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2011年10月 4日 (火)

SLOFT通信・保健室の窓から

identity、moratorium、complex、と、医者ならカルテに書き込むだろう。ただし、医師の場合はドイツ語でだ。私たちは、医師の診察を受けて、その場で医師が、カルテに横文字をスラスラ書いているのを観て、何かしら専門家としての信頼を得るが、あれは知り合いの医師にいわせると、ドイツ語の単語を書いているだけなんだそうだ。
identity・「私」とは何なのか、という疑問は、幼童が観たものすべてに「これなあに」というように、誰もが多くはアドレッセンス(青春期)のアポリア(難問)として持ち、それを生活の中に埋もれさせたり、置き去りにしたりするものもあるが、ひつこく持ち続けるものもある。その解決に宗教に走るものもあれば、何か思想を追求したり、恋愛を以て、「あなたのために私は生まれてきたのね」と歌詞のようにスルリと寄り添って、「やっぱりあなたじゃないわ」と相手を換えることで、「あなた」の数が増えていくということになるものもある。ところで、近年、このidentityを「演劇」に探求するものが多くみられるようになった。「探求」であれば、それも良しとしていいのだが、おおよそ、その99%は「探求」ではなく、「代替(だいたいと読む。だいがえは俗読み)」に過ぎないのが、現状だ。ひとが「私」というとき、その対象は「身体」と「ココロ」だが、私はナニと問うているもの自体が「私」なのだから始末が悪い。私は私とは何と問う、では私とは何と問うている私とは何、という合わせ鏡的連鎖は無限に続くようにみえる。しかし、いざ演劇となると、私は、ある「役」演じている私なのだから、実に単純にコトは収まるかのように感じる。与えられた役を演じながら、演出者のいうことに頷き、質問を発し、相手役の受け答えをする、それが「私」なのだから、安心立命、こんな都合のイイ作業はナイ。「私」は役をどう演じるかを考えていればイイだけで、その間、私は「私」のことを考えなくてもイイ。「私」のことをかんがえなくてもイイ私というidentityを、私は手に入れることになる。
moratorium・これがモラトリアム(猶予)というものだ。「猶予」は よく刑事事件などに「執行猶予」というコトバで使われる。つまりは決められた期間の延長だ。しかし、本来の「猶」はためらってぐずぐずすることであり、「予」はあらかじめ、という意味に該る。つづめれば「決められたあいだためらってぐずぐず出来る」ということになる。演劇という「場」が、そのようにして与えられる。identityとの座標をとれば、「私」を「どのように」かんがえてもイイことになり、コトバを違えていえば「私」は私でイイの、という、極めて奇怪な、ほんとうならば判断停止であるはずのものが、何かの結論のごとくに登場する。これはmoratoriumの「とりあえず」という意味合いを消去していることに由来する。そうするとmoratoriumとは「私は私でイイの」というidentityをを持続させるための、ひとつの「場」となる。その「場」に演劇が用意されることになる。
complex・もちろん、このような事象は対自的(ある対象を認識するにおいて、その認識を自身自体と関係づけること。即自的は、自身以外の対象が自身とは関係しない。対他的とは、対象を認識している自身を含む認識が対象になる)なことで、自らのidentity(存在価値)に不安、不満、を抱きながらも、それを肯定して、「私」を「納得」したいという「願望」の末路でしかない。いうなれば、否定すべきはずの「私」を「それが崩壊することをおそれる」ことから、そのまま肯定してしまえという、虚数的な営為だ(二乗してマイナスにしてしまう行い)。複素数には実数も必要なのだ。
今日の演劇の「場」が、一方ではこのように地滑り的に日常と結びついていることには憂慮する。「演劇における失敗とはひとつの成果に他ならぬ」。つまりは失敗のナイ生き方などあろうはずはなく、演劇を人生における遊戯とするならば、遊戯というのは失敗を遊ぶことをその本質にしている。(かくれんぼを考えてみればイイ。かくれたものが失敗してみつかることが、あの遊戯のオモシロさではないか)

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