秋の「す」のひたぶるにうらがなし
生ける場所がすけのうなったナァ
と今年78歳になる爺さまがいう
テレビがつまらんわ と今年82歳の母親がいう
敬老会にいっても 歌うたわされて チラシ弁当もろうて食べてだけや
ちょっと芸者さんでも呼んできてもろて 酌の一杯で
うまぁい酒が呑みたいのう
と 爺さまがいう
こないだは茶碗蒸しがついとったな「す」がはいっとったけど
と母親がいう
家におってもぼーっ、や
外に出てもぼーっ、や
と爺さまがいう
母親と爺さまは幼馴染みで 年上の母親は むかし
よく いじめられた爺さまの面倒をみたらしい
爺さまは 週に二回 神社の掃除にいく
月に一度 賽銭箱を開けて バラ銭を宮司に渡す
そこから宮司は 500円ばかりを爺さまにくれる
煙草が高うなりよってからに
と爺さまはエンタに火をつける
半ば喫った吸殻は 棄てずに 箱にもどす
これはな 残しといて煙管で吸う
と 爺さまは アッアッアと笑う
アトは死ぬだけやちゅうのになあと
二人は同じことをいう
晩秋の薄陽が 冷たいベンチの二人を
知らん顔して 過っていく
なにごとも神仏の成せる業だとすれば
あまりにも この黄昏はせつない
「す」だらけの人生の終(つい)には
まだしも温かいのかも知れないが
(「す」は、野菜や料理では「鬆」、お菓子の場合は「州」を用いる)
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