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2011年10月30日 (日)

SLOFT通信2work・1

能の創始者木阿弥を継いだ世阿弥は、その演劇論(演技論)を『花伝書』(『風姿花伝』)として残した。読むに、これは一子相伝の書だ。ただ、普遍性はとりだせる。演技者をそれぞれ時宜の花としていることだ。この「花」というのは譬え(metaphor)ではナイ。そのまま「花(flower)」だと思えばイイ。
『この世の果てへ』は、10のplotと、end plotで書かれている。(plot5は割愛した)
そこでは、演技者は一輪の花だ。この一輪の花だということを、「即自的」という。その花は浜辺に咲いている。これを「対自的」という。そうして、浜辺には寄せては返す波がある。これを「対他的」という。つまり、対象の認識の仕方、仕様、在り方が三つあることをいう。対象と主体(自分)との関係、脈絡、了解、運動、作用、をいう。それらは、語ることというコトバと、動くことという身体(カラダ)によって識知される。
それらは、空間的に、また時間的に感受される。
明日から、SLOFTwork2(second)『この世の果てへ』への本格的な旅が始まる。

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