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2011年12月15日 (木)

如是想解・6

23 権力に対して
   Render therefore unto Caesar the things which are Caesar's; and unto God the hings  that are God's.(カエサルのものはカエサルに、神のものは神に納めよ-出典はマタイ福音22:15-22 ・ マルコ福音2:13-17 ・ ルカ福音20:20-26)パリサイ人からの意地悪な質問に対して、イエス・キリストはかくのごとく述べた。カエサルは当時の人間ではなく、時の権力の象徴とみてイイ。要するにこれは納税の話だ。すらりと柳に風のように受け流しているようにみえるが、かなりシニカルな答だとも勘繰れる。
 道元は師匠の如浄のコトバとは裏腹に、宝治元年、時の執権北条時頼と直接会っている。これは、時頼の招聘に応じたものだが、道元には、禅宗を国教にしなければ(そのほうが早く)、世の中は良くならないという思いがあったには違いない。つまり権力に近づいたのだ。このとき、時頼は道元にいう。「おまえの禅を広めるには、私がその宗徒になるのが最も早いだろう。というか、私がその禅とやらに共感すれば、国教にもなるだろう」。そこで、道元は禅のなんたるかを説く。これについて執権時頼は「ただ、坐っているのでは政(まつりごと)は出来ぬ」と一蹴することになる。こに至って、道元は師匠如浄のコトバの真意を解する。衆生の教化に権力を用いるのは間違いであり、早道などはナイのだと。
 親鸞は、建永2年(1207年)2月、後鳥羽上皇の沙汰により、法然ならびに7名の弟子とともに流罪に処せられる。法然・親鸞らは僧籍を剥奪され、法然は土佐国番田へ、親鸞は越後国国府(現、新潟県上越市)に配流。しかし、皮肉にも、ここで、親鸞の浄土真宗(念仏衆)は、その土地に根付くことになる。
 門戸を半ばエリートに向けて閉じた道元と、衆生に極めてワカリヤスク開いた親鸞の違いというワケだ。両者とも仏に委ねることは同じだが、それを現世に求めるか浄土に求めるかという相違はあるが、親鸞の浄土信仰は、法然からさらに進んで、一種の方便のように私は考える。浄土に救いがあると思えば、この世に及んでの生き方が違ってくる、というものだ。
 さまざまな国において発生した一向一揆は、権力と宗教(権力)との熾烈な闘争だった。一向一揆は浄土真宗本願寺教団によって組織された、僧侶、武士、農民、商工業者などによって形成された宗教的自治のことをいうが、教団、組織を重視した蓮如の教義に大きく影響されていたようだ。これに対して、織田信長は、徹底的な対決(一揆衆からいわせれば弾圧)ををしているが、私は織田信長の「カエサルのものはカエサルに」に一理あると考えている。織田信長はいう「死んでから後のことは知らぬ。それはお前どもに任す。しかし現世における覇権はこれを許さぬ」 信長との抗争に敗れて顕如が石山本願寺を退去した後まで、一向一揆は続くが、この後、宗教と権力の対決があるのは、天草の乱だけだ。
 権力と宗教が結びついたときの驚異は、現イスラム諸国のそれをみるまでもなく、権力は宗教を利用し、宗教は権力に擦り寄りたがるものだ。ただし、アメリカ合衆国においても、プロテスタントの王国であるということを忘れてはならない。

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