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2011年10月

2011年10月31日 (月)

SLOFT通信・work2・2

SLOFT本格稽古初日。
加わった男子にとりあえずキャスティングのために、相手役を交換しながら読んで貰う。手っとり早く舞台を説明。これをやらないと、ドラマツルギーが解説出来ない。で、castは決まる。トヤマ曰く「いいキャスティングですね」まあね。ただし、演技は予想通りのもの。つまり、そこいらのテレビドラマで覚えてきたもの。まず、立つことを教える。これだけで、一回目とスッカリ違う。歩き方、カラダの向け方など、いつものように指導。顔で演技をしないことを注意。さて、休憩、トヤマに「どうしてみんなああいう演技になるんだろうね」と質すと「気持ちイイからでしょ」なるほど、自分ではのろのろ歩きだといってはいるが、ちゃんと学んでいることは学んでいる。で、トヤマには悪いが(というのも、彼も出演者の一人なので)、「きみたちの演技はきみたちにとって気持ちイイのだろうが、観客はただ、安心して、放漫になるだけだから、観客に視線を集中させる緊張感のある演技をやってもらうからにぇ」と、いっとく。それから、何故、演ずる時に動かないでいるのか、の解説。絵画や彫塑は動かないでしょ。でも、ひとに感動を与えるよね。といっとく。「きみたちの演技はよーするに新劇の延長なの。平田オリザはそれに反撥、それを否定しているけど、あの演技論にも私は賛成できないが、それは、SLOFTとは関係ないので、端折る。だかんね、ここでは、演技のバリエーションを増やすと、そういうふうにべんきょーしなさい」と、いっとく。みなさん、真剣に取り組んでいる。こういうのは指導者冥利につきる。

雨の遠足

秋雨 驟雨 涙雨
時雨 霧雨 きつねの嫁入り
雨天順延 小雨決行
あの遠足の日の朝は 雨もよう
あるのか ナイのか 気をもんで
あると連絡きたときは
父とおばさん 釜戸で飯炊き
大急ぎの 急ごしらえの こぶまぶしおにぎり
出来上がったときに 雨 降ってきて
ナイと連絡きたときは
私は家にひとりきり
ひとりぼっちで おにぎり食った
秋の雨ふる 遠足の
なかった あの日の おにぎりは
おかしなことに 美味かった
秋の雨ふる雨の日の秋の雨のひとりの遠足

2011年10月30日 (日)

SLOFT通信2work・1

能の創始者木阿弥を継いだ世阿弥は、その演劇論(演技論)を『花伝書』(『風姿花伝』)として残した。読むに、これは一子相伝の書だ。ただ、普遍性はとりだせる。演技者をそれぞれ時宜の花としていることだ。この「花」というのは譬え(metaphor)ではナイ。そのまま「花(flower)」だと思えばイイ。
『この世の果てへ』は、10のplotと、end plotで書かれている。(plot5は割愛した)
そこでは、演技者は一輪の花だ。この一輪の花だということを、「即自的」という。その花は浜辺に咲いている。これを「対自的」という。そうして、浜辺には寄せては返す波がある。これを「対他的」という。つまり、対象の認識の仕方、仕様、在り方が三つあることをいう。対象と主体(自分)との関係、脈絡、了解、運動、作用、をいう。それらは、語ることというコトバと、動くことという身体(カラダ)によって識知される。
それらは、空間的に、また時間的に感受される。
明日から、SLOFTwork2(second)『この世の果てへ』への本格的な旅が始まる。

私という水は

水が売られるようになって
私たちは私たちが水であることを知った
店頭に並ぶ水は 私たちのカラダの殆どなのだと
私たちもまたペットボトルの水なのだと知った
悟りはせねど 私たちは水のごとくでなく
水なのだ
流れて 消えて 雲に 雨に
海に 地上に 降って 昇って
私たちは水なのだ
ならば
そういうふうに生きればイイ
形も 意味も無く 自然に還ればイイ
溶けて 混じって 静かに流れればイイ
方円の器に従うのも水ならば
瀬を早み 岩にせきとめられても
滝川の水のごとく 末に 逢はむとぞ思ふのも
私たちが水だからだ

台所の水仕事が冷たくなってきたね
と私は私にいう
水に水がいう
私たちの自然は そんなふうにして 
私たちを自然に誘い 自然に返す
水道の水に 私は手から溶けはじめ
あるいは 水は私に浸透し 
私が水になってしまうのか 水が私になってしまうのか

およそ七百年をかけて 地球の水は循環する
私の水は九十日で 循環する
減りもせず 増えもせず
私は水でありつづける
濁水であれ 清水であれ
味もなく 色もない

私が水でなくなる日まで 私は水として
ここにこうしている

とはいえ たとえコップをさしだしても
飲めぬかも知れない                                          私という水は

2011年10月29日 (土)

秋のプール(改)

すっかり ひとけの無くなった 秋のプールは
さざ波もたてずに 沈黙している

夏のあの 中学生の少年少女たちの
嬌声を憶い出しているのでもなく
それらは 水底に深く沈めて
ただ 次の夏への準備のために
人知れず ゆっくりと水流を起こして
胎水のように 未知の生命を育んでいる

もう その時間を終えた 廃墟の貯水池として
忘却され 失われて
学校という閉ざされた楽園に 静かに潜んでいる

そのようなものなど この世にはなかった

子供たちは プールのことなどすっかり忘れ
音楽室で コーラスを歌う
ときおり そのなかのひとりが 
何かしら得たいの知れぬ不安におそわれ
コーラスの楽譜を落してしまい 他の生徒から笑われると
そのこは、つくり笑いをして
さとられぬように 窓からプールを観る

少年少女の 夏の歴史がひとつ終わった

進化の秋も やがて黄昏に還っていく
未だ水だけを湛えたプールとともに

義理と人情の秤(はかり)

ワカリヤスクいうと、会っていてイヤな者と会って頭を下げねばならない、こういうのを「義理」という。逢いたい者にあって、手を差し出す、これを「人情」という。「義理がすたればこの世は闇」かも知れない。「義理と人情を秤にかけりゃ義理が重たい男の世界」かも知れない。しかし、本来は「義理」とは「恩」あるひとに従うということだ。「人情」とは、道端で倒れているひとを観たら、声をかけ、抱き起こすということだ。この義理と人情が(ここでは日本語になっているが、そういう精神は何処の国、欧米にもある)。人類の歴史のどの辺りで生じたのかというと、穴居人として生活というものを始めた頃からは、もうあったと推定される。学問的根拠はナイが、義理も人情も「生活」するところから始まる行為だからだ。たしかに穴居人には、いまの私たちのような知識や学問はなかった。そりゃあ、アタリマエだ。しかし、逆にいえば、私たちとはチガウ知識や学問があったともいえる。いまの私たちには、当時と同じように穴居する知識はナイが、獣を射たり罠にかけて、食料とする方法も殆ど、その頃の方法と変わってはいない。硬質の石を、より硬質の石で削って、矢尻にするとういう技術も変化はナイ(いまはたいてい人工ダイアモンドを用いて、研磨するが、要するに硬いもので硬いものを削るという本質に変化はナイ)。さらにいえば、穴居洞窟に観られる壁画の芸術性は、いまの芸術作品に引けをとらない。また、いわゆる大脳化(大臼歯の退化による脳の発達)によってもたらせた音声は、唸りや叫びや、何気ない声のリズムから歌を生み出したに違いない。木を叩き、石を打ち、音を出す。貝を擦り合わせて音を出す。それらの結合は音楽も生み出す。それだけの感性もあった穴居人に、いまでいう義理や人情がなかったとは、そちらのほうが信じにくい。
いまにおいて「義理」は、やりたくもナイことを、立場上やらねばならぬことになる。これはよく「責任」「責務」と置き換えられる。夏目漱石の『草枕』冒頭は有名だが、「山路を登りながら、こう考えた。/智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」の「意地を通せば」という部分を「義理を通せば」と勘違いして覚えている御仁は多い。多いのは、「意地」と「義理」には同義的なものがあるのと、実生活において、そういう経験があるからだ。たしかに「責任」や「責務」を成そうとするのは窮屈には違いない。鬱陶しいことだ。とはいえ、意地でも何でも、やらねばならない「義理」という責任や責務はあるのだ。それが、個人的、固有のことであれば好きなようにするがいいのだが、義理というのは、関係の上で発生するものだ。固有の主義主張とは、関係がナイ。だから秤にかけたら人情より重いと歌われているのだ。
その義理も、昨今は、Valentine Dayとかの「義理チョコ」程度になってしまった感がある。そのようなものは、私もたくさん貰った経験はあるが、あいにく、私はchocolateは苦手なので、たいていは、右から左になる。しかし、義理を右から左にしたことはナイ。とはいえ人情を軽んじたこともナイ。要するに秤のバランスをどういう具合に調整するかという、そこに、いまの世間がある。

デタラメの真理

量子の動きは 仏や神のサイコロと同じ
デタラメ
出る目が「出たら」の目
つまり ワカラナイ
私たちの知る サイコロは ニュートンの力学だが
仏や神のサイコロは 量子力学
多くの識者や学者でさへも
量子力学をマチガエテいて
観測者と関係があると思っている
つまり ひとと 関係すると 勘違いしている
しかし ほんとうは
デタラメ ワカラナイ
量子の動きは 観測者とは無関係に
完全に記述される
つまり デタラメ ワカラナイ
シュレディンガーは量子力学から『生命とは何か』を問うた
なるほど ひとも量子であるからには そんなふうに
創られたのかも知れないと 思う時がある
そう信じたとき 前を向くか 後ろを向くか
ニヒリズムやシニシズムに傾倒するか
人参かじって 一杯やって 湯漬けを食うか
三途の川など泳いで渡るか
地獄の鬼と相撲をとるか
ダンチョネ節でも ひとつ唸って
愛しい女のことを ココロに抱くか
出来ることは それくらい
それくらいで 充分でしょう
デタラメでワカラナイのなら
いや もう それで充分
きょうも 我がデタラメの量子との 一日がはじまる

2011年10月28日 (金)

秋日和

温かい秋の陽ざしは
偶然の配達員によって届けられる
チャイムが鳴ってドアを開けると 
そこに満ち満ちた ぬくもりがあるという 寸法だ

数千年の時をついやして 
物語を創らねば
ひとは
神を識ることが 出来なかった
しかし私は ただドアを開けるだけで
そのほほえみを みることが出来る

配達員が届けてくれたコスモスは
ただ 一輪で花という
無に一輪の花を置く これを劇という

この秋日和の朝に
偶然の配達員が訪れるところから
劇ははじまる
さまざまな配達員が
今日も 数多の家のドアのチャイムを鳴らす

聞き逃すなかれ 今日のひと
そうして 明日のひと 昨日までのひと

死にいくものへ

死か
幾千億 幾千兆の眠りのつらなりが
沈黙したまま またたく星のように
ただ光となっている

死を
おそれたときもあったが 向きあえば
それは来たるべき未来と同じ
待つに不足なきものとなった

死が
どんなものかは知らない
いまある親しき隣人との 永遠の別れになるものか
あるいは 永遠の契りになるものか
どちらも同じに思えるが
私たちはいずれにせよ永遠を迎え入れ
そこで邂逅することになりそうだ

死に
意味があるとするならば
とりあえず 生が終わる報せの鐘となることだろう
それは 遠くに聞こえ始め
やがて 隣近所の学校のチャイムのようになり
そうして ベランダにとまる梟の声となる
さすれば 私は準備をことなきおえたことを 確認し
さて、死ぬか、というだけだ

死よ
よく これまで私などというものを生かしてくれたと おまえに感謝する
娑婆から 解放してくれることに 深く拝礼する
それが 誰のものでもない私だけのものであるという                       ひとつの幸福であるという悦びに ひたろうではないか           
 

死は
この夜の果て 無限の扉が開き 永遠の朝が来て
ほんとうの目覚めを 私が経験するという
ほんの少しの希望を 抱かせる

では それまでの生を 楽しもう

2011年10月27日 (木)

何も欲しいものはない

何も欲しいものはない
欲の皮 突っ張ってるから何も欲しいものはない
この世にあるものなど 何も欲しいものはない
たいしたものなどないから 何も欲しいものはない
酒も女も金も健康も生も死も 何も欲しいものはない

しいていえば
清々しい空気と 寝そべることの出来る
野っ原が欲しい
何も考えずいられる時間など 欲しくはない
美しい少女の唇も 乳房も いらない
神のコトバも仏の教えも いらない
ニヒリズムというフィクションも いらない

ああ 若いひとたちの眼ざしよ
私のコトバを待つ 学問の希求よ
きみたちには 私がほんの少し持っているものを伝えよう
たかが 私を 与えよう

たかが 私の 欲しいものなど 何もないのだ

2011年10月26日 (水)

なぜ、うつ病が増えているのか

昨今、うつ病の患者が増えているという世相は、いまや女性週刊誌、または服飾系雑誌しか読まないという女性でも(失礼)知るようになった。これは、メタリックシンドロームが増えてきているという理屈とよく似ている。何故なら、メタリックシンドロームなんぞは、10年ばかり前までは、無かったからだ。ズボンの腹部サイズが84センチ以上になると、メタボだという定義を誰が、何の根拠で設けたのか、私たちは、まったく知らない。それ以前はコレステロールの値が問題にされていたが、これも善玉と悪玉に分けられ、いまでは、それも無くなって、さらにコレステロールの値すら、あまり問題にされなくなった。
うつ病も同じで、四半世紀前までは、鬱病などという書けそうにもナイ漢字の疾病は世間には無かった。病気はあったかも知れない。「気うつ」というのは、古典落語にも出てくる。病気は疾病ではナイ。恋の病が疾病でナイのと同じようにだ。疾病は医学的なカテゴリーだ。うつ病は、その疾病として、ここ10年、増えてきたといわれているのだ。私は27歳のときにその診断を下されたが、疾病としての病名は「鬱病」ではなかった。「うつ性心気症」というものだったと記憶している。私はその病気で1年苦しんで、精神科を受診し、そこでいまでいう抗鬱剤を処方されて、次の日には劇的に、症状が消えた。クスリが効いたということだ。それからしばらくそのクスリを飲み続け、一旦、服用をやめることになるが、再発した。今度は内科の医院を訪れたが、抗鬱剤も安定剤も処方されず、けっきょく、また苦しんで我慢して、やっとこ、いまの神経科クリニックで抗鬱剤を処方してもらった。当時は三環系の薬剤しかなく、これは効果が出るまで一週間待たねばならぬのに、副作用はすぐにくる。この副作用が辛い。たぶん、ここで投げる患者も多くいただろう。そのうちにやっと日本でも認可されたのがSSRIというセロトニン再取り込み阻害剤だ。これはルボックスという商品名で、天使の薬という触れ込みだった。効果は三環系に及ばないが、副作用が少ないのだ。ここから、次から次へと、この系統のクスリが出始める。つまり、うつ病患者が増加してきたというのは、医者が、抗鬱剤を患者に用いることが多くなってきたと同義なのだ。では、うつ病とは何なのか。抗鬱剤の処方は、DSMというマニュアルのガイドラインに沿って行われる。これはⅠから始まって、いまはたぶんⅣあたりまでになっている。ただし、精神医学者スコットはこう述べている。「うつの概念はあいまいなままである」「マニュアルに従って、よりよく治療することはできる。だが、何を治療しているのかは、ますますわからなくなっている」・・・いい得て妙とはこのことだ。増えて当然。かつては、なんだかワカランものに対して医師は、自律神経失調症という診断を下していた。で、安定剤を処方。これが、いまはうつ病に変わっただけだ。ニーチェは、それらをこの社会の「病(やまい)」だとした。つまり、この先200年は続くであろうニヒリズムだと、した。そうすると、うつ病というのは、ひとがこの社会から受け取ってしまっている疎外だということになる。もしくはこの社会と対峙して作った自らの疎外だ。であるならば、それなりの闘い方は在る。私もそれなりに闘っているつもりだ。

2011年10月23日 (日)

チャイニーズ・ああしんど、ローム

ワープロから、パソコンに移行したときに、ついでに買った、レーザープリンターの調子がときどき悪くなるので、新しいのを買うことにして、ネットで、NECのカラーレーザープリンターを選んだ。人気№1の冠が輝いていて、しかも、価格が2万円を切る。window7に動作環境・可、とあるので、迷わずそれにして、さて、届いた。自重13㎏のもので、机上に置くにはかなり大きいものだ。で、まず、セッティング。ところが、パソコンにインストール出来ないのだ。それで、今度は一から、CDを観ながらのセッティング。で、ダメ。で、当方の知識内でのあらゆる方法を試したが、ダメ。そこで、NECのホームページに飛んで、「困ったときは」みたいなところを読みつつ、やってみるが、やはり、ダメ。しょうがないので、奥の手(というか、以前、この方法が最も手っとり早いのはワカッテいたのだが)で、サポート・センターに電話。「ただいま混み合っていますので・・・」これなんだよなあ。当方は、ピッチだから、電話代は自前ということになる。「待ち時間は10分です」なんていうから待ってたが、これが20分有余かかってやっと繋がる。つながるのはいいが、余計な音声ガイダンスが5分ばかり流れる。苛々はつのる。電話代がぁぁ。で、やっと女性が出る。型番その他、必要なことを伝達。で、女性が「ウェブで○○を開いて下さい」という。たぶん、パソコンのbeginnerなら、ここで「?」となるはずだ。あまりにも、冷淡にいわれたので、ほんとに人間が喋ってるんだろうなと疑いつつも、「つまり、・・・せよということですね」と確認する。と、「ウェブで○○を開いて下さい」と同じことをいう。私も同じ確認をとってみる。すると「ウェブで・・・」この女性、オカシイんじゃねえかと思いつつ、そうする。と、「○○をクリックして下さい」・・・さて、ここでも先程と同じようなことが繰り返される。「えーと、見当たらないな、何処にありますか、それは」「○○をクリックして下さい」「それはわかりまししたが、その○○がですね、どの辺りにあるのかなんです」「○○をクリックして下さい」筒井康隆氏の短編小説みたいなことをしつつ、まったくマニュアルだか、人間だかワカラナイ女性を相手に、辿り着いたのが、、さっき自分でやったところ。「その○○をクリックして、ダウンロードしたファイルを・・・」「つまりドキュメントかライブラリに書き込めばいいんですね」「ダウンロードしたファイルを・・・」また同じ繰り返しだ。さて、ダウンロードして、「ひょっとして、ここからアトは、自分でやれということですか」「そうです」電話、切れる。なるほど、7の場合はインストールするのにデータが必要なのかと、ダウンロードしたものを書き込むが、パソコンに出てきたのは「この○○はインストール出来ません」。だろうなと思った。だって、けっきょく、行き着いたところは、自分でやったのと同じところだもんな。後日、クリニックのdoctorに、このことを話すと、doctorも同じ目にあったそうで、友人に訊いたら、電話に出たのは中国人女性で、要するに、私は中国に電話していたのだ。こういうことはアル。私の前妻さんも、以前の勤め先は地元の名古屋であったが、東京にあるということになっていて、名古屋弁の矯正があったそうな。なるほど、中国社会というのはこんなもんなんだなあと、勉強になりました。電話代、メチャ高くついたけど。

2011年10月20日 (木)

私が臓器移植のドナーにならない理由

論理は何処かに欠陥がある。まったく破綻しているものもあるが、それは当の本人が気付かないでいるだけだ。論理の欠陥というのは、不完全といってもいい。従って発展がある。科学実験の失敗を失敗といわず「ある成果」というように。しかし、人間の身体は違う。欠陥というのか、不完全というのか、それがさだかでナイ。というのも、完全なものがみあたらない、かつナニヲシテ完全というのかが不明だからだ。そういう考え方を「類的人間観」という。私たちの身体は、必ずどこかに障碍を持っている。それが他者の目にみえるものだけを身体障碍というのは、ほんとうは正しくはナイ。脳もまた身体だ。臓器だということにチガイはナイ。この一臓器の欠損、不完全、極めていくと脳死ということによって、ひとの死とすることに私は賛成出来ない。よって、脳死判定による臓器移植にも私は賛同しないので、ドナー提供しない。
脳死判定には幾つかの規準があるが、移植するには、脳が早く死んでくれたほうがイイことはいうまでもナイ。しかし、脳が死ぬということと、その臓器を持ったひとが死ぬということはまったくベツモノだ。脳が死んでも(そういう状態になっても)身体は生きている。だから臓器移植が出来る。脳死患者から移植のための臓器を取り出すとき、手術には全身麻酔を施す。そういう事実を私たち殆どの庶民大衆は知らない。
脳が、そのひとの全人間性を現すという理屈は、私を納得させない。たいていの人間は狂っている。どういうふうに、どの程度狂っているかだけが問題で、いわゆる正常な人間など存在はしない。しかし、精神医学とやらは、狂気というカテゴリーを作り出し、それを正常と区分けしてきた。要注意しなければならないのは、殺人狂か、前科のある精神異常者だけだ。これには人権もクソもナイ。疾病だからだ。しかし、静かに狂っている者、あるいは、脳が欠損して常人のごとく動けない者に至っては、類的に、それでひとつの身体、一人のひとだ。ひとである以上、ココロがある。脳にココロなんざナイことは、脳が最もよく知っている。脳は考えはするが、ココロではナイ。ココロの一部だ。ココロというのはもちろん、身体の外にはナイ。身体全体がココロだ。頭のテッペンから爪先にまで、ココロは行き渡っている。
臓器さへ移植すれば助かるという患者は多く在る。それに対して、臓器移植をしないという者への非難は的外れだ。問題は医学にあるだけだ。生後数カ月で死ぬ者もあれば、胎内で生きて、流産して命を終える者もある。それらの救済も同じ医学の問題だ。脳死を死とすれば、臓器移植待機の者は「お願い、早く死んで」という本音があるはずだ。それを「運があったら何かの縁で移植できるように」というところまで持っていければ、その気概や良しとは思う。
演劇は身体を扱う。類的に扱う。輪郭がヒトのカタチをしていようがいまいが、動けようが動けなくあろうが、その身体が触れるものをして、身体化することを表現として扱う。演劇の身体論の難しさは、演劇の最初から最後までついてまわる。滅多やたらに、ワークショップのゲームごときで、身体とは、てなご託を述べないほうがイイ。

2011年10月18日 (火)

SLOFT通信・相手役との演技者の仕事

親鸞(本願寺派)の親鸞における善悪の考えというのは、以下の如くだ。
悪人 「衆生は、末法に生きる凡夫であり、仏の視点によれば「善悪」の判断すらできない、根源的な「悪人」であると捉える。 阿弥陀仏の光明に照らされた時、すなわち真実に目覚させられた時に、自らがまことの善は一つも出来ない極悪人であると気付かされる。その時に初めて気付かされる「悪人」である。
善人「親鸞はすべての人の本当の姿は悪人だと述べているから、「善人」は、真実の姿が分からず善行を完遂できない身である事に気付くことのできていない「悪人」であるとする。 また自分のやった善行によって往生しようとする行為(自力作善)は、「どんな極悪人でも救済する」とされる「阿弥陀仏の本願力」を疑う心であると捉える。
因果「凡夫は、「因」がもたらされ、「縁」によっては、思わぬ「果」を生む。つまり、善と思い行った事(因)が、縁によっては、善をもたらす事(善果)もあれば、悪をもたらす事(悪果)もある。どのような「果」を生むか、解らないのも「悪人」である。
ところで、親鸞がほんとうにこういうふうに考えていたのかどうか、そう考えていなくとも、人を悪人にすることは出来る。たとえば、親鸞が「性善説」を持ったとする。(実は私もそういう傾向なのだが)そこに私などは「人間のやることなすことは全て悪を含む」という命題を立てる。とすると、悪を含んだ善などは有り得ない。集合論として考えても、集合Nという「善」の部分集合Sが「悪」であれば、集合Nは「善」とはいえぬ。よって「善」でなければ即ち「悪」だ。親鸞の教義を信ずるということは、とりもなおさず、自身が悪人であるという自覚を持つということがイチバンにある。このへんにくると、真宗も大谷派の傾向になる。つまり、やや知識人よりの教義になる。「わしは悪人などではナイ」という武士たちに対して説かれる教義だ。似たことを西欧に求めると、キェルケゴールは世界の絶望を受け止め、「絶望を知らぬことこそがほんとうの絶望だ」という、有名な「絶望の絶望」を説いた。この論理でいえば、「悪を知らぬ者こそが悪」だ。何故、悪に無知なのかと問い直せば、即自的な信念が、対他的にも通用するというドクサ (doxa、プラトンが、イデアによる知識であるエピステーメーに対し、一段下の感覚による知識(根拠のない主観的信念)をさして呼んだ語。臆見(おっけん)。「思い込み」として現象学ではフッサールも用いている)に陥いっている自らに疑いを持たないという陥り方、の二重の隔壁の中にあるからだ。つまり、「自らの信念に根拠在り」という信念を疑わぬということだ。これは信念の信念だ。しかし「関係」は、かくなる信念を優先して、存在する。従って、演技者は自身の演技への信頼より、相手役との関係を重視しなくてはならない。「あなたのような下手とはやってられない」というのは、エライ女優さんが、新人女優に対してよくいうことらしい。もちろん、もっとエライ女優は、そこで、相手を指導するし、さらにもっとエライ女優になると、その新人女優に合わせながら、自らの演技を調整していく。絶対などというものはナイ。相手役と向かい合ったとき、自らも相対であるのだという自覚は、放棄してはならない。

2011年10月16日 (日)

無常の算数

無常というものに始まりがあるならばそれは「無」だ、とはブログに書いた。そこで、簡単な算数をお目にかけると、無常というものは0+1で表現できる。たとえば、いま机の上にエンピツが一本置かれている。私たちはその状態を観て、エンピツが1本ある、と認識するが、本来エンピツは、そこに置かれた1本だから、最初は何もナイ状態、即ち「無」であった。(机の存在は無視する)そこにエンピツが一本、で+1だ。つまり、+1の前には0がなければならない。従って無常を連ねていくと、0+1+1+1・・・(+1)nという簡単な算数になる。無常というのは基本的にはそういうものだ。しかし、日本人は、特有にこれを消極的に受け止めた。つまり成すがまま(曹洞宗・禅)のようにだ。逆に、西欧は実存主義や現象論にみられるように、+1が+2になることも可能である存在として、人間を捉えた。何れが正しいのかは、この自然とひととの関係の絶対性にしか求められない。いくら+2だといおうが、他者が+3だよといい張れば、その何れが正解であるのかは、さまざまな方法をとらねばならない。+2、+3というそれぞれを実存というふうに称してもいいし、固有の信念といってもイイ。それが、即自的なときは、それで問題はナイ。ただ、何れかを決めなければならないとき、実存や固有の信念は意味を成さない。前者をハイデガーの現存在とすれば、後者はフッサールの現象学における「還元」に該る。現存在は+2だといったり+3だといったりする。それぞれがそういう。そこで現象学が、それぞれのいい分を方法論的に棄却する。これを「現象学的還元」という。ところで、私はどうするのか。私には信念などと呼べるご大層なものはナイ。信念は頑迷にしかみえず、実存など、肩をいからすことなど真っ平だ。そこで、無常に従う。ただし私の無常は、途中に-1も含む。それでは、無常の意味がナイというのであれば、この-1は、linear(リニア・直線軸)における-1ではなく、座標における-1であると、解くことにしている。つまり無常は直行する軸の0から始まって座標をもっていく関数でもいいのだ。0→(+1・-1)というふうにだ。
真っ直ぐ生きる必要はナイ。あるときは関数曲線であり、またあるときは、その接線であっても構わない。それが、無常だ。

流山児『ユーリンタウン』へのエール

「たとえアメリカ合衆国が滅んでも、ブロードウェイは残る」とは、誰のコトバだったか忘れたが、流山児んところの『ユーリンタウン』は(心身の都合で観に行けないのだが)、さまざまな評論家諸氏が高い評価をくだすのはマチガイのナイことだと予想している。たぶん、それぞれ諸兄の評価は同様のところに集中するだろうが、私は、観もしないで、『ユーリンタウン』の評価をしてみる。
この演劇の主題や矛先が、いまの世界各国の「格差」デモにみられる、僅か数%の富める者へのルサンチマンが、もはや目にみえるカタチになって、世界各地に突出してきたことと呼応しているのは、時代という奇跡の成せるワザだ。表向きにはそれで充分だ。彼らが「これがオレタチのブロードウェイミュージカルだ!」というのは、ブロードウェイに対する挑発でも憧憬でも咆哮でもナイ。むしろ、私はそれをyellと受け止めたい。エールはこだまする。反響して自らに還る。畢竟、演劇の辿り着くところは「エール(yell)」に尽きる。ブロードウェイという巨大な山脈が、どんな谺を返礼とするのか、それは見当もつかないが、そのエールが、音(波)の重なりとなって、この、いまの、世間に届くことを祈る。

2011年10月15日 (土)

また壊れたが

突発的に朝方、親指の付け根、外反母趾あたりに激痛がくる、とうことだったのだが、兆候のあるものもあって、とネットでひとつあったので、よくある足の裏の痛みだったが、片方というのは妙だなと(いつもは両足)もし、これが朝方、激痛になっていたらと、まず、飯を炊いて食料の三日分くらいの準備をしておいた。痛む場所が違うので(親指から関節を下って、ぷくんとなってる部分)判断がつきにくかったが、確かに腫れてはいるので、そうなったらそうなったで、と思ってはいたが、朝、激痛というほどではなかったが、疼痛があり、即行、タクシーの手配をして、行きつけの杉浦医院へ直行した。まだ診療時間の15分前に受け付けで「痛風のようなのだが、痛む場所が違うので、判断つきにくい」旨、症状を述べた。医師も痛む場所が違うので、たぶん、こちら側に尿酸がまわっているんでしょう、と、痛風と診断して、痛風患者のみなさまにはお馴染みのコルヒチン0,5㎎を、一回2錠、一日3回。合わせてロキソニン2分の1錠を一日3回処方となった。尿酸値は、前年が8,9もあったが、このあいだの8月の検査では7,6まで下がっており、あれだけ毎日ビールを飲みながら、プリン体はどうなったんだろうと、せせら笑っていたら、このざまだが、あまり尿酸値は信用ならねえなとも思った。痛風は、毎夜のアルコール飲用で、いつかは来るだろうとは覚悟していたが、また左足だ。じっとしていたり、仕事に熱中したり、腹を立てていたり(といってそういう体操をしているワケではナイ。私は翻されることが生理的にイヤなのだ)すると、痛みはなんとかなっている。医師は一週間程度を目処に、ということで、痛みがとれたらクスリは飲まなくていいと述べていたが、私は痛風初心者なので、どれくらいでどのようになるのか、見当がつかない。さすが、出来た医師で、アルコールについては何もいわなかった。だいたいが、私はもう脂肪肝なのだが、「アトは死ぬだけですから」と、アルコールはウィスキーなら水割り何杯、日本酒なら、などという適量などアホラシイと居直っている。酔うために飲んでいるのだ。一日の量は、飲み始めて酒の味が不味くなってきたらやめることにしている。外では飲まない。宴会でも飲まない。独り酒だが、暗い酒ではナイ。700㎖のウィスキーを水割りにして、二時間くらいかけて飲む。4~5日で一瓶無くなる。何かしながら飲むということはナイ。ただ飲んで、思索の時間に沈んでいく。ふいに浮かんだことをメモにとる。昨日とったメモは悲しいコトバだった。「もし、村上さん夫妻が生きておられたら、陸前高田へ行こう」これ一行。朝、それを観て、じっと立っていたら、タクシーが来た。

2011年10月14日 (金)

SLOFT通信・国語の時間・(終)

私たちが無造作に「イメージ image」というとき、というか、このコトバほどいいかげんに使われているコトバもナイ。というか、このコトバほど便利に使われているコトバもナイ。「あのひとってイメージ悪いね」というとき、それはそのひとの「見掛け(概念)」からきている。「見掛け」が、観て抱くココロのなにがしならば、私たちはまずそのひとを観て(視覚、聴覚、嗅覚)認識し、さらにそれをココロで認識するという、いうなれば「イメージ」というのは「認識を認識」してものになる。その作用を認識とえば「認識が認識を認識している」ことになる。例えば数学というのは実体のナイ学問だ。そこにあるのは概念と認識だけだ。いわばイメージだけの世界だ。それを用いる科学も同じだ。だから、原発が壊れるというのは、現実に壊れるまではイメージでしか現せない。アメリカ合衆国の社会通年は「合理的」だと思っている日本人は多いが、実はアメリカ合衆国というのは不合理の国家だ。プロテスタントの神の国だからだ。いくら日本が神道の国だからといって、八百万の神々がほんとうにいると信じているひとはまず、殆どいまい。しかし、合衆国国民の9割はその(神の)存在を信じている。
さて、国語の時間のオワリに、もう一つ、「語りコトバ」の持つ「音像」について他人の褌でさぐっていこう。「音像」は語り語られるコトバから想起される「イメージ(像)」だからだ。
≪内言 : 言語規範に媒介された 言語音像(語音像の連鎖)⇔個別概念の相互連関 という連合を背後にもった認識・思考過程。≫
「内言」というのは、表に出ない認識や思考の言語過程だと思っておいてイイ。何故ならそれこそがイメージだからだ。演技者がせりふを語るとき、出鱈目に声を出しているワケではナイ。ココロにあるコトバを如何にして伝えたいように伝わるべく伝えるかという思考がある。そうして演技者にやって来る聴音としての音声が切り結ぶ像、観客に届く音声と、そこから再び演技者にもどってくる像。それらはコトバの「連合」つまりつながりとなる。そうしてそれぞれが語っている概念と関係する。「地震で机が横倒しになって、花瓶が割れた」と、これらのせりふは、音声として語られるとき、聞いている側(語っている側にも)鮮烈にか、あるいは漠然としてか、像になる。ここで、重要なのは、聴覚というものが、視覚の心象を代行するということだ。聴くことによって観ることが出来るということだ。例をあげると、いまあなたは部屋にいる。窓の外をオートバイが走っていく。その音を聴覚で捉えて、あなたは視覚的にオートバイや夜の舗道、灯の点る家々をも脳裏に描くことが出来る。著者による音像によるコトバの再規定は、
≪【内言レベルにおける再規定】
・シニフィアン  → 語音像(個別概念と語規範に媒介されて形成される語音の表象)
・シニフィエ   → 個別概念(知覚や再現表象から形成され、語規範の媒介によって語音像と連合した個別概念)・シーニュ・記号 → 内語 ・言語→ 内言≫
ということになる。「イヌ」という音像でつくられたコトバは、そのイメージを再現されて「犬」という像の概念に結びつく。「私の目の前に男がいました」というせりふは、それぞれのコトバ(私・目・男)が演技者が意識の中に持ったイメージを、自らの実態を通じて一つの固有のイメージに創り出すことだ。
イメージ(image)についてひとこと。演技者はさまざまな役、演技のイメージを持つだろう。スゴイ演技とか、感動させる演技とか、私らしい演技とか。しかし、演技者は欲を出すな。「自分は一輪の花だと思え」かすみ草、リンドウ、薔薇、カーネーション、たんぽぽ、すみれ、れんげ草。ともかく舞台に咲く一輪の花だと思え。役よりも花、それが世阿弥の残した『花伝書』の秘伝、「花」のことだ。

2011年10月13日 (木)

SLOFT通信・国語の授業・4

≪「シニフィエ」→語概念あるいは語義:シニフィエは具体的な語の表わす意義であり、それは個別的な事物や現象・関係などから抽象された普遍的・一般的な概念として認識されている。≫
簡単にいってしまえば私たちはそれをコトバの「意味」というふうに称している。ここには深い含みはナイ。~あいつの行動には、何か意味があるのではナイか~などの「意味」というものではナイ。「水というのは酸素と水素の化合物である」という程度の意味だ。この褌で演技をかんがえるとすれば、戯曲に「電柱」とあれば「でんしんばしら」のことであり、「机」とあれば「desk」のことだ。戯曲のコトバにそれ以上ナニカあるのかというと、それ以上のものがあるから、戯曲なのだ。とはいえ演技者は、まずこの「意味」によって何が書かれているのか、事物や事象を知ることになる。
≪「シーニュ・記号」→語規範ないし語観念:社会の構成員がその意識内に形成した一つ一つの語についての規範認識であり、それは語の音韻とその語の表わす意義(普遍概念)とが結合した概念的な認識である。≫
私のような関西生まれのものは、「おまんこ」と聞いても、何らこそばゆい、恥ずかしいことはナイ。何故なら、女性性器、あるいは性行為は「おめこ」だからだ。「全国共通おこめ券」というのが米屋の店頭に張り出されたときは、ドキッとしたものだ。ちょうど、「ひつまぶし」を「ひまつぶし」と読み違えるようなものだ。NHKの子供番組で『アッポシマシマグー』というのが始まったとき、ある地方から苦情が出て、タイトルが変更になった。その地方では「アッポ」というのは性器、もしくは性行為のことで、「シマシマグー」になると「しましょう」に該るからだ。プロレスのボボ・ブラジルも、地方によっては、ポポ・ブラジルと名前を変えた。「ボボ」が性器、性行為に該るからだ。つまり、規範というのは各地で変わる。共通規範というのは、その共同体で変化する。ウィトゲンシュタインが、ついには、言語ゲームを共同体の領域に収めなければならなかったのは、そのためだ。この褌において演技者は、「コンテクストを摺り合わせる」べきか。べきもへったくれも、それは不可能なのだ。生まれも育ちも違うんだから。なまじっか標準語の世界に沈むより、ここでは、他者(対する演技者)との規範のチガイを吟味すべきだ。つまり、誰もが自分と同じように戯曲を台本化してはいないということを、認識すべきだ。この場合のコトバは先程の「意味」に対しては、固有の「価値」として表出される。ひとりの人間には、ひとつの固有の「価値」があるのだ。その表現は、「意味」に対して「価値」として成されねばならない。演技者は単にせりふを読み、語っているのではナイ。そこにその演技者の≪意識内に形成した一つの語≫としての表出があり、それがせりふとして表現される。戯曲をどう読むか(どう台本化するか)には固有性が存在する。その固有性と、「意味」との状態ベクトルがひとつのせりふとなる。かくして、
≪「言語」→語彙規範:ソシュールの規定した「言語」は語規範の体系としてつまり語彙の規範として社会の構成員に認識されている規範認識である。語彙規範は言語規範の一部を構成している。≫
著者の褌に従っていえば、戯曲は「書かれた劇」としての言語規範として、台本化以前のすべての「言語」を担っていることになる。

2011年10月12日 (水)

ここんとこ

昨日は東に今日また西にと奔走しているあいだに、どんどん秋になって、10,8はクラモチくんの三回忌ということで、私と北海道、東京からはクラモチくんの大学時代の親しい友人が、総勢、未亡人を入れても四人の、いつもの集会となった。北海道の上戸さんから頂戴した現地の特産品のコンブを今日、豆と一緒に煮た。出汁醤油と蜂蜜(私は味醂は使わない)で、目分量で適当に煮るもんだから、少々味が濃くなったが、ナゴヤの知己三人におすそ分けした。
当方の現在の仕事は、再来年のavecビーズの『あの屋上のひと』の準備稿を脱稿し(今度は私が演出ではナイので早いほうがイイと思ったのと、私自身宿痾の鬱病の波が波らしく波瀾なので、書いておけるときに書いておかねばと思ったからだ)、賞金稼ぎのつもりで、『泉鏡花記念金沢戯曲大賞』ってのに応募する戯曲『幽霊船』を再チェックしてprint outした。これは、明日、郵送するつもりだが、なんしろ、まったくのエンターティンメント(いま流行りらしい宝探しの話)にしたので、それを審査員諸氏がどう読むかというところだ。SLOFTのほうは、10月24日からのwork2の始動に向けて準備している。その間、ブログでは、SLOFT通信としてまとめた感じで、演劇論を続けている。11月に上演の、大西、寺十、加藤ちかさんトリオの『悪夢くん』が、現在稽古中だそうだ。来年初頭は、シス・カンパニーの新国立小劇場、ほぼ一カ月公演で幕を開ける。ゆんべは少々飲みすぎて、久しぶりに二日酔いなどしてしまったが、加藤泰監督の『人生劇場』をDVDで観て、ひと泣きしてスッキリした。名古屋に再度もどってから、預金通帳の減り具合は、さほどではなく、それほど倹約生活をしているのではないのに、経済的には、なんとか3年は持ちそうで、年金受け取り年齢が変わらなければ、もうちょっとで、年金生活に手が届く。まさか年金を受け取る間近の年齢まで生き延びるとは思ってもいなかったし、身体の老化はいろいろとあるものの、精神年齢は、老いてはいないようだ。

2011年10月 9日 (日)

SLOFT通信・国語の授業・3

再々述べることになるが、戯曲自体を演劇のプロセスだと思っているアホ(な演出家や演技者やモロモロ)が未だに多い。戯曲自体は「書かれた劇」という種類の文学だ。それに対して舞台で演じられるのは「演じられる劇」という表現だ。もちろん、双方は密接な関係にある。従って、「台本化」という過程を(アホたちに理解、納得させるために)導入せざるを得なかった。この過程を説明していくのには、「話し言葉」を重視するソシュール言語学という他人の褌を締めるほうがワカリヤスイ。何故なら、戯曲のコトバはせりふとして「語られる」からだ。ということで、国語の授業を続けると、
≪シニフィアン  → 語韻≫・・・これは語られるコトバの抑揚も含む。韻だから、節があるのだ。例えば、浪花節、坊主のお経もそうだ。経文を読めばワカルが、漢字の横に抑揚の記号が記されている。それは、狂言の稽古本と同じだ。語韻を、intonationの他にアクセント、音調、口調、減り張りなどを含む、いわば音声の波動として理解してみる。劇において戯曲は「黙読」出来るが(これについてはアトで再度記す)、私の場合、演劇のせりふとして語られるコトバの抑揚(intonation)は避けるようにしている。演技者が演技を感情の抑揚によって現そうとする傾向があるからだ。現すべきは感情ではなく、「心情」にしてもらいたい。さらにその理由はと問われれば、舞台で怒鳴るような芝居がキライだからに過ぎない(ということにしておく)。アクセントは同じコトバの不都合がある場合(箸と橋と端、雨と飴と編め、などの場合)以外はあまり拘らない。これについて、逸話をひとつ挟むと、ある老舗の劇団の中堅で(いまは辞めてしまったが、将来を嘱望されていた地位にあった)私のホンにも出演したことのある、屈託のない女優さんがいたのだが、あるとき、そのひとに会って、お茶をすると、突然、お故郷(くに)コトバで会話を始めたのだびっくりして、理由を訊くと、あまりに舞台の上、稽古で標準語とやらをばかり使うので、それに疲れてしまって、日常は故郷(くに)のアクセントで喋るようにしたのだそうだ。この「疲れてしまって」というのは、深くココロに残った。
音調(tone)については、これは、ひとりで何種類もの楽器を使わないようにすること。つまり、guitarならギター、violinならバイオリン、pianoならピアノと、持ち分を決めたほうがイイ。ここで音韻による韻を口調と減り張りでcontrolする。つまり、爪弾くのか掻き鳴らすのか、というふうにだ。語韻は、あくまで音韻であるから、先の女優のごとく、子供の頃から耳で聞いて育ったという身体性と関係してくる。これは、アトで述べる音像という概念と関係があるのだが、私の場合は、「観音せよ」と指示している。観音様とはちょいとチガウのだが、要するに「音を観る」という作業だ。シニフィアン(語韻)というとき、コトバは、発する者(演技者)の身体を捉える。音声(せりふ)を発した自らの身体を、「せりふを発した身体」として捉える。これは、戯曲をただ読んだときに捉えた表象としての身体とは、チガウものだ。この捉え方を演技者による「台本化」という。
褌を借りた著者の規定を記しておく。

≪「シニフィアン」→語韻:音韻は具体的な言語音から抽出され概念的に把握された音声である。したがってシニフィアンは現実的な語音から抽出された音韻、つまり語韻であると規定できる≫。

2011年10月 8日 (土)

SLOFT通信・国語の授業・2

「抑揚」をつける、かつてはそういう台詞回しの芝居のことを「紋切り型」としてモスクワかぶれインテリが批判したそうだ。かといって、現実こそが劇的であると、いっとき流行った「等身大」というふうに称された同様の演技をみせるのが、現代演劇批判とばかりに、プチナチズムやプチファシズムふうに、ナショナリズムを声高に、現実に潜む(らしい)劇的(とかいうもの)を演じてみせるというのも当世らしいが、あたしゃ、そのいいぶんを聞くと、いつも高橋鐵センセイの日本生活心理学会(ほんとは性生活だったらしいが認可されなかったらしい)に入会しようとした与謝野鉄幹が、申し込みのアンケートにあった「いままで行った最も変態的行為は」という質問に対して「妻の与謝野晶子の膣に一晩バナナを突っ込んでおいて、朝、それを食べた」と答えたのに、高橋に「そんなアタリマエに誰でもやってることを書くな」と一喝された逸話を思い出す。では、現実にある劇的とは何だ。というのは、ひとまずおいとえてえ。
私たちがともかく言語と向かい合うのは戯曲という「書かれた劇」とそれを音声化(台本化)する「演じられる劇」であり、まず私たちは戯曲を脚本として手にする。そのとき、
≪「シニフィエ」→語概念あるいは語義:シニフィエは具体的な語の表わす意義であり、それは個別的な事物や現象・関係などから抽象された普遍的・一般的な概念として認識されている≫・・・難しそうだが、要するに、演技者は、戯曲(脚本)に書かれたコトバをある「意味」を持つコトバとして読んでいる、とただこれだけのことだ。
≪「シーニュ・記号」→語規範ないし語観念:社会の構成員がその意識内に形成した一つ一つの語についての規範認識であり、それは語の音韻とその語の表わす意義(普遍概念)とが結合した概念的な認識である≫・・・これは音声として現す(せりふ)のことだと思えばイイ。つまり「イヌ」というとき、たいていの世間の人々は「犬」だとワカッテいるので、「イヌ」と声に出していえば「犬」だと理解してくれる。「イヌ」は「犬」だということをいっているワケだ。このとき、音韻として「い~~ぬ」といおうと、「いぬっ」といおうと、「イヌぅ」といおうと、それが「へぬ」にならない限りはまず、たいていは「犬」なのだ。(ただし、ここが「表現」としてやっかいなところだが、犬を示して・・・お前のような駄犬はイヌじゃなくてへぬだ・・・とやれなくもナイのだ)。
≪「言語」→語彙規範:ソシュールの規定した「言語」は語規範の体系としてつまり語彙の規範として社会の構成員に認識されている規範認識である。語彙規範は言語規範の一部を構成している≫・・・語彙というのは例えば先程の例でいえば「イヌ」が「犬」であって、「ネコ」は「猫」だということだが、これはコトバの一つだ。これに対して「言語」というのは、それらの文節、文章として初めて成立する、てなことをいっているのだが、これは、戯曲からそれを台本化する場合、つまり書かれた劇から演じられる劇に移行するときにどういうことになるかというと、ソシュールの規定からこの著者の規定へのいい替えをみるとワカリヤスイ。それは、次の授業時間にまわす。

2011年10月 7日 (金)

SLOFT通信・国語の授業・1

他人の褌で如何にして相撲をとるか、その実践例をやってみよう。ついこの前、ヒジョーに貴重かつ重要かつ興味ある、オモシロソウなウェブをみつけて「お気に入り」バーに加えておいた。そこは、三浦つとむさんや時枝誠記さんの言語論をもとにした、『ことば、その周辺』てとこなんだけど、そこの褌を絞めて、土俵に立ってみよう。
まず、ソシュール言語学に対して誰もが(ってことはナイか、私が、だ)苛つくことに対して、やっぱり苛ついているひとがいるということなんだが、その筆者はこう始める。
≪「言語langue」や「記号signe」(=「シーニュ」)、あるいは「シニフィアンsignifiant」・「シニフィエsignifie」という言葉はいずれも人間の意識の中に存在するものの名称である。しかし原語(フランス語)をそのまま日本語で表記すると、それらはいずれも現実に表現された現実的な、「言語」「記号」「意味するもの」(能記=記号の音声)「意味されるもの」(所記=記号の意味)となってしまう。≫ ・・・これこれ、これでんがな。私はソシュール関係の本を読むたびに(注意しておくが、ソシュール自身には著作はナイ。つまり、『言語学講義』という講義を集めたものが残ってこといるだけだ)。ここんところで、躓くというよりも隔靴掻痒になった。「意味するもの」を何故「能記」という奇妙な単語で訳すのか。どうように「所記」もそうだ。ここで注意しておきますがね、「能記」は記号の「音声」なのに、「諸記」はその「意味」なのだ。では、書かれた言語は何処いっちゃうのか。それについて言及されている部分もあるが、要するに、ソシュールはあまり(いわゆるラングとパロールほどには)重要視はしていなかったようだ。さて、通俗的(新書によくあるような)ソシュールの言語学解釈は、ここではすっ飛ばす。筆者は続ける。
≪「言語」「記号」という表記には別の問題がある。「言語」は言語規範の一つである語彙の規範であって、言語そのものとは異なる。これは不適切な表記といわざるをえない。また語(表現された言葉)は記号の一種ではあるが、語と記号とは違う。したがって「認識された語」を「記号」とするのはこれも不適切な表記である。要するにソシュールによって規定されたこれらの用語はいずれも名が体を表わしていないどころか「名が他の体を表わしている」のである。その上、「シニフィアン」・「シニフィエ」などはフランス語をそのまま用いることが広く行われていて、普通の日本人にはきわめて分かりにくい≫
この一文こそがワカリニクイと、ふくれっ面をするのじゃありません。「言語規範の一つの語彙の規範であって」とかが、ワカランのは無理もナイ。これは、アトで解説するが、要するに言語規範というのはシステム全体、語彙というのはコトバ一つの概念くらいに読んでおけばイイ。
≪「シニフィアン」→語韻:音韻は具体的な言語音から抽出され、概念的に把握された音声である。したがってシニフィアンは現実的な語音から抽出された音韻、つまり語韻であると規定できる≫
ここではソシュールが「シニフィアン」と称しているものが、音韻(音声)だ、と読みとっておけばイイ。ちなみに、音韻の韻というのは「ひびき」のことだ。転じて韻律というふうに「風流」「おもむき」「聞かせどころ」というふうにも私たちは理解している。いい換えれば、浪花節の「節」だ。ところで、演技におけるせりふを、戯曲から台本化するとき、つまり演ずる劇にする場合、この音律を「抑揚(intonation」だと勘違いしている演技者がいるのだ。

2011年10月 6日 (木)

SLOFT通信・掃除の時間

identity、moratorium、complex、この三つが演劇の持つ「病理」のようなものだと設定すれば、私自身もその中に含めざるを得ない。ごく普通に演劇を営為している者にとってもだ。しかし、普通人にとって、これは「病理」というふうには称さない。これは哲学でいう「疎外」というものに該る。疎外とは何なのか、次に記してみる。
①それが自分(のもの)でありながら自分によって自由にならない。
②それが自分の創り出したものでありながら、逆に、それによって自分が支配されてしまう。(主従が逆転してしまう)
③それが自分の営為でありながら、自分にとって疎ましい存在となる。
こういったところだろう。

ところで、今晩の希死念慮は強く長かったなあ。週に何度かはあるのだが、たいていは30分ほどで治まってくれるのだが、今日はほんとにイクんじゃないかと思ったぜ。私が早め早めに原稿を書き上げることの理由の一つはこの宿痾の鬱病からくる、希死念慮があるからで、たとえ、鬱病30年選手でも、万が一ってことがあるからな。ああ、ほんまに、キツかったですわ。ふつうなら、ここで死ぬんだろうなあ。よく持ち堪えたワ。
自責自虐てのが、まずやってくるのだが、今夜は「お前だって、演劇に充分支配されているじゃないか。呪縛されているじゃないか。演劇に逃げているじゃないか」という容赦なき呵責だった。吐き気がして、三回胃薬飲んだぞ。

「疎外」という概念を初めて用いたのは、唯物論者のフォイエルバッハらしいが、私はこの御方の著作には触れたことがナイ。だから、マルクスをかじって覚えたのだ。ふつう、マルクスを唯物論者の大将のように誤解している向きもあるが、それは誤謬、錯誤というもので、マルクスはヘーゲル(の弁証法)にかなりの影響を受けているので、マルクスの哲学は弁証法的唯物論というのが正しい。私は三浦つとむさんで勉強したけど、読み込むにつれ、それが「物」を扱ったものではなく、人間の「観念」を扱っていることに不思議な気がした。何か「正しい観念論」を読んでいるような気がしたのだ。カントは、人間の認識によって「物」の概念などどうにでもなると考えたひとだが、ヘーゲルは物と人間の関係の関係というところにその論理を引っ張っていった。私もこの方法はスゲエもんだと思う。しかし、「絶対知」なんてこといいだしたからなあ。神仏、絶対者、などなど、語り得ぬものには沈黙を、とカッコよく述べたのはウィトゲンシュタインだけど、同じことなら「霊魂不説」というコトバで釈迦がずっと昔に述べているのだ。つまり論議しても確かめようのナイものを議論しても意味がナイから、この世に在るものについて考えなさいということだ。だから、ニーチェも、まず「神は死んだ」というところから思想しなければならなかったのだ。
ところで、私は哲学というのはさほど好きではナイ。どう転んでも理屈だからだ。理屈というのは風通しが悪い。私が哲学をほじったのは、そこから演劇の知識が帰納法的に、あるいは演繹的に取り出せないかなと思ったからだ。これは他の学問にも共通していえることで、そういうことをやってるから、演劇に「疎外」されてしまうのだなあ。これは気をつけないといけない。反省、反省。やっぱ、もっと女のことをうんと考えないとイケナイ。女性の精神をではナイ。そんなもんには、とおに絶望している。女性のオンナのことをだ。しかし、こう閉じ籠もってちゃなあ。いやあ、難しいもんですワ。

2011年10月 4日 (火)

SLOFT通信・保健室の窓から

identity、moratorium、complex、と、医者ならカルテに書き込むだろう。ただし、医師の場合はドイツ語でだ。私たちは、医師の診察を受けて、その場で医師が、カルテに横文字をスラスラ書いているのを観て、何かしら専門家としての信頼を得るが、あれは知り合いの医師にいわせると、ドイツ語の単語を書いているだけなんだそうだ。
identity・「私」とは何なのか、という疑問は、幼童が観たものすべてに「これなあに」というように、誰もが多くはアドレッセンス(青春期)のアポリア(難問)として持ち、それを生活の中に埋もれさせたり、置き去りにしたりするものもあるが、ひつこく持ち続けるものもある。その解決に宗教に走るものもあれば、何か思想を追求したり、恋愛を以て、「あなたのために私は生まれてきたのね」と歌詞のようにスルリと寄り添って、「やっぱりあなたじゃないわ」と相手を換えることで、「あなた」の数が増えていくということになるものもある。ところで、近年、このidentityを「演劇」に探求するものが多くみられるようになった。「探求」であれば、それも良しとしていいのだが、おおよそ、その99%は「探求」ではなく、「代替(だいたいと読む。だいがえは俗読み)」に過ぎないのが、現状だ。ひとが「私」というとき、その対象は「身体」と「ココロ」だが、私はナニと問うているもの自体が「私」なのだから始末が悪い。私は私とは何と問う、では私とは何と問うている私とは何、という合わせ鏡的連鎖は無限に続くようにみえる。しかし、いざ演劇となると、私は、ある「役」演じている私なのだから、実に単純にコトは収まるかのように感じる。与えられた役を演じながら、演出者のいうことに頷き、質問を発し、相手役の受け答えをする、それが「私」なのだから、安心立命、こんな都合のイイ作業はナイ。「私」は役をどう演じるかを考えていればイイだけで、その間、私は「私」のことを考えなくてもイイ。「私」のことをかんがえなくてもイイ私というidentityを、私は手に入れることになる。
moratorium・これがモラトリアム(猶予)というものだ。「猶予」は よく刑事事件などに「執行猶予」というコトバで使われる。つまりは決められた期間の延長だ。しかし、本来の「猶」はためらってぐずぐずすることであり、「予」はあらかじめ、という意味に該る。つづめれば「決められたあいだためらってぐずぐず出来る」ということになる。演劇という「場」が、そのようにして与えられる。identityとの座標をとれば、「私」を「どのように」かんがえてもイイことになり、コトバを違えていえば「私」は私でイイの、という、極めて奇怪な、ほんとうならば判断停止であるはずのものが、何かの結論のごとくに登場する。これはmoratoriumの「とりあえず」という意味合いを消去していることに由来する。そうするとmoratoriumとは「私は私でイイの」というidentityをを持続させるための、ひとつの「場」となる。その「場」に演劇が用意されることになる。
complex・もちろん、このような事象は対自的(ある対象を認識するにおいて、その認識を自身自体と関係づけること。即自的は、自身以外の対象が自身とは関係しない。対他的とは、対象を認識している自身を含む認識が対象になる)なことで、自らのidentity(存在価値)に不安、不満、を抱きながらも、それを肯定して、「私」を「納得」したいという「願望」の末路でしかない。いうなれば、否定すべきはずの「私」を「それが崩壊することをおそれる」ことから、そのまま肯定してしまえという、虚数的な営為だ(二乗してマイナスにしてしまう行い)。複素数には実数も必要なのだ。
今日の演劇の「場」が、一方ではこのように地滑り的に日常と結びついていることには憂慮する。「演劇における失敗とはひとつの成果に他ならぬ」。つまりは失敗のナイ生き方などあろうはずはなく、演劇を人生における遊戯とするならば、遊戯というのは失敗を遊ぶことをその本質にしている。(かくれんぼを考えてみればイイ。かくれたものが失敗してみつかることが、あの遊戯のオモシロさではないか)

2011年10月 3日 (月)

映画感想『HAYABUSA』・堤 幸彦監督

おれが死んだら HAYABUSAのように、大気圏葬にしてくれ

大気圏を燃えながら 地球に落ちていく 火葬にしてくれ

太陽系の歴史のカケラ一粒を 運んで流星になる

大気圏葬にしてくれ

そうして きみたちは 地球から おれの流れ星をみつめてくれ

けして おれの親父のような骨の残る火葬にはするな

パウダーになるまで粉砕して 畑に撒いてくれればいい

それにしても巫山戯てやがる

おれは 映画がはじまってから二時間 ずっと

ワケもわからず ただ 泣いていた

SLOFT通信・放課後

北海道演劇財団のYさんは、私のホンを読んで「こいつ巫山戯(フザケ)けてんじゃないのか」と思ったそうだが、それは状態ベクトル(シュレディンガーの発想。量子力学のベクトルの状態。波の重ね合わせと理解するとワカリヤスイ。量子力学においては、対象の状態を現すのに適している)としては、的を射たものだ。つまりは、私の作品の波動のひとつだと思えばイイ。「巫山」というのは、中国の山々のさまざまな呼称で、楚の伝説によると、ここで美しい姫君と戯れていると、アトでそれが夢だったとワカル、とまあ、ありふれた説話なのだが、戯曲というものが、日記文学と説話文学の波の重ね合わせだと考えれば、説話なんぞは殆どがフザケているともいえる。

たとえば、北風と、その寒さに震えるひとを描くには、北風が吹かねばならない。しかし、北風が吹くことと、寒さに震えるひとはベツモノだ。北風はひとを寒さに震えさせるために吹くワケではなく、ただ、吹いているだけで、たまたまある人間と関係しているに過ぎない。その寒さに震えようが、耐えようが、泣こうが、立ち向かおうが、北風の知ったこっちゃナイのだ。これをこじつけると、西欧(ドイツ観念論)哲学ではカントの悟性というものになり、弁証法に発展するが、仏教哲学になると、釈迦の悟り(因果)となる。
生きていることを実感するには、北風の吹かれることもひとつの方法だ。「この寒さ、この寒さに私はっ」とリキんでもヨシ、「えろう寒うおまんな」と襟を立てても構わない。もちろん、そのアトで熱い風呂に入り、「うーん、ええ湯だなあ、カラダの芯まであったまる」と思うのも実感には違いないだろう。北風に対してええカッコしてみせるのも演技ではあるが、北風に対しての「みっともなさ」がカッコよくみえる、という演技もまた存在する。何れにせよ、生きていることの実感というものには、北風は無関心だ。とはいえ北風の吹かぬところに生きている実感というものはナイ。そういう北風を好んで書くところが、巫山戯けていると思ってもらって、当たらずとも遠くはナイ。

スラムアパートの冬は寒そうだ。本日は平均気温が外気で23度のところ、室内ですら21度しかナイ。朝、風を通すのに窓と表のドアを開けると、一週間前までTシャツ1枚でよかったのが、下にランニングシャツを着て、上にシャツを着ることになる。次の稽古は寒さの中で行われるのか、『夕月』は暑かったのになあ、と、吹き抜ける風を観ている。

2011年10月 1日 (土)

演劇的犯罪学

いまはなくなった中部地方の新聞の社会部の記者K氏は、私が芝居を始めた頃からの知己で、いろいろと取材もあったし、飲みにもいった。こないだのSLOFTの公演も観劇している。
ずいぶんとむかしのことになるのだが、日本の警察の犯人検挙率が世界一である理由を聞いたことがある。私が訊ねたというワケではなく、なんとなくその話になったのだが、これは漏らしてはイケナイことなのだが、とK氏は前置きして、「あるスジの話(ということにしておく)では、ほんとうは検挙率は50%もねえんだわ。つまり、半分以上は冤罪なんだわ。それが報道なんかで大きな事件になると、そういうワケにもいかんでよう、いきなり犯人逮捕が出来なくなって時効になってお宮入りになるんだな。不思議な話でよ、こないだ、昭和警察署に、ある事件の犯人が自主してきたんだわ。これが、お婆さんでな、犯人なワケねえんだ。んでも、わしが犯人ですちゅうてよ、きよったったんだ。帰すワケにいかんでよ、まあ取り調べはしたけど、取り調べちゅうても、犯人やないんだで、何であんたが犯人なのと、こう訊いたらしいんだ。そしたらよ、婆さんがいうにはな、被害者が可哀相でな、自分が犯人でもええからと、こうなんだわ。けっきょく、帰らせたんだけどな」。私は、K氏に訊いた。「なんで、検挙率、つまり冤罪が高くなるの」K氏曰く。「取り調べちゅうのはな、テレビドラマなんかよりも巧妙なんだわ。ゆうてみたら、誘導尋問ばっかちゅうこった。たとえば、こういうふうに被疑者に訊くんだ。~お前は○日の○時に、○○には、ほんとうにいなかったんだな~、被疑者は~いませんでした~、というわさ。アリバイやからな。で、~ほんとうだな~、~はい、ほんとうです~ときたら、刑事はこういうんだ。~よし、お前が○日○時に○○にいなかったことはワカッタ。それでお前が犯人だということは明白になった~。これだ、これが尋問の手口なわけだ」。つまり、ダブルバインドに誘導尋問で、被疑者(ドラマやニュースでは容疑者と称される)が犯人であることをつくり上げることぐらいは、マニュアル通りにすむらしいのだ。別段、力づく、つまり殴ったり蹴ったりしなくとも、口頭において、刑事はプロ、被疑者はアマだということだ。
何故、こんなことを書くかというと、人間というものは、複雑にみえて、男性女性によらず、単純なものだということがいいたいからだ。「最も単純なものが最も正しい答だ」。私たちは物事を複雑に考えがちだが、それは単純なものが錯綜しているだけのことであって、基本的には、単純なものだ。難しいのは、その対象である人間から、最も単純なものをみつけだすことだ。おそらく、日本のサツの旦那方は、その単純なものを見抜く力というか、経験値が高いのだろう。演出というのも、演技者から最も単純なものを引き出せれば、簡単に済むのになあと思う。先日、複素数のことを書いたのは、そのためだ。演技者が複素数くらい単純なものであればなあ、と思ってのことだ。しかし、方法論的には、あながち、間違っているとは思わないので、常に脳の片隅には置いておくことにしたい。社会的、現実的な冤罪はもっての他だが、演劇は、冤罪に依ってもなお犯人を検挙すべきや否や。

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