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2011年12月14日 (水)

如是想解・5

21 朝
  朝はいつも新しい。毎日毎日の繰り返しなのに、あきるということがナイ。このことについて、チェスタートンは『正統とはなにか』で、「それは神が三歳くらいの子供であるからだ。積んでは崩す積み木遊びの繰り返しにあきることがナイ」というふうなことを述べている。日本の二人のインテリが語り合った『ふしぎなキリスト教』が概してつまらないのは、二人のインテリ(橋爪大三郎・大澤真幸)が、二人のインテリだったということる尽きる。たいていが文献的に用いられていて、それゆえか、中途半端で踏ん切りが悪い。チェスタートンは、聖書をきわめて文学的に捉えている。「天国には安らぎが地獄には冒険がある」などと、彼の他に誰がいえよう。

22 説法の相違
   『九マイルは遠すぎる』の短編ミステリでお馴染みのハリイ・ケメルマンは、ユダヤ教徒ゆえに、聖書に観られる矛盾を、イエス・キリストが行った説法の方法が辻説法であったから、その場所場所において、異なる表現をしたためだと一蹴している。(この点、チェスタートンは、聖書の矛盾について、「聖書に矛盾が観られるときは、実世界でも同様の矛盾がみつかるはずだ」と述べている)
   釈尊は、まず、鹿野苑に拠点を置いた。後にガンジス河中流地域で教化活動を展開するが、その方法は辻説法ではナイ。ほぼ必ずといってよく、集会のカタチをとっている。この集会の際に、生まれたのがあの「貧者の一灯」の逸話だ。ともあれ、来るものを待つ、というのが基本的な姿勢だったようだ。イエスのように行脚を避けているのは、積極性の無さをみることも出来るが、逆にいえば、説法を聞きに訪れる側の積極性を促すということになる。つまり、劇場公演型といってイイ。ただし、ただ待っていては聴衆は集まらない。おそらくは弟子たちが、聴衆を集めるのに奔走したものと思われる。ここから、年月を経て、然るべく指導者たるものが、隠遁に近い態度を示したのは、単に釈尊の「厭世」を継承しただけで、単なる消極的な、あるいは、隠遁するがゆえに尊しという誤解でしかナイ。曹洞宗道元も、やがてその拠点(永平寺)を山中に建てたが、これは、数度に及ぶ権力との交渉において懲り懲りしたからだと思われる。

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