおいてけぼりをくわされ、写実演劇批判の中に沈降してしまっている。
ニュートン力学の「運道量保存則」においては、唯一注釈がある。それは「外部からの力が働かないものを条件として」というものだ。「運動量保存則」のままでは平衡状態が導かれるだけなので(「エネルギー保存則」の第二則、エントロピーの問題ではナイ)、何処に加速度が現れるのか、あるいは一般相対性理論における加速度を用いてみるべきなのか、いくら「とんでも」でもなかなか「とんで」はくれない。しかし、いくら面倒な思考でも、こういうことをしていないと、人格が躁鬱の両極性に分裂(崩壊には至っていない)してしまっている私自身の生きる処方箋がナイのだ。ともかくは、「私はここまでヤッタから」といえるところまでだ。

2012年4月20日 (金)

女優をみせる、チャン・イーモウ監督・DVD・感想

『女と銃と荒野の麺屋』がコーエン兄弟のデビュー作『ブラッド・シンプル』のリメイクとは知らなんだ。本歌のほうを観てナイもんだから、何か短編小説の佳品が原作だと思って、観た。この色彩感覚と映像美には畏れ入った。最後のプロットあたりで女のキャラがぶれるのは、ちとマズイんじゃないかと思ったが、考え直してみると、なるほど、あそこで女のキャラをベクトル変容しないと、逆にプロトタイプになってしまうな。
で、評判の良くない『サンザシの樹の下で』だ。いわゆる[純愛病いもの]のつくりだから、主人公の男が白血病で死ぬ、てなところに批判は集中するだろうな。(まあ、そんなふうな評判らしい)。しかし、ここで、いきなり岸田國士のコトバを他人の褌で使う。「旧いところがある、かう云つて新しいものを貶そうとする。/新しいところがある、と云って、旧いものが貶せるか」(独断一束)。もう一つの批判に「社会性に欠ける」がある。文化大革命の時代的(歴史的)な影響が描かれていない。そういう愚盲は鬼に食われろ。ピンからキリまで、文化大革命はこの作品の底辺に、庶民の生活のなかに描かれている。よろしいか、この映画は日本人のみにみせるために創られた和製映画ではなく、中国映画なのだ。文革の時代を知っている(体験している)中国人大衆が観たら、より胸を引き裂かれる思いがするだろう。白血病で死のうが(ほんとは白血病ではナイ。鉱毒だ。ここに、チャン・イーモウ監督の、現代中国への「病もの」で隠した批判が描かれていることに愚盲は気付かない)交通事故で死のうが、どうでもイイことなのだ。私は、どっちの映画も好きな大衆に過ぎないから、『紅いコーリャン』でコン・リーを、『初恋の来た道』でチャン・ツィイーを、そうしてこの作品で、チャン・ドンユィを世に出したチャン・イーモウ監督には脱帽するだけだ。今作のチャン・ドンユィは応募だったらしいから、『初恋の来た道』のチャン・ツィイーのように(見事に)だまされたワケじゃナイようだ。(1年後に『グリーン・ディステニー』だからな。やられたなと思ったよな、皆の衆)。
私は末席ではあるが、同業者だ。どうしても職業柄で、映画を観てしまう部分があるにはある。しかし、若き劇作家、演出者諸君、ともかくいいもの、いいところを観なさい。「ここはかなわねえな」というところを観ない限り、何の勉強にも修業にもなりません。「白血病、ちっともうそんなの、黴が生えてんじゃナイの」などと騙されてはイケナイ。そんなことをチャン・イーモウが白々しくヤルことに、何でだ、と疑ってかからねば、ものなど書けない。

あたし、あの雨にうたれて

昨日、どうもカラダの具合が半端ではナイ。就寝してからひょっとしたらと起きて、パソコンで「レキソタン」を調べる。この薬は抗不安、抑うつに使われる、比較的、副作用も少ない薬なのだが、効果はイイので、マタニティ・ブルーなどにも処方される。私の場合は2㎎を一日三回という処方だが、頓服で4㎎~6㎎を服用していた。ところで、最近昼間でも眠いことを三日前のクリニックでヒロコちゃんに話したのだが、レキソタンを減らしてみましょうかということになった。「ありゃあ、頓服で服用してるんですけどね」と答えると、「それはダメですよ。せめて3㎎でナイと」と、まあ、順当な医師の答弁なのだが、しかし、それでは私には効果はナイ。それでともかく、じゃあ、まあと、二日程まるっとやめたのだが、どうもカラダの具合の悪さと強い希死念慮は、その離脱症状だということが、ネットの情報でワカッタ。なるほど、離脱症状ならワカル。私はメディピースというデパスのジェネリックを処方してもらっているが、別に不安神経症というのではナイ。デパスによる依存症で、この薬を服用しないと4~6時間で離脱症状が現れる。要するに巷でいわれるデパス中毒。これは、レキソタン以前に、デパスという薬が、よく似た効果を持っているので、やたらめったら精神神経科医が患者に飲ませたことによる。てなことで、頓服を4㎎仕様にして、服用したら、離脱症状はとれた。とはいえ、半月板断裂のほうは、埒があかず、膝周囲の筋肉の痺痛が歩くとおそってくる。おまけに睡眠障害で、アデノイドが喉を塞いで、夜間、息苦しくて眼が覚めるということが多くなってきた。起きているときは脳を使う面倒な仕事をしているので、疲れが蓄積される。本日は、そういうことで、朝からビール飲んでゴロゴロ。朝は5時半に目覚めたが、1時間ばかり書き物をして、6時半から9時半まで眠った。買い物にもいったが、彼のレジさんは、今日は遠くから眺めるだけにして、というのも雨が降ってきたので、大急ぎ。新キャベツを蒸して、ポン酢で昼飯。もう一品は私のレシピで豆腐と納豆とキムチを和えたもの。これは酒の肴にもイイ。しかし、半月板の鎮痛消炎剤のおかげで、胃の調子が悪く、トイレで便を排泄したアトを観たら、きのう食った素材がそのまま消化されずに、どっと浮かんでやがる。まあ、そういうことは初体験ではナイので、どうってことはナイが、膝は手術に踏み切ることにして、知己に何処がいいかねと訊いて、じゃあ、そこにするということにした。こういうことは、通っている開業医に訪ねるのは禁物で、医師も困惑してしまうのは目にみえている。さて、スケジュールを調整しなければならない。
誰だって健常でまともに生きているワケではナイ。そうでナイから、サプリメントが山のように商品になり、消費されるのだ。私が膝に注射しているヒアルロン酸にしても、サプリメントでおなじみだ。何故医薬品扱いされないのかというと、服用しての効果は立証されていないからだ。化粧品にも多くこれを含んでいる商品があるが、皮膚浸透吸収しないことはワカッテいる。コラーゲンになると、こっちは食っても殆ど吸収しないことがワカッテいる。鍋で、コラーゲンたっぷりなんてのは、嘘ではナイが、どんなにたっぷり鍋に注がれても、まず、吸収されない。ただ、豚の角煮のコラーゲン成分は吸収されやすいらしい。沖縄長寿の一因だ。本日のタイトルは、ただふと思いついただけで、次々回のavecビーズの演目のタイトルにでもしようかと思っている。

2012年4月19日 (木)

如是想解・48

勝負:負けた者に二通りある。ひとつ、次には必ず勝てるようにその方法を敗因から考えようとする者。ひとつ、次は必ず勝てる相手と闘おうとする者。もちろん、前者のほうが理想的だろう。しかし、後者のほうが、次に勝てる確率は高い。

如是想解・47

力について: 神と虚無とが等価(だという命題をたててみると)、神が在るから虚無もある(という解が求められれば)、神なき世界とは、ただ生きる力の強いものが生きる世界になる。しかし、「生き続ける」とは、何が生き続けているのだろう。「ほんとうの力」とは何だろう。人間・人類にそなわっているモノはすべて、生存の手段と方法であって、それらは善悪の規準にはならない。要するに「生の保存」ゆえ、そこには固有の倫理しかないように思える。つまり、狡猾であるとか、姑息であるとか、強欲であるとか、人非人だとか、嫉妬深いとか、日和見だとか、裏切りだとか、それらはみんな、生存するゆえの致し方なき営為でしかナイ。そういうことに長けたものが、進化的に生存してきたのだと考えざるを得ない。
つまるところ、この世が生きるに値するかしないかの判断の規準はナニであって、誰が決めるのだろうか。これは、哲学の問題ではなく、おそらく力学の課題だと思われる。

2012年4月18日 (水)

コトバ・コトバ・コトバ

日本の現代劇は何故面白くナイのか。先ず第一に、日本の現代劇を通じて、最も大きな欠陥とすべきは、「言葉の価値」が著しく無視されていることである。「聴かせるための言葉」が、文学的にいっても、まだ極めて幼稚な表現にしか達していないことである。「語られる言葉」が、「読まれる言葉」に対して、どれだけの心理的もしくは感覚的効果を与え得るか、この点、劇作家の用意が頗(すこぶ)る散漫であり、俳優の工夫が至って怠慢なことである。・・・というのは、私のコトバではナイ。実はかつて岸田國士がそのエッセー『未完成な現代劇』で述べた一節だが、いまでも充分に通用する。耳の痛い劇作家や俳優も多いことだろう。ついでにいえば、当時は演出者という者がなかったために、ここでは演出者には触れていないが、「演出者の戯曲解読能力の低劣さ」と、「演技者に対しての戯曲演出営為の姑息さ」を挙げておけばイイ。
岸田國士の「言葉言葉言葉」から、ちょっとしびれる名文を。
「親戚の青年が一人、僕のところにやって来る。-月に一度乃至二度。/彼は、来た時にはただ頭を下げる。それから帰る時、「もう帰ります」と云うまで黙り続けている。-二時間でも三時間でも、時とすると半日。/僕は仕事の手をを休めて彼の顔を見ている。というよりも彼が今、何を考えているかを知ろうと努める。・・・彼は何も考えてはいない。ただ、悩ましげに、「自己の存在」を見つめているのだ。/彼は僕と話をしに来るのではない。彼には、黙って彼の前にすわっている人間が必要なのかも知れない。/誰にでもそういう時がある。」
これなどは、「沈黙」という劇言語のせりふを暗示していて興味深い。また、これで、一つの立派なplotだ。さて、もう一つ。
「庭にコスモスを植えさせた。少し時期が遅いかも知れないということであった。旱(ひでり)が続いた。朝晩、丹念に水をやった。萎れかけていた葉が、茎が、活き活きと伸び上がった。立派についた。/「なあに、コスモスなら、ほうっといてもつきますよ」/今になって、人が、こう云ったとする。/あなたは水をやったことを後悔しますか。ほんとうに後悔しますか。」
散文で書かれているが、話体(せりふ)になおしてみればイイ(なおせる実力があるならばだが)。ひとつ、若き劇作家諸君は挑戦すればイイ。また入力を換えれば、ひとりの演技者(劇作家・演出者)を育てる営為に読める。
岸田國士の演劇論は実に興味深い。当時の写実主義(リアリズム演劇)に対して彼のいうところの「劇詩的劇」をもって、劇作家から痛烈に(というよりも苛立って)批判している姿は凛々しいものがある。当時の演劇論としては、彼の論理はいつも先に一歩は進んでいる。とはいえ、それらをすべて首肯することは、いまの私たちには可能なことではナイ。だが、当時の他の如何なる演劇論を排しても拝聴する価値はある。

術語・用語というコトバ

コトバはそれ自体で存在しているワケではナイ。書かれるか、語られるかしないと存在しないものだ。おまけに、たとえ書かれても語られても、意味や概念や価値が同じだとは限らないから、やっかいなシロモノだ。術語や用語に悩まされるのは哲学や数学に多いし、数学はそこになお記号に悩まされる。もちろん物理学でも同じだ。ところが不思議なことに演劇においては、演劇用語というものはあっても、業界用語と似たようなもので(金槌をナグリというのは韓国語にもなっている程度のことだ)、特有の規範、規定が曖昧だ。たとえば、演劇において「感情」というとき、それは哲学術語なのか、心理学術語なのか、医学のなのか、日常のなのか、文学のなのか、どこから引っ張ってきたコトバなのか漠然としている。あるいは「メリハリ」というコトバは演劇に多用されているが、演出者が演技者に「もう少しメリハリをつけて」と駄目だしした場合(この「駄目だし」すらも「メリハリ」と同じだ)、演技者は「メリハリ」というコトバをimageや感触で了解することのほうがおそらく多い。(この「了解」も「理解」や「納得」とどうチガウのか、ワカランじゃねえのかな)。奏楽者は当然楽譜(score)が読める。私たちはせいぜい♪と♩と♫と♬の違いくらいが関の山だ。術語というのは要するに音符のような規範だ。現に芝居をやってる若者に「メリハリ」というのは何語ですかと問うと、殆どは「そういえば、ナニゴ」という顔をする。演出者の中には上品ぶってなのか、民主(平等)主義者なのかワカランけど、「駄目だし」というのはコトバが汚い、あるいは役者を見下しているようなので「私は使わないんですけどネ」とすました顔でいう(の)がいる。「メリハリ」は三味線演奏からきている弦楽器の弦の「滅り」と「張り」で、「駄目だし」は囲碁用語で用いられる「駄目(一目として勘定しない)」から来ているものだから、汚いも上下目線の区別も関係ナイ。駄目を詰めなくては、囲碁の勝ち負けは判定出来ない。ついでにいえば「攻撃は最大の防御なり」は、孫子の兵法ではナイ。「一間飛びに悪手なし」「のぞきにつがぬバカはなし」と同じ、囲碁の格言だ。数学術語の「関数」の意味がワカラナイのは「関数」が中国語だからだ。「韓流(ハンリュウ)」が中国語なのと同じ。こういうことは何べんもこのブログで書いてきた。しかし、未だに「読み合わせ」を「本読み」といい、「幕間」を「まくま」といい、ただ暗くなることを「暗転」といい(じゃあ、明るくなることをどういうんだ、よぅ。明転かい)、「戯曲」のことを「台本」といい、とかく演劇においては、誰それがナニをいっているのかワカラナイことが多すぎる。だから、平田オリザの提唱する、「イメージの共有」「コンテクストの摺り合わせ」に対して、そりゃあいい考えだナンテことになる。そんならいっそ「八紘一宇」の精神で演劇を創ればいいのだ。業界には、創価学会信者も多いと聞くので、案外うまくいくかも知れねえ。(八紘一宇は日蓮宗の在家宗教団体国柱会を興した田中智學が『日本書紀』(それ以前には中国の著作にもある)から造ったコトバ)。術語がわからなければ、わかるように、わかるまで考えて、自分なりに解釈すればイイ。さほど的外れではナイはずだ。たとえば、数学によく出てくる(物理学にも出てくる、ようするに数式によく出てくる)「定数」「変数」とは何か。何かといわれると、急にわからなくなる。「定数」は酒類のアルコール度数だと思えばイイ。日本酒で14度もウイスキーの14度と同じだ(そんな度数の低いウイスキーはナイけれども)。缶ビールならたいていが5度だ。キリンもアサヒもサントリーも、アルコール度数が5度であれば、それは「定数」だ。「変数」はそれに対してカロリーだと思えばイイ。これは同じビールでも、各社の商品によって違う(変わる)ので「変数」ということになる。「関係」と「了解」の違いをいえば、「関係」は三つ覚えればイイ。自分自身との関係(これはじぶんが自分の心身と関係しているということだ)・自分と他者との関係・自分と環境世界との関係。以上。「了解」とは、「私が事象・対象(物事や出来事)に働きかけたとき、その事象・対象(物事や出来事)が、どんなふうになって私にもどってくるのか」ということだ。類似的には、「関係」と「了解」は、あたかも微分と積分のようなものだともいえる。

2012年4月17日 (火)

ウラシマ効果

まだ地元のCBC(中部日本放送)のラジオにレギュラーで出ていた頃だから、うつ病を強く発症する前の話になるが、その番組(たしか『オーサンデー』といったと思う)のディレクターと、どういうきっかけか、アインシュタインの相対性理論の話題になって、ディレクターの疑問は、「相対性というからには、地球とロケットは相対性なわけでしょ。そうしたら、どうしてウラシマ効果なんかが出てくるんですかね」という、いわゆる簡単で難しい疑義だった。「ウラシマ効果」というのは、地球に双子がいて、片方は地球に残り、片方は光速に近い速さのロケットで、ある地点まで飛んで、地球に戻って来ると、ロケットの中の時間は遅れ、地球にいる片方はロケットに乗っている片割れより年寄りになっているというもので、光速と時間の遅れというものを、ローレンツ変換式だかで、求めるとそうなるという、当時の私もその程度の知識しかなかったのだが、これは、スピルバーグの映画『未知との遭遇』のラストシーンのせりふにも、「アインシュタインは正しかった」てのがあって、たしかに、ロケットのほうが時計は遅く進むのだけど、いまだに論議されている程だから、その当時の私にしても説明のしようがなかった。専門書やガイド本を読んでも、それについては加速度や重力を対象にした一般相対性理論(先に発表されたのが「特殊相対性理論」)を扱わないと説明出来ないとされていて、そんな説明はさて、納得させられるように出来るかどうか、いまでもアヤシイ。とはいえ、私は私なりに、次の週の打ち合わせの日まで、なんとか答えるべく、ああでもないこうでもないと、無い知恵をしぼったことはしぼった。確かに、どう考えても相対性なのだから、ロケットが飛んでいくということは、地球が離れていくということと相対的に等価でなければならない。私は数式など扱えないので、地球とロケットの図を描いて、頭を抱えた。あの呉智英センセも『インテリ大戦争』の中で、ディレクターと同じ答えを出している。地球とロケットの違いは、ロケットが噴射しているというだけだ。そこで、私は私なりの答をみつけたのだが、それが正しいかどうか、後々、やはり相対性理論について書かれた書籍に同じ考えをみるまでは、自信のほどはなかった。つまり、私の考えは、たしかにロケットは噴射して動いている。ところで地球は止まっているのだが、止まっているのは地球だけだろうか。そもそも、このロケットは、何に対して相対的なのか。もし、ロケットを固定点とするならば、それ以外のものは、すべて相対的に動いていなければならない。それ以外のものというのは「全宇宙」だ。しかし、「全宇宙」は噴射してはいない。つまり、このロケットは地球と相対的なのではなく、ある時空間に対して相対的だといわねばならない。その時空間とは、ロケットに対して相対的な時空間(ここでは全宇宙)のことだ。そもそも、このロケットは地球とは相対的ではナイのだ。と、ここまでが、当時の私に出せた答だ。地球に対するロケットの時計の遅れが、ロケットの加速度によるということは、グラフを使えば、そう難しくなく説明出来るのだが、きのう、そのあたりを読んでいて、あの頃のことを懐かしく思い出した。

あの坂を越えたなら

きんのは、クリニックの受診日で、主治医のヒロコちゃんから、かかりつけのdoctorの杉浦医師が二日前に亡くなったという訃報を聞き、帰りは近道の裏道の墓場の中を通るのをいいことに、「死んだものよ、聞くがいいっ」と叫んだアトで、小林旭の『惜別の歌』を電動自転車こぎつつ大声で歌ったが、泣けて胸つまり、嗚咽、慟哭、それでも3chorus、歌って帰った。杉浦医師は、余命半年のところを、点滴つけながら診療を続けて二年踏ん張られた。あるとき、待合室の受付で老婆が「私のようなものが長生きなんかさせてもらって」とコトバにつまっているのを観ていられず、トイレに駆け込んだこともあった。だからあちしも、二年くらいは踏ん張らねえと。
きょうは、玉子と氷と生湯葉を買いにいくつもりで、近所の大型スーパーに行ったが、午後からは試写があるので赤飯の小パックを買い、そこのfood terraceでいつものざる蕎麦とで、早めに昼食をすませた。お気に入りのレジさんもいたが、いつもいつも、そこを通ると、まるでストーカーみたいに思われるのがイヤで、一つずらした。おりしも、週に一度の特売デーで、レジには1番から10番まで行列が出来、私の後ろにはお婆さんが手カゴを下げて並んだので、手カゴは私のカートに乗せてあげて、順番も譲った。これはEことをしたワケではなく、当然のことで、もっと卑屈にいうなら、ただのA(C)なだけのことだ。こういうのを善だの悪だのということから、ルサンチマンなんてものが始まるのだ。
お気に入りのレジさんは、高校のときに秘かに憧れていた1年先輩に何処か面影が似て、きょうは笑顔を二度観る良き機会があったが、眼鏡の中のやや斜視と、後ろで結わえた長い髪と、笑ったときの八重歯と、五十前後にしてはきれいな歯と、要するに片恋というよりも、身も蓋もなくいうと、それは私のfetishismに過ぎないだけなのだが、すぐにそういう分析をしてしまう私自身のクセもヤになっちまうので、私の中の妄想は、母の日にそこの花売り場で一束の花を手に、レジで購入したら、そのままそのレジさんにあげるという、romanticismになるのだ。
試写の『バッド・ティチャー』はキャメロン・ディアス主演なのだが、なんだか3時間くらいで書かれたようなscenarioを、なんの工夫もなく撮られた感じで、キャメロン・ディアスはどうもコメディアンヌの路線をいきたいようなのだが、老けてしまった顔ばかりが気の毒というふうだった。
きんのは、先述したようなワケで、何をする気にもなれなくて、夕方から、しこたま飲んでいたが、「加速度」を勉強しなおすのに、ニュートン力学をお復習いしてみた。「運動量」「運動エネルギー」「関係」「了解」「作用反作用」さらには相対性理論の「ウラシマ効果」まで、酒の肴となった。いけるかどうかはワカラヌが、ともかく、ηあの坂を越えたなら幸せが待っている~、と都はるみの唄を今度は鼻唄に歌いながら。

2012年4月15日 (日)

続・恋愛的演劇論(実践編)・23

スタニスラフスキーとブレヒトの演劇の在り方の違いを簡単にいってしまえば、前者は日記的要素が強く、後者は説話的要素が強いと、これだけのことだ。言語表現が叙事的なものと叙情的なもの手に入れてからは、「書かれた劇-戯曲」から出発する演劇に、いずれが叙情的で、いずれが叙事的だ、という概念は極めて曖昧になっている。能狂言の比喩でいえば、前者は能に近く、後者は狂言に近い。もちろん、あくまで比喩としていう限りだが、そう理解しておいて「あたらずとも遠からず」だと思う。日本の能狂言との戯曲(らしきもの)との違いを述べれば、スタ・シスもブレヒトも歴史との連関(時間性)においてそれをとらえようとしたが、能狂言は、それをあくまで固有性(空間性)においていたということだ。能楽にも「修羅物」(二番目能)と呼ばれる歴史に題材をとったものあるが、テーマは歴史そのものではナイ。ここでも、能は叙情的要素が強く、狂言は叙事的要素が強いのは、発展の過程において狂言のほうが「書かれた劇」としても歴史が古いということを物語っている。要するに『恋愛的演劇論』ふうにいえば、『番町皿屋敷』のお菊が皿の数を数えるというところで、叙事も叙情も演劇総体の中に融合されてしまっているとみてイイ。なんしろ、事象としては、お菊は皿の数を「数える」だけだからな。
つまり、私たちのやったことは、演劇における叙事的、叙情的な境界概念を払拭したことになる。「筋」も「人情」も戯曲にはあるのだ。さらにいうならば、およそ言語というものが、「劇」という表現を手に入れたとき、私たちはある宇宙的なビッグバンに立ち会ったことになる。粒子と反粒子の反応、これは、いわゆる演劇の「リアリズム」がどうだこうだという低劣な問題ではナイ。私たちは、私たちの「≪超≫課題」であるところの、「現実(realism)と虚構(fiction)」についての考察へと進んでいかざるを得ない。

2012年4月13日 (金)

続・恋愛的演劇論(実践編)・22

そもそも、日記というのは誰に読ませるために書くものなのだろうか。あるいは、誰かに読ませるために書くものなのだろうか。(職業作家のなんたら日記とかは別にして)。私は高校生の3年間日記をつけていた。(この「つける」というのは習慣になっていることを現す)。1年生のときのそれは、あるひとりの同級生の女生徒に片恋していた時期で、毎日毎日、そのことばかりが書かれている。(そのひととは、30余年ぶりに逢ったんですけどネ)。つまり、心情を吐露しているのだ。もちろん「本日は晴れ、汗ばむ、洗濯をする」というふうなことを書かれた日記もあるに違いない。この前者のような心情を吐露する、つまりそのようなことが書かれたものを「叙情的」表現という。かわって、後者のようなものを「叙事的」という。文学的な表現は文人でなくとも、『万葉集』になると、この「叙情的」な表現に富むものとなって来る。これが言語表現の発達(発展)だとすると、戯曲においてはすでにこの「叙情的」なものと「叙事的」なものは用いられていることになる。それは役のせりふに、あるいはsituationにおいてもだ。たとえ叙事的にみえる「本日は晴れ、汗ばむ、洗濯をする」においても、叙情的なものは含まれる(読み取ることは可能だ)。何故なら、そこからは、それを書いた者の視線や体感が伝わって来るからだ。もし、それが、せりふとして表現されるものであるのなら、なおさらのことだ。ここに「本日は晴れ、汗ばむ、洗濯をする。ランニングシャツだけを洗おう」と付け足せば、いよいよ叙事的なものは叙情的になっていく。(なんで、とかいうひとはもう、ついてこんでヨロシイ)。書いたものの視線に、ある意思が含まれるからだ。意思の表出は「ランニングシャツ[だけ]を洗おう」という表現になって、強調をともない、書いたものの主体像が今度はみえて来る。これ以上のどうたらこたらは必要ナイと思われる。演劇において「叙情的」も「叙事的」も概念(category)分割の意味はまったくなさない。それは単純にいってしまえば、演出者の単なる趣味(fetishism)にしか過ぎない。叙情的なものが同化で、叙事的なものが異化だという判別は、何の論理的な根拠もナイ。また同化だろうが、異化だろうが、スタニスラフスキーにおいても、ブレヒトにおいても、戯曲というものは「観客のシンパシーに支えられて在る」ものだということに対しては一致している。この一致は、両者の方法論如何を問わず存在するもので、かつ、劇作家の側からすると、ある鬱陶しさを強いる。
私はいままでに150曲以上の戯曲を書いてきたと思うが(120曲くらいから数えていないので)、「こんだけの出演者で」「こんだけの予算で」「こんな場所で」「こんな客を相手に」「これくらいの時間で」「〆切は何日で」「知られてはいませんが、わが町の有名人の誰々の偉業を」「誰もが主人公であるような」「こんなテーマで」「こんなあんなで」「あんなこんなで」「これを原作にして」「歌が多くて、ちょっとイイせりふを入れて」と、まあ、受注産業だから、食うために書いてきた。一週間もあれば一曲くらいは書ける。10日で二曲書いたこともあったナ。ただし、さまざまな注文に応えて、ひとつだけ守ってきたことがある。「観客のシンパシーというものだけは裏切ること」。それだけが、私の劇作家としての意地というやつだ。

続・恋愛的演劇論(実践編)・21

実践編なので、実践に則して述べていく。その伝でいくと、スタニスラフスキーは役者であり演出家だった。ブレヒトは劇作家であり演出家だった。この両者を隔てているものは、巷のインテリ演劇屋が口にする叙情的表現と叙事的表現のチガイなどではナイ。スタ・シテムがワカリニクイのは、執筆年月の長さにおけるスタニスラフスキーの考え方の変容におけるものだ。「ああではない、こうだ」「いや、違う、これだ」というこの真面目な演劇者は幾度も自身の思考と実践とのあいだを格闘している。後年、弁証法的唯物論を学んでもいる。(但しロシア式の)。しかし、主にその根本となるのは心理学だ。心理学はアテにならないのよ。観察-分析-統計だからな。それに比するとブレヒトは、スタ・システムという研究材料があった。これはhandicapというものだ。おまけに異化効果というものを唯物弁証法から導入した、というのだが、私にいわせればブレヒトの弁証法など誤謬も甚だしい。そんなものは、自身の理屈に泊をつけただけのように思われる。おおそれながら、ブレヒトの演劇の方法論を述べておくと、スタニスラフスキーのそれが、観客の感情同化だったのに対して、観客は舞台の出来事を批判しながら観なければならないというシロモノで、まあ、どっちも「教育劇」なんだけど、これは転び方で、傾向演劇にも翼賛演劇にもなる。観客が舞台をどう観るかなどということは、その観客固有の特殊性でしかナイ。話をうんともどせば、演技者からの「ゆらぎ」をどういう「ゆらぎ」で増幅しているかだけのことだ。演技者(俳優)と戯曲(役)における関係・了解においても、俳優はその役に対して同化するだけではなく、これを批判的に取り入れなくてはならない、ということになっている。これらがいわゆる異化といわれるブレヒトの方法だ。しかし、これはいってみれば「自然過程」なのだ。「作為過程」に移行させなくても、演技者はbeginnerはともかく、与えられた役(スタ・システムにおける「想定された状況」)に対しては、順応もすれば批判的にもなり得る。ただ、「役者と乞食は三日やったらやめられぬ」という格言のいわんとしているところは、その何れにせよ、自身に対する向き不向きということには敏感で、いまなら簡単に「この役は出来ない」とオファーを断るだろうし、また、「これ、難しいけどオモシロソウ」と演じるだろう。つまりその役を演じることが「楽しい」か、そうでナイかだけだ。(楽しくナイけど銭のためというのも多いけど)。およそどこを捜しても、ブレヒトからは唯物弁証法などみつからない。そこから知れることは、ブレヒトが飼っていた俳優が、弁証法に無知だったという例証だけでしかナイ。私は何も、ブレヒトが女優好きで、手が早かったことに嫉妬しているのでもなければ、ナチから亡命する際に、共産主義者ではないかと尋問され、「私は違いますが、あいつとあいつは、そうですぜ」と、仲間を売ってその場の逃れたという仁義の風上にも置けない人非人だったから、苛立っているのではナイ。インテリなんてのはそういうもんだし、インテリでナイ者も、ひとというのはそういうものだ。私のブレヒトに対する感想をひとことでいえば、何処だかのプロデュースで『三文オペラ』を観たとき、当時の(現在もだが)観客は、こんなものをみせられて、批判がどうの、異化がどうのと強いられていたのかと唖然としたことのみだ。要するに「子供だまし」。とっとっと、アドレナリンを出しすぎて、肝腎の戯曲の「日記的」部分について書く余裕がなくなった。それは、次に。

続・恋愛的演劇論(実践編)・20(一部加筆)

演劇(劇)を教える、あるいは習う(修練する)ことが難しいのは、単純な理由に依る。「演劇というものが何か」を教えるがわも習うがわも知らないからだ。習うがわが知らないのは仕方ないとして、教えるがわの無謀、無知、暴虐無人、知ったかぶり、受け売り、経験談、は、枚挙に暇がない。そういわれるのが悔しかったら、答えてみるがイイ、「演劇とは何だ」。「スタニスラフスキーの演劇は叙情的で、ブレヒトの場合は叙事的といわれます」などという教師(講師)がいたら、こいつは耳学問のアホだと思って差し支えない。「まず、演劇は戯曲から始まります」というのがいたら九割方は信用してイイ。
私たちは劇というものを、「書かれた劇-戯曲」「舞台で演じられる劇」というふうに分けた。もう一度ここから始めよう。この二つは前者をWとし、後者をPとしてもW≠Pというふうにしか書けない。同じ「劇」でありながら、その集合の含む要素が違う。同じ「劇」でありながら、成立の仕方が違う。歴史的にみれば、「舞台で演じられる劇」の成立のほうが早いのはいうまでもナイ。それは必ずしも文字言語を必要としないからだ。じゃあ、どこに「舞台」があったのですか。ギリシャの遺跡とか、現在も演じられている能狂言のあれですかね。と、こういうアホもいる。こういうのは、高校演劇では優等生だったかも知れない。また逆に、街頭も舞台だ。街を舞台にするのだと意気込んで、えらく大袈裟に実験劇の旗を降りたがるというのも、その裏返しにしか過ぎない。また未だに「ブレヒトの異化効果は、ポスト構造主義的には、デコンストラクションに受け継がれ・・・」というのは死に損なっている左翼演劇、もしくはその支流の虚仮威しにしか過ぎない。
春の気配の眠さを払拭するためにアドレナリンの値を作為的に上げたが、いっこうに眠さは去らない。たぶん、睡眠障害というあれなんだろう。「劇」が一子相伝、口伝による伝統芸能を除いては、「戯曲」から始まるのは自明の前提だ。しかし、戯曲というのは「書かれた劇」であるために矛盾を持っている。(この場合の矛盾というのは「あいつはいうこととヤルことが矛盾してる」という矛盾ではナイことはいうまでもナイ。・・・ああ、なんという丁寧な注釈だろう。ここの矛盾は、弁証法の術語の「矛盾」で、同一のものが、それ自体、逆の反対(異質)のものパラドクスでもある、ということだ。つまり「矛盾(ほこたて)」だ。矛と盾が一緒に存在しているということだ)。戯曲の持つ矛盾とは、それが書かれたものゆえに、読み物(文学)としても独自に成立しているのだが、本来は生身の演技者の身体等を前提にした、演じられる劇のために書かれたものだということだ。従って戯曲は「書かれた言語」ではあるが、「演じられる言語」として読まれるということだ。ここから、演劇総体の難しさが出現する。何故ならば、私たちは演劇とは何かを語るにおいて、戯曲、演技、演技者、演出、観客・・・nと、この総体(大局-集合)を観ながら、その要素を、要素として、あるいは、部分集合として、あるいは合集合として、あるいは、別の集合との関係として語らねばならないからだ。とはいえ、総体(大局)を語ることは難しいかも知れないが、それらを一つ一つ、粘り強く追ってさへいけば、「群盲、象を撫でる」ではなく「群象、盲を撫でる」というケッサクな矛盾に至る。想像してみたまえ、た~くさんの象さんが、ひとりの盲人をあの長い鼻で撫でてるんだぞ。
戯曲の成立を歴史的に披瀝してもあまり意味がナイので、そういうことを知りたい方は、演劇史のオベンキョでもすればイイとして、戯曲そのものは、私の学んだ浅薄な学問からは(といっても、そのテクストにしたのは主に『言語にとって美とはなにか』(吉本隆明・著)からだから、けして浅薄ではナイのだが)、「日記文学」と「説話文学」の成立のアトにこれが融合されたものだと、いってイイ。だから、どの戯曲においても、必ず、作者の日記的な文学部分と説話的な文学部分が含まれる。ところで、この説話的な部分は単純にstoryやplotだと思えばイイが、タイセツなのは日記的なぶぶんだ。

2012年4月12日 (木)

次は何を聴こうかな

今池は偶然にもその日観に行った『東京プレイボーイクラブ』(脚本・監督、奥田庸介・主演、大森南朋)が主に撮影されたらしい赤羽とよく似た繁華街だ。18:20からの上映なので、パンでも買っていくかと、パン屋に入ったら、そのパン屋は煙草も販売していているのだが、70歳前後の爺が入ってきて「シンセー」という。あるわけナイ。店員がありませんというと「エコー」という。時代錯誤だな、この爺と思っていると、お次は「ゴールデンバット」だ。ねえよ、そんなもん、いまどきのタバコ屋に。で、爺は出ていったのだが、私も、パンはやめにして、松屋でカレーを半分ばかり食べた。と、外に出ると、あの爺が、客引きのあんちゃんに特割チケットをもらって、その場所を聞いている。あんちゃんが道を説明している。爺さんはその土地のものではナイらしい。こんなものを観てしまったせいか、肝腎の映画が薄くなってしまった。冒頭のシーンはすこぶるオモシロイ。そこからが、シナリオ学校の優等生が書いたようなシナリオになってしまう。大森南朋のキャラがぶれる。大森南朋はいい演技をしているのだが。ヒロインらしい女性が、同棲相手の住居で読んでいる文庫は、おそらく太宰だなと予想していると、太宰だ。これはいくらなんでもプロトタイプだろう。同棲相手に「おまえに太宰がワカルノ」といわせるのもアカン。同棲相手の男のほうがどうしても太宰を知っているようなキャラにはみえないからだ。ここで、太宰を読んで、それで、というoutputがナイ。二度も読書のシーンは出てくるのに、だ。他にどうもよくワカランなというプロットが出てくる。これはポデテキスト(表面には出さないが、暗黙のうちにあるテキスト)というふうにも理解出来ない。とはいえ、カット割の妙や、ミザンセーヌとしての(あるいはモンタージュとしての)映像の入れ方は非凡だと思う。つまり、映像に語らせるってことネ。若い監督だ。脅威の新人という触れ込みにはほど遠いが。ともかく、この監督には、日活ロマン・ポルノの秀作を観て、オベンキョするのを勧める。
新しいコンポ・ステレオを買った。いままでのものに厭きたからだ。今度のはONKYOで、けったいなイコライザーや重低音装置なんてのもついていない、シンプルなものだが、やはり、老舗、音がまったく違う。
新しいステレオを・・・買ったんだから、誰か、僕のところに遊びにおいで、というワケにはいかない独居のシニアになってしまったなあ。別に遁世しているワケではナイのだけど、なあ。

2012年4月10日 (火)

如是想解・46

希死念慮、あるいはうつ病発症のきっかけのさまざまな兆候、状態として、『続・恋愛的演劇論(実践編)』では「ワタシのカラダはドコにアル」という事象を挙げた。その真逆の情況もまた[うつ]を運んで来る。この場合「私の在るここは何処だ」ということになる。つまり「ここは私の在るべき場所ではナイ」という空間認識だ。「私」はそこから一刻も早く去りたいのだが、去るべき方向も方法もワカラナイ。具体例をつづけていくと、「私はゴミ出しの曜日をマチガッテしまった」というこの時間認識は、ゴミ出しの曜日に正確にゴミを出すべきだったという、後悔につながる。この些細な出来事を[うつ]概念は何か「不慮の事故」のように捉えてしまう。その根底には「私がそんなことをするワケがナイ」という判断ミスを自らが咎めている構図がある。ここから、「本来の私であれば、そんな判断ミスをするワケがナイ」と、考えは進んでいく。従って「これは本来の私ではナイ」「ここは本来の私の在るべき場所ではナイ」というところまで、想念は行き着く。そのとき「私」の認識にある環境界は、すでに「私」にとって現実(現在としての存在)ではナイ。この想念がどこから呼び起こされるのか。それは、おそらく過去にあった、身に覚えのない失態、あるいはさほど責められるべきことではナイことをひどく咎められたという、観念の過去への遡行に因る。こういう非現実の場所を私たちは知っている。それは演劇の舞台の上だ。しかし、演劇の場合は「役」という表現された自己を、自己は客観視しているために、役者は取り乱したりしない。ところが、[うつ]を病む者には、そんな役などはナイ。単に表現された(過去に遡行して創り出された)自己を現在性と思い込んで、行き場を失う。つまり、「私」がいま関係している場所を現実だとマチガッテ了解してしまう。そうして、そんな「私」は消してしまわないといけないと判断するのだ。こんな場所に私はいるべきではナイ、在るべきではナイ。このとき、「私」を消去、削除するためには、自死を選択するしかナイ。その念慮が起きてくる。この念慮を拭い去る方法はあるのだろうか。さまざまだとは思うが、私のとっている方法を述べておく。私は希死念慮が生じた場合、私の不在感覚を逆手にとって、自動航行装置というものを真似て、それを働かせる。「これは私が考えて行動しているのではナイ。何故なら、不自然だから。これは私が自動的に動いているだけだ。私以外の何かが私を動かしているだけだから、しばらくはそれに従っていればイイ」。しかし、その装置が「死へ」と導く場合の危険性は常にはらんでいる。それで「死ぬという可能性は極めて低い」ことを、その自動航行装置には打ち込んでおいた、ということにしている。以上は、私の一例にしか過ぎない。
自動航行装置は「考えない」ということだ。ある意味では条件反射的、足がかってに動いて毎度通っているところに辿り着くようなものだ。しかし、もちろん、このような「身を任せ」的な事態ではスマナイ、重い[うつ]症状が発症することがあることはいうまでもナイ。

如是想解・45

自死、希死念慮のきっかけは、私のようなうつ病の者がいくら経験しても理由のワカラナイものだ。③の心因性でそれがとらえられないのは、文字どおり「心因」ではナイからだ。心因性の最たるものをストレス等とすると、たとえば、自死、希死念慮のきっかけ、あるいはうつ状態に入り込むきっかけは実に些細な事柄だ。たとえば私の場合、ゴミ出しの日にち(曜日)を一日間違えたということがきっかけになって、そういう心的領域に滑り込んだことがある。これは[うつ]を病む者なら、おそらく多くの者が首肯するか、心当たりのアルことに違いない。希死念慮はいいかえると「自己(自因)処罰」ともいえる。しかし、いくらなんでも、ゴミ出しくらいで、と、考えるのが常人なのだが、[うつ]という状態は、ともかく常軌を逸しているということを前提にしなければ話が前に進まないシロモノなのだ。順を追うと、私はゴミ出しの曜日を一日間違えた。従って私はとんでもナイことをしてしまった。もう死ぬしかナイ。となるのだが、残念ながらこれは冗談でも笑い話でもナイ。まず常人の常識で考えると「ゴミ出しの一回くらい、どうだってイイことじゃナイ」ということになるのだが、しかし、ひとの自殺の原因というのは、他人から考えると、実にバカバカしいことのほうが多い。私が小学生の頃、クラスの女子児童が自殺したが、その原因は理科の実験で試験管を誤って割ってしまったという、信じられないようなことだった。信じられないようなことで死ぬのなら、大人でも失恋自殺というのがある。フラレタくらいでねえ。と、他人はいうが、当人にとってはそれが世界で最も重大な出来事なのだ。常人でも、アドレッセンス(思春期)において、失恋したとき「ああ、もう死んでしまいたい」と本気でかんがえたことの一度や二度はあるだろう。明治36年(1903年)5月22日、一高生の藤村操が華厳の滝で、滝の近くにある樫の木を削り、「巖頭之感(がんとうのかん)」と題する遺書を残して投身自殺した。これは当初は「哲学自殺」などといわれたが、後に、失恋自殺だということが判明している。まあ、ひとの自殺の因などはそんなものだ。とはいえ、希死念慮に苦しめられているのも悔しいので、死ぬときは死ぬときとして、いま少しその心的領域に踏み込むことにする。

2012年4月 9日 (月)

続・恋愛的演劇論(実践編)・19

なぜ私が私の演劇論を『恋愛的演劇論』と称するのか。それは特に奇をてらってのことではナイ。基本的に演劇というものの本質は「恋愛」だからだ。スタニスラフスキー、及びそのシステムをくさすように書いているようで、不愉快な読者もあるかも知れないが、スタニスラフスキーというひとは「善良なひと」だったと思う。ともかくも俳優であって、自身の演技を通して演技論のシステムを考えようとしたのだから。つまりそれは、自身の恋愛を通じて「恋愛」をシステム化しようという、困難というより不可能な仕事といったほうがイイ。男性は女性を好きになる、女性は男性を好きになる、べつに同性どうしでもかまやしない。ともかくも両者においては、それは恋愛だ。そうしてそれは「演劇」だ。何故なら、恋愛はエロスであり、タナトスだからだ。エロス(生)とタナトス(死)というのはまた生物の「進化」の根源だ。恋愛において、彼の役は彼であり、彼女の役は彼女だ。そこで、彼は彼を演じ、彼女は彼女を演じる。これは現実のうちで最も切実なものの虚構化だ。現実のうちで最も切実なもの、それこそは「恋愛」だろう。従って、「進化というのは恋愛の歴史だ」といってイイ。たとえば、それはこういうふうにいつものように記号式に出来る。
(A1)という個体があって、それが、(1)と恋愛するのを(A1)♡(1)というふうにすれば、(A1)の数値を増やしていけば(A・・n)になる。相手方の数値を増やしていけば(n)だから、(An)♡(n)ということになる。このAはBであってもかまわない。その場合は(Bn)♡(n)だ。組み合わせを多くしようとすれば、(Aa)とすればイイ。そうすると(Aa)や(Ab)が出来る。もちろん(Ba)も出来る。この連続が進化であり、現存しているものが、そのうちのどれかということになる。
振り返って考えれば、私たちは「劇、それ自体」を「進化の夢の表現」として提出した。なるほど、それは一種のロマンチシズムかも知れない。しかし、社会主義リアリズムがあるならば、北村想主義リアリズムもあり、北村想主義ロマンチシズムもあるのだ。社会主義リアリズムが歴史の産物で、北村想リアリズムが固有の幻想だなどというのは、大きなマチガイだ。なぜなら、社会主義リアリズムを信奉したのは固有の幻想にしか過ぎないのだからだ。歴史と固有史の結びつけ方を、私は、そういうふうには了解しない。歴史や国家が共同幻想であって、固有史が個的幻想だという関係づけもしない。そんなものは『共同幻想論』の誤読にしか過ぎない。また個的幻想が集まって共同幻想になるなどという馬鹿げた理論も排斥する。共同幻想に個的幻想がどのように介入(侵犯、侵入)していくのか、あるいはその逆はどうなのか、問題のありどころは、そこだからだ。
さて、次回からは、日本における新劇のパイオニアが、スタ・システムやリアリズムに対して、どう対応してきたのかに課題を移しながら、実践(具体的事象)から、それらを観ていくことにする。

2012年4月 8日 (日)

続・恋愛的演劇論(実践編)・18

~「私がみているところの相手役の表現」を私が(私の表現としてみて)いる~というのは、べつに難しいことをいっているのではナイ。恋愛に則していえば、たいていの恋愛の「きっかけ」「恋する基準」はこういうドクサ(思い込み)から始まっている。いわゆる「妄想の確信(確信的妄想)」だ。くだいていえば「このひとはきっと、こんなひとにちがいない」というものだ。何の根拠もナイ。とはいえ、論拠となる手前味噌な妄想の展開だけは在る。「自分の役が表現された自己」ならば、相手役は「自己によって表現された他者」ということになる。こと恋愛というものは、そういう初期値を持っている。そうして、その初期値に対してどの程度の妥協が許容されるか、あるいは、「思った以上」の違った発見に対しての興味や好奇を以て、アタリになるかハズレになるかするだけだ。そんなことは経験上、百も承知なのに、同じこと(恋愛)を、殆ど反省することなく繰り返すのは、それを忘却してしまうからではナイ。おそらく、それは天文学的にしか当選の確率のナイ宝くじを、性懲りもなく何度も買い求めるのと同じことだ。
dy=f(dx+|a|)の右項には、絶対値としての観客視線が含まれる。これは偏角sineθの絶対値によって平面座標の(x・y)を決定するのだが、微細にいえば、ここに、相手役は「自己によって表現された他者」という成分を迎え入れる視線が介入してくる。それらのfunction(操作)によって、dy=[主体(演技者)-役(対象)]が決まる。これは関数座標なのだが、静止点ではナイ。時間(h)を含むから、dy=f(dx+|a|)/h→hn、あるいは時間hをt(time)とするならhn→をtn→にすればすむことだ。この場合のnが何であるのかは、時間の変遷を示したものだ。矢印(→)がついているので、時間が経って(hが増えていく)という意味に解する。これをh→h±とすると、写像になるので、混乱を避けるために使えない。絶対値の|a|も、sineθの絶対値だということを示したければ、∠sineθ|a|と記せばイイ。さらに、演技における相互関係というものをC(combination)として、その要素の集合として、上記の数式を書き直せば、C={(x・y)|dy=f(dx+∠sineθ|a|)/h→hn、}というふうなる。とはいえ、何度もいうが、こんなものが数学にあるのか(数式として認められるのか)どうかは知らん。当方がただワカリヤスイように記号配列したに過ぎない。では、何故、こんな手間なことと思えるようなことをするのか、それは「抽象的」「普遍性」として事象を扱うためだ。しかし、演技って個性的な、具体的、具象的、特殊性なもんじゃナイんですか、という反論は当然、出てきてアタリマエだ。そう思わないほうがどうかしている。ところで、こういう数式のような抽象性がきらいなくせに、私が「演じることとは何ですか」「演技とは何ですか」と個々人に問うていくと、殆どが唸って考え込み、「抽象的な」答えを提示するのだ。つまり、ココロのどこそこかで、「演じる・演技する」というのは抽象的なものだと思い込んでいるのだ。そこで私はいう。「あなたが、戯曲(俗にマチガッテいうところの台本)を手にして、自分の役をたしかめて、それからナニをするのかをいえば、それでイイんです」。その個々人の特殊性から普遍性へ、具体性から抽象性へ、演繹から帰納へと、コトバを導くことを論理というのだ。そのための方便として、数学もどきの数式もどきを使っているに過ぎない。本音をいえば、私が最も欲している演技論は「どうやったら正しくせりふがおぼえられるか。そうしてそれをマチガエズに使えるか」程度のものだ。

2012年4月 7日 (土)

続・恋愛的演劇論(実践編)・17

私たちが、「相互関係」をどうかんがえるかの前に、前記16における、あの怪しげな文言、「放射線の発送と放射線の受領、放射とその受領と呼ぶのはどうか」という「相互関係」の在り方に引導を渡しておこう。これが訳者の誤訳でナイとするならば、「放射線」というのは、ゴジラの吐く白熱放射線でナイ限り、一方向に向かう「線」ではナイのはあきらかなことだ。簡単にいえば、白熱電球を灯した場合の光の放射を想定すればイイ。つまり球面方向(四方八方)に飛んでいく線を放射線という。これは「相互」の「関係」ということでいま思いつくところでいえば、「引力」のことをいっているとしか思えない。それが最も科学的な解釈になる。そうするとニュートン力学において、「相互(即ち二つの物体)にはたらく万有引力は、それぞれの質量に比例し、物体間の距離に反比例する」ということになる。あの有名な公式G=Mm/r2 だ。つまり、これでいうと、俳優の距離の2乗に反比例して引力が弱くなる、ということだ。これは舞台上の俳優の位相構造をいっているのだろうか。たしかに好きな者どうしは近づくし、ヤな者は離れる。恋愛的演劇論ふうにいえばそうなるし、近づき、抱き合い、insertまでいっちゃう。とはいえ、遠距離恋愛のように離れているほど思うココロが強くなる(いまはどうか知らんが、戦時中はそうやった)ということもある。まあ、このへんでええやろ。
私たちが求めた公式は、12において、次のようなものだった。
[主体(演技者)-役(対象)]の成分をdyとして、演技者と観客からの視線の演技者の成分をdxとし、その偏角sineθの絶対値|a|を観客視線とする。そうすると、dy=f(dx+|a|)という方程式が求められる。ここには、「相互関係」としての、相手役は入っていないようにみえる。しかし、新たに「相互関係」としての相手役を含める必要はナイように思われる。何故なら「相手役」とは、私たちのかんがえでいうと、「私から表現されたもの」だからだ。つまり、dx・dyの成分の中にそれは含まれてしまう。相手役がどのような演技をしようと、それらはすべて「私がみているところの相手役の表現」を私が(私の表現としてみて)いることになる。これが舞台の上、役の表現の上でのほんとうの「相互関係」だ。つまり、「相互関係」とは、スタ・システムで扱われているような単純なもの(というよりカント哲学的)なものではナイ。何故なら、二人芝居でもワカルように、そこには観念の運動というものが存在するからだ。そうすると、スタ・システムでいうところの「有機的」な演技とは、観念的に把握された身体の変容ということが出来る。で、なければ、演技者(俳優)は「役」の中に逃げ込むことによって、自己保身することに専念しなければならない。観念的な身体の変容認識に耐え得ないからだ。この理由もあって、私は演技者に「役作り」なんかを勧めない。そのような逃げ込む場所を与えない。「役」を「表現された自己」だとするならば、その時間性は、概念化されたものだ。つまり素の自己の時間性とはまったく違うものだ。劇場の時間、舞台上の時間というのは、概念化された「表現された自己」であるところの「役」が生きる位相として存在している。役を生きるというのは、最近取り沙汰されている東京の娘っこが軽々しくほざくような戯言ではナイ。それは「表現された自己」という変容に耐え抜くことだ。しかし、もしこれが、劇場の時間でもなく、舞台上の時間でもなく、位相を違えた日常という時空に、ある表出として出現したら、私たちはたちまちにして自身の身体の在りようを逸してしまう。「ワタシのカラダはドコにアルノカ」。うつ病におけるこの症状の在り方は、自身の心身が、環境世界に存在することを認識出来ないで、あたかも表出された「在り得ない位相」に在るとしか認識出来ないことに、その特異性を持っている。つまり、うつ病の者には逃げ込む「役」に相当するものがナイ。だから、「ワタシのカラダはドコにアルノカ」というところに、つまり非存在的な位相に存在しなければならないという矛盾を背負うことになる。何故、そんなことが症状、症例として起こるのか、いまのところ、演劇との類似に辿り着くことしか、私たちには出来ない。

草枕

昔からの知己で、演劇評論家の安住恭子女史から、今度白水社から上梓の「『草枕』の那美と辛亥革命」を献呈されて、手にして戸惑ったのだが、というのも、私は夏目漱石というのは、縁がなかったというか、どうも明治のインテリの大御所というスタイルに邪魔されて、いままでに『坊ちゃん』『猫』『夢十夜』(関係した本なら『漱石と「猫」とニーチェ』や島田荘司の『倫敦ミイラ殺人事件』とか、関川・谷口コンビのコミック『坊ちゃんの時代』は読んでるけど)しか読んでいない。食わずぎらいというのでもナイが、なんだかハナから明治の先鋭たる青年の苦悩を描いた小説なんじゃないかと、そういうのは性に合わないと、けっこうなスタンスを置いていた。で、この本は棚に置いておくかと思ったのだが、著者から『草枕』は『倫敦ミイラ』くらいにオモシロイよと、メールが来て、ちなみに倫敦ミイラは正式なタイトルは『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』という、島田荘司の売り出しの頃の傑作で、私は島田荘司となると、これと『切り裂きジャック・百年の孤独』をベストに挙げるのだが(島田荘司以降の日本の推理小説家の本は殆ど読んでいない。東野圭吾になると、かなりミステリ作家もレベルダウンしているなと思うだけ)、というワケで『草枕』を読んでみて、ついでにコミックまで読んでみて(このコミックもよく描けている)、そのあまりの加速度に吃驚したのだ。漢字の多いディレッタントは適当に読んでいかないと疲れるし、丁寧に読んでも、何のことだかワカラナイのは、時代が違うせいだが、話体に移行するや、加速度が付く。こりゃあ、私がとんでも理論『続・恋愛的演劇論』で述べた、表現の加速度のみごとな具体例証ではないか。私は霊感を得たように、某団体に書き下ろした戯曲を改稿して、送信した。私が吃驚した部分を書くと、ネタバレになるから、ともかく、私のように漱石からスタンスをとっていたひとには、この『草枕』はお勧め(と、漱石知らずの私がいうのはおこがましいが)である。安住さんの著書はその『草枕』のヒロイン、那美のモデルであった、前田卓(つな)の評伝である。ちょっと棚に置いておくのはもったいない、ナ。

続・恋愛的演劇論(実践編)・16

『x 相互関係』で述べられていることは、弁証法の考え方のひとつ、「対立物の相互浸透」にほぼ該当する。ほぼというのは、スタ・システムに書かれてあることがもし、そこから想起されたことだとしても、稚拙で咀嚼しきれていない感が強いからだ。この弁証法の方法をけっこう積極的に用いて稽古しているのは、関西の劇団『空の駅舎』の中村賢司のように思える。彼は弁証法を西研さんから入っているようで、西研さんは、フッサール現象学に造詣の深い竹田青嗣さんとの共作も多い。
スタ・システムにおける「相互関係」においては、自分自身との相互関係において、教師が興味深い発言をしている。「私の中にある中心は、一般に知られている頭脳のほかに、心臓のすぐそばの太陽神経叢のある部分に、第二の中心がある、と注意されたことだ」「そして、脳中枢が意識の話し手で、太陽神経叢は感性の話し手であるように感じられてきた」「これまで欠けていた主体や客体が、これでどうやら自分の中に見つかったようだ」。ここまで取り上げておきながら、これはそのまま教師の経験談として終わる。教師自身が「それが正しいかどうか、私が感じたことが学問上も承認されるかどうかを、いまここで検討するつもりはない」というコトバをもって。これは充分、科学的に検討するに値することだ。こんなオイシイ問題提起をしておきながら、「ほかの人物が話す段になると、相手の考えていることに注意したり、それを受け止めたりはせずに、次のきっかけがくるまで、演技することをあっさりやめてしまう」「君たちは、自分の考えを他人につたえるとともに、それが相手の意識や感情にどう届いたかをさらに追求することを勉強しなければならない」などという俗論に走る。こういうところは私にとって最も苛立つところだ。さらに突拍子もナイことが提出される。相互関係の生ずる原因、あるいはそれを行う方法として「放射線の発送と放射線の受領、放射とその受領と呼ぶのはどうか」という提起がなされ、そこからそれがどんなものであるのかが記されているのだが、これをあるメタファーだとしても、読む分にはナンのことかさっぱりワカラナイ。しかし、あきらかにこの「放射線」というシロモノはメタファーではなさそうだ。これが「学問上に承認されていた」とはとても思えない。スタ・システムの信奉者に是非、訊いてみたいものだ。ほかに、この「相互関係」においてみるべきものは何もナイ。

2012年4月 6日 (金)

続・恋愛的演劇論(実践編)・15

袖幕から舞台に登場して、不意打ちを食らって、導線でそれを立て直す。ちょっとご無沙汰だったが、これを「うつ病」という奇妙な現象と比較すると、この作業は、あたかも自分が「うつ病」の発症情況に置かれたのと酷使している。早い話、私が本番直前にやっていることは、自分自身の存在の意識的(自然にではナイ)な自覚(私はここに在るという覚悟のようなもの)だ。何故、そういう行為を強いるのか。それは、たいていの場合、稽古とはチガッテ、本番(しかも初日)となると、舞台に立った瞬間に、自身の身体的存在が希薄になることを経験しているからだ。もし、敵対する相手がいたならば、この意識は幾分か排除することが可能だ。その敵が観客視線というものだ。緊張から集中という行為は、自身の身体的存在の[確かさを確かめている]という行為に該る。何故、身体的存在の識知が希薄になるのか。それは「役」という私とは別の「身体+観念」が私と「関係」し、私を「了解」しているからに他ならない。これはリラックスの方法によって操作出来るものではナイ。演技する者にとっての本質的な現象だ。もちろん、自然現象でもナイ。役の観念と私の身体の位相の構造の反転から来る現象だ。私は幾分か身体性を取り戻してでも、舞台に出ると、「私は私の身体としてここに在るのかどうかワカラナイ」という不安定な精神状態に置かれる。これはまさに「うつ病」の発症情況と同じだ。しかし、私たちのような役者は、稽古のときと同一の時間へ遡ればその難を逃れられることを知っている。つまり「過去へ逆行しながら、いまという舞台の現在に、自身を関係づけ、了解しよう」とするワケだ。これは数回ステージをこなすことによって軽減し、殆ど、不安な精神状態は消去される。つまり、過去へ遡行しなくとも、現在において自分の身体の存在を自覚出来るワケだ。この不安の消去と現在の身体存在の自覚は、うつ病の回復期に似ているものだ。ところが、不意打ちだ。ここで、私がその「私という身体が希薄になった」状態から立て直しを図るために導線を求めたのは、その導線がいわば、過去への遡行の道筋と合致するからに他ならない。その導線を伝わっていけば、過去へ逆行しながら「現-舞台での存在」に辿り着けると判断したからだ。その判断は間違ってはいなかった。私は身体の自覚を取り戻せた。ここからワカルことは、舞台(主に初日)において演技している役者の殆どすべては、その演技に稽古時の「過去形」を背負っているということだ。アドリブ、ハプニング、があったとしても、私たちは「過去形」に戻ればヨイ。しかし、初っ端の不意打ちは、流山児のほうにとってこそヤバイんじゃないかなと、思った通り、流山児はせりふをストンと落としてしまう。まあ、そこは二人芝居だから、適宜、なんとかしましたけどね。とはいえ、私は何度かこの「身体の不在感覚」には襲われた。そのとき、ああこれは「うつ病」のときの心的感覚と同じだと、妙に納得した。
ところで、スタ・システムにも、『Χ・相互関係』という項目が設けられている。ここでは、スタニスラフスキーが弁証法をある程度は学問した痕跡がみられる。とはいえ、それはかなり表層的なものに思える。あるいは、システムに取り入れたための変容かも知れないのだが、いつものごとく、もうちょっと掘り下げてくれよと、半畳入れたくなる。

続・恋愛的演劇論(実践編)・14

≪提案された状況≫・≪もし≫・≪空想≫、これらから、超課題である「意識的なものによって無意識的なものを」心理技術で獲得することをスタ・システムだとすると、ひとつ疑問が浮かんでくる。スタニスラフスキーは、「意識的なもの」と「無意識的なもの」という二つの「状態」をどういうふうに把握していたのだろうか。著作の例示やご託を読んでみると、「人間的」という術語が現れることがあるが、そのてのコトバは政治家の使う類のものでしかナイ。「前向きに善処」「キチンと」「しっかりと」と同等だ。前述の「意識・無意識」は、あるいは、それは状態ではなく「作用」なのだろうか。もし、無意識的なものを「自然」な状態だとみて、意識的にその状態を創り出すのを、ある作用だとするならば、これは数式にするのには単に、無意識的(「自然」)をaとして例えば<a>と記し、前者を状態、後者をその状態が創り出した作用とすれば、a→<a>と書けば抽象的にはそれで済む。ここにそれを導くものとしての操作を入れたければ、f(a)→<a>とすればイイ。しかし、意識的なものと無意識的なものの把握による隔たりは、依然として曖昧でしかナイ。≪提案された状況≫・≪もし≫・≪空想≫も、さらにここに≪記憶≫を加えたとしても、これは過去の回想と表象としての概念を、現在というものに同一化しようとしているだけで、なおさらに具体性を欠く曖昧なものとしてしか提出され得ない。そうすると、私たちは超課題というものをスタ・システムの外側から引っ張ってこざるを得ないことになる。その方法を心理技術といわれてしまうと、このシステムの論理(logic)はさまざまな要素が積分されたもので成り立っているとしか理解のしようがナイからだ。別にそれならそれでも、一向にかまやしないのだけど。
で、だ。二人芝居にもどると、私自身の方法が演劇に依らないため、ここでは観客に対しては「勝負」を挑むという念慮に移行する。つまり柔道、空手、剣道、なんでもイイが、相対して敵(相手)と面と向かうという心構えだ。負ければ死ぬ。いわゆる真剣勝負というワケだ。本番の5分前あたりで、この姿勢を整える。左足をやや前に出し、左手をそれに添うように左に出す。右足は引いて、右手は腰の後ろにあて、軽く拳を握る。あくまでこれは攻撃に備え、攻撃に移る姿勢だ。そこで柳生新陰流の「後の先」を暗示する。舞台に出れば、観客に対してこちらから先に何かしかけてはいけない。観客視線が飛んで来た「後」に、自分の姿をさらしたことを確認し、次に舞台全体を意識下に置いた上で、おそらく観客が予想しているだろう、せりふの出し方を裏切って、せりふに移る。この場合相手役のことは何も考えていない。まず、観客が「先」。ともかく観客視線の「後」に、観客を「先」に自身の成分に足してしまう。なんなら、観客席をずすっと眺め回してもイイくらいだ。これは有能な咄家なら、誰しもやっていることだ。談志家元などは、演目、つまりその日の根多を、観客の顔ぶれを観てから決めるということもあったようだ。
さて、ここで、いきなり、流山児が、稽古とは違うキャラクターで、せりふを始めるという事態が生じた。これは不意打ちというやつだ。二人芝居ゆえに、ともかく対処対応しなければならない。私は驚いたので、ともかく、そのまま「驚いた」。そこから幾つかのせりふは、立て直しのために費やすことになった。立て直すといっても動揺を抑えるということなのだが、そこで助けになるのは、内面でも外面でもナイ。導線に移るまでの辛抱だけだ。導線に入れば、身体で持ち直すことが出来る。そこまでにやったことは、流山児を観ないこと。これだけ。

続・恋愛的演劇論(実践編)・13

スタ・システムでも、戯曲と俳優との関係について書かれている部分はある。そこでは単純に「もし・・・であったら」と、『提案された情況』が戯曲から俳優にmissionされるものとして扱われている。(Ⅲ・行動・≪もし≫・提案された情況)(Ⅳ・空想)が、それに該る。しかし、スタ・システムでは(たぶん、おそらく殆どのなんらかの演技システムやメソッド、ワークショップにおいても)演技と戯曲との結びつき(その関係と了解)について深く踏み込んでいる部分はナイ。このシステムが日本の新劇に取り入れられた時代、岸田國士が『演劇一般講和』でリアリズム演劇派を相手どり、戯曲の位置についての積極的反論を挑んだのは(それはそれで戯曲重視という姿勢ではあったのだが)正しかったと思える。スタ・システムにおける「提案された情況」というのは戯曲に書かれた役のことだが、それを≪もし≫という「魔術的(という表現がなされている)」方法によって、俳優は読み取っていくのだが、この「Ⅲ」と「Ⅳ」はとりわけ重要なナニかが提起されているとはとても思えない。つまり驚くべき心理技術などはどこにもナイ。どんな素人であっても、ホンに書かれた役(提案された情況)について、自分が≪もし≫その役であったら、というようなことはかんがえて[当然]だとしかいうことはナイ。そうして、スタ・システムに一貫して(と、皮肉に同じ語義で述べておくが)忘れ去られているのは、俳優の「身体」だ。これは、おそらく「訓練」に回されていると推測するしか仕方がない。たとえば『ハムレット』をやるためにはフェンシングが必要なので、その訓練があるとか、ネ。この悪しき慣習は、いまもなお亡霊のように俳優志望の面々の周囲を徘徊している。身体を単なる機能としてしかとらえないという慣習がそれだ。ひとの身体はある意味で、「観念」としてとらえなければならない。これを観念論というのは大きな錯誤だ。
空想について、生徒の「もし空想力がそんなに俳優にとって大切なら、それをもたない者は、どうしたらいいのでしょう」という問いに、教師は「空想を発達させるか、舞台をやめるしかない。さもなければ、演出者たちの手中におちいるほかはない。これは俳優にとっては、自分の想像力を断念し、舞台の上の駒になってしまうことを意味している」という極論を以て答えている。ここで、演出者と俳優との演技(役の解釈)をめぐる食い違いをどうするかという論議があってよさそうなものだが、なにしろ、このスタ・システムは演技論なので、そこまではこの段階では踏み込んでいない。(アトから踏み込むのかどうかは知らんけど)。
さて、流山児との二人芝居の初日。劇場は小さなスタジオで、私たちは開場30分前には、袖で飼い殺し(待機)にならねばならない。流山児の深呼吸ばかりが聞こえて来る。リラックスの方法など役に立たないし、私は、こういう場合はリラックスなどすべきではナイと考えている。それよりも緊張を集中に転換することに志向させたほうがイイ。それにはまず、自身の緊張を意識的にして、極度に上げることだ。自分は緊張していると自覚することだ。そこから、なんのために緊張しているのかをかんがえる。答は簡単だ。観客という相手がいるからだ。もっと細かくいうなら観客視線、つまりsineθの角度だ。これを自身の外におかず、自身の内のものとして取り込んでしまう。これが、dx+sineθだ。では、具体的にはどうすればよいのか。このアト述べるのは、私のとった方法だ。

2012年4月 5日 (木)

続・恋愛的演劇論(実践編)・12

実例、例示に入る前に、ある基準をいっておく。演技者は自身(主体)と役(客体)とを「関係」、「了解」すればイイワケではナイ。役を対象とするならば、主体(演技者)と役(対象)との関係と了解は、[演技者(主体)←→役(対象)]←→演技者(主体)というふうになる。つまり、演技者が役を演じているのを主体の演技者がさらに観ているということになる。面倒なのは演劇においては、ここに観客視線が入り込んで来ることだ。そうすると、[演技者(主体)←→役(対象)]←→[ 演技者(主体)+観客視線]というふうに記さねばならない。これでは面倒なので、役としてアウトプットされたもの[主体(演技者)-役(対象)]の成分をdyとして、演技者と観客からの視線の演技者の成分をdxとし、その偏角sineθの絶対値|a|を観客視線とする。そうすると、dy=f(dx+|a|)という方程式が求められる。これはつまり、観客の視線を任意の角度(sineθ)で求めて、交点0から角度に沿った直線を平面に引き、演技者のx成分(x軸の値)からy軸方向に垂直線を伸ばし、その交点に座標をとったもの、ということだ。この場合の0→(x・y)までの直線の値を絶対値|a|として表記しているだけのことだ。観客視線を入れ込もうとすると、こういう方程式になる(が、数学上、こんなものがあるのかどうかは、私は知らん。ただ、考えやすいように、そうしたまでのことだ)。ついでにいうと「絶対値」なんてのはなんだか物々しいが、要するに+でも-でも、実数だろうが、自然数だろうが、有理数だろうが、整数だろうが、単純にある数値のことだと思えばイイ。問題になるのは、絶対値ではなく、sineθという角度のほうだ。sine、cosine、ナンナンダ。それね、影です。自分の。自分の影がこんだけのとき、太陽はあんだけ。その比例です。そうすると、自分の影の長さで太陽の位置がワカリマス。こういうのを、古代エジプトの賢いひとは気がついて、ピラミッドを建造したんですナ。太陽はぐるっと回ります。それに伴って、影の長さも変わってきます。つまり太陽の円運動を影の長さで測定したのです。だから、ピラミッドの建造においてπという単位が出てくるのは当然のことですナ。つまり、恋愛的演劇論においては、三角関数は三角関係ですナ。私、相手役、そうして観客、の三角関係を三角関数で、示したということです。まあ、いまの世の中は三角関係くらいではなく多角関係だから、さらに複雑だろうが、ともかく演劇の現場はこの三角関係で論じられる。流山児との二人芝居の場合、私の役は、得体の知れない初老の弁護士。流山児は、元機動隊で、ヤク中。この二人が過去を語り、現在を語る。で、この場合、ホンはアドリブ指定部分以外は私が書いているので、流山児にはハンディがある。彼は役をホンから読み取っていかねばならない。私は、書いてあることをそのまませりふにすればイイ。何故なら、私が書いたんだから。どういうふうに語っても、素っ頓狂にならない限りは、私のせりふだ。とはいえ、書いた時点で、私は私の役をスタ・システム的にいうなら「内面的」にも「外面的」にも、大概は決めてある。つまり、「内面的」「外面的」とかになる必要がまったくナイ。私の吐いたコトバがその役なのだから。じゃあ、私は舞台で役を演じるとき、何をしていたか。流山児への対応だけを考えていた。客に対しては、俯いている客には、この野郎寝てやがんな、とか、あっ、あそこにちょっと可愛いのがいる。とか。おや、熱心にせりふに耳を傾けているいるひとがいるな、とか。自分自身に対しては三つ先のせりふを常に頭に並べておいた。囲碁将棋でいう三手先を読んでいたということだ。何故なら、二人芝居の場合、そうしないと、流山児が三つ先のせりふではナイせりふをいった場合、それに対処(フォロー)しなければならないからだ。そうい事態は、いきなり初日にやって来た。

また壊れたか

昨年の夏に痛めた左膝が、また痛みだしたので、今度はMRIを撮ることになった。整形外科医の診立てでは、半月板の損傷かも知れないから、というワケだ。で、スライス写真の結果、半月板の片方が断裂しており、そういうことはネットで調べておいたのだが、ともかくはしばらくヒアルロン酸の注射と、消炎鎮痛剤の服用で様子をみることにした。週に一回注射に通いつつ、飲み薬とシップ薬で、なんとか凌ごうという寸法だ。これでダメなら、内視鏡手術になるが、7月、9月と演出仕事があるので、余裕がナイ。おまけに独居なので、スラムに戻ったときに自転車に乗れるだけに回復していないと、にっちもさっちもいかない。いまのところ、歩くのに多少の違和感はあるが、痛くはナイ。自転車にも乗れる。ただ、屈折のさいに少々痛みが走る。まあ、年をトルということは、カラダが壊れていくことなので、そう騒ぎはしないが、これが十代、中高生の頃なら悲嘆に暮れていただろうなと思う。年をトルのも、そう悪いことではナイ。左足は股関節から、痛風まで、どうも具合が悪い。この具合の悪さは、ある種の身体識知として、けっこうオモシロイ。なんだか役者をやりたくなってきた。また、この観点から演技論などの検証が出来るのではないかと、けっこう得をしたような気がしている。脳というのは、年をトルと、そういうふうに働くものらしい

2012年4月 4日 (水)

続・恋愛的演劇論(実践編)・11

スタ・システムにおいては、「記憶」は「五感の記憶」と「感性的記憶」に分類されているが、ストラスバーグはこの「感性的記憶」を「五感の記憶」の中に包括してしまう。さらに「五感の記憶こそ、スタニスラフスキー・システムが、システムそのうえに築いた土台なのだ」((メソード演技)とまで強調している。しかし、何れにせよ、どちらも俳優に演技の衝動を呼び起こさせる心身の装置のようにみえる。私たちは「記憶」というときに、それを時間性としてとらえがちだが、微細にいうならば、それは「時間の空間的な記憶」とでもいったほうがイイ。しかし、システムの場合でも、メソッドの場合においても、ここから心的領域に入ることはナイ。「感性的記憶」もまた「回想」と同義に用いられている色合いが強い。つまり、ある時間におけるある空間の「記憶」だ。なぜ、そうなのか、それは「日常」を創出するには、それで充分だからだ。しかし、記憶が心的領域に入るには、固有の幻想領域に辿り着かねばならない。たとえば、メソッドでの課題に多いカップを持つという「五感の記憶」では、カップを持つ手の感触、いわゆる触覚に重点が置かれる。しかし、カップを持つ(触れる、握る)手は、触覚としてだけ在るのではナイ。私たちが何気なく喫茶店で持つコーヒーカップは容器に過ぎないが、それでもなお、触覚というよりも、手の「拡張」として認識されている。「持ち方」とでもいえば、うまくとまではいかなくても、なんとはなくワカッテもらえるだろう。そこではカップの持ち方、上げ下げが観念的に表出されている。もう少し深く詮索していけば、個人愛用のカップとなると、その記憶はより観念性をおびてくる。さらに、そのカップが恋人からのギフトであったり、故人の形見の品であったりした場合、カップから表出されるものは、単なる五感の記憶をすっ飛んでいく。つまりこの「記憶」はカップの記憶ではあるが、カップの記憶によって、それを手にする俳優の側も当然、変容を強いられるということを意味している。この場合スタ・システムはやや慎重だ。「感性的記憶」においてもだが、スタ・システムは基本的に演技をする演技者を「変容させるべく」働くように創られているため(もちろんストラスバーグの場合でもそうなのだろうが、ストラスバーグの場合は、「そうみえればイイ」というところで終わる)、ありとあらゆる手段が演技者(俳優)にベクトルを向ける。そこで、新劇業界ではいまなお使われているコトバでいうところの、ミザンセーヌ(Mise-en-scène 俳優個体の演技以外に対する演出、舞台装置、音響、照明、俳優の立ち位置、et cetera)は、この「感性的記憶」を呼び起こす手段として、用いられることになる。とはいえ、こいつはあまりアテには出来ないシロモノだ。その実例として、私と流山児祥の二人舞台の巡演の具体例を挙げて説明していく。なんしろ、実践編だかんな。

続・恋愛的演劇論(実践編)・10

『恋愛的演劇論』なので、超課題を恋愛に則して考察すると、片恋の彼女をgetするのが超課題だとする。そのためには品行方正で、健康で、多少の銭も仕事もなければならないというのも超課題だ。そう考えるしかしょうがナイ。こういう「不眠症は寝たら治る」ふうの、それが出来たら苦労はナイ論理展開はこのシステムの最たる欠陥だろう。しかし、そのことを責めはしない。そんなものは私自身の演劇論も含めて山ほどある。ただ、私の考える演劇(論)とは少々異なるところがある。それに対して比較検討してみたい衝動にかられる。たとえば-「無意識的」な行為を心理技術で「意識的」に創造過程に引き入れる。-という、このシステムの基本的な(あるいは中枢)は、私などからみると、さほど大仰なことではナイように思われる。まえがきで述べられているように「無意識的」というものが学術用語でナイのだとしたら、単純に「自然(的)」といってしまえばイイ。この自然というスタ・システムにおける概念は、「日常」というふうにしても顔を出す。ただ、ここでも面倒なのは、有機的自然と無機的自然の関係だ。その境界の曖昧さが、このシステムをワカリにくくしている。私のとってきた方法は、まるでこの逆のベクトルを向いている。つまり、「無意識的」な行為を心理技術で「意識的」にするのではなく、単純に「意識的」な行為を繰り返すことによって、それを「無意識的」な行為、つまり自然な行為としてしまうだけだ。コトバをかえていえば、「意識的」な行為を用いて「自然的」へと移行させる、ということだ。例示すれば、初めて自転車に乗るとする。最初からあの二輪車に乗れるひとはまずいない。システムの場合、この自転車に乗るという行為(目的としての到達)を無意識的なものにみなして、それに到達するために意識的な心理技術を使うことになるが、こちとらは心理技術などは使わない。何回もやってみるという経験的(意識的)な「量」から、それを(自然的)な「質」へと転じさせるだけだ。もちろん、これは経験主義をいっているのではナイ。経験的な学習をいっている。老人にはパソコンが扱いにくく、子供はすぐ扱えるようになるのは、年齢からくる能力の差ではナイ。経験学習の多少によるだけだ。(ともかく子供は好奇心が旺盛なのと、壊れたって平気という玩具の感覚てパソコンを遊ぶからな)。
「舞台での俳優のこの、内的真実性に支えられた、完全に意識的な状態こそが、感受性を刺激し、無意識的なものの活動を多少とも長続きさせ、インスピレーションを燃え上がらせるのに、いちばん適した土壌なのだ」(Ⅱ・舞台の芸術と職人芸)
とりあえず「内的真実性」という術語にはこだわらないでおこう。しかし、以下の解説的文言はかなりワカリニクイ。私なら頭がクルクルするか、「で、どうしろというのだ」といいたくなるところだ。「完全に意識的な状態」が「感受性を刺激」するはずがなく、つまり、「美しい花を観るぞっ」という意気込みが、花をみて「おおっ、美しい」などと思うワケがナイ。また、それが「無意識的なものの活動」であるワケがナイ。何故なら、それは目標到達点だからだ。また、インスピレーションというのは、「さあ、やって来い」で、やって来るものではナイ。花の観測と花を愛でることとは根本的にチガウ。いつも歩く道を今日も歩いていると、みなれなかった花が咲いている。そこで、携帯電話を取り出して一枚シャッターを切る。これが自然というものであり、スタ・システムに頻繁に使われる「日常」だと思うのだが、ここではその「日常」を意識的に創り出すために、たいへんな苦労をしているとしか思えない。そこで、スタ・システムでは、こういうことについて「記憶」が何か心身の装置でもあるかのように使われる。

2012年4月 2日 (月)

続・恋愛的演劇論(実践編)・9

『俳優の仕事』(理論社・千田是也 訳)の大著をすべて俎上に乗せての作業は、私の能力をこえるので、触れられる部分、それで充分と思えるところ、という妥協をした。というか、正直なところ、私の手元には第一部の1と2の二分冊があるだけで、それ以上読み続けたいという気分にもなれない(退屈な本だと思うのが本音なんだけど。あのですね、日本の『役者論語』なんてのはかなり面白いですぜ)怠惰な読者でしかなく、また、新訳はあまりに高価なので買う気にもなれず、それでも大概のところはイケルだろうという一知半解だということは予め書き留めておく。やっかいなのは、スタニスラフスキー自身が「まえがき」で、術語について(たとえば[無意識的][直観])は哲学的、科学的な意味合いで使っているのではナイと断りをいれているところだ。「大きな科学だ」と大見得をきったわりには、科学が追いついていないからで、自分たちに罪はナイと仰っている。だから、その点では、私たちは、ある曖昧さを受け入れねばならない。それはこの著作が、読者を演劇というものに対して素人(beginner)に想定しているのに関わらず、ある部分では教師(講師)のコトバがいきなり概念化されるという奇妙な特性を持っていることを許諾せねばならないということと同じだ。
それはたとえばこういう部分に現れている。冒頭、生徒が提出された芝居のプロットを演じてみせる。それを教師はともかく褒める。その理由を「俳優が脚本にすっかりつかまれてしまうときが、いちばんいいのだ。そういうときに俳優は、どんなふうに感じているかも気づかず、何をしているかも考えずに、役の生活をほんとうに生活する-すべてのことがおのずと、無意識のうちに起きていく。-しかし、残念ながら、われわれはこの種の創造を、いつも自由にあやつるわけにはいかない」と述べたうえで「それを刺激したり、誘導したりできるようにならなければいけないのだ。そのためには特別な心理技術的な方法があり、これは学んで手に入れることができる。その役目は、意識的、間接的な方法で無意識的なものを呼び起こして、創造過程に引き入れることにある。われわれの体験の芸術の、最も重要な原理のひとつは、俳優の意識的な心理技術によって自然の無意識的な働きを刺激することだ」(Ⅱ・舞台の芸術と職人芸)と答える。ここでスタ・システムがどんなものかの概要はほぼ述べられているとみていい。つまり、身も蓋もなくいってしまえば、このアトは、それ(心理技術)についての方法が、あれやこれやと出てくるに過ぎない。それに付加されるのは、職人芸や形式主義的演技の批判とリラックスの方法くらいだ。そこで、私たちを苛立たせるのは、「超課題」というものが、「それを目指してある」ものなのか、「それを土台としてある」ものなのかの区別がつかないことだ。ここでも私たちは循環論に悩まされる。俳優が正しい演技をするには超課題が必要だ。超課題を目指して役者は一貫した行動をせねばならない。卵と鶏の後先に似た矛盾にだ。先にヒントとして、それは「戯曲において」存在するようなことを私たちは観ている。これについては、『俳優の仕事』の中でも具体的に述べられた部分がある。「超課題と一貫した行動」において、:脚本の超課題:という項目があるのだが、ここに何故「脚本の」と冠が付けられているのかは、演技のそれとは別だが、同じものだということの記述だと考えられる。教師は例をあげていう。ドストエフスキーの超課題は「神の追求」、トルストイの超課題は「自己完成」、チェーホフの超課題は「生活への努力」。で、俳優はこの超課題を一貫して行動せよ、と。

2012年4月 1日 (日)

続・恋愛的演劇論(実践編)・8

「超課題」というスタ・システムの金科玉条を目にするたびに、どういうワケかヘーゲルの「絶対精神」を漠然と思い浮かべてしまう。観念論弁証法で辿り着くべき人間意識の頂点とでもいえばいいのだろうか。そういえば、アンチ・ヘーゲルだったニーチェを読むと、あの懐かしき私たちが小劇場での「お芝居」を憶い出すのは、偶然だろうか。『演出者と俳優』(未來社)は、スタニスラフスキーが、73歳にして、当時の演出家や俳優と語り合った記録だが、ここでは、「超超課題」まで出てくる。他に気になるコトバを拾ってみる。「われわれが明確な興味深い超課題をもち、その超課題にうまく到達する貫通行動をもつ、こういう戯曲においてわれわれは愛されるのです。(中略)これをすべてのものの根底におきなさい。諸君はこれから離れてはいけません。私は多くの仕事をしています、そして、これ以外にはないと考えています。つまり、超課題と貫通行動、これこそ芸術における主要なものです」「貫通行動はなにか、について語ることはできます。貫通行動において論理(logic)と一貫性がいかに大きな、驚くべき、魔術的な役割をもたらすかを諸君は知っているでしょう。論理と一貫性は必要な目的を達成させるものです。超課題とはなにかについて考えることも必要です。これはこのうえもなく大きな科学です」。ここではまるで法華経を読むかのような幻惑におそわれる。法華経の経典には法華経が如何にすばらしい経典であるかだけが、書かれてある。法華経のすごさが書かれた経典というのが法華経なのだ。とはいえ、低能の私にも少しはワカルようなヒントは提出されている。最初のコトバには「戯曲において」とある。これはヒントとして持っておこう。そのアトに俳優について「彼が自分のうちに役を感ぜず、役のうちに自分を感じないあいだは、俳優になにを要求しても無駄です」とある。ここでは、役と俳優とのあいだにおいての、超課題と貫通行動に触れているとみていいだろう。そこでヒントだが「なにを要求しても」の要求は、俳優に対して誰が要求をするのだろうか。むろん、演出家としか考えられない。そうすると、演出家は俳優をして、超課題へ向けて貫通行動をとるようにディレクトしていく役割を担う者ということになる。そのために必要なのが戯曲だ。しかし、ここには、優れた戯曲というのは超課題を持っている戯曲で、それはどんな戯曲かというと超課題を持っている優れた戯曲だという循環論だけが待っているとしかいいようがナイ。そもそも超課題という概念(category)が行方不明なのだから。一つの概念を求めるには、カントのやった哲学の方法のような手続きが必要で、さらにそれが、超超と梯子を昇っていくような事象であるのなら、ヘーゲル哲学のような手続きが今度は必要になってくる。しかもそれは「大きな科学」だとしたら、科学理論として提出されねばならない。それについてスタニスラフスキーは同書で「スタニスラフスキー・システムには心理技術が語られています」と述べている。翻訳にマチガイがナイのだとしたら、スタ・システムは、心理技術を以て、俳優を創造しようという試みだということになる。なるほど未完ではあるが、大著『俳優の仕事』では、一人の青年が俳優となっていく小説の形式をとりながらも、その技術として用いられているのは、概ね、人間の行為、行動の観察と分析と、そこから導かれた演技術だ。しかし、以前に書いたが、それは「成功例」でしかナイ。辛くあたれば何かサプリメントの広告に寄せられた感謝のお便りとレベルの差などナイのだ。つまり、スタ・システムによって立派な俳優になるためには、スタ・システムを理解して、活用出来るだけの頭脳と身体が必要であり、そのスタ・システムを理解して活用出来る俳優を養成するのがスタ・システムだという、ここでも循環論に悩まされる。とはいえ、かつて日本の新劇界を席巻し、いまなおその本家、亜流、支流、新解釈派がかまびすしいこのシステム(演技論)に、しばらく、伴走しても悪くはナイ。

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »