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2011年12月19日 (月)

如是想解・7

24 隠遁或いはエートス
   敬愛する故人山田風太郎さんは、何かの書で「隠遁とはいえど、最低限の米や味噌や、什器などは必要だったワケで、けっきょくは生活環境の違いとしかいえない」というふうな意味のことを述べてらした。戦中戦後の飢えをとりもどすかのように、職業作家になって結婚されてからは、奥様を料亭に同伴させ、美味いものを食べさせて、修練させるという身の入れようで、食卓には、いつも十品目ばかりの惣菜が並んだ。
  私が、一部世間の誤解を招いて隠遁しているかのように思われているのは、私の出無精を通り越した、閉じ籠もりのエートス(生活態度・生活に対する道徳・規範・生活環境)にある。2DKのスラム・アパートで、外に出るのは、近所の大手スーパーに食材の買い物だけ、というのが、平均的な日常で、生活に何の支障もナイ。書籍は、毎月トーハンから送られてくる「新刊ニュース」と、大手スーパーの書店で下調べをして、ネットで購入する。映画はたいていDVDで観るようになった。その他は稽古のある日に出るだけで、外に対してはまったく必要性がナイ。外の情報はパソコンで次々と取り入れているから、毎日の平均株価や世界のニュースで、たいていの情勢は理解できる。
  「ひとは、そのひとの脳の拡張として、そのひとの環境をつくる」とは、養老孟司さんのコトバだが、私のようにそのエートスが個人的な情況においては、好きなようにして構わないはずだ。ただし、そのエートスが他者に影響を及ぼす場合、これを侵犯する場合、これを拒絶、これと対峙、これを独善的に排除する場合となると、話は別だ。そうならないように、そういう立場のものは、自身に厳重な反省を常日頃から怠るべきではナイ。特に私などは、長い間、劇団などというものをやっていたので、そのエートスが、私の脳と対立した場合は慎重にコトを運んできた。隠遁に近い生活をしていると、そのエートスは強いpotential-energieになる。独善は単なる妄想 に過ぎず、孤高は頑迷に堕する。他者との関係と了解が、独我的に営為されていないかということの検証は、十歩が百歩譲っても、配慮すべき問題だ。

25 信頼
  信頼、信用とは、魂の取り引きのようなものだ。経済学用語を用いれば、魂の交換価値による交換のことだ。ここでいう魂とは、霊魂、魂魄のことではナイ。スピリッツであり、mindであり、heartのことだ。すべて「観念」の作用だが、私が最初に学んだ、三浦つとむさんの唯物論弁証法においては、最も「観念」を重視する。

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