『ザ・シェルター』『寿歌』二本立て、他
加藤健一事務所の二本立ては、当方がついうっかりしていたため、招待の日時を指定しておかなかったので、慌てて追加公演の予約を入れて日帰りで観劇した。実に上手い構成の二本立てで、これは演出(大杉祐)の手練だと思う。もう少しいうと、「演劇をよく知っている」、あるいは二つの作品をよく察知しているという、テーマがまったく違った作品でありながら、コード化出来るという、その勘の鋭さに敬意を表すということだ。加藤さんのサービス精神については、もう何もいうことはナイが、日下由美さんの存在感には、あらためて「新劇」というものが、けして単に輸入された「演劇」でのみ成立しているのではナイということを、感心しながら受け止めた。朱色の雨合羽で通り過ぎるだけの演技に、圧倒されたと具体的にはいっておく。占部房子さんには、舞台が終わってから楽屋にほんの少し挨拶に訪れて述べたことを繰り返すことになるが(だいたい、私のような観客は、観客席にいる限りはイイ観客とはいえない。同業者だからだし、こっちは30年それでメシ食ってるもんだから。だから、私は、終演してからの楽屋を覗いてのやりとりのほうがイイ観客になるのだが)、演出からどういう演出プランが、どういう演技指導があったのかは3割くらいしか見当はつかないが、「熱演」を「演技」するというキョウコによって、役者が芸人の役を演じるという困難を、思い切って演じてみせた。熱演とか、「私をみてよ演技」には閉口する私なのだが、「いましか演れナイことをヤルんだ」という潔い姿勢に、日下さんとは違った役者の「生きざま」を観ることになって、私は至福だった。『寿歌』は~伝説の戯曲~などといわれるが、私本人は、まったく伝説ではなく、現役で、やはり筆一本の在野売文業で生きている。
少々ハードなスケジュール(若い頃には、それがふつうだったんだけど)をこなしていたのか、今朝は(ゆんべは12時前に寝たのに)眠くて布団から抜け出せず、12時過ぎに起きて飯つくって食って、机に向かったがまた眠くて、夕方には観たい試写(『マリリン7日間の恋』)があるので、もう1時間ほど寝るかと布団に入ったら、次に目覚めると、もう5時前で、試写に間に合う様子でもなく、これは、映画館で観ることにした。そのアトは、東京の21世紀フォックス30周年記念作品の執筆に集中して、四分の三を書き上げてしまった。たいていの流れとプロットは前夜のうちに考えておいたので(いつもそういうふうに仕事はしているのだけど)、早いといえば、早いのだ。眼が殆どダメになってきているので、一日の眼を使う仕事時間が限られていて、夜の9時過ぎからは、独り酒になって、独り酒は心身に良くないとはいわれるが、私の場合まったくそうではなく、そこらあたりから2~3時間は、シングル・モルトの水割りを4杯くらいの沈思黙考の時間になる。この時間に、たいていのことは頭の中で創ってメモしておくので、仕事机の上はメモであふれるが、これで日中の仕事はスピードアップする。
寝る前には、冷蔵庫などの点検、明日の買い出しの予定をたてる。水と米、その他、切らしてはイケナイものは買い貯めておく。独り暮らしだから、寝込んだ時などのためにだ。ともかくひとに迷惑をかけるようなコトは避けねばナラナイ。

