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2011年11月

2011年11月21日 (月)

song『空は青いが』

空は青いが 北風吹いて
転がる石も 冷たかろう
ちょうど秋も この日で終わり
やがてはじまる 冬の気配が
空にガラスを 貼りにくる

空は青いが 北風吹いて
ガラスにひとつ 血のしずく
ナイフ片手に 立ちすくんだ
きみの名を呼べば ふり向きながら
空の蒼さを 呼吸して

空は青いが 北風吹いて
こころも寒い 昼下がり
どうしてひとを 殺しては ああ
いけないのですかと 問うきみの
瞳にうそは ナイものを

I can hear baby cry
何処かで 生まれた命の声が 聞こえて来る
Whear am i
替わりに死んだものの声も この耳に

ああ 空は青いがひとさへ殺す
その蒼さゆえ
ああ 空は青いが命も奪う
その蒼さゆえ 

 

2011年11月20日 (日)

folk song『うたの時代は遠くに過ぎて』

うたの時代は遠くに過ぎて
口笛吹くのも懐かしい
茜の空や 瓦の屋根や
神社の森や石段や
きみと一緒にすわった野辺も
いまでは 風がみんな持ってった

うたの時代は遠くに過ぎて
口ずさむのも懐かしい
おさげの髪や セーラー服も
きみが歌ったあの歌声すらも
いまでは 風がみんな持っていった

うたの時代は遠くに過ぎて
去りゆくものの名残すら
風はとどめず 惜しみなく
けれども これはなんだろう
佇む二人の夢の中に
かすかに香る ぬくもりは 
それが思い出だけだと
いいたくないんだ
たとえ かなわぬ 望みでも

うたの時代が遠くに過ぎても
うたの時代が去っていっても

2011年11月19日 (土)

rock『それが罪かよ』 

愛さへ愛にとどまらぬ
愛することが罪ならば
愛せぬことも罪ならば
愛知らぬことを罪といい
愛さぬことも罪といい
愛のワカラヌ罪もある

遠い血よりも近くの他人
それよりもっとすぐそばの友
すぐそばの友より手元の錢と
世間の相場は算盤次第
地獄の沙汰もコネ次第

それが罪かよ 罪ならば
どうこう生きても バチアタリ
どうこう生きても ヒトデナシ

愛さへ愛にとどまらぬ
愛さへひとにとどまらぬ

そういう歌を うたってた
そういうひとも いたけれど
ひとを 愛して 死んでった

愛ゆえ愛にとどまらぬ
愛ゆえひとにとどまらぬ

2011年11月18日 (金)

永遠の止め方

ぼくらはね ぼくと きみと あなたと だれかと
ここにいるワケだけれど も
永遠にここにいるワケじゃあ ナイ
永遠は ぼくと きみと あなたと だれかと
が いなくなっても 続いていくだろう
か どうだろう どう
思う
ぼくは 永遠の止め方を 知っている
永遠ですら 無からはじまった のだから
無にもどれば 永遠は止まる
と ぼくは 思っているんだが どうだろう
か 
ぼくらは たぶん 眠るとき いつも
無を
経験している んだから
永遠 の眠りというのは ナイ
眠ってしまえば 永遠は止まる
無 と 無限 はチガウ
無限の時間を 永遠というのなら
無限すらナイのが
無だ
と ぼくは思う んだが どうだろう

輪廻転生 や 復活や 再誕や
そういうものとは つきあいたくナイので
そういうものとは つきあわナイ

ぼくと きみと あなたと だれかと
が どうして いまここに 生まれて ここに
いるのか は 謎だけど
謎のひとつくらいあっても それはそれで
楽しい こと な んじゃ な いかな
と ぼくは 思うんだけど どうだろう
けして解けない 不思議な 謎だ
でも 
無だって 謎だからね
ぼくと きみと あなたと だれかと
が いないというのも 変なことだから なあ

さて では 永遠を止めにいこう か

2011年11月17日 (木)

書けるだけでありがたいのだ

もう10年ばかり前の話になるが、大須観音の裏手にある行きつけの中華屋で、(そこは、座って「いつもの」といえば、タンメンと餃子が出てくるだが)やはりタンメンと餃子を食していたとき、居合わせた客が、漫画週刊誌を読みながら、こう亭主に話していたのを聞いたことがある。
客は男で、とうに三十は過ぎているという年頃、ビールを飲みながら「俺は来年から小説家で食っていくことにした」と切り出した。亭主が、ちょっと妙な顔をして、「えっ、それ、どういうこと」と訊ねると、男は「もう、いまの仕事には嫌気がさしてるから、小説家で食うつもりなんだわ」という。亭主が「何か、もう書いたの」と訊くと、「いやまだ書いてないんだけど、トリックはもう考えたんだわ」という。たぶん、ミステリ小説を書くつもりなんだろう。亭主が控えめに「食えていけたらいいね」というと、男は「いや、絶対もう食っていけるんだわ。来年からは小説家だよ、俺は、そう決めたから」と応える。男は酔っぱらっているワケではナイ。精神を病んでいるというふうでもナイ。ただ、一つ、作家になるには、小説を書きさえすればイイと思い込んでいる、その思い込みが、あまりに自然なので、却って奇妙なだけなのだ。男の客が、次の年から作家になれたかどうか、私は知らない。(てな結びでは、あまりにステロタイプだが)
宝くじ一等賞の当たる確率は、天文学的数字だが、必ず当たるひとがいる。アタリマエのことで、当たるひとがいない籤などナイ。もう一つアタリマエなのは、当選者が必ず宝くじを買っているということだ。買わなければ確率もへったくれもナイ。世の中に作家になりたい、なろうとしている、そういうひとは五万といるが、小説というものを書かない限りは、作家にはなれない。思い込みだけではどうしようもナイ。私は幸いにして、劇作家として、また小説も書いたり、エッセーも書いたり、ナンデもカンデモ書いて、筆一本でめしが食えてこれた。艱難辛苦があったのかといえば、あったのかも知れないが、また、後塵に死屍累々たる者があったのか、それもあったろうが、要するに書かなければ物書きではナイということで、これまた幸いにして、私は「書く」ことが「飲む、打つ、買う」のどれよりも好きなもんで、そこからすでに狂っているのだが、自分が狂っていることはよく承知している。いまなお、還暦を前にして、売れるアテなどナイ、(つまり、依頼されたものではナイ)小説を4~5本抱えて書いていて、売り込んでも、いまの不況じゃ無理だろうなあと思いつつ、時折読む、いまの小説程度なら幾らも書けるという、ただそれだけのささやかな希望だけで書いている。もし、うんと若ければ野心も持つだろうが、今更、売れたって、食い扶持が多少増えるだけで、寿命か伸びても3年が10年になる程度だから、もうこれは一人遊び(一人仕事かな)の範疇だ。とはいえ、どんどん壊れていくカラダを考えると、書けるのなら、書いていたいと、書けるというだけで幸いだと、心身滅ぶまでは書きたいと思う。最近は益々「書きたい」とおもうから、独りになってからは、どんどんとただ書いているのだ。食わせていかなければならない家族もナシ、もはやこれは、私より早く逝去した者への供物のようなものだ。

2011年11月16日 (水)

『表裏井上ひさし協奏曲』(西館好子)読後感

後半部分に書かれた夫(井上さん)の傷害にも至る暴力を除けば、たいていのことは、何処の家のどの夫婦にもある、似たりよったりのこととしかいいようはナイ。結婚というのは、個人と個人の自由な意思によって出来るが、実際は育った家と家のチガウ者どうしが、家ごと結ばれることだ。だから、平穏を望むのならば、なるたけ似たような環境に育った者どうしがくっついたほうがイイに決まっている。西館さんと井上さんはこの出発点で終焉を潜在的に孕んでいたようだ。
井上さんの暴力沙汰というのも、私自身の幼童期の家庭がそうであったから、特に「裏」の顔をみせられたというふうにも衝撃を受けなかった。ただ、それは、私の幼童期が特殊であったからだけなのかも知れないけれど。
作家が孤独であるとか、孤高であるとか、そんなものはどうでもイイことだと思っている。それはひとの苦しみの中にさえ入らない。釈尊の四苦八苦は、生・老・病・死の四苦に加えて、愛別離苦(あいべつりく)- 愛する者と別離する苦しみ、怨憎会苦(おんぞうえく)- 怨み憎んでいる者に会う苦しみ、求不得苦(ぐふとくく)- 求める物が得られない苦しみ、五蘊盛苦(ごうんじょうく)- あらゆる精神的な苦しみで、「孤独」などというものは取り上げていない。せいぜい、最後の付け足しのようにある五蘊盛苦に入れればいいのかなという程度のものだ。私も孤独を苦しいことなどと感じたことは一度もナイ。「孤独はどんな人間にも平等に与えられたものだ」(劇団『青い鳥』の葛西佐紀さんのコトバ)。
ただ、この二人の決定的な間違いは、「演劇」に足を踏み入れたことだ。映画も演劇も、錢の飛び交う業界ともなると、善人などいるワケがナイ。たまにその中に「ふつうのひと」がいるだけだ。私は35年の間、この「悪人」と「ふつうのひと」の往来が可能なように細心の注意を払ってきた。ちょうど「狂気」と「正気」を往来するように。「風通しを良くすること」「閉じないこと」、それは保全のために危うい作業だが、それしか私に出来る方法はなかった。そんなことは、演劇の業界だけではナイ話だろう。どの業界にも地獄、極楽はあるに違いない。ただし、何で食っても五十歩百歩とはいうが、そもそも、「演劇」は「食えない」。
私は「表」の井上さんには恩義がある。私のことを「10年にひとりの才能だ」と、最初に認知して頂き、かつ「この作者は軽くものを書いているふうにみえるが、ほんとうは骨身を削っている」と、おそらく我が事がそうであったことに類推して、私を援護してくださった。この「コトバ」にはいまもって、感謝している。
好子さんは、何をいったって、男をつくったのは不味かった。ここは物書きの井上さん相手には、不利だ。別れるキッカケは何度もあったんだろうから、そこは地獄と思いつつも思い切らないとしょうがナイ。ほんとうの「悪妻」として、逃げりゃよかったんだ。両親と一緒に、錢をうまいことガメて。作家なんて書く事しか能がナイから、幾らでも騙せるんだぜ。(劇作家、さらに演出家は別。こやつらは、作家と違って、狡知に長けているのが多い。おれもテキ屋だからナ)。
まあ、あんまり気分の良くなる本ではなかったナ。夫婦なんてのは、端から観ているよりはるかに複雑怪奇なもんだからナ。

2011年11月14日 (月)

朝日のあたる部屋

いつまでつづくのかは知らない
朝は唐突にやってくる
いちにちは朝にはじまり 「繰り返し」の象徴のように
朝日が部屋を訪れる
もう私は若くなることはナイ
きょう壊れたところが 明日治っているワケではナイ
だから 朝は私の命を壊していく 時の進みだ

かつて夜は修復の営みだった
けれどいまは 冬眠の中
ただ独り 目覚めた 北欧の幻のように
この喧騒の街でも 深い静けさが しみ込んでくる

老いたか
老いたろうな

ただ 幸いなことに 
かつて若かった日々を懐かしくおもいだすことはナイ
あの若い日々は この先 生きていけるかどうか
そんな不安と それを忘れるための享楽と
宿痾との闘いの 逃走だった

朝日はあのときも いまも 同じように
遠慮なく部屋へ吹き込んでくる
昨日までのことをすべて 
拭い去るには 冷たすぎるが
ともかく いちにちは はじまる

2011年11月12日 (土)

まず一勝

中日Dが日本シリーズで先勝したので、ワインの祝杯だ。ワインは1000円以下で秘かに人気の(といっても、ずいぶん知れ渡って、最近はコンビニでも売っている)フロンティラ カルベネ ソーヴィニヨン。これで、落合Dが日本一になって、監督交替になったら、中日新聞の売り上げ部数は30%は落ちる(だろうなあ)。幾ら落合監督の報酬が高額だからといって、その分、それを活用して売り上げ部数や、多角的に中日Dで商売をするのが、商売人だろう。中日新聞は、そのperspectiveを見誤ったというべきか。
名選手が名監督になるのはあまり例がナイ。私の知る限り、古いところで、巨人の川上、近くはヤクルト時代の野村くらいだ。これに落合を加えると、三者に共通していることは、野球を学んでいる、苦労人だということだ。従って、錢にもシビアだ。野球チームは会社組織ではなく個人営業だし、専従出来る年数が知れている。働き盛りと世間にいわれている40代には、もう仕事が出来なくなる。錢にリアリストであっても当然だ。
川上監督は、選手時代、野球の「勘」について学んだ。『勘の研究』(黒田亮・講談社学術文庫)などは熟読したといわれている。私も読んだが、なかなか演劇にも応用の効く書籍だ。つまんねえ輸入演劇学なんか読むより、こっちのほうが千金の値がある。
野村監督は、いまでも、その語録やエッセーが書店にある。最も有名な「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」は随筆集『甲子夜話』の著者として知られる松浦静山のコトバだ。1821年の甲子の日の夜に起草した『甲子夜話』は亡くなるまで毎夜書き足され、278巻に及ぶ。意味を述べると「負け(失敗)を反省すれば必ず原因が見つかる。失敗した場合には必ず原因がある。徹底的に失敗を分析、それを一つの成果とするべきだ」ということになりますかね。(「甲子夜話」については一部ウィキペディアを参考、意味の解釈は当方)

不詳、私も、SLOFTのメンバーには、似たようなことをもう少し簡単に教えている。どういうふうにかは、ここでは、簡単にいえないので、私のブログを参照してもらうしかナイ。つまり、演劇にせよ、私たちは「勝つ」ために営為している。勝負というのは、負けたら死ぬだけだからだ。演劇はゲームではナイ。勝負なのだから。

2011年11月11日 (金)

祈るべき神はなし

この世の終わりをかいまみてから
祈るべき神もなくなった
私が天軍三軍九隊にいたころ
三つの軍の軍司のうちの一天使がルシフェルだった
軍司の上には、総司令官の大天使ミカエルがいた
神が創っては壊すという[存在]だったのを
ルシフェルが不服に思い
叛乱を起こした
私も二級天使として叛乱軍にいたが
決着はつかずに 私は地上任務に落された
ルシフェルは 地獄の最下層 絶対零度の氷結地獄に半身を埋められた
マチウ書福音 chapter27-46のイエスの最後のコトバ
ゴルダタの丘 磔刑の場で発せられた そのコトバ
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
(わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか)
のアトで 私は ほんとうの イエスの最後のコトバを聞いた
それは「ひとのこは ひとのこゆえに ひとなりき」だった
これは 四つのどの福音書にも書かれていない                          というのも マタイにもマルコにも聞こえなかったからだ
ルカとヨハネの福音書は 先の二つの福音書を基にした
イエスの物語だ

私たち元叛乱軍の地上任務の二級天使は
神に祈ることを許されず
もとより 祈るべき神などはいないのだが
この世の終わりだけをみせられた
創っては壊す 子供の積み木遊びのごとく
この世は存在する
「神は死んだ」という哲人のコトバのなんと虚しいことか
それは「神はある」と同義でしかナイ
何れにせよ nihilism を創ったのも神なのだから
死んだのは イエス・キリストだけだ

私たちは東方に灯をみたが
それもまた 次第に終焉していった
ただ阿修羅を遺して

祈るべき神はない

2011年11月10日 (木)

SLOFTwork2(second)・2

『この世の果てへ』本日、出演者全員揃って、頭から通した。カーテンコールからend plotまで、1時間27分。予想通りのタイム。これくらいで丁度だろう。まだ、半数はホンを持って立っているが、こっちは先行逃げきりなので、追われるより追いかけるほうがイイ(矛盾しているいい方かも知れないが、私の方法はいつもそうなのだ)幾つかの課題を残して、というか、みつけることが出来て、囲碁でいえば、中ヨセに入る。殆ど決着はついているという雰囲気だ。さて、諸君、勝利は目前だ。

『寿歌』プロローグ

シス・カンパニーから、来年1月公演の『寿歌』台本が送られてきた。ひさしぶりに、読み直した。この公演用に、私はプロローグを新しく書き下ろした。キョウコが干し芋を持って、ヤスオのもとに走り、ゲサクが独りで舞台に立つとき、キョウコとヤスオには何があったのかを書いた。理由は、キョウコというのがナンであるのかがやっとワカッタからだ。30余年して、なるほどそうだったか、と納得した。それを付け加えたのだ。読み返してみると、他にも発見があった。この戯曲のワカリニクさは、聖書(福音)のそれとよく似ているということだ。つまり、無意識に私は福音に倣って、この戯曲を書いたようだ。福音がそのコトバのごとく、神の子の誕生を物語っているのとは反対に、『寿歌』は、ついに神と出逢えぬエレジーである。

衣替え、とでもいうのだろうか、衣裳ケースを整理して、冬物を出した。ついでにガスストーブも出した。冬の準備だ。季節には準備が要る。さまざまなものには準備が必要なのだ。準備万端とまではいかなくとも、イイカゲンな準備をしていては、死ぬことも出来ない。話は大きく飛ぶが、現在の中国が、社会資本主義になり、富は増大したが、国土が荒廃したのは、やはり、準備の失敗ではなかったろうか。数年で日本の国民総生産を追い抜くインドも、そうでなければいいがと思う。あのアメリカですら、貧富の格差が拡大し、失業率が高まっている。笑わせるぜ、現代経済学の無力さには。何をどういおうと、ゲーム理論が何だろうと、実際に生活経済が破綻していては、そんなものに何の意味があろう。数理経済学などというものなど、インテリの玩具に過ぎない。

このあいだは血圧が異常に高く、そうすると、毎晩のウイスキーも口にしたくもなくなり、酒を抜いた。カラダは正直だなあと感心した。カラダの求めるように生きればいいのだ。人間は動物でもあるのだから。その動物的な部分を信頼すべきときもあるのだ。

2011年11月 6日 (日)

『AZUMI』

小山ゆう氏の『AZUMI-9』は良かったなあ。「刺客の運命」「美しき裸体」との二章で、人斬り以蔵との[愛]が描かれるんだけど、いいよねえ。眼が潤んだ。以蔵の面相が次第に良くなっていくふうに画風を微妙に変えてあるんだなあ。
このひとの漫画とは『俺は直角』からの愛読者で、『がんばれ元気』なんかはちょうど70年代ですか。あたしゃ『あずみ』も単行本で全て(全48巻)読んでますが、そいで、朝日新聞のやってる手塚治虫マンガ賞の推薦人をずっとやってるんで、5年ほど連続で『あずみ』推薦したんだけど、何で、受賞出来ないのか不思議でねえ。小山氏は小学館の漫画賞は二つ受賞してんだけど、それはまあ、社内賞でしょ。わかんねえなあ。
要するに『あずみ』は、『俺は直角』のアトを継いでるんですな。つまり、「速度」ということです。如何なる剣法も速さには敵わない。あずみは、速いんだ。「速いモン勝ち」ね。あずみの剣技に流派はない、剣法でも兵法でもナイ。「速さ」なのね。これは、いまでいうならイチローの野球ですよ。脳内シナプスの数は誰でも一緒。しかし、その速度には違いがあるんですな。これが、あずみもイチローも速い。つまり、009の加速装置みたいなもんですね。
で、その速度で刺客だから、人を殺す。「なぜ人を殺してはいけないんですか」という質問が小学生から出たことがあった。いいんだよ殺しても。(このことについては、研究中だから、いずれブログの上げる)。池田小学校の児童殺しの宅間は「死刑になりたから殺した」という。殺したら地獄行きかというと、そうではナイ。キリスト教の予定説でいけば、天国に行けるひとは予め決まっていて、宅間がそうなら、今頃天国の階段を昇っている。何故なら、天国へ行けるか行けないかは、神が決めることであって、ひとが決めることではナイというのが、キリスト教。善行、悪行関係ナシ。これは、親鸞、浄土真宗の「悪人正機(しょうき)説」に似てるでしょ。真宗の場合はさらに解釈が発展してますが。それはそうなんです。宗教も西欧と東洋の文化の融合がありましたから。しかし、神がいようといまいと、世界は同じなのだ(このこともいま研究中)。
話が逸れましたが、小山氏は私より四つ年上ですが、昔と違って60代というのは働き盛りで、経験値も高い。『AZUMI』のほうは、いよいよ服部一族が登場。これまた同じ宿命の者たちとの闘いになること必至。ここに苦悩も描かれるんでしょう。昨今のマンガ(comic)は出てくるキャラがみんな似たりよったりで人間味がねえからなあ。内容もこれも似たりよったりで、そんなことは山田風太郎センセイが、もうやってるよってなもんばかり。奇抜さをのみ狙って、キャラはやっぱ、ステロタイプ。舞台にしたいものなんて一つもナイ。
そういや上戸彩主演で『あずみ』が二本、映画化されていますが、これがカス。たぶん、上戸、人気絶頂期で、いわゆるケツカッチン。テイクが多くとれなかったんでしょう。何かダンドリの段階を撮ってるような感じでしたわ。
まあ、私は今後の『AZUMI』についていきますがね。

2011年11月 4日 (金)

秋の「す」のひたぶるにうらがなし

生ける場所がすけのうなったナァ
と今年78歳になる爺さまがいう
テレビがつまらんわ と今年82歳の母親がいう
敬老会にいっても 歌うたわされて チラシ弁当もろうて食べてだけや
ちょっと芸者さんでも呼んできてもろて 酌の一杯で
うまぁい酒が呑みたいのう
と 爺さまがいう
こないだは茶碗蒸しがついとったな「す」がはいっとったけど
と母親がいう
家におってもぼーっ、や
外に出てもぼーっ、や
と爺さまがいう
母親と爺さまは幼馴染みで 年上の母親は むかし
よく いじめられた爺さまの面倒をみたらしい
爺さまは 週に二回 神社の掃除にいく
月に一度 賽銭箱を開けて バラ銭を宮司に渡す
そこから宮司は 500円ばかりを爺さまにくれる
煙草が高うなりよってからに
と爺さまはエンタに火をつける
半ば喫った吸殻は 棄てずに 箱にもどす
これはな 残しといて煙管で吸う
と 爺さまは アッアッアと笑う
アトは死ぬだけやちゅうのになあと
二人は同じことをいう
晩秋の薄陽が 冷たいベンチの二人を
知らん顔して 過っていく
なにごとも神仏の成せる業だとすれば
あまりにも この黄昏はせつない

「す」だらけの人生の終(つい)には
まだしも温かいのかも知れないが

(「す」は、野菜や料理では「鬆」、お菓子の場合は「州」を用いる)

2011年11月 3日 (木)

SLOFT通信work2・3

昨夜は、照明、舞台美術、ダンス振り付けの三者見学打ち合わせ。他の劇団の公演の都合で遅れて入る者があるので、plotの二つは出来ないが、頭から残りの九つのplotと、カーテンコールまでを観てもらう。本番は12月中旬だが、ここまでは仕上げてある。これで戯曲は四稿まで書き直しているものを提出している。偉いセンセイの真似をしてか、能力がナイのか、怠慢なのか、ホンが遅れて出来上がるのが本番直前などという、演劇をナメたようなことはしない。
舞台美術は、私が絵コンテを描き、最初の立ち稽古のときに役者にみせる。きみはこういう舞台設定のこの位置にいて、相手役と、こういう位相になるという指示を出すためだ。何故、そういうことを最初にするのかは、それが演劇の身体論だからだ。演劇における身体というのは、役者自体のひとのカタチというのではナイ。それを拡張、延長した舞台というsituation全てをいう。演技者はそこまて自身の身体を拡張し、逆にその舞台を自身の身体に感受したところの身体で、演じねばならない。
振り付けは衣装と関係するので、昨日は、季節と時間だけは決めた。また、舞台が砂浜なので、素足ということにした。さらに踊りやすいように、舞台美術との連携を図る。照明と舞台美術は、舞台美術によって照明を如何にするかということで、両者を交えて打ち合わせをする。
舞台は、役者が自由に動き回れるという空間ではナイ。どんなに自由に動いているようにみえても、それは演出によるもので、ほんとうは不自由なものなのだ。逆説(paradox)でいえば、「自由に動いて」といわれるほど、役者にとって縛りのキツイものはナイ。これは「すべてアドリブで」といわれているのと同じだ。
アトは衣装と、音楽・音響のスタッフとの打ち合わせを残すのみ。
肝腎の演技・演出においては、私は役者に対して「イメージが違う」というコトバは一切用いない。平田オリザ氏のように「イメージの共有」などという、本質的に出来ないことはやんない。(それをやろうとすると、両者のイメージが共有出来ているかどうかの確証を求める方法をどうするかという難問が生じる)。よって、演出は、具体的に指示する。
ここに立って相手役にこう対峙する、と、位相を決めれば、たいていの者はその距離感から、相手役との関係が変わってきたことを理解する。物理的なものは、そういうふうに演技者の意識に働く。

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